ヒーロー登場!
平和な町に! 突如として破壊の嵐が吹き荒れる!
連続する炸裂音!
上がる火の手! 降り注ぐ瓦礫! 老若男女の悲鳴と怒号!
いったい何が起きたのか!
逃げ惑う民衆たちの背後には――おお! なんということだ!
異形の怪人がいて高らかな哄笑を上げているではないか!
「フォーーーーッフォッフォッフォッフォフォアグラァッ!」
その姿は正に異形!
二メートルを超える身長に丸太のように太くたくましい手足! 正に筋肉の権化! 頭には脂肪肝で死亡したアヒルのマスクをかぶり! 背中にはガチョウの羽を生やし! 両肩にビーム砲を搭載し! 膝からはドリルが生えている! 正に異形! そんな怪人が黒の全身タイツに身を包んだ集団を引き連れて破壊の限りを尽くしている!
「フォッフォッフォアグラ! 壊せ! 燃やせ! 全てを土くれへと還すのだ!」
「ホーウッ!」
「ホホーウッ!」
怪人の号令に黒の集団が呼応する!
肩のビーム砲がレーザーを放ち! 膝のドリルがコンクリートを砕き! 拳や蹴りが電柱や街路樹や店の看板や自動販売機や駐車車両やその他もろもろを薙ぎ倒す!
「ふはははは! フォアーッグラッグラッグラッグラッグラッ! 全ては我らが大帝様のために!」
いつしか民衆たちは姿を消し! 町に響くのは怪人の哄笑と破壊の音だけになっていた!
いや!
待て!
それらだけではないぞ! 耳を澄ませばか細く聞こえてくるこの声は!
「お、お父さん……お母さん……助けて……!」
幼い少女の声だ!
幼い! 少女の!! 声だッ!!!!
「静かにするんだ、ケイコ。あいつらに気付かれる」
男の子もいる!
「お、お兄ちゃん……」
そしてどうやら二人は兄妹! しかもよく見ると二人とも口元にかすかにソフトクリームをつけている!
今日は日曜日!
きっと親子四人で楽しい休日を過ごしていたのだろう! なのにこの騒ぎに巻き込まれて両親とはぐれた上に逃げ遅れてしまったようだ! なんという不運! なんという悲劇!
兄妹のいるビルの陰は怪人たちから死角になってはいるが! 見つかるのは時間の問題だろう! あるいはビルの倒壊に巻き込まれて瓦礫の下敷きになる方が先かもしれない!
「おやあ~? こんなところにガキがいるぞお~?」
見つかる方が先だった!
「きゃーーーーっ! 助けてお兄ちゃん!」
「わあああ! く、来るな! あっちいけ!」
「くっくっくっくっく……フォアッグラッグラッグラ、そう怖がるんじゃぁねぇよお。別に殺しゃぁしねぇからよお!」
怪人はそう言うが! とても信用できない! あやしい!
しかし怪人もその取り巻きも兄妹の発見以降破壊の手を止めていることは事実だ! いったい何のつもりなのか!
「ほ、本当に? 食べない?」
幼女が震える声で問う! 信じてしまったのか!?
それを聞いた怪人はクチバシの端をゆがめてニヤリと笑う!
「あったりまえじゃねぇかよお。オレ様はフォアグ・ラーン! フォラグアの怪人だ。人に食わせることはあっても食うなんてするわけがねえ!」
「ふぉ、フォアグラ……?」
有名な世界三大珍味の一つだ!
どうやらお兄ちゃんは知らないらしい! まだ小学生ぐらいだから無理もない!
「たしか、アヒルさんの肝臓……」
妹は知っているらしい! まだ小学生ぐらいなのにすごい!
「アヒルさんとか、あとガチョウさんにたくさんのエサを与えることにより、肝臓を肥大させて作る、フランス料理の食材の一つ。クリスマスや祝い事の伝統料理およびご馳走として食される。宮廷料理として供されたり、美食家や富裕層にも愛好するものは多い[1]。キャビア、トリュフと並ぶ世界三大珍味の一つとされている」
「フハハハハ! フォアグラグラグラ! 詳しいなおじょうちゃん! そうよ、それがこのオレ様! 怪人フォアグ・ラーンだ! だからこんなことだってできるぜえ!」
言うが早いか両肩のビーム砲が火を噴いた! 照準は子供たち!
着弾!
爆発!
砂煙が立ち込める! なんてことをするんだ!
「ぐっふっふっふ……フラッフラッ――グラッグラッグラッグラッグラ!」
クチバシの端を愉悦にゆがめて怪人が嗤う!
やがて砂煙が晴れたとき! そこにあったのは変わり果てた兄妹の姿――ではなく!
「こ、これは」
「おいしいそう」
ピンピンしている二人の目の前の地面に置かれていたものは! 白いお皿に乗ったフォアグラのテリーヌだった! おいしそうだ! ちゃんと二人分ある! 砂埃をかぶっていないかが気にかかる!
「フォアーッグラッグラッグラッグラ! 見たか! これがオレ様、フォアグ・ラーンの能力! 瓦礫をフォアグラ料理に帰ることができるのさ!」
すごい!
照準は子供たちではなかった! ごめん!
「まぁ瓦礫でなくても無機物ならなんでもいいんだけどよお。いろいろと試してみたら瓦礫から作るのが一番美味かったんでな。ともかくさぁ食えガキども! 美味いぞ!」
そして惜しみなく出会ったばかりの子供にふるまう!
なんということだ! フォアグ・ラーンは正義の怪人だったのか!? 町を破壊していたのも瓦礫を量産してたくさんのフォアグラを作るためだったというのか!
「……食べてもいいの?」
「もちろんだ! ガキ向けに甘めのフルーツソースにしてあるから美味いぞ!」
優しい!
「じゃあ、いただきます」
「ちょ、ちょっと待てケイコ」
行儀よく両手を合わせる幼女! お兄ちゃんはまだ疑っているのか止めようとしたが一足遅かった!
「おいしーっ!」
ほっぺたに手を当て両目をシイタケのように輝かせて幼女が叫ぶ!
「なんかあの、濃厚なのにクドくないみたいなよくある感じのやつ! 口の中でなんかこう、なんか、にゅるってなんか、すごく良くて、すごくおいしい!」
「ふわーーーーっはっは、グラグラグラグラ! そうだろうそうだろう! 好きなだけ食え! いくらでも出してやる! 兄貴の方もさぁ食え!」
「ありがとう、おじさん!」
「う、うん。じゃあ、いただきます」
まだ少しためらいがちながらフォークを手に取るお兄ちゃん! 言い忘れていたがちゃんとカトラリー(フォークやナイフなどのこと)も添えられている! テリーヌの一切れを突き刺し意を決して口に入れようとしたその瞬間!
「そこまでた!」
凛とした声が高らかに響いた!
「えっ」
「なにやつ!」
しかし直後! とっさに振り返った二人を引き留めるように!
「あっ! あああああああああーーっ!」
絹を裂くような幼女の悲鳴が響いた!
「ケイコ!?」
振り返り直したお兄ちゃんの目に飛び込んできたものは! 胸を押さえて苦しみもがく妹の姿だった!
「その料理を食べてはだめだ! 少年!」
「えっ」
「お、お兄ちゃん助けて苦しいよぉ……!」
「あ、あっ」
いそがしい!
突然現れた闖入者と突然苦しみだした妹! どちらに対応すればいいのかわからずお兄ちゃんを混乱が襲う! もちろん妹を優先すべきだが闖入者は何か知っている模様! いったいどうすればいいのか!?
「誰だ! 邪魔立てするとは何のつもりだ!」
おお!
どうやら闖入者の方は怪人フォアグ・ラーンが相手をしてくれるらしい! これならお兄ちゃんは妹に専念できる! 親切だ!
「とうっ!」
掛け声とともに何かの影が一瞬だけ太陽の光を遮り! しゅたっと音を立ててそいつは集団の前に降り立った! ビルの上にいたとでもいうのか! 崩されたらどうすればどうするつもりだったんだ!?
「俺の名は、完食戦士ギョウ・ザーン! 飽食帝国の怪人め! これ以上の狼藉はたとえ天が許してもこの俺が許さん!!」
その姿は一見すると怪人を取り巻く黒タイツたちと変わらない! ただし色は熱い血潮を思わせる赤! グローブとブーツは白! 目の部分を覆うバイザーは黒! そして胸に輝くマークは餃子!
……餃子?
……そう、餃子! 食べもの! つまり命の源となるもの! よし!
吹きあがる爆炎を背景に! 異形の怪人とその手下どもと真っ向から向かい合い! 雄々しくもスタイリッシュにポーズを決めるその姿は! まさに緋色のセーギーそのものだ! 正義のヒーローそのものだ!
「ギョウ・ザーンだと……? そうか、貴様か。我らが大帝 「ううううう! 苦しい! 苦しいよお兄ちゃん!」
「ケイコ! しっかりしろ! ちくしょうどうすればいいんだ!」 やかましいぞガキども! ちょっと黙ってろ!」
セリフを邪魔された怪人が怒鳴る!
なんてひどい! わけもわからず苦しんでいるだけなのに! それを心配しているだけなのに! そもそも原因は自分なのに!
やはり怪人は悪だった! 危うく騙されるところだった! ありがとうギョウ・ザーン!
「フン! ギョウ・ザーンとかいったな。知ってるぞ、その名前。オレ様達と同じく大帝様に生み出されておきながら帝国から逃げ出した裏切り者だろう。あちこちで同胞たちの邪魔をしてくれているらしいなあ」
「正確にはその遺志を継いだ者だ! さあ、子供たちを放せ!」
ビシイッ!
人差し指とともに突き付けられたその言葉に! 怪人はニヤリと笑う!
「くっく……グラッグラッグラ、このガキどもか。いいぜぇ、好きに持ってきなあ」
言葉通り兄妹たちをその場に残したまま怪人と黒タイツたちは後退する!
警戒心を抱いたままギョウ・ザーンが二人に駆け寄りかけたそのとき!
「うっ、うわあああああああーーっ!」
幼女がひときわ大きく叫びその全身が光に包まれた!
「け、ケイコぉ!」
「くっ、遅かったか……!」
お兄ちゃんが戸惑い! ギョウ・ザーンが歯噛みする!
光は次第に輝きを増し! 目を開けていられなくなったところでボフンという音が上がった! とっさに目を開けるお兄ちゃん! 光は消えていたが謎の煙が立ち込めていて妹の姿は確認できない!
「おい! ケイコ! 無事か!? どうなった!?」
呼びかけながら両手を振り回して必死に煙を追い散らす! さらにギョウ・ザーンが「フンッ!」と回し蹴りを放ってくれたことにより風圧で煙は晴れた!
するとそこにいたのは!
「ホーウッ!」
なんということだ!
幼い少女の姿ではなく! 全身黒タイツの成人男性だった!
「け、ケイコ……?」
「おにいちゃ――ホーウッ!」
お兄ちゃんの呼びかけに! その黒タイツは確かに返事をした! 途中で我に返ったように、あるいは意識を乗っ取られたかのように奇声を発したが! 間違いなく反応していた! お兄ちゃんと言おうとした!
ということは!
まさかまさかまさか!
この全身黒タイツの変態に幼女はなってしまったと! 成り果ててしまったと! そういうことなのか!
そんな馬鹿な!
誰かウソだと言ってくれ!
「フフフ……フォーーッフォッフォッフォッフォアグラァ! 驚いたか! オレ様のフォアグラを食ったやつは身も心も大帝様の忠実なしもべになるのさ!」
「そんな、ケイコ……!」
確定してしまった! なんてことだ! なんという……! 本当に……!
本当になんということをしてくれたんだ怪人フォアグ・ラーン! ひどすぎる!
「ホーウッ!」
「ケイコ! 待って! 行くな! 混ざるな! ああっ、見分けが! 見分けが!」
幼女が!
幼女が!
幼女なのに! 幼女だったのに!
ぷにぷにの短い手足がそこそこたくましい成人男性のそれになってしまった! こんなことが許されていいのか!?
いいわけがない!!
「あっ! お前だ! お前がケイコだろ!? 右から三番目のやつ! 一人だけタイツがあんまり汚れてない!」
「ホーウッ!」
「ホホーウッ!」
「あっ、こら! やめろ! 均等に汚すな! シャッフルするな! やめろおーーっ!」
お兄ちゃんの悲痛な叫びがこだまする!
救いはないのか!?
「――少年」
あった!
あったぞ!
救いの手を差し伸べる者はいた! 正義のヒーロー! ギョウ・ザーンだ!
「餃子のおじさん……」
「ギョウ・ザーンだ」
そうだ! ギョウ・ザーンだお兄ちゃん!
「君の妹のことはこの俺がなんとかする」
「ほ、本当に?」
「もちろんだ」
頼むぞギョウ・ザーン! 本当に頼むぞギョウ・ザーン! 任せたからなギョウ・ザーン!
「危ないから君は下がっていてくれ」
「う、うん……」
言われた通り後ろに下がって適当な駐車車両の陰にお兄ちゃんは身を隠す! ただし頭だけは出して不安げな表情で集団の方を見つめている!
そうしてついに! ヒーローと怪人が正面から向かい合った!
「グラッグラッグラッグラ。なんとかするだとお? そんなことは――」
「わかっているさ」
言葉を遮られ怪人が不快げに顔をしかめる!
「お前こそ、驚いたかと言ったな――驚くわけがない。飽食帝国の怪人が自らの元となった料理をふるまうことで相手を手下に変えてしまうことなど百も承知なのだからな。そして、それが決して元に戻らないということも、だ」
「え……」
お兄ちゃんの顔色に失望がにじむ! 話が違うぞギョウ・ザーン! なんとかすると言ったじゃないか!
「フフン……フォアーーッグラッグラッグラッグラ! だったら何をどうするってんだ! どうやってガキを助けるってんだ? ああ!?」
「それは――この、拳でだ!」
言葉の通り! 握りしめた右の拳を顔の高さに掲げるギョウ・ザーン! 信じてもいいのか……!?
「ゆくぞ!」
そして駆け出す! 前へと! 悪へと向かって!
「フン! オレ様が出るまでもない! やってしまえ、手下ども!」
「ホーウッ!」
「ホホーウッ!」
命令に従い黒タイツたちが赤タイツへと殺到する!
「ま、待って! ケイコが!」
「案ずるな少年! ギョウザーン・パーンチ!」
両者が激突する寸前! 急ブレーキで止まったギョウ・ザーンがものすごいパンチを放った! すると総勢二十人いた黒タイツのうち十人が風圧で吹き飛ばされた!
「ホーウッ!?」
「ギョウザーン・キィーック!」
続いて蹴り! ものすごい蹴り! これで残りの十人も吹き飛ばされた!
「ホホーウッ!?」
「ケイコ!」
「案ずるな少年――気絶させただけだ」
それなら安心だ!
「ギョウザーン・ラッピング!」
そしてギョウ・ザーンが両手をかざすと半透明で大きな餃子の皮が人数分現れて倒れ伏す黒タイツたちを包み込んだ! 等身大の餃子二十人前完成だ! これで彼らは身動きが取れない!
「チッ! 役立たずどもが!」
「さあ、あとはお前だけだ!」
ギョウ・ザーンは改めて怪人に向き直る!
「調子に乗るな餃子ごとき大衆料理が! 世界三大珍味であるこのオレ様に敵うと思うな!」
肩のビーム砲が火を噴き! 膝のドリルが激しくうなる!
しかしギョウ・ザーンはそのすべてを巧みに避ける!
「なんだと!?」
「お前は確かに――世界が認めた珍味なのだろう――」
「このヤロウ! なめやがって! オレ様は飽食帝国四天王の一人、“脂”のフォアグ・ラーンだぞ!」
怪人は背中の羽を激しく羽ばたかせて巨大な竜巻を巻き起こした!
しかしギョウ・ザーンはそれも巧みに避ける!
「な、なにいーっ!?」
「だが! 珍味は珍味であって――美味とは限らないのだ! 食らえ! ギョウザーン・バーニィン・ナコォゥ!」
そのとき不可思議なことが起こった!
固く握りしめられたギョウ・ザーンの拳が大きさはそのままに美味しそうな焼き餃子に変化したのだ!
そして!
「な、なにいーっ!? モガッ!?」
驚愕に開かれた怪人の口へと叩き込まれた!
そう! 言葉通り! 拳を食らわせたのだ!
「こ、コレは……!」
むろん怪人は吐き出そうとする! しかしできなかった! なぜなら!
「美味い!?」
美味しかったからだ!
「美味い! 美味いぞ! なんだこれは!?」
咀嚼!
嚥下!
そして!
「うーまーいーぞーーーーーーーーッッ!!」
ちゅどーーーーん!
爆発! 四散!
フォアグラ怪人フォアグ・ラーンは食らわされた餃子のあまりの美味しさに木っ端みじんに爆散した!
噴き上がる爆炎を背景にギョウ・ザーンがポーズを決める!
「完! 食!」
悪は滅びた!
つづく!
トゥビィコンティニュード!