6話『地形破壊』
行軍とは
軍隊が移動する際や地球で言うところの学生達が長距離を移動する際に使われる言葉であるが、この世界でいう行軍とは
「基本的に一体のモンスターが中心となって移動する…それが行軍。」
「さっき言ってたロックゴーレムってのがその一体って事ですよね?」
「そう…報告だと更に2種のモンスターの他にいるようだけど間違いないようね」
ギルドマスターのセシリア、アユム、アミーラは地下牢から出て地上を歩いていた。
大勢の人が荷物や馬など移動させながら忙しなく動いている、それもそのはず…もうしばらくすればこの町に大量のモンスターがやって来るのだ。
「凄い人数ですね」
「一応開拓の最前線だから、冒険者も開拓者も集まるし素材を求めて商人も来る…この町が大きくなるのも3年かかったわ」
「……それまでは行軍って無かったんですか?」
「無い訳じゃなかったけど、その時は優秀な冒険者と開拓者達が居たから何とかなってた…今は様々な理由で出払ってたり怪我して動けないけど…着いたわ」
話してるうちに目的地である、ギルドの建物までやって来た。
ここに来た理由は1つ…アミーラの件でとある物が必要になったからだった。
「それでどのくらい必要なの?それほど多くは備蓄してないのよ」
「…そうですね、小石程度の10個あれば十分です」
「そう?なら少し待ってて」
そう言ってセシリアはアユム達を残してギルドの中に入っていく、周囲はかなりの往来だがギルド入口付近には誰も来ないので少し移動してアユム達は待つことにする。
「しかし本当に魔石?で修復出来るの?」
「はい、飲食でのエネルギー補給でも出来ますが時間がかかるので」
「うーん…ハイテク」
今回の作戦に不可欠なアミーラの言う『砲』という武装、それらを修復する為にはモンスターから出る魔石が必要らしい。
「魔石のエネルギーを装甲や部品に変換し組み立てる作業を私の中で行えれるので、1番効率が良い…というデータがあります」
「それどこ情報?」
「さぁ?私がこのタイプになった時からあったので」
「ふむ…ダジ……様がやってくれたのかな?あれから特に何も言ってこないけど…ん?」
アミーラと話してるとギルドの中が少し騒がしい、入口は西部劇にも出てくるようなドアな為中の様子が見える。
どうやら怪我してる集団がセシリアと話してるらしい。
「俺達も戦わせてくれセシリア!あんたが町に残るって話は聞いてんだ!あんたを残して逃げれるか!」
「落ち着いて…貴方達の言う事はよく分かるけどその怪我で戦えるわけないでしょう?」
「そうだがよォ…俺達が長年安心して冒険に行けてるのもこの町とあんたが守ってくれてたからだぜ、次は俺達が町とあんたを守る番だ」
どうやらこの町で長年居る冒険者達のようだ、それぞれかなりの怪我をしているようで治療をした痕跡が見える。
「…はぁ…その体で何言ってるの」
「痛てぇ!?」
セシリアが男達の1人の体を指でつつくと男はかなりの激痛なのか体を硬直させて動かなくなる。
「何度も何度も建て直して作り上げたこのエレファムルがそう簡単に無くならないわ、また私達の手で建て直せばいいの」
「しかしだな…」
「それに私も死にに行く訳じゃないわ、試したい事があってそれが駄目なら逃げるから」
そう言うと視線を向けてくるセシリアとそれにつられて集まる視線を感じたアユムはとりあえずヒラヒラと手を振っとく。
「…あれが試したい事?」
「まぁそんな所ね、ほら行きなさい?その元気は次に取っといて」
「……分かった、また会おう…セシリア」
そう言うと男達はギルド職員が居る場所に向かいセシリアはアユム達の所にやって来る。
「彼らは?」
「少し前に大怪我して帰ってきた冒険者達…私がこのギルドに来る前から最前線で戦ってた凄腕よ」
「凄腕…彼らはどうするんですか?」
「あのまま職員達と負傷者達と合流して町から脱出する予定、はいこれ」
そう言ってセシリアは小さな袋を取り出しアミーラに渡す。
「…本当に何とか出来るの?」
「絶対は無い、けど私は可能だと思ってます」
アミーラはセシリアから小袋を受け取り、アユムの方を見る。
恐らくアユムが考えてるのを察してるようでありアユムは頷く。
「…さて、そろそろ向かいましょう」
行軍が来るとされる西部の門へ。
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「急げ!もう姿が見えるくらいの距離まで来てるぞ!」
「それはこっちじゃねぇ!あっちの方に持ってくやつだ!」
門に近づいてくると武装した人物達が門の前に物を置いたり、門の外に穴を掘ったりしていた。
この門が突破され中がある程度蹂躙された時、次に向かうのはこの町に住んでた者達の方向に来るかもしれない。
少しでも遠くに逃げる時間を稼ぐ為に試行錯誤しているようだった。
「セシリア!」
「ニック!」
アユム達が壁の上に登ろうとしてると、現場の指揮をしていた副ギルドマスターのニックが近づいてくる。
「住民の避難はある程度完了した、後はここを終わらせればいつでも出発出来る」
「お疲れ様ニック」
「…本当に大丈夫なのか?かの勇者ですら行軍を数人で対処したなんて聞いた事は…」
「分かってる…この上を登れば見えるはずよ」
明らかに不安そうだが、仕方ない事だろう。
目の前に居るのは若い2人…それもちゃんとした装備ではなく片方はこっちの世界では珍しい素材の服を着ている。
場所が場所ならどっかの金持ちの馬鹿息子と思われるかもしれない。
「アミーラ下から覗かないでね?」
「今更下着の1枚や2枚見られても大差ありませんよ」
「えッ!?」
「冗談です」
「冗談だよね?あー良かった、けど俺今ズボン履いてるから見えない筈だよね?」
「…………」
「アミーラさん!?」
登る梯子の途中で緊張感の無い会話をする2人を眺めてセシリアとニックは静かになる。
「……本当に大丈夫なんだよな?」
「…多分…」
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時刻は何時頃なんだろうか、アユムは背後の遠くに薄く見える薄明線を見つけ太陽が東から上がってくる事が分かる。
「この世界でも東から太陽が登る自転は大差ないのか…赤道がどの辺か知らないけど四季はちゃんとあるよな…?」
西の方を向き見える大量のモンスター達を眺めて深呼吸をする。
太陽と共に確認した広がる街並み…これらが破壊されるかどうかは自分達にかかっている。
隣を見るとアミーラもアユムを真似てか深呼吸をしていた、果たして彼女にそれをする必要があるか分からないが必要なのだろう。
「来たぞ!行軍だ!」
「めちゃくちゃいるじゃねぇか…」
「退却!急げ!間に合わなくなるぞ!」
周囲では落とし穴等作業をしていた兵士達が道具を纏めどんどん馬に繋いだ荷車に乗せていく、ギリギリまで作業をしていたからか退去が遅れている。
「あれが行軍…」
数は5000もいるだろうか?一面を覆う量の狼と両手を広げたサイズのコウモリがわんさか飛んでいた。
そして一際目立つのがゆっくりと…だが着実に向かってきてる大きな岩の塊。
「あれがロックゴーレムか…大きいな」
例えを大きくして言えば山が動いてるような感じと言えば的確だろうか?
そのくらい大きな岩が生きてるのように動いて向かってくる。
「…最後に聞くわ、逃げるなら今のうちよ」
「…………」
「貴方達がどんな方法でドラゴンを倒したのか知らないけど、この量はドラゴン以上の存在でもあるわ」
やんわりと無理なら今のうちに言うべきだと言われるが、アユムはあの黒い鱗をもつドラゴンの事を思い出し…あのドラゴンと比べれば比較的気持ちが落ち着いている。
「大丈夫、アミーラ準備は?」
「ふぁい」
「ん?」
おかしな返事に目線を向けると、魔石を小袋から取り出し金平糖を食べるように食べてる相方が居た。
「…美味しい?」
「例えるなら死ぬ1歩手前で食べる小石ですね」
「小石食べたことあるの…!?」
「例えです、摂取方法は口からしか行えないので」
「……まぁ魔石ってのを忘れれば飴を食べてる感じに見えるね…」
魔石を食べ終え、アミーラはアユムに頷く。
アユムも準備が終えたアミーラを確認し、もう一度深呼吸をする。
そして腕を上げて指をモンスター達の方へ向ける。
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行軍とはいつから始まった現象か分かってない。
モンスター達の怒りなのか、魔王復活の余波に感化され集まってるのか、意図的に起こされてる事なのか。
何一つ分かってない。
だが行軍は2つの現象で落ち着く事が確認されている、1つはある程度の移動を終えるとモンスターは散り散りになる事。
だがこれはどの程度かは判明してない、モンスター達の気まぐれか…
そして2つ、それは中心となっているモンスターが倒れた場合モンスターは統率力が無くなってその場でバラバラに動き始める。
「…ロックゴーレムは…あそこか」
今回の行軍の中心はロックゴーレム、そのモンスターは硬い岩石が厄介で武器や魔法があまり効かないらしい。
「急げ!もうすぐそこまで来てるぞ!」
「ま、待ってくれまだ僕の剣が…」
「そんなの置いていけ!また手に入れりゃいい!」
「初めて自分で買ったやつなんだ!」
その厄介さから見かけたら中級?以上が相手するらしい、アユムとしてはその中級とかいう単語が気になるが今は目の前の事だ。
「よし!全員乗ったぞ!出してくれ!」
「おいあそこにまだセシリアがいるぞ!何やってんだ早く乗れ!」
まだ壁の上に残ってる3人を見つけ何人かが叫んでるが、もう準備が終わっているので3人は動かない。
アユムは腕を微調整し、ある箇所に指先を向ける。
それはロックゴーレム…ゴーレム系の弱点とも呼ばれる部分。
それら全ては必ず右胸元付近に『コア』が存在するという弱点が
「『消滅』」
それは一瞬だった、もうそこまで遠くない距離まで来ていたモンスターの行軍は途中でパタッと動きを止めたのだ。
その原因は移動の中心に居たロックゴーレムが動かなくなったからだ、何故?
体を繋ぎ止めていた岩がひとつひとつ元々そこにあったかのように落ちて運悪く狼の一匹が下敷きになってしまう。
「……ロックゴーレムが…崩れてく…」
セシリアの目の前に見えたのは、コアがある筈のロックゴーレムの右胸と右肩にあたる部分が一切無くなってロックゴーレムが形を保てなくなり崩れていく様だった。
「アミーラ」
「はい、『プログラム起動、対象確認、安全装置解除、これより殲滅します』」
統率が無くなったモンスター達は大半が怯えるように元来た道を戻るように走っていくが、1部のモンスター達はそのまま町に向かってくる。
その数は1000以上はいるだろう。
だがそのモンスター達もすぐ姿形も無くなった。
激しい爆音と炸裂する地面、飛び散るモンスター達。
まるで雷が地面に連続で叩きつけられてるような音にセシリアや下に居た面々が耳を塞ぐ。
1分くらいだろうか?音がしなくなり、セシリアが恐る恐る目を開くと目の前に広がるのはボコボコに地形が変形した大地だった。
「…凄い……あの量のモンスターをこんなに簡単に…」
「…セシリアさん」
呆然としてるセシリアに声をかけ、アユムは差し込んでくる朝日に照らされながらニコッと笑う。
「これでだぁぃじょぉ…」
「ちょ?!大丈夫!?」
大丈夫と言い切る前にアユムは顔を真っ青にして膝から崩れ落ちる。
「あ、あのくそ神…めちゃくちゃ燃費悪くなってるじゃ…ねぇ…か…」
何か文句を垂れながらアユムは痙攣しながら気絶してしまう。
とりあえず落ちないよう移動させ、セシリアはもう一度現場を眺める。
あまりにも現実離れした光景と伝承のような出来事に拳を握りしめアユムとアミーラを見る。
「欲しいわ…貴方達…!貴方達が居れば数年…いや数十年開拓が早くなる…!」
かくして早朝から昼にかけて脱出していた人達と脱出準備をしていた人達が町に戻り、いつもの日常へと戻っていく。
謎の男女が行軍を撃退したという話が広がりながら。
そしてアユムは2日寝込んだ。