335 話『暑さと話と氷』
開拓最前線の町エレファムルにある冒険者・開拓者ギルド1階の酒場、熱光線かと疑う程の日光から扉を開けて中に入るとムッとした空気が漂っていてアユムは思わず頭を抱える。
「…窓開けてこれですか」
「何ででしょうね」
「いや多分毛皮率が高いせいだよ…」
アユムと共に酒場に入ったポメが不思議そうに言うためアユムはすぐにツッコミを入れる、ポメラニアンのためもふもふしてるポメだが今は毛を刈ってさっぱりしている…のだがそれでも獣の割合が多い獣人の宿命か汗でちょっとしっとりしてる。
そして酒場の中にいるギルド職員は漏れなく獣人のため毛によって熱が籠り数集まって気温上昇の手助けをしてしまっている、コモンドールの獣人のギルド職員に至っては床に伸びてるため掃除中のモップかと勘違いしそうになっていた。
「それで上に行けばいい?」
「はい、部屋でギルドマスターが待ってる筈です」
「OK…あとこれ気休めにしかならないけど」
「これは…あ…アユムさん…!!!皆アユムさんが氷を…」
「「「!!!!」」」
ギルドに1人で来たのには理由がありギルドマスターのセシリアに呼ばれての事であった、ポメに確認を取りつつぐったりしてるギルド職員達を哀れに思ったアユムが即席で作った氷を渡すとぐったりしていた獣達がまるで水を得た魚のように機敏な動きで氷を持ってるポメへと突撃していく。
「ちょっと1番働いてるの私よ!」
「…それ言ったら…」
「1番毛深い俺が使う権利あると思うんだが!!」
「わー!皆さん落ち着いて!落ち着いて!!」
「…渡さない方が良かったか?」
『ま、帰りにまたあげればいいでしょ』
「だな…」
壮絶な取り合いを見て判断を間違えたかと思いつつアユムはその場を後にして階段を上がっていく、そしてポメ達の争奪戦を横目にふとある事に気づく。
「…これセシリアさんもダウンしてるのでは?」
『流石にそれはないでしょ〜、一応ギルドマスターだよ?』
「元とはいえど上級冒険者だったらしいし…大丈夫だよな」
ギルドマスターであるセシリアも獣人であり暑さに負けてるのでは?と考えまさかなと思いつつアユムはギルドマスター室へと向かう。
「やだやだ働きたくないー!暑い水浴びしたい日陰で涼みたいー!」
「…セシリアさん…」
『あらら…』
そこには暑さに負け駄々っ子のように床の上を転げ回ってる情けないギルドマスターの姿があった。
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駄々をこねくり回してるセシリアをどうにか席に座らせアユムは机の前に戻るとセシリアは頬を膨らませながら手に持っている木の板で自分を仰ぐ。
「あづいよ〜…」
「セシリアさん俺情けないっすよそんな姿見たくなかったっす」
「しょうがないでしょ!!!アユム知ってる?!さっき外に置いてた鉄板の上で卵焼けたのよ!!!」
「それは誇張し過ぎでは…?」
「うぅ…こんな仕事無ければ今頃風通しが良くて涼しい日陰でまったり出来るのに…」
「猫だ…ま、まぁほらクリラスラ商会が画期的なのを置いてくれるんでしょ?それまでの我慢ですよ」
「それまで待てない!」
「待てないかぁ…」
ほぼ駄々っ子になってしまっているセシリア、ギルドマスターの威厳すら保てないほど暑いらしく困ったものだと思っているといつの間にかジタバタしてたセシリアは大人しくなっておりジッとアユムを見ていた。
「な、なんですか」
「…なんでアユムはそんな涼し気な顔してられるのよ」
「え?いや…それは〜…」
「よく見れば汗ひとつ流してない…さては…自分1人だけ涼んでるわね…!!!」
「ぎ、ギクッ!!!」
ビシッと人差し指を向けられ思わず身体に纏わせていた冷気が気化して煙となり出てしまってセシリアはそれを見て机を叩きながら立ち上がる。
「ずるいわアユム!卑怯よ卑怯!」
「卑怯って、自分が出来る事で工夫するくらいいいじゃないですか!自分の魔力使ってるんですよこれ!」
「うるさい!こうなったら私も涼んでやる…!」
「あ!ちょ!やめ…あっっっっつ!!?なんだこれあっっっつ!!!セシリアさん暑いから!くっつかないで…離れろぉぉぉお!!!!」
まるで親の仇を見るかのような目を向けてきたかと思えば獲物を捕まえるが如く飛びかかってくるセシリア、一瞬のうちに抱きつかれるように捕まりそれと同時に物凄い毛量とその下に隠れきれてない熱気が襲いかかる…体の熱を冷気で冷やしてたアユムから冷気を奪いもっふもふのセシリアを全力で剥がそうと必死に格闘して数分後。
「あ〜♡涼し〜〜♡」
「い…1時間したら……溶けるん…で…」
「はーい♡」
肩で息をしながらアユムは手のひらサイズの氷の扇風機を出して置くとその扇風機から冷たーい風が流れていきその風を顔から受けてセシリアはとても満足気に涼んでいた。
『良かったね〜?女性から熱烈なハグしてもらって』
「やかましい…それでセシリアさん話ってなんですか」
「…そうだった」
「おい」
あまり嬉しくなかったハグに頭を抱えながらアユムはセシリアに話を振る、クリラスラ商会にまで探しに来たポメが来た理由はギルドマスターであるセシリアがアユムを呼んだため…扇風機の冷気で涼んでいたセシリアはハッとなりすぐに身なりを整えてアユムを見る。
「アユム、貴方…いや貴方達にある提案があるの」
「俺達に?」
「えぇ……『上級試験』受けてみない?」
「じょ…上級試験だって?!え…ちょっと待ってくださいよ!上級?俺達が…ですか?」
「えぇ、アユム、アミーラ、リサ、サヨ、ダガリオ、ヒストル、スズラン…計7名が対象よ」
「いやでも俺達まだ下級だし…それに中級試験すらやってないんですよ?」
冒険者・開拓者ギルドにはランクがあり下級ABCからはじまり中級…上級…特級Sと存在する。
そのランクにはギルドから受けれる依頼の指標だったりギルドが存在する各国に行けるようになれるといったりと他にも様々な利点が多くある、だがなりたくてなれるものでもなくましてや下級Bであるアユム達が上級試験を受けるのは普通では考えられない…本来ならば中級試験を受けて段階的に上がるもので困惑しているとセシリアは咳払いをする。
「こほん、とりあえず私の話を聞いてくれないかしら」
「は…はぁ…」
「確かにアユム達はまだ下級ランク…普通ならまず下級Aに上がってそこから中級試験を受けてもらって…という流れが一般的ね」
「ですよね」
「ただ…今回は特例よ」
「特例…ですか」
「えぇ、行軍を止め王都を守り四魔獣『玄武』『朱雀』を討伐した…それらを考えれば誰も文句は言わないわよ」
並べられたもので考えれば確かに下級ランクのやっていい事ではなく場所によってはホラ吹き小僧と呼ばれても仕方ない事ばかりである、そんなのが下級のままなのは第三者から見れば不自然に見えるだろう。
「…ひとまず上級試験を受けられるという話は一旦分かりました、ただ何故急に?自分で言うのはあれですが上級…と言わず中級にしてもおかしくないのに下級のままでしたよね?」
ランク制度はギルド側が管理している、そのためランクを上げたければギルドの意向か上げてくれと進言しに行くしかない。
アユムとしては色々あり過ぎてランク云々の話をしに行くのを忘れてたがギルドとしては早々にランクを上げる話をしに来てもおかしくはない、何故今になって上級試験の話をしに来たのか?そうセシリアに尋ねるとセシリアは少し申し訳なさそうな顔をしながら俯きアユムを見上げる。
「その…実はアユム達のランクを上げるのを止めてたのは私なの」
「セシリアさんが?」
「えぇ…本当はアユム達は半年前くらいには上級にしてもいいとは思ってたのだけど…上級になると色々とあるのよ」
「…色々…ですか」
「上級ともなれば優秀な者という扱いをされ始める、そうなるとそれほどの人物ならってその冒険者や開拓者を雇う貴族とかがいるの」
「…あー…いわゆる傭兵とか護衛的なやつですか?」
「そ、半年前はまだ貴方達ギルドに来てそんな経ってなかったからそういうのに巻き込まれるんじゃないかって思って…」
「セシリアさん…」
この町には明らかに上級なのに中級冒険者や開拓者の者ばかりいる、彼らは開拓最前線の町から未開拓地への調査が主な仕事となり実力も伴った優秀な者ばかりだ…だが彼らは上級ではなく中級なのはそういったしがらみに関わらないようにするためなのかもしれない。
四魔獣『玄武』を討伐した辺りのアユム達は確かにまだまだ半年程度の期間しか経っておらずそんな時に上級やら貴族やらの話が来たら困った事になっていただろう…ましてやアユムは破壊神の使徒であり使命がある、下手なトラブルは避けたい。
「…あと開拓の為にアユムを開拓者にしたのに取られるのはなんか嫌だ」
「えぇ…」
「とにかく、少し前まではそう思ってたのだけど今は状況が違う…あれから貴方達はあっという間に凄くなっちゃってむしろ私の考えが貴方達の邪魔になってると思ってたの」
「邪魔なんてそんな」
「それに…上級になればギルドカードを見せるだけでギルドから信用されてる者として扱われるわ、ギルドがある他の国に行く時にも役立つしアユムにはその方が都合が良いんじゃない?」
「…それは…確かに」
今や四家などの貴族に国王や教皇にも面識があるようになったアユム達…あの時から考えればある程度のトラブルなどトラブルのうちに入らないだろう、そして上級になった方が色々とアユム達には便利になるとそう考えたセシリアは今回の話を持ってきてくれたらしい。
「……分かりました、確かに上級になった方が色々とやれる事も増えそうですし良いかもしれません」
「なら…」
「ただ上級試験を受けるかは仲間達と決めてからでもいいですか?…俺1人で決めれることではないので」
「えぇ、大丈夫よ…念の為に試験の内容は先に伝えとくわね」
色々と融通を利かせてくれたセシリアの計らいでもありアユム自身としても上級になるのは悪くない話であり受けても問題はないと考えていた、ただパーティーのリーダーであるがアユムの一存で決めれることではないため一旦持ち帰る事にするとそういうものなのかそれともアユム達だからかセシリアは先に試験内容を教えてくれるらしい。
「今回、貴方達の上級試験はとある依頼を受けてもらってその依頼をクリアすること」
「依頼…ですか?」
「えぇ…数日前にここのギルド宛てに依頼の手紙が来たの、ここから北東にある港町『セイレーン』という町からね」
「ん?なんでその港町からこの町に依頼の手紙が?」
港町と聞いて沢山の船を思い浮かべながらアユムはふと疑問を口にする、エレファムルは開拓最前線の町…海からかなり遠く北東のどこ辺りかは分からないがこの町からそこそこ距離がある筈だが何故わざわざこの町に依頼を?そう思っているとセシリアは苦笑しながら頬をかく。
「手紙には集いし英知にこの依頼を受けて欲しいって書いてあったのよ」
「集いし英知…と言えば…」
「そう、私達の事ね」
集いし英知、セシリアとニックとテコッタ、そしてアユムは会った事がないサインという人物がパーティーを組んでいた時の呼称でアユムも何度かその名を聞く機会があった。
「なるほど、セシリアさん達がこの町にいるのを知って送ってきたと」
「と言っても手紙の内容からしてまだ私達が現役だと思ってるらしいけど…多分私がこの町でギルドマスターやってるのを聞いての事なのだろうけど」
「……そう言えば話が変わるんですけど」
「ん?なに?」
「なんでセシリアさんとニックさんはギルドに?」
「……………」
港町の依頼主はセシリア達がまだ現役の冒険者・開拓者だと思って依頼を出した…その話を聞いてアユムはふと何故セシリアらが引退しているのか考えてしまう、加齢や病気に怪我など様々な理由で現場を退く者は多いが目の前にいるセシリアはまだまだ若く大きな怪我をした様子も病気にも見えない…わざわざこの町に手紙を出すくらいで知名度もあり実力もあっただろう集いし英知のメンバーである2人が何故ギルドにいるのか?ちょっとした好奇心が混じった疑問をセシリアに投げかけたアユムだったがセシリアは立てかけられている2振りの剣を見る。
「…5年前にちょっと色々あってね、その時にパーティーを解散したの…そんな時に開拓地の話を聞いてギルドに入った……って感じかな」
「……そうだったんですね…………なんか…すみません」
「なーに謝ってるのよ!まぁ未だに頼られるのは悪い気がしないからもう少し現役でも良かったのかしらね〜」
「…もしそうだったら手合わせして貰いたかったですよほんと」
手紙をヒラヒラさせながらセシリアは笑いアユムはその流れに乗り……その明るさにアユムは何処かホッとする…過去の話をしていた時のセシリアの目は立てかけられていた剣ではなく何かを見ておりその雰囲気からアユムとセシリアの間に1本の線が引かれているのが目に見えて分かった、アユムが軽々しく聞いてはいけない様子であり明らかにセシリアはこの話をしたくないようであった…誰にでも知られたくない事はありセシリアはそれがそうなのであろう。
すぐに切り替えてくれたセシリアに感謝しつつアユムもまたすぐに切り替える。
「それで依頼の内容というのは?」
「そうだったわね、依頼の内容は…『クラーケンの討伐』よ」
「…クラーケンですか」
「えぇ、近海にクラーケンの目撃が多発しているらしく実際に被害が出てるらしいわ」
「…ふむ…」
伝説上の海の怪物、だがこの世界で伝説上などという話はあってないようなものだ…タコだったりイカだったりどっちもだったりと姿は曖昧らしいがクラーケンが出るということは…海。
「…分かりました、一旦皆の所に戻ってこの話をしてきます…今夜までには返答を」
「待ってるわね、あとちなみにこの涼しいの溶けないやつは…」
「それでは失礼しました」
そう言ってアユムはそそくさと部屋から出ていき扉固く固く閉じる、上級試験…アユム自身は悪くない話だと思いつつも仲間達がどう思うかは分からない。
扉の向こうから懇願にも近い喚き声を聞きながら扉を氷で固めてアユムは仲間達の元へと戻るのであった。




