198話『瞬間と時間』
向かって来るその黒い物体…人型をしてはいるが男か女かすら分からないほど黒い物体によって包まれたそれらはその拳を振り上げアユム達に襲い掛かってくる。
「リサ、ダガリオ!」
「こっちは任せろ!」
「くそ…サヨ加護くれ!」
「『我が主よあの者に祝福を!』」
囲まれている以上3人で止めるしかない、アユム、ダガリオ、そして加護で無理やり体を動かしているリサが前に出て黒い物体に身を包まれた吸血鬼達へ武器を振るう。
「『凍れ!』」
単純で短いが確実にイメージが容易な方法でアユムは吸血鬼に薙刀を突き刺し体内から氷を発生させるため薙刀を構え大きく突きを飛ばす。
…だが想像通りに事が運ぶ事は無かった、薙刀は黒い物体に当たった瞬間弾かれてしまいアユムの攻撃が不発に終わってしまう。
「なッ!?く…ッ!」
寸前のところで振るわれた吸血鬼の拳を避け懐に潜り込みそのままタックルを食らわし吸血鬼を吹き飛ばす。
「なんだあの硬さ…」
『見た感じ単純に硬いって訳ではないと思う、多分あれの大元が原因かも』
「となると異様な硬さに納得するしかないか…異物が相手となるとな…!」
話している間にも襲いかかってくるのを相手にしつつアユムは周囲の様子を伺う、ダガリオとリサも同じ衝撃が走ったようだがすぐに対応した様子で攻撃しつつも絡み手や打撃で対処していた。
「『闇を封じよ!』」
どうしても取りこぼしてしまう者はアミーラ、スズランが対応しヒストルの光り輝く魔法が吸血鬼達の動きを封じ難なく動いていた…むしろ黒い物体が以上に硬いだけでスピードは若干遅くなり吸血鬼の時の方が厄介であり弱くなってしまっている説があった。
「(何故わざわざ………混沌…片鱗…不完全…覚醒に向かってる…)」
何かがおかしい、そう思いながらもスピードと硬さ以外は元の吸血鬼達と変わらないため油断は出来ず戦っていると…悲鳴が響き渡る。
悲鳴がした方を見ると黒い物体がダガリオのロングソードによって切り裂かれており中の吸血鬼の姿が露わになっていた。
「確かに硬かったが数度同じ場所を攻撃すれば壊れるぞ!」
「はーん…それが分かれば…こっちのもんだ…!」
両手に短剣を持ちリサは目の前の敵の攻撃を避け腹部へ連撃を叩き込む、数度は攻撃が通らず弾かれてしまったが5度目の攻撃の瞬間…まるで布を切り裂いたように黒い物体が切れ鮮血が飛び散りくぐもった悲鳴が響き渡る。
確かに攻撃が通った、これならばすぐにでもガルの方へ攻撃を向ける事が出来るだろう…そう…アユムは思っていた。
だがある一点が引っかかり攻撃を続けながらも目の前の敵を観察する。
「(ただ味方を弱くして戦わせて何になる…?時間稼ぎにしてもやり方が遠回し……何であの吸血鬼達は『生きてる』?)」
目の前にいる黒い物体に包まれた吸血鬼達は悲鳴を上げた、それまでは声1つ上げなかったのに。
それ以前にも明らかに人の動きではない関節の動きで起き上がった事もありアユムは包まれてしまった時には絶命してるものだと思っていた…
何かがおかしい
「…ッ!皆あとは頼む!」
「分かりました」
突然アユムは目の前にいる吸血鬼を無視して走り出し、アミーラが代わりに前に出る。
走り出したアユムは薙刀を振るい魔力を溜め…ガルへ向け振り下ろす、放たれた魔力は氷の槍となりガルへと降り注ぎ雨のように落とされる。
飛んでくる氷の槍をガルは背の翼で自身を守り全て防がれてしまうがアユムは気にせずガルの前に立ち薙刀を構える。
「仲間を助けず良いのか?」
「舐めんな俺の仲間を、それに何ならあっちが片付く前にお前を倒さないといけないしな」
「…ほう?気づいたか」
「…お前は混沌神の力を借りて儀式をしてる、混沌神はその名の通り混沌の神…力を借りるには混沌を用意する必要がある」
ガルが用意した儀式の生贄、それはこの町を支配することによって町の住民達を抑圧と恐怖で支配することで起こる混沌であり現にガルが続行しているのを見るに儀式には十分である事が分かる。
「あの黒いのに包まれた吸血鬼達は『生きてる』が『死んでる』…新しく用意する事で必要な生贄を増やした、どうやってかは知らないがな」
「……クックックッ…大方正解だ、褒めてやろう人間」
吸血鬼達は黒い物体に包まれた時点で死亡している、だがその後何らかの力で生きる事を強制されダガリオ達に切られる事で激痛で悲鳴を上げている。
混沌、と言えば簡単だがこれにより捧げるものが増え儀式が加速する…アユムが空を見上げると既に月と月が重なろうとしている段階でありあのまま続けていればガルの思惑通りに進んでいただろう、仲間達はまだ来れないがアユムだけでも来るしかない。
ガルを止めるため。
「だが…お前も分かっている筈だ…私もこの力を得てようやく分かった、貴様は異様だ…私と同等の力を有している」
「………」
「分かるな?お前ひとりでは…私には勝てない」
今のガルはヒスイの氷の力を宿したアユムと同じレベルの存在感があった、それは神の恩恵を受けた使徒と同レベルでありガルが使徒と同じ存在まで自身を底上げしていると言える。
厳しいだろう、率直なアユムの答えであった…
するとアユムの肩に手が置かれ目だけ向けるとアユムの傍に実体化したヒスイが立っており氷の薙刀を手にガルを睨む。
『残念だけど2人、よ』
「ヒスイ…」
「ほう?妖精の類か、まぁどうでもいい…私はこの力を試したくてうずうずしている」
そう言いガルは翼を閉じマントをなびかせながら一歩前に出る。
「覚醒の片鱗、試させてもらおう」
『くるよ!』
「あぁ!」
ガルの姿がブレたかと思った次の瞬間、既にアユムの前にガルの姿があり一瞬アユムの思考が停止する。
あっという間の移動、ただただ早いでは済まされない異次元とも言えるその動きと共にガルはその手を振るい手袋を破き鋭い爪が露わになる…アユムは咄嗟に自身の体の氷の甲冑の下に更に氷の壁を作った瞬間、ガルの爪は氷の甲冑をケーキを切り分けるように簡単に切り裂きアユムの体に当たる寸前でその爪が止まる。
もし更に氷の装甲を追加してなければ…想像してゾッとしつつもガルへ前蹴りを放ちガルはアユムの蹴りを避けそのまま追撃を仕掛ける。
『氷牢!』
「っとっと、危ない」
反応が間に合わないアユムの代わりにヒスイが薙刀を振るい地面に突き立て地面から氷の柱が無数に生えガルを封じ込める柵のように囲む、だが一歩早くガルに気付かれまた一瞬で目の前から消え声がした方向…上空を見ると氷の柱よりも高い場所まで飛んでいたガルの姿があり氷牢の範囲外まで下がる。
「何だあの動き…ヒスイ見えたか?」
『見えてないよ、一瞬であっという間に移動して…これってリサちゃんのスキップに似てるよね?』
リサのスキルスキップは短距離を一瞬で移動するスキルであり確かにガルの一瞬での移動は似ている部分が多い。
だが似ていない特徴があった。
「リサのスキルはただ単純に短距離を言わば瞬間移動してる、だから飛んだ先の事は飛んだ後にしか分からない…だがガルの今の一撃は全部『把握』してた」
先程の一瞬の接触ではアユムは複数の策を巡らせていた、地面には冷気を流し薙刀で氷牢の準備をし最悪一気に魔力を解放し全体に冷気を放ち周囲を凍らせるつもりであった。
だがそれをガルは一撃、それもアユムが防御しないといけないと本能的に察知するレベルの一撃で黙らせた…悟らせるほど見え見えにやっていない上にただ飛んだにしてはあまりにも見え過ぎている。
「クックックッ…反応したのは流石だと言いたいが…これならどうだ?」
『ッ!また来るよ!』
「考える暇すらないか…!」
表情が見えないがガルは笑いながらもその翼を羽ばたかせるように動かしアユムへ一直線に向かって来る、馬鹿正直に正面から来るのかそれとも絡め手を使うのか…ギリギリまで判断が出来ずにいるとヒスイが姿を消し薙刀の中に戻ってくるのを見てアユムは安堵する。
元よりヒスイの実体化は魔力の消費が激しい、アユムの魔力の消費軽減ともしもの時にヒスイが何処へでも出てこれるようになったことでアユムの死角をカバーできることになる…安心感が格段に上がりアユムは真っ向からガルを向かい打つ。
「『氷刺殺!』」
魔力を薙刀の刃に集め地面へと叩きつける、すると地面から大量の先が尖った氷の柱が生えガルを貫かんと言わんばかりに襲い掛かる。
だが氷の柱はガルの横振りで破壊され障害にもならず接近を許してしまう、急いで薙刀を構え直し魔力を込め間合いに入った瞬間大きく振り下ろす。
…が、一瞬で目の前からガルが消えており殺気を感じ横を見ると既にアユムに向けその爪を向けアユムの仕掛けた地面の冷気を飛んで避けてきているガルの姿があった。
そこにヒスイが実体化し防御する為に薙刀を構えるが…アユムは嫌な予感を感じていた、何故そんな予感がしてしまったのか?コマ送りに感じる景色を見ながらガルの爪がヒスイの薙刀に当たる瞬間…ガルの姿が消える。
「まさ…!」
視界の中にはいない、だがアユムには分かっていた…既にガルは反対側へと回り込んでおりアユムが反応するよりも早くガルの爪がアユムに当たる事も。
間に合わない、最悪死を覚悟しながらせめて意識だけは飛ばさないように歯を食いしばり衝撃と痛みに備え…
歯を食いしばった瞬間、耳元に耳を塞ぎたくなるほどの金属音が響きアユムは何が起きたのか顔を反対側へ向けると…
「何…?」
「やらせるかよ…このクソ野郎が」
そこには短剣とガルの爪が衝突しており押しつ押されつつある様子であった、そして短剣の持ち主を辿るとそこにはリサの姿があった。
「リサ!」
『リサちゃん!』
「私がいるうちは…アユムに手出しできると思うなよ」
「ふっ…死にぞこないが」
リサは反対の手に持つ短剣をガルへ振るうがガルは避けそのまま後方へと下がる。
「リサあっちは大丈夫なのか?」
「あぁ…大体は倒した、残りはダガリオがいれば何とか…なるからな…」
「…となると…かなり儀式は進行してるか」
「あ…?」
「説明してる暇もない、リサ」
かなり消耗してるのかリサの言葉に力がない、だがアユムはこのままジリ貧になる訳にも行かずリサを見る。
「やりたい事がある、力を貸してくれ」
「…ハッ…今更何言ってんだ?私はいつだってお前の為なら力を貸してやるよ」
そう言いリサは拳を突き出しアユムはその拳に拳をぶつける、ガルのあの移動は元の身体能力ともかみ合い脅威である。
あれで片鱗、ならば儀式が完成してしまえばどうなってしまうのか分からない…その前に倒さなければならない。
試す時間は無い、アユムは少しでもガルに対抗するため思いついた事気づいたことをリサとヒスイに伝えアユムは薙刀を強く握る。
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高鳴る高揚感、無敵に感じる自分に酔いながらもそんな自分に喝を入れ落ち着かせる。
まだ未完成とは言え『覚醒』の力に振り回されないようにし今もなお自身の中で進行している儀式に飲み込まれないようにしなければならず軽く深呼吸をする。
目の前にいる人間とリサ…この2人は前までのガルでは太刀打ちできなかったのを考えれば圧倒しているこの状態…うっかり調子に乗ってしまうのは仕方ないだろう。
チラッと吸血鬼達の方を見ると既に大半が地面を転がっており残りもすぐに始末されるだろう、空を見上げると既に月が重なろうとしている…儀式の完成が近い。
「クックックッ…あと少し…あと少しだ…人間ごときに頭を下げる老害も私に反対する障害ももういない、後は私が覚醒し数を増やせば私が『夜帝』だ…!」
これからの事を考えガルは笑い…そしてふとある事を思い出す。
「私が覚醒すればあの『古い者』はいらないな、私にこの魔具を渡した事を後悔しながら私に殺されるとは知らずに今頃吞気にしている事だろう…」
そんな事を呟いていると目の前のリサと人間が動き始めガルはおっと、と気を引き締める。
楽勝の戦い、途中の今がどの程度か調べるためのお遊び…だがそれでも警戒に越したことはなく向かって来る2人に向かって走り出す。
そして爪を構え間合いに入った瞬間ガルは『消える』
「よく戦った、だがもう用済みだ…死ねぇい!」
そしてアユム達の背後に現れその鋭い爪をアユム達へ向け振り下ろす、その爪が当たればアユム達の柔らかい肌など骨ごと切り裂かれ死亡する…そうなる筈だった。
爪が当たる瞬間リサ達も『消える』
そしてガルと『目が合う』
「何…!?」
「はぁあああ!!!」
咄嗟にガルは防御するがアユムの薙刀がガルの肩から太ももまでを切り裂き鮮血が飛び散る、激痛が走ったのかガルは短い悲鳴を上げ消える。
そして後方に現れガルは息を整えるため傷口を確認しようとするが『目の前に』アユム達が現れる。
「何だと…!?」
「食らいやがれ!!」
今度はリサの短剣が襲いかかり両手でそれを防ぐがアユムの薙刀が襲い掛かりガルはまた目の前から消え離れたところに現れる。
「…勘が当たったな」
「ハッ、あいつがどう来るかくらい大体わかるぜ」
『アユムの言った通りだったね、あの吸血鬼飛んだ後は『隙が大きい』って』
アユムとリサとヒスイは小声で喋りながら武器を構える、ガルの移動とそのまるでアユムの動きを予知しているような動き…アユムはガルのこの移動を『時間停止』と考えていた。
時間が止まっている間に動けるのならアユムがしようとした予備動作が観察すればバレる上に避けるのも簡単である、言わば行って先を常に取られている状態でアユムだけではどれだけ対策しても一手先を行かれている状態では勝てる筈がない。
だがそのガルにも大きな弱点があった、それは時間が進んだ瞬間…その瞬間が一番次に何が起きるのか分からない『空白』である。
その空白を突くためにはリサのスキルスキップが重要なカギでありガルの空白にリサのスキップで飛び込む事で空白が『チャンス』へと変化した。
「と言ってもこれはガルの次の飛ぶ先が分からないと成立しないが…」
『リサちゃんがあの吸血鬼の事を良く分ってるから当たればラッキーで外れてもあっちの思惑が外れる!』
「そう言ってもそう長く持たない作戦だ…リサ…まだやれるか?」
「…何言ってんだ」
そう言いリサは短剣を手にしながら反対の手でアユムの腕を掴む。
「例え私が死んでもあいつを倒すまで戦ってやる、私を信じて戦え」
「…あぁ、行こう」
お互いを信じアユムとリサは前を向く。
アユムの目にはガルの切られた傷と服の隙間から見える『異物』が見えていた、2人と1神は飛ぶ。
ありえない、それがガルの頭の中で響き渡る。
こんなにも強力な力を手に入れたのにも関わらず苦戦…言ってしまえば押されていた、飛ぶ先飛ぶ先を全てに相手が既にいてどんなに攻撃しても届かない。
「そんな筈が…」
相手はたかが人間と出来損ない だったはず
「そんな筈が…ない…」
まだ儀式が未完成なせいだ、冷静になれば時間を稼げば
「そんな事があっていい筈がない…!」
種の頂点に君臨し夜を統べる自分がたかが2人それも取るに足らない相手に苦戦をしてる事にガルは冷静さを失いただただ出る頭全てを叩き潰される。
「私がこんな奴らにぃいいいい!!!」
冷静さなどかけらもない、考えればすぐ解決する小さな喉に刺さった魚の骨…だが今のガルには喉に添えられたナイフであった。
飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで!!!!
冷静さを失ったガルの一撃でリサは後退し上空へと飛ぶ…そしてガルはハッとなる。
空中、空中ならば逃げれる場所が少ない…攻撃が当たる。
「馬鹿め…!」
好機と捉えガルは上を見上げ…気づく、気づくのが遅かった…とも言えるだろう。
「あ…の…人間は…『どこだ…?』」
先程までリサと共に飛んでいた人間、既に10、20、30回と衝突を繰り返した筈がいつの間にかまるで煙のようにその姿が見当たらない。
いつから?どこから?ガルの思考が止まってしまい視界の端で動くものに気づくのが一瞬遅れる、その視界の端に動くものを目で追いかけると…そこには人間…『アユム』が指を構えていた。
「この瞬間だ、この瞬間を待っていた…俺がいつの間にかいなくなってもお前が気づかないこのタイミング…お前は焦り過ぎた」
「しま…」
「『消滅』」
アユムの指先から放たれたのは見えない消滅の一撃、その一撃はガルの胸元…懐中時計を巻き込み円形にまるで切り取ったかのように『消滅』する。
懐中時計は半分、三日月のように削れてしまいその断面からまるで悲鳴のように針が進む音が聞こえてくる。
針の音が…止まる。