191話『慣れない覚悟』
何事にもどうしょうもない事はある、それは選択肢がない事…そうせざる負えない時…選ばされた時。
そんな状況の者を攻める程アユムは他人の事が分からない男ではない…と自分では思っているがアユムの前から向かって来る兵士達の姿を顔を見て冷静さを失いかけていた。
「見つけたぞ、お前らだな?あの方々の手を煩わせるとは…大人しく捕まる方がいい」
「…断れば?」
「実力行使しかないな」
距離にして10m、数は9人…武器を手に立っているアユムにその後ろにダガリオ達が立つ。
ギルド職員には中にいてもらうよう言ったのか姿は見えず今この場にいるにはアユム達と兵士達だけ…吸血鬼の姿は見えないが何処にいてもおかしくない、目だけ動かし周囲を観察しながら目の前にいる兵士…そしてその持っている武器と拳を見る。
遠目からは赤い汚れにしか見えなかったそれは生々しい程に赤黒くなっており拭ったようだが残った部分がそれが何なのかを教えてくれる。
「…あんた達は吸血鬼に協力してるのか?」
「協力?ハッ…俺達はあの方々の駒に過ぎない、従わなければ殺される…仕方ないだろう?」
「………」
兵士の1人が顔を下に向けそう答えアユムの頭の中で彼らの境遇を気の毒に思い…その兵士の目が一瞬見えアユムは薙刀を握る手の力を更に強める。
「仕方ないから…町の人に暴力振るって俺達の居場所探してたのか?」
「……」
「俺が知ってる人はどうにかして吸血鬼に対抗しようとしてた、倒そうとしてる人もいる…だがお前らは違う…お前達は…楽しんでるな?この状況を」
「それは…どうだろうな」
そう言い顔を下げていた兵士は顔を上げ…その歪んだ笑みを浮かべる。
「そもそも何故抗う?勝てる筈がない相手に…これは仕方のない事だ」
「仕方なければ許されるとでも?」
「他にどうしろと?俺達だって死にたくはない…なら従うしかないだろう」
「…ならやり方が他にもある筈だろ…!その血は誰のだ、まさか町の人のじゃ…」
どうしょうもない事はどうしょうもない、だがそれにも限度がある。
「…必要な犠牲だ、そう思うだろ?」
「アユム」
「分かってる…これ以上は埒が明かない」
目の前の兵士達は選んだわけではない、だが最終的に『選んでしまった』者達だった。
正気かどうか分からない…がアユムの目には自ら選びその自身の立場を楽しんでいる者達が映っていた、今は吸血鬼の巣の中にいるような状態…兵士達を無傷でと言えるほど余裕は無くなっており視界の端に写る影が更にその余裕を削る。
それは屋根の上に立つ人影…だがその数は多く正体は言わずもがなである、アミーラに肩を叩かれ頷きつつ薙刀を構え息を整える。
「ひとまず兵士達の無力化、そしてその後ファルさん達を探しに行く」
息を吐き魔力を全身に纏わせ白い服がアユムを包み、他の仲間達も武器を構える。
消耗を避けなければならない戦い、多く見積もって二回のうち一回をここで切る。
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勝利条件を付けるならば兵士達の無力化、これは吸血鬼達がこの戦いに真剣ではない…人間を使うつもりは無くむしろ兵士達が積極的に巻き込んでいた為、被害を最小限にするつもりでの目的だった。
仲間達の方を見てアユムは兵士達の方へと駆ける、吸血鬼達は既に到着しつつある…纏まって動く方が安全だがそれでは兵士達に刃が届かない可能性を危惧しいざという場合に備えヒスイがいるアユムが単独で前進する。
「ヒスイ、吸血鬼が来たら頼む」
『任せなさい!』
「……」
頼りになる声に勇気を貰いつつもアユムはある事が脳裏によぎる。
「(…何で逃げない?)」
兵士達はアユム達が吸血鬼達から逃げれる程度の実力がある事を知っている筈、だが兵士達は武器は構えつつも逃げるどころかむしろ好戦的な目をしている。
もう逃げる事すら考えられないようされているのか勝機があるのか…些細な疑問だがやる事は変わらない、薙刀を振るいまず一番近い場所にいる兵士へ薙刀の棟の方を振るう。
殺すつもりはない、兵士達の無力化は文字通りの無力化でありアユムは気絶させるつもりであった……だが振るわれた薙刀は兵士に当たらずに終わる、それは届かなかったなどではなく兵士は『避けて』いた。
「なっ!?」
「シッ!」
軽く息を吐き兵士は剣を振るう、咄嗟に薙刀でガードするが剣がぶつかった瞬間重く強い衝撃が手に伝わり僅かに後ろへと飛ばされる。
驚愕している間にも他の兵士達が動き始め目にも止まらない速さでアユムに剣を振り下ろしてくる、剣を受け止めている間両手が使えなく足から地面へと魔力を流し地面から氷の柱を出現させ兵士達の剣を受け止める…が信じられない衝撃が走り氷の柱にヒビが入りアユムは自身の足元に氷の柱を出現させ空中へと飛ぶ。
「嘘だろ…まさかこいつら…」
吸血鬼達程とは言わないが超人的なパワー、瞬発力…そしてふと兵士の1人の口の端にこべりついている『血』…
「こいつら…『吸血鬼』か!?」
空中を飛んでいる間も兵士達は落ちてくるアユムを狩ろうと移動を開始しようとするのを見て薙刀を振るい地面に坂を作りそこを滑り少し離れた場所まで滑る。
『吸血鬼?だけどあいつら牙ないよ?』
「…………吸血鬼は吸血鬼でもこいつらは『半吸血鬼』だ、リサと同じ」
『…どうするアユム…?』
「……」
「ははは!どうした、俺達をただの人間だと思ってたのか?」
氷の柱を掴み握り砕いた兵士はニヤッと笑う、どこか余裕のある雰囲気はその半吸血鬼である力によるものであったのだろう…アユムはそんな兵士達を見て薙刀の刃先が少し揺れる。
そうしている間にも兵士達はアユムに向かって走って来ておりその剣を振るう、普通なら武器ごと破壊されたたっ切られていたがヒスイの薙刀と身体能力が上がって魔力を身に纏っている今受け止める事は簡単に出来ていたが反撃が出来ずにいた。
「よく耐えているが耐えるのがやっとか!我々を舐めてかかって来たのを後悔するがいい!」
『アユム!』
「……」
攻撃を受けてもアユムはガードし兵士達の攻撃をいなす、反撃はしない…出来ないの方が正しい。
アユムは人間相手なら手加減出来る、だが相手が半分であっても吸血鬼なのなら手加減が出来ず『殺すしかない』…サヨに蘇生してもらうにも時間が無く相手は殺す気で来ている中でアユムは突然の事に切り替えが出来ずにいた。
この世界に来てから殺しは幾度もやって来たアユムだがそれに至るまでに心の準備が出来ていた、だが今この場で切り替えるのが難しく目の前の相手を殺す事が出来ずにいた。
「くそ…!」
殺さなければならない、だがその覚悟へ切り替わる時間が足りない…やろうと思えばいつでもやれる戦いにアユムは防戦一方になり兵士達は猛攻を仕掛けとうとう1人の兵士の剣がアユムの腕を切る。
浅いが鮮血が飛び散り四方八方から向かってくる剣を見てアユムは咄嗟に防御する。
「何してんだお前は!」
「リサ…?」
仲間の声がしアユムの顔の横を何かが通って目の前にいる兵士の喉に突き刺さる、そして瞬き一瞬のうちに目の前にリサが現れ突き刺さった短剣を掴み横へと切り裂く。
声を出す暇もなく兵士は口をパクパクさせながら背中から倒れ攻め攻めの兵士達は仲間の死に僅かにたじろぐ。
「……」
「り、リサすまん…たす…グぇ?!」
救われた事、そして視界の隅に戦って耐えている仲間達の姿が見え申し訳なさで感謝を伝えようとした瞬間鋭いほどの肘の一撃が飛んできてアユムの腹部を深々と突き刺さる。
氷の力によって纏っている防具を貫通する一撃に混乱と痛みに悶えているとリサは短剣を振るい血を飛ばしアユムをチラッと見る。
「…お前今の状況分かってんのか」
「それは………いや…そうだな…すまん…」
「分かってんならしろ、後でいくらでも話は聞いてやる」
「…あぁ」
前を向くリサの背は小さい、だがアユムの目には大きく…そして頼もしく見えた。
今アユムがここで時間をかければ仲間達が危険に晒される時間が延びる事に繋がる、半端な覚悟で殺しをする事を避けていたアユムにリサは気づきわざわざ来てくれたようで息を整えアユムは覚悟を決める。
ゆっくりと全身に手に薙刀へと魔力を流し…地面に突き立てる。
「お、おい何を…!」
「…ごめんな…『氷牢』」
アユムとリサを中心に地面から冷気が発生し周囲へ一気に広がる、異変を感じ取った兵士の1人が逃げようと振り向いた瞬間足が動かなくなる。
異常を感じ下を見た兵士は驚愕する、地面から足の膝までが氷に覆われており目だけ周囲を見ると他の仲間達も同じ状態になっているのを見て咄嗟にアユムの方を見る。
「や…やめ…」
心の底から湧き上がる恐怖に兵士は手を伸ばすが視界が一瞬にして半透明になる、暑くも無く冷たくもない不思議な感覚で兵士が現状を理解する前に視界が急に横へ割れる。
そして視界が割れたと思った瞬間蜘蛛の巣のように視界が割れていき…兵士達は粉々に砕けていく、痛みはなく何が何なのか分からないうちに粉となり空気中へ散っていく。
「…よし、もう大丈夫だ」
「ハッ…慣れんなよ」
「分かってる」
周囲にいる吸血鬼達を見ながらアユムとリサはお互い背中合わせになりアユムは仲間達の方を向く、ダガリオを中心に耐えているがリサが抜けた穴が大きく苦戦を強いられていた。
「…ここまで来たら全面戦争だ、リサ覚悟はいいか?」
「言わせんな」
「よし、まずは皆の…」
どの程度いるのか分からない、だがこのまま逃げるのを続けていてはジリ貧なのも事実。
吸血鬼達に全力で応戦しファル達も助けるという方針を伝えようとした瞬間…突然戦っていた吸血鬼達が動きを止める、アユムとリサを囲おうとしていた吸血鬼達も動きを止め警戒しながら武器を握る手に力が入る。
「クックックッ…随分と人間を狩るのに慣れているようだな」
「ッ!誰だ」
突然、ドンと全身を上から押さえられたような感覚があり上を見るが何もない。
そして自分の手を見て震えているのが分かりようやく体がそう感じただけだと理解する、そして声がした方を見ると月を背に何かが屋根の上に立っているのが見えアユムは武器を向けると月を背にしている何者かはポケットに手を入れる。
「あれから既に人間でいうところの半年…久し方の同胞に出会えてどうだ?同胞殺しの気分は…出来損ない」
「…黙らねぇとその減らねぇ口を四つに裂くぞ…ガル!」
月を背に立っている男は口元から見える牙から吸血鬼なのだとアユムは分かりガルという名を聞きハッとなる、どこかで聞いたことがある名。
それはリサの故郷にいた吸血鬼で故郷が崩壊した原因の人物であり行方が分からなくなっていた男であった。
そんな男はまるで夜の支配者のように堂々と立ちアユム達を見下すように見下ろしているのを見てアユムはその目の奥の『異様』な感覚と共に強まる頭痛でこの男は異物を持っていると確信する。
夜はまだ…明けない。