189話『止められない自分』
一言で言えばアユム達の現状は悲惨とは言わないが厳しいものと言える。
1度は吸血鬼の包囲網をくぐり抜けて逃走に成功したが状況は一切良くなってない、むしろ悪くなったと頭を抱える事態である。
「むやみやたらに走ったけどここはどこ辺りだ…?」
「まだこの町の地理は把握出来てません、昼の太陽の位置で東方向へ来たのは分かりますが…」
「ソーヤくんやマモちゃんを助けようにも…もう何処に行ったのかも…」
「しらみつぶしに探すにしても遭遇したら厄介な相手が無数にいる今、見つからないように動こう…リスクは少ない方がいい」
「この状況でリスクを考えても仕方ないだろ?」
『まぁそうだけど多分出会ったら最後…ゾロゾロと色々なとこから集まってくるだろうしダガリオの言う事は正しいかなぁ』
「うーん…」
判断が難しい事にアユムは頭を悩ます、どういった理由でファル達が連れ去られたのか分からないがわざわざ気絶させて連れて行く事から少なくとも生きているとアユムは考えていた。
「何かしら利用するのか…ファルさんが俺達に話したからなのか…どこ行ったか分からない以上俺達の次の行動を決めようと思う」
「どうする?」
「多分俺達はあと2回、吸血鬼達と衝突したら限界が来る…だから戦うとしても1回で済ませたいし最悪戦わず逃げたい」
「…随分弱気ね」
「スズラン様…!」
「全部倒せるぐらい力があればいいんだけどね…それに問題は別にあって…」
「別の問題?」
「『異物』が出た、だから少しでも力は温存しておきたい」
「い、異物ですか…も…もしかして夜になったのも?」
「多分恐らく」
仲間になったヒストルとスズランにもアユムが前文明の異物を破壊する使命がある事を伝えている、異物がどのようなのかも伝えてる為いち早くこの昼夜が変わった事を異物の異変だと理解したようで不安そうな顔をする。
「とりあえず…ここにずっといても仕方ない、移動しよう」
「何処へ向かう?」
「俺達が知ってる場所と言えば宿だが…多分張られてるとは言わないが警戒されてるんだよな…」
「荷物を持って逃げられるかもしれないからですね、そうなると門も塞がれてるでしょう」
「この町からは出れないと考えるのが妥当…か…」
「…町の方達は大丈夫でしょうか…今こうしてこのような異変が起きて怖がってないでしょうか…」
「ヒストルそんな他人の事を……あーもうそんな顔しないで」
町を運良く出れても夜の間は吸血鬼達の領域、逃げ切れる訳がなくどっちにしろ町に封じられてるのに変わりがない。
そんな話をしているとふとヒストルが町の住人達の事を心配している言葉が零れ、それを聞いたスズランが他人よりも自分の事を優先するよう言おうとするが心配そうな顔をしているヒストルを見てしまいスズランは困った顔で抱き締める。
使用人から元の貴族令嬢だった頃の自分に戻ったとは言えど短い期間ヒストルに仕えていたのもあってスズランはヒストルに甘々のようだった。
「きっと無事よ無事、何かあるんなら今頃町中で悲鳴が上がってるわよ」
「それならいいんですが…」
「………確かにそうだな」
「?何がだ?」
「少なくとも突然夜になるもんなら悲鳴や戸惑いの声が聞こえてもおかしくないだろ?なのに悲鳴1つなんなら…誰も外にいないのは何でだ?」
「………町の住人達は元から知ってたような動きになるな、元よりギルド職員や兵士達は疑惑があったが…」
「…1度ギルドに向かってみよう、少なくとも何かしらの情報はある筈だ…ヒスイ」
『今ちょっと外見て見たけど影も形もなかったよ、もちろん目視だからあまり頼りにはならないけど』
「十分だ」
壁をすり抜けられるヒスイに建物の外を確認してもらいアユム達は出発の準備をする、目指すはこの町の冒険者・開拓者ギルド…何かしらの情報がある事を信じて。
フラフラと揺れながら立ち上がったリサは口の中を噛みながら気合いでふらつきを制御する、自身の体に不調が出てるのはリサ自身が1番理解していた。
だがリサは仲間達にこの事を言えないでいた、これはリサの体の半分にある『吸血鬼』の問題だから…そして…
「リサ?大丈夫か?」
「……あ?」
「顔色が悪いぞ、体調が悪いのか?」
「うっせぇ…触んな…」
「だ、大丈夫ですか?」
「熱は無いっぽいな…」
仲間の異常に気づいたアユムにおでこを触られ逃げるが上手く動けず、サヨも気づき近づいてくる。
「そう言えば最近血を飲んでなかったよな…それが原因か?」
「………ちげぇよ」
「今は確かに難しい状況だけど無理すんな、サヨ大丈夫だから出発の準備を頼む」
「分かりました」
そう言いアユムはナイフを取り出し袖を捲って腕に慣れた手つきで傷を付ける、傷口から血が溢れ血の匂いがリサの鼻を強く刺激する。
『血だ』
無意識に、いつの間にか、リサはアユムの腕に飛びつき傷口から血を舐めとる。
口の中に血の味が広がり酷く乾いていた喉が少し潤う、喉の乾きがマシになりこれ以上はいけないという理性が完全に外れリサは溢れ出る血を飲み続ける。
『もっと、もっと、もっと…足りない足りる筈がない』
血が体内に入る度に脳がハンマーで叩かれたように思考が曖昧になっていく、飲んでも飲んでも飲んでも足りない…量が足りない。
このままでは乾いて死んでしまう、血が足りない…もっと多くの血を飲まなければならない。
満たさなければならない。
「……リ……リサ」
「ッ!」
ハッとなりリサは目を見開く、そして自分の口の周りがべっとりと血で濡れていて両手でアユムの腕を強く握りしめており傷口だけではなく傷口に強く噛み付いている自分に気づき慌てて手を口を離して後退りする。
「…そんなに血が足りなかったのか?」
「いや…これは…」
「ごめんな気づいてやれなくて…そうだったな最近忙しくて飲ませれてなかったもんな」
「……………すまん…」
「気にすんな、困った時はお互い様だ…サヨすまん治療頼めるか」
「あ、はい…て?!ど、どうしたんですかこれ!」
「ちょっとな」
アユムの腕はリサが強く掴んでいた箇所が青くなり噛み付いた箇所は歯型がしっかりと残っており、傷口以外にも出血がある。
かなりの激痛だった筈なのにアユムは悲鳴1つ上げず、多少痛そうな顔をしているがリサがある程度血を飲むまで待っていた事になる。
「…………」
危惧していた事、血を飲み始めたら『自我』が保てる自信が無かったが不安が現実になりリサは胸が締め付けられるような気持ちになる。
自分自身を制御出来ていない。
その事実がリサの心の中に小さな芽を出す、その芽は小さいながらアユムへの申し訳なさと自身の不安でいくらでも大きくなる事が出来るのをリサは気づかず。
「…よし、皆準備はいいな?…行くぞ」
胸の中に秘めた言葉を打ち明けず、扉を明け外に出てギルドへと目指す仲間達の背を追いかけ有耶無耶になる。