188話『血を求める者達』
圧巻とも言える現場にアユムは息を吞む、想像の倍以上の吸血鬼の数に手に持つ薙刀を握りしめる力が強まる中…突然腰を叩かれハッとなり横を見るとリサが傍に立っていた。
「…少しでも怖気づいたような態度取るな、まだあっちも手出しは難しい筈だ」
鋭い目つきで周囲にいる吸血鬼を睨むリサの言葉にアユムは深呼吸をする、予想外…だが周囲にいるだけですぐに襲って来る様子は無い。
相手がモンスターならばすぐにでも襲って来ただろうが吸血鬼は高い知性がある、アユム達の実力が分からないうちは何もして来ない…がリサの考えなのだろうがアユムは別の理由が脳裏に浮かんでいた。
それは…
「…アユム様、あそこ!」
膠着状態の中でヒストルの声が聞こえ指を向ける方角を見ると既に遠くに行ってしまっているファル達を抱えた吸血鬼の後ろ姿が見えた、だが建物の角を曲がりその姿が見えなくなってしまう。
「…これは…困ったな」
「ティータイムでも挟んで行方を聞くか?」
「んな事あいつらが聞くと思ってんのかてめぇは」
「冗談だリサ…アユム、分が悪いと思うのは僕だけか?」
「これで自信があるならお前に丸投げしてたよ、ただ…タイミングはあっち次第なんだよな…」
今のアユム達の目的はファル達の救出、それを達成するにはまずここを切り抜けて見失った方角へ向かい捜索をする必要がある…しかし囲まれている状態でアユム達からアクションを起こすには数も相手も悪い。
攻めあぐねていると屋根の上にいた吸血鬼の1人がゆったりと体を揺らしアユム達を見る。
「愚かな人間達よ、どうか抵抗せず大人しくしててはもらえないだろうか」
穏やかに、だがその内容は穏やかに出来るものではないことでありアユムは息を呑み堂々とした顔で真っすぐに見返す。
「……抵抗しなかったらどうなる?」
「我々の種の礎としてその生涯を終える事が出来るだろう」
「…なら聞けない話だな、さっき連れていかれたファルさん達の居場所を教えてもらおうか」
種の礎、ファルの話通りならアユム達に『食料になれ』と言っているようなものである。
もちろん受け入れる筈もなくアユムは薙刀を構え仲間達も武器を構える、話しかけて来た吸血鬼は浅くため息をつき……にんまりと大きく口が三日月のように曲がった笑みを浮かべる。
「夜は始まったばかりだ、楽しもう」
「来るぞ!」
一瞬、吸血鬼の姿がブレたと思った瞬間…ダガリオが咄嗟にアユムの前に入り火花が散る。
ダガリオのロングソードが吸血鬼の鋭く硬い爪を防いでおり吸血鬼は口笛を吹き後ろへ大きく飛び拍手をする。
「よく反応出来たものだ、褒めてやろう」
「あまり嬉しくないな…アユム」
「あぁ…やるぞ!」
先手を打たれたが場を動かされた事でアユム達とアユム達の方へと向かって来る数人の吸血鬼達との戦いの火蓋が切って落とされた。
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暗い部屋の中に一つのロウソク、その前に座る1人の男はロウソクの明かりに照らされ…その背には影が無く男はグラスに注がれた赤い液体を回しながら黄昏ていると誰かが部屋に入ってくる音が聞こえる。
「……連れてまいりました」
「では例の場所に連れて行きなさい…で、例の人間達はどうだ」
「はい…かなり高品質な獲物かと」
「クックック…それは良いことを聞いた、絶対に逃がしてはならない…いいな?前回のような失態はゆるさん」
「ハッ…それとお耳に入れてもらいたいことが」
「言ってみよ」
「…人間達の中に『混血』が」
「混血…?クッ…クハハハハハハ!」
何かがおかしかったのか、座っていた吸血鬼は高笑いしグラスを思わず落としてしまうのではないかという程である。
ひとしきりに笑った吸血鬼の男は立ち上がりグラスを置き壁にかけられたマントを手に取る。
「私も行こう」
「わ、わざわざ貴方様が行かなくても…」
「何が起こるか分からないだろう?人間の中には四魔獣を狩る者もいる」
「…分かりました、お供します」
「あぁ…それに…クックック…そうか…生きていたか」
マントを羽織り窓から差し込む月の光を浴びながら空を見上げる吸血鬼の男はポケットに手を入れ何かを握り笑う。
「死にぞこないの出来損ないが我が楽園に来るのは運命か悪魔のいたずらか…どっちだろうなぁ?カルソン」
誰かに話しかけるように吸血鬼の男…ガルはほくそ笑みを浮かべながら部屋を出ていく。
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激しい衝突が何度も起きては離れるを繰り返しアユム達と吸血鬼達の戦いが始まっていた。
四魔獣や王都での戦いもありアユム達の連携はかなりの高水準で4人の吸血鬼を相手に対等かそれ以上の動きを見せる。
「『氷爆!』」
「サヨ!」
「『主よあの者に祝福を!』」
「ヒストルさんスズラン、こちらに」
「は、はい」
「……」
向かって来る吸血鬼に右手へ溜めた魔力を爆破させるように前方へ放出し小さい氷の氷柱を飛ばす、避けた者もいれば大したことないようにそのまま突っ込んでくるのもおり氷柱が当たった瞬間…爆発するように小さい氷柱が当たった箇所がボーリング玉サイズの氷の球体になり突然の事で吸血鬼達はバランスを崩す。
そこに加護を受けたリサが飛び出しバランスを崩した吸血鬼から順に首を短剣で切り飛ばし、ただの骸に早変わりする…アユムが牽制を兼ねた前線を立て隙を見せた敵を狩るリサに加護をかけるサヨとそれを守るダガリオ達という陣形を組み善戦を繰り広げていた。
「ヒッ…」
「ヒストル大丈夫?無理して見なくてもいいのよ」
「だ、大丈夫ですスズラン様…私も皆様に追いつけるように頑張らないと…」
一番安全な位置にいるヒストルはリサに狩られる吸血鬼を見て顔を青ざめる、今ではアユム達と冒険をするようになったが少し前までは血を見る事もない温室育ちのお嬢様だったヒストルには刺激が強過ぎたようであり傍でレイピアを手にヒストルを守っているスズランが心配するがヒストルは頭の中で今まで見た本の事を思い出す。
それは凶悪なモンスターに立ち向かう勇敢な冒険者達、仲間を守る為に己の力を使い戦う姿…その背に憧れ夢みていた狭い部屋…今こうして外へ出たのなら足を引っ張る訳にはいかない。
「いけないのです!『光よ照らせ!』」
自分に出来る事を考えヒストルは両手を合わせ今まさにアユムの背後を襲おうとしていた吸血鬼に向け、光の球体を飛ばす。
その球体は吸血鬼の目の前に辿り着いた瞬間…眩い光を発し吸血鬼の目を焼く。
「ナイスだヒストル!」
「はい!」
目をやられ動きが止まった吸血鬼を薙刀で切り飛ばしアユムはヒストルにサムズアップする、仲間からの誉め言葉にヒストルは高鳴る鼓動を押さえつつアユムを真似して親指を立てる。
順調に吸血鬼を狩り戦えている事にアユムは仲間達の成長を感じつつ、いつもなら安心して戦える筈が今は内心焦りが加速してた。
「…また増えた」
『あっちに新しいのがいるよ、どんだけいるの!?』
「まずい…な」
倒しても倒しても、吸血鬼は減るどころか増えていた…それは終わりが見えない戦いをしてるという事にもなりアユムは持久戦になるのを危惧していた。
持久戦になれば吸血鬼と人間どちらが不利か?となると不利なのは明らかにアユム達である、持久戦が厳しいなら全て倒せばいいのではと脳筋の考えに至りそうになるがそうなれない事情があった。
「ダガリオ、そっちはどうだ」
「こっちは見てるだけの奴が数人…そっちは」
「こっちもだ…」
戦いが始まってから吸血鬼側は一斉に襲うのではなく一定の人数で仕掛けてきており最初は混戦を避けてるのだと思っていたが増えている中で一部が一切動かず観戦しているのがいるのにアユムは気づいていた。
「…遊ばれてるな」
アユム達は真剣に戦っている、だが吸血鬼側の動きは言わば闘技場を眺める観客のような振る舞いをしておりアユムは嫌な予感を感じていた。
底が見えない恐怖は動きを制限する、このまま戦ってもいつかは疲弊して負ける…だが相手を倒しきるには底が見えない。
判断を間違えれば全滅する、そう確信したアユムは後ろを振り向きアミーラを見る。
アミーラはアユムと目が合うと頷いて手を広げ目を閉じる。
「『プログラム起動、安全装置解除、砲…展開』」
「ヒスイ!」
『…?…!OK!どでかいのいっちゃおう!』
両手を広げたアミーラの周囲に何処からか『砲』が出現し浮遊する、それを確認したアユムはダガリオとリサの傍に行き肩を叩きつつ薙刀に魔力を溜め地面に薙刀を突き刺す。
「『『降り注げ、氷雨!』』」
突き刺した薙刀を抜き取り空に掲げる、すると地面から勢いよく冷たい風が吹き上げ…空から何かが落ちてくる。
それは氷の礫でありしばらくすると礫が無数に空から落下してくる、一度警戒した吸血鬼達だったが何も起きない事に困惑している姿をアユムは笑いながら仲間達を集める。
「残念ながら俺はただの舞台装置だ、アミーラ!」
「『殲滅を開始します』」
その瞬間、爆音が鳴り響く。
雷が落ちたかのような音に吸血鬼は耳を押さえ苦しんでいると視界の隅に何かが見えた…それは霧であり顔を上げると爆音と共に礫が霧になり一帯を覆う程の濃霧となり吸血鬼達を覆って行く。
音は暫く続いて動けずにいたが音が鳴りやみ振動も静まったのを確認して一人の吸血鬼が顔を上げ…驚愕する。
地面ははじけ飛んだように土が舞い上がっており地形が激しく変形していた、そしていた筈の人間達の姿がきれいさっぱり無くなっており濃霧の中で吸血鬼達は消えたアユム達を探し始める。
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小道を走るアユム達は吸血鬼が追って来てないのを確認しながら近くの建物に転がり込み扉を閉める、中から窓の外を覗きホッと一息つく。
「はぁ…はぁ…一応逃げれた…か?」
「少なくとも近くにはいないようですね」
「なら少しは休めるか…」
「アミーラ様アユム様!あれは一体どうやって…!」
「うお、落ち着け落ち着け…」
アユムとアミーラの合わせ技にヒストルが興味津々に迫りてんわやんわしている中…少し離れた場所で1人、浅い呼吸を繰り返している者がいた。
「……」
1人…リサは疲労よりも強く感じている事があった、それは…
「(…喉が…乾いた…)」
それは喉から手が出るのではないかという程の喉の渇き、水が欲しいわけではない体の半分が欲していた…『血』を。
『血が足りない』
あの声が聞こえた気がしてリサは腰から水が入った水筒を取り出し呑む、こんなので乾きが治る訳がなくただただ喉の渇きと脳内に流れるあの声を振り切り…リサはアユム達の元に戻っていく。