184話『蛇か鬼か』
荒く息を吸っている大男を見てアユムはB級映画のサイコパスキャラを思い出し画面越しではそうでもないと思っていたのもあり実際に目の前にすると肝が冷えまくっていた。
「何者だ、囚われているとはどういう事だ」
「………」
明らかに気になる事を言った大男にダガリオはロングソードに手を添えながらいつでも抜けるようにしており、アミーラやスズランもサヨとヒストルをさりげなく自身の後ろになるよう動き全員が目の前の脅威に備えていた。
ここで戦うのか、と考えアユムは視線を周囲へと向ける…狭くもなく広くもない窓が数か所と出入口は大男がいて通れる様子はない。
脱出経路は奥にある宿の主がいる部屋からの裏口と窓からに限られどちらを選んでも逃がすには時間がかかる。
「…ダガリオ、先頭を任せる」
「分かった」
小声で指示を出しアユムは立てかけている薙刀に手をゆっくりと伸ばす、薙刀を手に取り次第すぐにでも氷を展開するつもりで冷気を漂わせていると座って他に何か言ってないか思い出そうとしていたそソーヤが異変に気づき顔を上げ…立ち上がる。
「父ちゃん!」
「え?」
「ソーヤ!無事か!」
大男は手に持つ包丁を地面に落とし、ソーヤは大男の場所まで走り辿り着くと大男はソーヤを抱き抱えて滝のような涙を流す。
「無事だったか!良かった!良かったぞソーヤ!」
「うっ…父ちゃんきしょくわるいよ…」
「お父さんに何てことを言うんだ!お前が見慣れない方達と宿に入ったと聞いて仕事を抜け出して来たんだぞ!」
「…あー、すみませんちょっといいですか…?」
「ん、すまないどうやら…私の息子が世話になったようだ」
「あぁいえいえ…ソーヤ君のお父さんですか?」
「そうだ、私はファル…この町で肉屋をしている」
「あ~…お肉屋さん…」
仕事から抜け出した、と言う話を信じるのなら赤いシミがあるエプロンも大きな包丁も仕事で使っていてここに仕事着のまま来た…という事になる。
「町の方からソーヤが見慣れない男達と共にこの宿に入ったと聞き居ても立っても居られず…」
「あぁ…すみませんちょっと色々ありまして…」
この世界の治安は終わっている所はとことん終わっている、子供を攫う等の話は絶えず起こっておりファルの心配等は至って普通の事である。
それもこの町では人が消える話があるのだから尚更である。
「ファルさん…ところで先程言っていた事は何なんですか?闇に囚われているっていう」
登場と今のギャップで忘れそうになるが目の前にいる大男ファルは気になる言葉を残している…それは今のアユム達に出すには突拍子のない言葉であり絹するなと言う方が無理な話である。
敵?ではないのなら聞くのが早い、アユムはそう思いファルに話しかけ…ファルの反応を見るとファルはソーヤを抱きかかえた時とは打って変わって表情に影が差し込んだようになりゆっくりとアユムを見る。
「……ここは人の目が多い、うちに来ないか?多少なら歓迎できる」
「…まぁやることもないですし分かりました」
「すまない」
アユムは前の経験から仲間達と離れるにはいかず目を向けるとスズランを除き全員が頷きひとまず全員で向かう事になる、ファルが先頭で宿から出てその後にアユム達が続く形で宿から出てファルの後を追う。
「(…ヒスイ)」
『はいはい』
現状この町でのアユムの考えは油断が許されない緊張感漂う場所…となっている。
その為ヒスイにアユムが見れない死角をカバーしてもらい不意打ち…という場面を避けるようにしていた、分からない事が多い以上警戒して損なしだが疲れなどがないヒスイがいる事で成り立っている事を頭の隅に置きつつアユムはアミーラの隣に並ぶ。
「そっちは何か変な事は無かったか?」
「特には…至って平和でした」
「なら良いんだが…」
「…ひとつ上げるなら」
「うん?」
吸血鬼と戦った事もあり話し合いに上がってこなかったが宿側がどうだったか確認する、心配というよりも確認が強い…何故ならアユム達の方よりもアミーラ達の方が強い可能性がある為である。
むしろ敵がいたのなら同情するだろうと苦笑しているとアミーラは顎に手を当てチラッとリサの方を見る。
「…最近のリサさんの様子がおかしいというところでしょうか」
「…そんなにか?」
「先ほどもお昼寝の際にうなされていたので…少し話を聞いた方がいいかと」
「うーん…分かった、後で少し話してみる」
メンバーに何か悩みがあるのなら話を聞くのがリーダーの役目、何処かリサなら大丈夫と思っていたのもあり後回しにしていたがアミーラからの真剣な目にアユムは頭を振り考えを改める。
『…アユム』
「ん…?」
『姿までは見えなかったけど何かがこっち見てたよ』
「…んー…」
周囲を見てもらっていたヒスイからの報告にアユムは自身の中である事がふわっと浮上する、それは…
「…監視かなぁ」
『何のために?』
「分かんないけどあるとすれば今回の依頼で困る奴だけど、知ってるのは俺達とテコッタさんとセシリアさんだけなんだよな」
『町に来たばかりだからってのもありえるね』
「理由は思い浮かべは無限にあるし…ギルドに行く時もあったのも考えれば警戒程度でいいか」
『はーい』
一回目なら余所者を見る目として問題はない、が二回目になるとそれ以上の理由を想定する必要がある。
こちら側からアクションを起こせない今、あちら側からの行動を待つしかないのをもどかしく思いながら歩いているとファルが1つの建物の前に立ち止まる。
「ここが俺の城だ、手前は店だが中に入って奥に来てくれ」
「はい」
建物は思ったよりも大きく立派なものだった、中に入ったファルの後に続き中に入ると中はカウンターと椅子が並んでおり以外にも清潔である。
奥を見ると扉が見えソーヤがその扉を開け中に入っていきアユム達もそれに続く。
扉の奥は廊下になっており道中は物が置かれた机があったりなど色々あり、歩いていたヒストルがあるものの前で止まる。
「これは…ファル様と奥様ですか?」
「ん…あぁそうだ、美人だろ?」
「はい!とてもお綺麗な方です!」
ヒストルが見ていたのはいわゆる写真立て…と言っても写真が納まっている訳ではなくそこにあったのは一枚の絵であった。
描いた人物の腕が良いのか非常に世間一般で言う絵が上手く、それ故にヒストルの目に止まったようでアユムのヒストルの後ろから覗き込む…そこには身長が高く面影があるが今よりも細くイケメンなファルと一人の女性が並んで立っている絵が写真立てに収まっていた。
「…ソーヤ、マモと先に飲み物準備してきなさい」
「はーい」
突然ファルはソーヤを先に行かせ、廊下の奥のつきあたりを曲がったのを確認しファルはヒストルを見る。
「コテスって言ってな、一緒に開拓最前線だったシンハニルに来た度胸もある良い女だった」
「開拓最前線となると一瞬で全て失う事もあっただろうに…何故ですか?」
「あー…言いずらいんだがいわゆる駆け落ちってやつだ…」
「となるとファル様がコテス様を連れ出してって事ですね!」
ときめく要素があったのかヒストルが少し興奮気味にファルを見ており、ふとそういう本を読んだんだろうなぁ…とアユムが1人で納得しているとファルは恥ずかしそうに大きな体を小さくして頬をかく。
「…いや、どっちかと言うと俺なんだ…」
「え?」
「俺長男でな…家を継ぐのもあってコテスとの結婚が認められなくてな…」
「あ~…」
「…凄い方だったんですね」
「今でもそう思う」
長男故に家長故に縛りがあるのはどの世界でも同じなようでありファルもその一人だったらしい、ファルを連れて開拓最前線に来てこうして一家を築いたコテスという女性にアユムは凄いという感想を思っているとファルの顔が少し暗い事に気づく。
「?どうしました」
「…いや、彼女がいれば会わせてあげれたんだがな」
「今この町にいないんです?」
何処か嫌な予感がしてアユムは何処か出かけているのかと聞くがファルは目を閉じ息を深くはく。
「…殺された、少し前に」
「…それは…すみません…」
「謝る必要はない…さ、こっちだ」
特に話す事も無くファルは歩き出す、聞いてはいけない事を聞いてしまったと思っているのかヒストルは俯くがリサに背中を叩かれながら前に進む。
ヒストルの事はリサに任せアユムはファルの後を追いかけつつファルの言葉を脳内で思い出す。
「…少し前…ね」
通常ならば不幸な話である、だが今この町での殺しは別な意味が込められている。
ファルの話でアユムの中でこの男は何かを知っている人物だと断定しファルの背中を見ながらアユムは蛇が出るか鬼が出るかの緊張を感じながら後を追う。