173話『憑依』
よくある漫画やアニメならここから主人公が巻き返してめでたしめでたし、そうなるのが普通だろう。
「『氷刺ッ!』」
「はぁ!」
地面から氷の槍を出現させ目の前の黒服の騎士を貫こうとするがすぐさま対応され氷の槍は切り飛ばされてしまう、更に男達は一瞬にアイコンタクトでお互いの考えを共有したのか左右と正面に別れ同時に剣を抜き攻撃を仕掛けてくる。
「はぁ…はぁ…ヒスイっ!」
『任せて!』
アユムは真っ直ぐ前を向き向かってくる正面の黒服の騎士の攻撃を受け止める、そして左右の攻撃はヒスイが実体化し両手に氷の薙刀を生成して左右の攻撃を受け止める。
受け止めた衝撃で動きが止まり数秒の硬直が生まれ黒服の騎士達は1歩下がり再度攻撃をする…が、何かに気づきすぐさま後方へ下がりアユムを警戒する。
「…流石に気づかれたか…ゴホッ…」
『多分少しの殺気も気づいてるんだと思う、厄介だね…』
「そう…だな、3人…せめて1対1に持ち込めりゃ…ゴホッ!」
『………』
身体の周囲に冷気を集中させ剣を全て受け止め切るつもりだったが気づかれたようだ…そして咳を繰り返すアユムにヒスイは何かを言おうとするが言いかけて止める、アユム1人に対して騎士3人…そして周囲では兵士達と黒服達の戦いが繰り広げられており不利な状況から五分五分まで持ってこれた状況でアユムは冷や汗を流していた。
「……クソッ…ここで俺の内なる才能が開花して敵瞬殺出来りゃ…話が早いんだが…」
『…そうだね』
状況は漫画やアニメなら勝ちまで一直線だろう、だが今アユム達は敗北が濃厚になりつつある。
理由は2つあり1つは『相手が強い』というもの、黒服の男達の動きは明らかに素人ではなく訓練された動きであり黒服の騎士達は今のアユムを圧倒する事も出来る程だ。
「様子見してくれてるから…いいものの…一気に攻められたら終わりだな…」
2つ目の理由はアユムが『重症』である事…スズランによって刺された傷はヒスイによって臓器を守ってもらったのもあり臓器は無傷であるが刺された事に変わりはない、止血したと言っても氷は氷…伸び縮みする訳もなく動けば動く程傷口が開き血が流れ刺された時と合わせ既に致死量寸前である。
「…王都に蘇生出来る人いると思う?」
『いないよ多分、サヨちゃんいれば…』
「ないものねだりしても仕方ないさ…」
激痛で思考が乱され視界がぼやけ始めている、今この場でアユムが倒れれば騎士達の矛先に兵士に…そして後ろにいるヒストル達へ向けられるだろう。
「それだけは…やらせない」
『来るよ!』
「ッ!」
立ち姿、そして流れている血を見てアユムが満身創痍であり全力を出せないのだと判断したのか黒服の騎士達は剣を構えアユムへ向かってくる。
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激しい戦闘が目の前で繰り広げられスズランは不安そうに自身の袖を握っていると誰かに手を触られる、ビクッとなり視線を向けるとヒストルがいつの間にかスズランの傍に来ており優しくスズランへ微笑む。
「大丈夫です、アユム様ならきっと…」
「…えぇ…」
既に主従関係でもない、言ってしまえばスズランもシャム側だった人間なのにヒストルはスズランの不安を取り除こうと言葉をかけてくる。
先程までは自分が不安を抱えていたのに他者の為にそう言うヒストルの手をスズランは握り返す。
「…だけど…」
小声でスズランは呟く、目の前でアユムはケッケイ家の騎士達と接戦を繰り広げており3対1という不利な盤面を維持していた。
そう、維持してしまっていた…外から見ても分かる程にアユムは出血しておりアユムを中心に血溜まりが少しずつ形成されておりその量は異常である。
このままではアユムは死ぬ…そうスズランは分かってしまい心臓が締め付けられるような感覚が走る。
今アユムが出血してる原因は自分であり目の前で苦戦しているのも自分のせいである…そう思った瞬間苦しくなり…そしてそんな自分に驚いていた。
1~2ヶ月前は家族を失い家を失い騙されアユムを殺す事だけを考えていた日々が嘘のようにアユムを心配している自分がいる。
「……アユム」
苦しそうに…そして足元もおぼつかないのか動きも怪しい、そう時間を置かなくてもすぐにでもアユムは……
「…私が…出来る事…」
罪滅ぼしでも謝罪でもなく、今自分が出来る事でアユムにしてあげれることを考え…
「アユム!」
大声を出す、戦っているアユムは3人の騎士の攻撃を防ぎ…顔を目をスズランへ向ける。
戦いにおいてよそ見をするのは愚の骨頂であるがアユムは真っすぐスズランと『目が合う』
「『頑張って!!!』」
何とも投げやりな言葉だろうか、普通ならそう思われても仕方ない事だろう。
だがスズランの目は淡く輝いておりアユムはその目をしっかりと見ていた…スズランが出来る事、アユムにしてあげれる事…それはアユムを助ける行為ではなく逆に命をドブに捨てるような事でスズランのスキルを受けたものはその言葉に従うしかないのだから…
「…ヒスイ」
『何?』
「……あれやるぞ」
『…分かった』
「『頑張らないと』…な!」
受け止めていた剣を突然異常な力で押し返し、騎士達は驚愕する。
もう目の前の男は瀕死である…なのに今の力はなんだ?と…
「き、貴様まさか…!死ぬ気か!」
「何言ってんだ?どっちにしろこのままだと殺されるんだ…頑張るしかないだろ」
流れる血の量が増える、それは命を削る行為でありアユムは痛む体を霞む視界に鞭打って頑張って全力を出す。
薙刀を構え地面へと立てる、そして息を整え…目を開く。
「ヒスイ、調整頼む」
『はいよ、数秒だけならね』
「……『憑依』」
その瞬間、部屋に散らばっていた冷気がアユムの元に集まる…戦っていた兵士と黒服の男達は突然の事に動きを止め集まっている冷気の流れを目で追いかけ全員の目がアユムへと集まる。
少しずつ冷気がアユムに集まり全身を渦を巻くように包み中が見えなくなる、何が起きているのか…全員分からないが戦っていた黒服の騎士達は悪寒を感じ心臓が鷲掴みにされたような感覚が走る。
それはまるで蛇に睨まれたカエルのように……
「う、うああああああああ!!!」
時間にして2秒、我慢できず騎士の1人が冷気の渦へ向かって走り出し剣を振るう。
剣が冷気の渦に当たる瞬間
冷気の渦から何かが飛び出し騎士の剣を切り飛ばす、剣が途中で無くなり呆然としている騎士は視線を上げ…そしてそのまま天を仰ぎ仰向けに倒れる。
何が起きたのか誰も分からず、ただただ動けずにいると冷気の渦が晴れ…その何かが飛び出してくる。
猛者である黒服の騎士2人は咄嗟に身を守るがその剣もろともその何かに切り裂かれてしまい物言わぬ骸になってしまう。
「ひ、ひぃ!!!」
それを見たシャムは悲鳴を上げる、実力は信じていた騎士が瞬殺され目の前にいる『化物』を見る。
その姿は透明な翼、白く輝く尻尾、鋭い爪、相手を威圧する牙がある顔…それら全て氷で作られており滴る血が付いた爪を振り払う。
「『憑依・氷結竜』」
その場にいるのは人間サイズで小さいながらも周囲に恐怖を撒き散らし、そしてその姿に恐れシャムは足を震わせ地面に座り込んでしまう。
かつて四魔獣のうちの1体『玄武』を追い詰めた姿でありその姿を作るのに数十人の魔力を要したもの、氷結竜…今王都に降り立つ。