172話『覚醒の時』
頭が焼けるように考えても考えてもレオンは決めることが出来ずにいた、騎士として王の元に向かわなければならないのに今ここで仲間を見捨てていく事が出来ない。
ロイは嫌な奴だった、辺境に駐在する騎士の多くはその劣悪な環境と帝国との非公認の小規模な衝突が相次ぎ精神が壊れたり監視の目が無いのをいいことに好き勝手する者が現れるような所にいたのだから性格が歪むのは仕方ないのだろうがレオンは嫌いであった。
だがロイはアユムに挑戦しているレオンに様々な事を教えてくれた。
「何でそこまでするのかって?そりゃお前…仲間だからに決まってんだろ恥ずかしいな」
恥ずかしい事を当たり前のように話すロイ…レオンは最初は警戒していたが数日鍛錬を一緒にしていればどんな者かは分かり、それからレオンはロイも大切な人の1人になっていた。
カーメルは初めて友達になった人物でありレオンが騎士になると言った時に唯一否定しなかった人物でもある、嫌な顔せずレオンに付いて来てくれてレオンの成長を見守っていてくれる。
「早く王の所に…だけど2人は…」
どちらか選ぼうとして足が止まってしまう、2人か使命か…揺れる自分の心にレオンは自身の弱さを呪う。
「団長のように…サリアさんのように…俺が強ければ…」
騎士団団長のように、勇者一行に選ばれたサリアのように強ければ…高い高い壁を見上げ自身を失いがむしゃらに鍛錬をしその結果が今の自分。
「くッ!」
「…!カーメル!」
視界にカーメルがとうとう押し負けてしまい剣が弾き飛ばされたのが見えレオンは咄嗟に走り出す、そして剣を抜き切りかかるが気づいた黒服の男は短剣でガードする。
「レオン!?何してるの早く王の所に!」
「だ、だけど俺は…」
「ぐぁ!」
守ろうとするがカーメルは早く行けと言う、まだ決めてないのに動き始め中途半端な動きをして考えが上手く回らない。
そして戦っていた騎士がとうとう倒れカーメルと共に壁まで追い詰められ2人の黒服の男に囲まれてしまう。
「待ってろカーメル俺が…!」
「レオン!」
止めようとするカーメルの声を無視して2人の黒服の男に向かって行き剣を振り上げ切りかかる。
だが男達はレオンの剣を軽く避け、そして素早く拳でレオンを殴り飛ばし腹…顔…と次々と拳を叩き込まれ蹴りでカーメルの場所まで蹴り飛ばされてしまう。
「ぐ…」
「レオン…!来ないで!これ以上は私が許さない…!」
倒れ剣を落としたレオンの前にカーメルは立ち剣を構える、男達はじりじりと近づき距離を詰める。
選択を間違えたのだろうか…倒れたレオンは自身の起こした状況と結果を見てどうすれば良かったのか分からなくなる。
このままではカーメルは殺され自分も死ぬだろう、時がゆっくりと感じられ男達が向かって来るのがスローモーションに見えカーメルは剣を振り上げ対峙する。
どうすれば良かっただろうか、ただただ自問自答する。
もっと自分が強ければ…団長のようにサリアのようにスタのように勇者のようにアユムのように誰かのように…
ふと、男達の背後に背を向け立っている男の姿が見えレオンは目を見開く。
何故か時が止まったように男達とカーメルが動かずレオンだけがこの場で動けていた。
「だ、誰だあんた…!」
何が起きたのか分からず、今までいなかった筈の男へ声をかけた瞬間レオンは驚愕する。
「お…俺…?」
その後ろ姿は少し髪が長くなり背も高く見間違いかと思う程だが確かにその後ろ姿の男はレオンであった。
顔を見る為にふらつきながら立ち上がり前に出ようとするが足が前に出ず立ち尽くしてしまう、何故自分が目の前に?と思った瞬間頭の中に膨大な映像が流れ始める。
それは天をも轟かせるモンスターの大群、海を荒らす巨大な影、空を舞う無数の飛行モンスター…そして大地を揺らし口から炎を出す『ドラゴン』
その流れる映像には『自分』がいてその周囲にはロイ、カーメル、ロニ、スタ…そして騎士団の団員…そして勇者一行とアユムがいた。
これは何の光景か、死ぬ前に見る偶像の自分か…レオンはその流れる映像と目の前にいる自身の背を見てある事に気づく。
今目の前で背を向けているのは未来の自分だ。
「そんな…何で…今ここで…」
妄想ならなんて悪質か、自分が目指す越えなければならない壁に自分が並んで立っている事を今から殺される自分に見せるとは。
「いや…違う……俺が目指す…のは…」
もう家族の事、越えなければならない壁…それらを考えていたレオンはもういない。
「俺が目指すのは…俺だ…!」
遥か高みにいる自分、這い上がってくるのを待っている自分の姿…もう誰かを目指すのを止めレオンは自分を信じる事を、決める。
その瞬間自分が倒れている事に気づきレオンは即座に剣を取り立ち上がる…そして向かって来る男達の前に飛び出し素早く一閃、男達を切り飛ばし自身の偶像の背より前へ行く。
「え…?」
「カーメル、今からロイを助けてくる…倒れた彼の目を閉じてあげてくれ」
「う、うん……ねぇ…大丈夫…だよね?」
目の前にいるレオンがまるで別人のように見えカーメルはレオンに声をかける。
先程までの苦悩していた顔から一変、まるで解放されたかのように清々しい顔をするレオンはカーメルを見てニコッと笑う。
「あぁ!後は俺に任せろ!」
そう言いレオンはその場から走り戦っているロイの元に向かう、まるで足が羽になったかのように軽くなりあっという間に接近する。
それに気づいた黒服の騎士はロイを押し飛ばし剣を振るうレオンの攻撃を防ぎ、驚愕の顔をする。
「何…!」
「ロイ!無事か!」
「お、おうよ!このくらいなんてことないぜ!」
「なら手を貸してくれ、俺とロイでこいつを倒すぞ!」
最初はレオンが来たことに困惑していたロイだがそのレオンの顔を見た瞬間ロイは何故か嬉しくなり腕の痛みを我慢して剣を構える。
2対1になった事で黒服の騎士は警戒するが即座に対応しロイへ向かって走り出す。
だがその瞬間殺意を感じ振り向くと既に反応していたレオンが迫って来ており、その剣を振るっていた…どうにかガードするがぶつかった瞬間すぐにレオンは一撃二撃と連打し黒服の騎士は反撃のタイミングを掴めずにいた。
「(先ほどでのひよっことは思えない…一体この短時間で何が…)」
明らかに動きが違い過ぎる、見逃しても自分達騎士以外の黒服が倒せると考えていた時から数分もたっていない。
「(まさか……覚醒したとでも言うのか…!これが本来の実力とでも…!)」
上ばかり見て下を積み上げた自分の実力に気づかず、壁を登ろうと必死に作ったハシゴを見ず…元より剣の才能があったがその生まれと周囲の環境がレオンの成長を妨げその才能を封じていた。
だが自分の道を目指す場所を見つけたレオンは本来の力を発揮する。
「ロイ!」
「あぁ!」
「く…!!!」
レオンだけを相手していると今度はロイ…辺境を生き抜いた歴戦の騎士にも意識を向けなければならず黒服の騎士はどんどん追い詰められていく。
「はぁぁぁぁあ!!!!」
そしてついに隙を見せた黒服の騎士へレオンは渾身の一撃を叩き込み…黒服の騎士は大量の血を流し地面へと倒れる。
「み…ごと…だ……申し訳ござい…ません…ケッケイ様…」
そう言い残し黒服の騎士は血だまりに倒れ動かなくなり…レオンは緊張の糸が切れ大きく息を吐き出す。
「…やるじゃねぇかレオン」
「ロイ…」
「レオン!」
「カーメ…うお!?」
遠くから走ってくる音が聞こえ振り向いた瞬間、目の前にカーメルが飛び込んでくるのが見え咄嗟にキャッチするが後ろに倒れそうになる。
「うおっとっと…おいカーメル急に…カーメル?」
「怖かった…怖かったよレオン…」
「…カーメル…」
仲間が1人死に、黒服の男達が倒れた事でカーメルも安堵と悲しみがごちゃごちゃになってしまいレオンの胸で泣きレオンはどうするか悩み静かにカーメルを抱き締める…だがカーメルもまだこの戦いが終わってない事を分かっている為すぐ涙を拭き頬を叩いて顔を上げる。
「もう大丈夫…ありがとうレオン」
「あぁ…ロイ他はどうなってると思う?」
「分からねぇが団長達なら多分大丈夫…」
「呼んだかな」
突然背後から声が聞こえレオンとロイは剣を構えるが背後にいた人物…ロニの姿を見て安堵する。
「団長…驚かさないでくださいよ」
「すまないね、急いでたら立っていた君達が見えてね」
「…団長他の皆は…スタさん達は大丈夫なんですか」
「スタさん達なら…ほら来た」
ロニが視線を向けた先には走ってこちらに向かっている騎士達の姿がありその先頭にはスタがいた。
レオン達の元まで来たスタは周囲を見て状況を確認する。
「1人は…やられてしまったか」
「すみませんスタさん…俺がもっと強ければ…」
「戦いは命のやり取りだ、自分を責めるなレオン」
「…はい」
「だけど副団長、レオンのお陰で俺とカーメルは救われました…こいつが敵を全部倒したんですよ」
「何?」
そう言いスタは倒れた黒服の騎士を見て考え深いように頷く。
「…そうか…レオン、成長したのだな」
「ッ!はい!」
「よし、皆いるな?今から我々は王の元に向かう…閉じ込められていた使用人の話によるとどうやら謁見の間にいるらしい」
「閉じ込められていた…?」
「どうやら今回の敵は我々騎士と兵士のみを狙っているらしい、先程通りがかりに襲われ救った」
「…皆分かっているだろうが我々の使命は王を国を民を守る事だ、行くぞ!」
「「「「おう!」」」」
ロニの声と共に騎士団は王がいる謁見の間に向け走り出す。