146話『以外にも覚えてない』
荷物を纏め薙刀を手に取り階段を降りたアユムはリビングへ向かい漂う朝食の匂いに釣られて中に入ると朝食を並べていたアミーラと目が合う。
「アユム、休めましたか」
「一応は…リサは?」
「まだ上ですね」
「んー…急いでるし先に頂こうかな」
「分かりました」
朝食はパンにスープと質素だが王都に行くにも夜までは飛行船の中である事を考えるとそこまでしっかり食べる必要もない。
席に座りパンを食べスープを飲む、季節で言えば冬終盤…春と言ってもいい季節だがまだ寒い日も多く温かいスープが体を温めほっこりする。
『もらい』
「あ、こら」
『油断大敵だよね~』
「こんのやろう…」
「一応おかわりはあるので」
パンをちぎりながら食べていると分けていた大きめの片割れをヒスイに取られ憤慨し新しいパンを貰いひとまず落ち着く。
「多分そんな長くはならないとは思うけどそれまでダガリオと協力してパーティーを頼む、アミーラ」
「大丈夫ですよ、アユム抜きでも戦えるのが分かったので」
「凄く複雑な気分になったから言わない方が良かったよそれ」
「アユム必須のパーティーも問題では?」
「…まぁ…」
『それにアユムの戦力は8:2で私もいるからねぇ』
「俺が8?」
『2』
「もっと悲しくなってきた」
ド直球で言われたらどんなに心臓に毛が生えてようと傷つく、内心泣きながらも黙々と食事を食べ終え食器を流しに置き荷物を取り窓から外を見て大体の時間を確認し玄関へと向かう。
「んじゃ行ってきます」
「はい、お気を付けて」
『行ってきまーす』
見送ってくれたアミーラに手を振りながらアユムとヒスイは家から出発し北門を目指し歩き始める。
北門に辿り着くとまず見えたのは出発していく多くの冒険者と開拓者達、朝の依頼を受けた近辺と長期の冒険へと旅立つ同業者達を眺めていると集団の中で順番を待っている1人がアユムと目が合い仲間に何か一言二言伝えアユムの元に向かって来る。
「よぉ元気じゃったか」
「あ、ドワーフさん」
「あれワシ自己紹介しとらんかったか?」
「なんなら俺の名前一方的に知られてるだけっすね」
アユムの前にはずんぐりむっくりの姿に茶色の髭をある程度整えているが好き勝手生やしているドワーフの男が居た、その男は四魔獣玄武を倒した際の調査メンバーにおり何度か話したこともある人物である。
そんな男は大きな斧を担ぎ直し握り拳を作り親指を自身に向ける。
「ワシはロック・スミ、まぁ気軽にスミちゃんと呼んでも構わんぞ」
「スミちゃん」
『よろしくスミちゃん』
「冗談じゃ何故真顔で言える…」
「そんなジャブ程度のジョークで俺達を倒せると思いましたか?ちなみに俺はアユムでアユみんにゅぁんと呼んで下さい」
『私アイスでいいよ』
「ええい1人は気持ち悪いし1人はそもそも名前が分からん!」
ふざける相手にアユムとヒスイを選んだのが悪手である、思ったよりフレンドリーなドワーフにウキウキしているとふと空に影ができ見上げると歪な形の飛行船が降りてきており周囲にいた冒険者と開拓者や住民達に動揺が走る、そしてそれに目の前のドワーフも同様であった。
「うほー!あれは王国にある飛行船じゃないか!」
「知ってるんです?」
「知らん方がおかしいに決まっておろう!生で見たのは初めてじゃ…空を制する竜騎士がその空を脅かされドラゴンが逃げたとされる恐ろしい兵器じゃ」
「兵器…か…」
ロックの話を聞きアユムは飛行船を見る目が変わっていく、確かにこの世界には魔法やドラゴンや超人的な者が多く気付くのが遅れたが空を飛んでいる飛行船はそれだけで脅威である。
周囲で動揺している人々…はるか上空からまるで見下ろすように浮かんでいる飛行船…初めて見た者達からしたら恐ろしく映りそこにいるだけで逃げ出してしまう者もいるだろう。
アユムは断片的な話を知る限りこの世界では最近まで戦争があり終戦からそこまで経ってないのだと薄々気づいていた、ロックの兵器という言葉もそれがあるのだろうと考えたと同時に兵器として扱われる飛行船に悲しみの目を向ける。
「しかし何故あれがここにあるんじゃ?」
「あー、もしかして二ヶ月前依頼で外に行ってました?」
「そうじゃな、帰って来たのも一週間前じゃ」
「なら知らないか…あれ俺を迎えに来た船なんですよ」
「なんじゃと!?…アユム何者じゃお主」
「ただの開拓者です」
「ほーん、ただの開拓者が魔獣を倒したと?」
「いやあれは皆の力があって…」
「冗談じゃ、深くは聞かんよ…ワシらにはワシらの、お主にはお主のやる事を頑張るだけじゃ…頑張れよ」
「…はい」
そこまで秘密にしている訳ではない上にそもそもこの話はだいぶ町に広がっていると思うが言わない方が後々知った時が面白そうな為敢えて言わないでおく。
暫くして北門の人の流れも少なくなりアユム達も無事外に出ることが出来た。
「ほれ行け、またな」
「はい…それでは」
少し離れた場所に飛行船が停まっており入口付近で前回と同じ操縦者が待っていた。
ものすごく根掘り葉掘り聞きたいのだろうがロックはそのまま仲間達の元に戻りアユムは飛行船に向かい操縦者はにこやかな顔で出迎えるように両手を広げる。
「いやはやお久しぶりですアユム様」
「あれ?俺覚えてくれてたんです?」
「当たり前でしょう!王都を救い尚且つ私の娘を貴方のお仲間様が救ってくださったのですから」
「え?あー…なるほど?」
この操縦者、王都襲撃時に現れた化物に襲われ逃げ惑う人々の中で倒れリサに助けられた少女の父親なのだがアユムはそれを知る由もなく何となくで話を合わせる。
「ささ、お乗りください…夜までの飛行ですが空の旅をお楽しみください」
「あ、ありがとうございます」
荷物をひったくりレベルで持たれ飛行船に乗りに行く操縦者に引きつつもアユムは飛行船に向かい乗り込む。
そして案内された部屋に荷物を置きそのまま窓の外を一望できる椅子がある場所まで向かい椅子に座って時を待つ。
「『皆様お待たせしました、これより王都へと向かいます強い揺れ衝撃にご注意してください』」
アナウンスが聞こえ少し椅子に深く座ると少し揺れゆっくりと地面から遠ざかっているのが窓から見え少しワクワクしながらも待っていると勢いが強くなっていくあっという間に飛行船は宙を舞い大空へと飛ぶ。
『何度乗っても不思議だよね~こんなあべこべでも飛ぶんだから』
「魔法って事で解決よ」
『便利過ぎ』
「だな」
立ち上がり、窓に近づいて遠くへ見えなくなっていくエレファムルを見ながらアユムは片手に握っている薙刀を少し強く握る。
「…そういえばヒスイ」
『んー?』
「…あの時は色々後処理があって聞けなくて今になったんだが…聞いていいか?」
『何告白?かー!アユム君たらこんな大空で大胆ねー!その度胸を地にいる時でも発揮できれば…』
「……」
『…ごめん茶化しちゃって』
「いや言いたくないなら別に言わなくても…」
『あーもー違うの!いつか言わないといけないの分かってたしアユムと今後とも戦っていくにもパパッと話すべきなのはわかってる…ただ…』
「ただ?」
『…私達の過ちを知られるのが怖い…ていうか…ね?』
ふと横を見ると実体化しているヒスイがいつの間にか立っておりアユムと同じように窓の外を見ていた。
「…ならやめとく?」
『…いや言う、これはもしかしたら…ありえるから』
「ありえる…?」
『…実は多少人間の頃の記憶があるの、黙ってたのは…私が神になった方法が知られたくなかったから』
「…ユリが言ってた、多くの命を使った儀式のようなものだって」
『その通り…私達は多くの命を使って生まれた紛い物』
アユムが気絶していた時、ヒスイとユリ達がシインとケッケイと戦っていた際にユリはヒスイが『神を作り出す材料』なるものを知っていたという話をアユムにしていた。
話だけ、そしてシインの力が明らかにヒスイと似たような強力な存在だったことを踏まえて何とな分かってはいたが話を切り出せずここまで伸びてしまっていた。
『…アユム確か私の人間だった頃の記憶少し見たんだっけ?』
「多少は」
『あの時ね、確か私達押されてたの…それで一人の転移者が考案したの…『神には神だ』って』
「……」
『突拍子もないふざけた話だと思うでしょ?だけどね…皆狂ってた…そしてその実験が始まって『成功した』』
「それでヒスイが神に?」
『そう…神って言うけど実際は神じゃない、多分いうなれば天使に近いかも』
「なんで…?」
『あの時の薄々気づいてた、だけど破壊神に出会ってから確信した…『格が違う』って』
「………」
『ただ何でか破壊神達は制約があるのか動かないし実際は分からないけど…私とは比べられないから私はそう思ってる』
「なるほど…」
『話が逸れたね、まぁ私達は帰りたい…生き残りたいから神を作った…素材は敵から奪って…ね』
「……」
その言葉にどれほどの感情が籠っているのか、アユムには想像は出来ない。
だが聞くだけは出来る、ヒスイ達がした事を知ることでもしケッケイのような者が現れても対策が出来る…話してくれたヒスイの覚悟を感じながらアユムは頬をかく。
「話してくれてありがとう」
『え?もういいの?…多分まだ話してない事は…』
「それはいつか聞くよ、今一気に聞くのも俺の心臓が持たん」
『……うーん、アユムと話してるとテンポが掴みづらいなぁ』
「ダンスマスターキングの俺に勝てると思うなかれ」
『何それ……ところで聞きたいんだけど何で今聞こうと思ったの?』
「えっ」
『もしかして他の人に聞かれないように?私アユムの脳内に直接喋れるのに』
「………の、脳内に直接…!?」
『はいはい、そこは抜けてるのねアユムく~ん?』
「よし、今から薙刀を捨てよう」
『ストップ!スト―ップ!!!』
飛行船の窓を開けようとする奇行を操縦者や職員に見られ恥ずかしい思いをしながらアユムは王都に付くまで部屋で大人しくするのであった。