144話『新たなステップへ』
暗く、寒い夜道を1人の少女が走る。
目の前は遠くまで見えずただただ闇雲に走りながら少女は後ろを振り向くと遠くに複数の明かりが灯っている…その明かりは松明のものであり少女の方へどんどん向かってくる。
「やだ…来ないで…!」
息が荒く…そして張り裂けそうな程乾いた喉を我慢し走り続ける。
靴は履いてはいない、冬の時期には堪える状況に少女は涙を流す。
「なんで私がこんな……神様…!」
神に祈るが無常か必然か神が手を貸してくれるはずもなく少女は足を挫いて地面に倒れる、そして倒れた拍子に地面にあった石に頭をぶつけてしまい額から血が流れる。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
逃げなければ、逃げなければ『殺されてしまう』
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
自然と整わない息を呼吸を押さえつけるように胸に手を当てゆっくりと息をする。
その瞬間近くから物音が聞こえ少女は短い悲鳴を上げる、その音がどういう事か理解しているからであり…
「やだ…やめて…死にたくない!私何もやってない!」
現れた影の手がゆっくりと少女の方へ伸びてくる、少女は逃げようとするが倒れた拍子に石に頭をぶつけた衝撃が残っており上手く立てず逃げれない。
迫りくる手を見ている事しか出来ず少女は目を見開き……
「はぁ!……はぁ…はぁ…」
ベットから飛び起きた少女は目を血走らせ周囲を見て…何もいない事に気づき深く息を吐く。
枕元の机に置かれた容器の中に入っている水をコップに注いで一気に飲み干し喉の渇きを潤す…汗で張り付いた髪を手で払い少女は窓を開ける、少女の部屋にはもう一人寝ている人物がおり窓から流れてくる涼しい風に身を丸めて寝息を立てる。
少女はその様子を見て笑い…そして夢の事を思い出してしまい窓の枠を強く握りしめる。
「…あと少し…あと少しで…」
突然少女の目が淡く光る、その目はまるで全てを見られているような不思議な目をしており…ある方向を見る。
少女はそのまま窓を閉め静かな夜の風景に溶け込み何事もなかったかのように夜空に星が煌めく。
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片手に薙刀を持ちながら荷車が門を通るのを待ち完全に止まったのを確認してアユム達は荷車から荷物を取って降りレンタルに馬と荷車を返す。
「いやー疲れた」
「短期と言っても数日町を離れると疲労が溜まるのは仕方ないかと」
「うぅ…私が疲労回復する祈りが使えれば…」
『なんだろう、凄く良い匂いしそう』
「僕はギルドに報告に行く、皆は先に家に戻るといい」
「俺も行くよダガリオ…確か荷物来るはずだし」
「あ、なら私も!」
「では私達は先に戻りますので後ほど」
「あぁ…ん?リサ?」
ギルドに向かうダガリオとアユムとサヨとで別々の道に向かいふとアユムはリサの声がしない事に気づく。
リサの姿を探し周囲を見ると既にその姿は家の方へ向かっておりアユムは首を傾げる。
「なんかここ最近リサの奴おかしくないか?」
「確かに昼寝てることが多く夜中起きていたりしてますね」
「…話聞きたいけどはぐらかすしなぁ」
王都事件から二ヶ月、地球で言えば三月になったエレファムルは雪が溶け冷たいが生命の息吹を感じられる時期になっていた。
リサの様子がおかしくなったのは一ヵ月からでありサヨどころかギルドのセシリアやポメからも言われるほどその様子が不自然であった、だがそんな様子も一時的であり別の時間になるといつもと変わらず聞いてもはぐらかされてしまい結局聞けず終いであった。
「…一応君がリーダーだ、メンバーの相談や困った時助けるのも君の仕事だぞアユム」
「わーてるよ、んじゃアミーラちょっと行ってくる」
「はいお気を付けて」
リサなら大丈夫だろう、心の何処かでそう思いながらアユムはダガリオとサヨを連れてギルドへと向かう。
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二階建てのギルドにある1階酒場、そこは冒険者開拓者が依頼を受ける為の場所でありエレファムルに送られたギルドに所属している冒険者開拓者の荷物を預かるサービスを行っていた。
「はい、これがアユムさんと…こちらがサヨさんですね」
「ありがとうございますポメさん!」
「あざ」
「最近アユムさん僕に対して雑になってません…?」
「気のせい気のせい」
「はぁ…ダガリオさんはこちらへ」
「あぁ」
アユムとサヨの前に小さな木箱が置かれ、置いた後ポメはダガリオを連れてその場を離れて依頼の報酬を受け取りにいく。
2人はお互いの顔を見合わせ木箱を開けると…様々な物が入った中身が顔を見せる。
「これは手紙と…何だこれ?あとは謎の木彫りの置物…か?あいつら旅を満喫してるな」
木箱を送ってきたのは勇者一行であるユリ、サリア、シインであった。
1ヶ月前アユムはユリからの手紙を貰っており内容は次の荷物に色々入れて送るという内容であった、この道路すらも整ってない世界で何処から送ってるか分からないが1ヶ月〜半月で送り届ける配達員に頭が上がらないと考えながら手紙をまず開く。
「えーっと…ふむふむ……ふむ?何してんだこいつは…」
手紙の内容は町を襲いかけていたオーガの集団を討伐した話やその町の食べた物が美味しい等の話で、付属していた紙を見るよう書かれておりその紙を開くと積み重なったオーガの上でポーズを取ってるユリの絵が描かれていた。
「これ描いたのシインか…絵が上手いんだなぁ…それにしても上手くやってるようで嬉しい限りだよ全く」
手紙の文字からも伝わる程連携が上手く行った話がつらつらと書かれていた、元より単独でも動けるユリ…リーダーの風格があるサリアが避難やその地の兵士との連携、シインの治療などをする事で勇者一行は隙の無いパーティーである。
「『次はアユムも一緒に』…か…俺達も1目度くらいは旅に出てみるか?ヒスイ」
『それもいいけどエレファムルからずーっと離れるのは少し寂しいね〜』
「…そうだよなぁ…もう半年も過ごしてたら地元愛出てきちゃうよ」
『第二の故郷ってやつ』
ユリ達の誘いに嬉しく思いつつも、依頼や何かしらの仕事では無い限り離れるのは少したじろいでしまう。
この世界に来てから最初は不安でいっぱいでエレファムルに居るだけでも緊張していた、だが今は頼れる仲間もギルドマスターもいる事でいつしかそんな心配は無くなりむしろ町をずっと離れる事に不安を覚える。
「……ん?サヨ、そっちも手紙か?」
ふと視線を横に向けると紙を広げて読んでいたサヨの姿があった、サヨの木箱の中には様々な本や筆記用具が入っておりまるで今から勉強をするようである………そう実際にサヨは勉強をする為にこの荷物を取りに来たのであった。
サヨは司祭候補生、本来は今年の4月にあたる月に司祭になる為の試験を受けるのだがエレファムル襲撃事件がありサヨの試験は有耶無耶になりかけていた。
「はい!ガバラマド教国にいるアギトちゃんから」
「へぇ…ちょっと偏見だけどサヨに友達が居たとは」
「もう、アユムさんは私を何だと思ってるんです?学友の1人くらいいます!」
「1人だけ?」
「………」
「ごめんごめん叩かないで」
ポカポカ殴られながらアユムは苦笑する、恐らく木箱に入っている本などはそのアギトという人物が送ってくれたのだろう。
襲撃事件のせいで試験勉強の本等が送られてこず、なぁなぁで試験までアユム達と依頼を受けていたがエレファムルに帰ってきた時にサヨはガバラマド教国から試験を受ける権利を与えられた事を伝えられ急遽手紙を送ってこの木箱を送ってもらったらしい。
「良い友達じゃん、きっと俺みたいに優しいんだな」
「うーん…アユムさんとはちょっと違うというか…」
「サヨそこはツッコミをください、このままじゃただの痛い奴になっちゃうから」
「あ、すみません!な…なんでやねーん!」
「何処でそれ覚えた!?」
『なんでやねん!』
「お前か」
一通り騒ぎ手紙などを木箱に戻し残りは家に戻った時に確認する事にする。
木箱を抱えた辺りでダガリオとポメが戻ってきておりダガリオは手にある3つに分けられた袋を掲げる。
「いつも通り配分した、これがサヨこれが僕これがアユム達だ」
「サンキュ」
「ありがとうございます!わぁ…また重たいですね」
「何か買って帰るか?荷物持つよ」
「え?いえそんな荷物持ちさせる訳には…」
『男はこき使ってなんぼだよサヨちゃん』
「んー、ノーコメント」
受け取った報酬をポーチに入れその場を離れようとした瞬間。
「アユム」
「?あ…ニックさん」
突然名前を呼ばれ振り向くと2階に上がる階段の途中に副ギルドマスターであるニックが立っていた。
「すまないが話がある、今時間はいいか?」
「え?えぇまぁ…」
「なら今からギルドマスター室に来てくれ」
それだけを言いニックは上の階へ上って行ってしまいアユムはダガリオとサヨの顔を見て申し訳なさそうに頭をかく。
「すまん先に行っててくれ」
「あぁ…人気者は困るなアユム」
「嫌な人気者だよ…サヨごめんなダガリオを代わりにこき使ってくれ」
「いえいえ!そんな…」
「んじゃまた後で」
小さな木箱を小脇に抱えアユムはダガリオ達から離れ2階へと向かう。
「何だと思う?」
『まぁ最近は平和だったから…面倒な話じゃない?』
「嫌だなぁ…当たってそうで」
ヒスイの外れてなさそうな予想に頭痛を感じながらアユムは嵐の前の静けさでは無い事を祈りながらギルドマスター室に向かう。