131『嫌いな自分を』
暖かい風が吹き、目を開けるとそこそこの広さがある庭の隅にある木の根元…上半身を起こし眩しい夕日の光を手で遮っているとふと誰かが夕日を背に覗き込んでくる。
「またここにいて!お友達出来ないよ!」
「いいよ…私いらないもん…」
「そう言わないの!ほら行こ!」
「やだぁ~…」
黒い髪をなびかせ、二人の子供は庭で遊んでいる他の子供達の元へ向かって行く。
10年前、ケッケイ・シュールの主導の元作られた孤児院のひとつ…そこに幼いシインは他の子供達と共に過ごしていた。
「皆~、そろそろご飯よ~」
「わーい!」
「やったー!」
孤児院に住み込みで働いているシスターに呼ばれ子供達は家へ入っていき食事を食べる。
総勢20人の子供とシスターが4人、最年長で12歳から最年少は5歳と様々な種族の子供が集まり元気に過ごしている。
「シイン!残しちゃダメだよ!」
「私これ嫌い…」
「んじゃ俺もーらい!」
「コラー!」
「喧嘩しないの!」
無邪気な獣人の男の子がシインの皿に乗っていた鶏肉を奪い、人族の女の子がそれを追いかけシスターが怒る。
そんな平和な日々を過ごしていた中、人付き合いが苦手なシインはそれでも幸せな生活を出来ていた。
「ほらそろそろ時間よ、皆席について」
「はーい…」
シスターの一声で子供達は渋々席に戻り…両手を合わせ頭を少し下げる。
祈り、シイン達は何に祈っているのか分かってはいない…ただこの孤児院で当たり前のように自然に行われてる事であり誰も疑わず祈りを捧げる。
そしてその中で1人の少年が驚いた声を上げる。
「わぁ!シスター!」
「素晴らしいわ、これ程の祈りを使えるなんて!」
少年の体は淡く光り空間が僅かに歪んでいた、その事が一気に広まり拍手や羨ましがる声が聞こえてくる。
「ねぇシスター!これで俺も外行けるの?」
「えぇ、明日の朝イチに出発しましょう…皆今日でお友達が1人卒業します!お別れの挨拶をしてあげてね?」
「わー!おめでとう!」
この孤児院の子供達は外の世界を知らない、孤児院から出る方法は2つ…里親が見つかるか『祈り』が成熟し認められケッケイ家の仕事を手伝う為に孤児院を出る事。
「………」
「シインどうしたの?」
「…なんでそこまでして外に出たいのか分からない…」
「そんなの決まってるだろシイン、外の世界見て広い世界を歩くんだよ!」
シインがぼやいてると近くの席に居た男の子が話に入ってくる。
「シインは見たくないの?」
「…私はいい」
「シイン本当は凄いのに祈り真面目にやってないもんね…」
「人見知りだからなぁ?俺達も卒業していなくなったらお前どうするんだよ」
「それは…」
「コラ!シインいじめないの!」
「いじめてねぇよー…」
「大丈夫だからねシイン、私がいるから」
「『 』ちゃん…」
突然ノイズが入ったように、女の子の名前を言ったはずが上手く聞き取れない。
男の子のお別れの挨拶を済ませ、シイン達は寝床がある部屋に各々戻って行った。
そして聞けば全員がすぐに眠ってしまうシスター達の子守唄を聴きながらシイン達はベットに潜り込み目を閉じてぐっすりと……夢の世界に飛び込む。
ふと、目が覚めシインは体を起こす。
そして横を見ると『 』が涎を垂らしながら寝ているのが見えクスリと笑い…トイレに行きたくなりベットから降りて廊下へと出る。
静かな廊下、子供達の部屋は二階建ての建物の2階にありトイレは中央の階段を降りて1階にある為シインはいそいそと階段を目指す。
「…?誰かいる?」
階段に辿り着き降りようとした時、下の階から声が聞こえ何となくシインは身を隠しながら下の階を見る。
中央階段の正面は出入口で…扉の前にシスター達と明日朝イチに孤児院を出る男の子が立っていた、そして扉の外には謎の外套を纏った謎の男達が3人。
「これがそうか?」
「はい、まだ初期段階ですが様子が…」
「シスター…頭が痛いよぉ…変な声も聞こえるんだ…」
「ッ!やはり…いや先にやるぞ」
男が外套の中から何かを取り出し手に握る、シインにはそれが何か分からない…先が細く尖っており握っている部分には何か液体が入っている。
「おじさん誰…?」
「おじさんはね、君を『検査』しに来たのさ」
そう言って男は男の子の首に手に持っていた物を突き刺す。
シスターや後ろにいた男達が一斉に男の子を取り押さえ口の中に布を押し込む、男の子は突然の事に驚き暴れようとするが…大きくビクンッ!と体が跳ね苦しそうに全身を捻じらせる。
そして…男の子を中心に空間が歪み始め歪んだ空間から『何かが顔を出す』
「『我が主よ深淵を閉じよ!』」
取り押さえていたシスターが手を合わせた瞬間、淡い光が歪みを覆うように包み出てこようとした何かは出てこれずその動きを止める。
どのくらい経っただろうか、歪みが無くなり取り押さえていたシスター達と男はゆっくりとその場から離れて下を見る。
そこにはどうにか人間の姿を保っている『人間もどき』が倒れており、その不気味さから1人のシスターが外に慌てて出て口から吐しゃ物を吐き出す。
「…子供達は起きてないだろうな」
「一晩起きないように施しましたから大丈夫です」
「…よし、いつも通り後処理は任せたぞ…また失敗か」
「も、申し訳ございません!私達が不甲斐ないばかりに…」
「いや元よりいつのかも分からない文献を頼りの実験、成功しなくとも無理はない」
「はい…」
「それよりも最近、他の施設で突然的に発生するのが報告された…最悪その傾向があった場合は早めに連絡を入れろ」
「分かりました…」
そこから先はシインは覚えていない、いつの間にか部屋に戻りベットに横になっていた。
あの男の子の事…謎の男達の事…
それ等が頭から離れずシインは寝れずにそのまま朝まで寝れずにいた。
「あ!またこんなところに居て!」
「………」
朝も昼も、上手く考えれず頭がぼーっとして黒髪を弄りながら遠くの夕日を眺めていたシインの前に『 』が出てくる。
だがシインは反応せず答えず…『 』は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「…何でもない」
「あ!もしかして昨日の事考えてるの?」
「ッ!」
ドッと心臓が高鳴りシインは冷や汗を流しながら『 』の顔を見る。
「『 』も…?」
「?うん!」
「わ、私どうすれば…」
「私も実はね…外の世界見てみたいと思ってて」
「へ?」
昨日の事、シインが見たものではなく…少女が言うのは夕食時の外への事でありシインは大きくため息をつく。
「はぁ…」
「え、え?どうしたの?」
「なんでもない…『 』ちゃんは何で外に行きたいの?」
昨日の事は話せない、話を逸らす為に…そして気を紛らわす為にシインは少女に話を振る。
少女は暫く考え…顔を上げる。
「シインお外にはね、すっごく栄えた王都があったり海があったりおっきく育った木があるんだよ!それに私達が知らないおいしい食べ物や飲み物もあるの!」
「ふーん…」
「あ!今興味ないって顔したでしょ!」
「そうは思ってない…よ?」
「嘘ばっかり!…それにね世界にはいろんな人がいて、私お友達沢山作るの!」
そういう少女の目はらんらんと輝いていてシインには眩しく映っていた、ここでの生活に満足しているシインにはあまりにも遠い夢…友達なんて
「…皆がいれば必要ない」
「?何が?」
「…なんでもない、ほらシスターが呼んでるよ、行こ」
建物の出入口からシスターが出てきて遊んでいる子供達を集めている、シインは少女の手を掴み引っ張って皆の元に戻っていく。
その日の食事も何も変わらない、いつものようにご飯を食べお風呂に入り寝るだけ…そんな日がずっと続くとシインは思っていた。
だがそう上手く事は運ばなかった。
「シスター!シスター!」
「凄いわ!昨日今日で二人目よ!」
それは少女が祈った瞬間、周囲に歪みが発生し外に出る条件を満たした事。
そして…
「シスター、頭が痛い…変な声が聞こえるよ…」
そして少女は男の子と同じことを言ったのであった。
子供達は部屋に戻され、シインも少女と共に部屋に入れられた。
「いい?絶対出ちゃダメよ?」
「シスター…?」
「大丈夫…大丈夫だから」
そう言いシスターは扉を閉める、そのままシインは扉に近づき耳を近づけると廊下から僅かに声が聞こえる。
「いつ来るって…?」
「すぐに来てくれるらしい、だけど最悪私達で止めなければならないわ」
「私達だけで…!?そんなの無理よ!」
「やらないと私達も子供達も…」
耳を離し、シインはベットの上で頭を抱えて唸っている少女の傍に向かう。
「シイン…?」
「『 』ちゃん、聞いて…あのね」
シインは昨夜見た事を少女に話す、頭の中では大人達に何かされた男の子の事…そして慣れの果てになってしまった姿が思い浮かびシインは少女の手を握る。
「『 』ちゃん、逃げよう」
「…けどシスター達が心配…」
「このままじゃ殺されちゃうよ!私そんなの嫌だよ…友達を失いたくない…」
「…分かったよシインちゃん」
必死な顔のシインに少女は驚いた表情を見せ、頷く。
シスター達は何処か別の場所に居るのか苦労なくシインと少女は玄関まで辿り着く。
「うっ…」
「大丈夫…?」
「うん…大丈夫だよ」
「貴方達何をしているの!」
玄関の扉を開けた瞬間、遠くからシスターの声が聞こえてくる。
向くと階段から降りてきているのが見えシインと少女の顔を見て顔色を変える。
「走って!」
「う、うん…!」
「ま、待ちなさい!シイン!『 』!」
扉を開け庭に飛び出したシインと少女、シスター達も追いかけるが距離もありシイン達は外に出る為に門まで近づき…鉄門の外に昨日の謎の男達がいるのが見えシインは止まる。
「何故ここに子供が…」
「その子が神化段階の子供です!早く抑制薬を!」
「何!?」
男達は大慌てで鉄門を開け中に入って来る、シインは少女の手を引き逃げようとするが大人達から逃げれる訳もなく壁に追い詰められてしまう。
「シイン!その子から離れなさい!」
「い、嫌だ…!殺す気なんでしょ…!昨日みたいに!」
「昨日…まさか起きていたのか」
「そんなはずは…私達より祈りが強くなければ絶対眠っている筈…」
「ともかく、その子から離れなさい!」
「嫌だ!」
「聞いてシイン!急がないと皆危なく…」
大人達の言葉が耳に入る中、シインは突然袖が引っ張られ後ろを振り向く。
「どうしたの『 』…ちゃ…ん」
「シイン…聞こえるの…皆が…私もこっちに…来いってぇ…!」
シインは目の前に映る光景に頭が追い付かなくなっていた。
少女はそこに『いた』…だが少女は少女では無くなっていた、その顔は歪みその腕に無数の蛇が巻き付き身体の周囲に歪みが発生していた。
「始まってしまったぞ!」
「く…!動きを止めろ!」
「『わ、我が主よ…』」
1人のシスターが唱えようとした瞬間、何かが宙を飛びシスターに当たり…シスターの上半身が無くなり下半身がバランスを無くし地面に倒れる。
シスターの背後に落ちたのは大きな蛇、飛んできた方向を見ると少女が腕を上げておりケタケタと笑っていた。
「『深淵を覗く者共よ、扉は開かれた!』」
少女の口から禍々しい声が聞こえ、その瞬間爆発のような衝撃が発生しシインは吹き飛ばされ壁に衝突し…意識を手放してしまう。
何かが燃える音が聞こえる、ズキズキと痛む頭を押さえながらシインは目を開け起き上がると…目の前に広がる光景に頭が真っ白になる。
「い…え…が…」
燃えていたのは孤児院の建物であった、大きな火柱が立つ程の炎にシインは中にいる筈の皆の事を思い出し…そして考えれなくなり涙が勝手に流れる。
何故こうなった?そう自分に自問自答し、そして子供ながらも気づいてしまう。
「私…だ…」
大人達の会話、行動、昨日見た光景…ズキズキ痛む頭で冴えわたっている思考でこんな時だけ気づく。
これは自分がした行動のせいだと
「『起きたの?シイン』」
「…!」
声が聞こえ視界を向けると…大人達を壁に貼り付けにしている少女が立っていた。
少女は手に持っている手作りの木の杭を放り投げシインに近づく、近づくにつれてシインは少しずつ後ずさり…少女は不思議そうに頭を傾げる。
「『どうしたのシイン?』」
「あ、あなた…『誰?』」
シインの目の前にいるのは少女、姿も声も少女のもの…だがシインには別人に見えていた。
少女は止まり…そして歪んだ笑顔を見せる。
「『分かっちゃったぁ?』」
「…!か、返して…!『 』ちゃんを返して!」
「『返して?不思議な事を言う子だ、我々に近づこうとしたのは君達だろう?体の一つ二つ何を言ってる』」
「なに…を言ってるの…?」
不思議そうに頭を傾げる少女のような何かは笑いながらシインに近づく、シインは逃げようと後ずさるがすぐ後ろは壁…逃げれなくなり少女の姿をした何かはシインの顔を撫でる。
「『シインちゃん、ほら海見に行こう!王都?も大きな木も美味しい食べ物も飲み物も!外に出れれば全て叶う…』」
「…やめて…!『 』ちゃんの声で喋らないで!」
押しのけようと力を込めるが…力が強く動かせる様子は無い。
「『仕方ないな、よく見れば君も良い媒体になりそうだ…君も皆に会いたいだろう?』」
「い、いや…!」
突然、少女の体がドロッと溶け…シインの体を包み込むように覆ってくる。
外を見ると庭の空中が大きく歪み、歪みから何かがシインを見ていた…それは何なのか分からないが不気味な雰囲気にシインは恐怖で体が硬直し動けなくなる。
「いやだ…」
鼓動が早くなる。
「いやだ…」
何かが自分の中に入ってくるような感覚…
「いやだ…!」
全てが目の前の何かが、歪みが、自分が…嫌いになりそうだった。
髪は血のせいか赤く朱く紅く…
こんな自分をシインは『拒絶』した。
目が覚めると燃え尽きた孤児院の庭でシインは座っていた、動く気になれずそのままでいると…朝日を背に誰かが孤児院の敷地に入ってくる。
「これは酷い…」
「ケッケイ様やはりこの実験は危険過ぎます、これが各地で起きると目を付けられる可能性が…」
「………」
1人の男が周囲の人間を無視し、シインへ近づく。
「止まってください!危険です!」
「危険?そんなものこの計画を始めた時から覚悟している」
男はシインの傍にしゃがみ目線を合わせる。
「君、名前は?」
「…シイン…」
「シイン、君は何も見てない…何も覚えてない…今は忘れなさい…時が来るまでは」
ケッケイはその手に魔力を込めシインのピンク色の頭を撫でた瞬間、シインの頭の中が綺麗に整理整頓されるように書き換えられていき…シインの記憶の一部か箱に収められる。
──────────
暗い空間、椅子に座りながらシインは目を覚ます。
古い記憶…ケッケイによって封印されていた記憶がまるで忘れるなと言わんばかりに思い出させる。
「……」
少しでも動こうとした瞬間、周囲に黒い手が現れシインの体を掴む…逃がすつもりはないようだ。
「元より…逃げるつもりはない…」
これは罰だ、一人だけ幸せになろうとしたシインに死んでいった孤児院の人々の…
視線を上げると黒い影が一つ、小柄な少女…今のシインならそれが誰かが分かっていた。
「私はどうすれば良かったのかな…」
ケッケイの計らいで人並みの幸せを、世界を見て、友人を作ったシインを少女達は許さないだろう。
こうして暗い空間に閉じ込められているのも自業自得…
『……!……!』
突然、暗い空間に一筋の光が差し込んでくる。
それは温かく…そして優しい光であった、そして何処からか声が聞こえてくる。
『……ン…ん!シイ…ちゃ…!』
「チャンマルちゃん……?」
何故かシインはその声がチャンマルの声に聞こえた、一瞬の希望と同時に一度騙された事を思い出しシインは顔を歪める。
「そう…だよね…これは私の罰…チャンマルちゃんはここには来ない…」
「シインちゃん」
近くで名前を呼ばれ、シインは顔を上げると…目の前にチャンマルが立っていた。
光がチャンマルの背中方向から差し込んでる為眩しく上手くその顔を見ることが出来ない…シインはそれでも顔を見て、歯を食いしばる。
「チャンマルちゃん…ごめんね…私皆に迷惑をかけてるよね…私が全部悪いの…私が…」
偶像でも妄想でも都合のいい夢でもいい、シインは目の前にいるチャンマルに溜まりに溜まった感情を吐き出す。
「ユリ様にもサリアさんにもアユムさんにもチャンマルちゃんにも…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
謝罪する、自分勝手に口から出る謝罪を相手に押し付ける。
その行為をしてしまう自分が嫌いになる。
「私だけ幸せになろうとしてごめんなさい…」
その性格で人様に迷惑をかけ、アユムに頼み込みそれでも迷惑をかけ…
「…チャンマルちゃん…私を…殺し…」
後始末も出来ない自分が嫌いであった、チャンマルに最後も押し付けようとする自分が
「シインちゃん、帰ろう?皆待ってるよ」
「チャンマル…ちゃん」
それでもチャンマルは優しくシインの手を掴み、椅子から立たせ顔を上げさせる。
「シインちゃんがどんな人だってボクは何だっていいッス、これから仲良くなればもーまんたいッス」
「チャンマルちゃん…」
「ほら!こんな所から出て!皆の所へ!」
強く、しっかりと握られた手を引っ張られシインは光を辿るように体が浮きどんどん暗い空間から遠ざかっていく。
後ろを見ると黒い影達が集まっており…まるで手を振ってるようにユラユラと揺れていた。