13話『飢え』
目にも止まらない速さで移動するカルソン達と同じ速度で追いかけて来るガル達は付かず離れずの距離感でカルソンの屋敷まで向かっていた。
「どうするんだカルソン!」
「唯一の出口は塞がれてるだろう、逃げれたとしてガル達は行動を起こす…あまりやりたくはなかったが『あれ』を使う」
「まさか…!使えるのかカルソン、あれが使われたのは200年も前の事だぞ!」
「やるしかあるまい、最悪…死者が出るのは諦めるしか…」
「…父さん…」
並走していたリサがカルソンの方を見る、話していた吸血鬼達とカルソンはリサを見て暗い表情になる。
「…我々が時間を稼ぐ、カルソン…リサ…君達だけでも辿り着くんだ」
「…すまない」
「なに、行くぞ!」
話していた吸血鬼総勢9人が立ち止まり、各々腰に装備していた剣を抜く。
追いかけていた吸血鬼達も立ち止まり剣を構える。
「吸血鬼の誇りを忘れた老害共が!」
「ふん、未来を想像出来ぬ若者が誇りを語るな!」
闇に紛れ、残像が出る程の速度で金属がぶつかる音だけが背後から聞こえてくるのをリサは恐怖する。
「(どうしてこんな…皆元気だったのに…同じ同胞の筈なのに…)」
仲良くしてくれてたあの親子と人間達、家族同然の吸血鬼達…それらが一夜にして全て崩壊しようとしている。
理解が追いつかない、だが理解しなければならない。
唇を噛み締めカルソンとリサは先を急ぐ。
☆★☆
屋敷の扉を開けてカルソンは廊下を急いで歩く、リサはどうすればいいか分からずカルソンに続く。
「…リサ、もしかしたら今日でこの村から出て旅に出なければならないかもしれない」
「な、どうすんだよこの村出て!」
「どうなるだろうね、ガルが言ってた通り東にずっと行くと人間や他の種族が集まった町がある…そこで慎ましく生きる事も出来る」
カルソンは後ろを振り向かず進む、顔が見えないが笑顔ではないのは理解出来ていた…だがリサには他の問題がある。
「けど私達が受け入れられる訳がねぇよ!悔しいけどガルが言う通り私達は…」
「そうだ、吸血鬼は忌み嫌われる魔族…だが私達が生き残るにはそこに向かうしかない」
「…………」
「だからリサ、もしも私に何かあった時は東に向かいなさい」
カルソンはある場所の前で止まる、それは代々受け継ぐ骨董品達が置いてある場所であり…リサが朝に謎の音がした場所であり、カルソンは置いてある黒い箱を手に取る。
「それって…」
「我が家に受け継がれる魔具が入ってるとされる箱だ…もう何十年も開けたところを見た事がない…私も私の父が開けたのを見た時以来だ」
箱はカタカタと動いており、奇妙な雰囲気をしている。
箱は黒かった筈だが妙に赤みがかかっている…全体的に赤くなるのではなく水の流れに乗ってるように伸びている。
箱を手に玄関に向かおうとした時、窓ガラスを割って何かが飛び込んでくる。
咄嗟にカルソンはリサを庇うように前に出るが飛び込んできたのはカルソン達と一緒に居た吸血鬼達だった、4人だけであり残りの5人は見当たらない。
「すまないカルソン、もう時間を稼ぐ事が出来なかった」
「いや、十分だ……来たか」
閉じていた扉が開かれ、ぞろぞろと多勢の吸血鬼が入ってくる。
その人混みを通りガルが前に出てくる。
その手には何かが握られており、それをカルソン達の方に放り投げる。
それは折られた10本の牙であり、誰のだったのか理解しリサはガルを睨む。
「捕まえるんじゃなかったのかよ…!」
「抵抗するなら同族と言えど殺めるのは仕方のない事では?」
吸血鬼の牙は無くてはならない物だ、それを折る行為は罪を犯したり殺しをした吸血鬼の処刑後見せしめとして行われる事であった。
「諦めて下さい、そんなに人間が好きなら同じくらいの待遇を用意してあげますよ」
「…いや、断らせてもらうよ…ガル」
「なら残念…行きなさい」
合図と共に狭い為、素手で向かってくる吸血鬼達…そしてカルソンはゆっくりと短剣を構えて黒い箱を床に置き短剣を使って手を切り、血を箱に垂らす。
その行為に気づいたガルは血の気を引いた顔になり慌てたように後ろに下がる。
「あ、あれを止めるんだ!行け!行け!」
「もう遅いよ、ガル…最悪私と共に地獄に落ちてもらう…『主よ、その身を地に堕とせ…』」
ガルの切羽詰まった声に反応し、一気に走り出した吸血鬼達…だがカルソンが何かを唱えた時、眩い光と共に血に濡れた片手に何かが飛んできて掴む。
「『願わくば降臨せしその身を最後に消滅せよ』」
それは一瞬だった、激しい爆音が1回…そして一番戦闘に立っていた吸血鬼は苦しそうな声と共に地面に倒れる。
「ぐあああああぁ!溶ける…!俺の顔がァ!いでぇ!がぁ…痛てぇ………」
「お、おい大丈夫…ひっ!」
突然倒れた仲間に駆け寄りその顔を見た吸血鬼は短い悲鳴を出す、何故ならその顔は溶けており火傷の爛れのように顔全体に広がっていたからだ。
そしてその右目下には指サイズの穴が空いている。
全員がカルソンの方を見る、その手には謎の黒い金属のような物が握られており小さな穴がある方を倒れている吸血鬼に向けていた。
「ひぃぃ!?な、なんだあれ!」
「知らねぇよ!あんなもんあるなんて聞いた事も…」
「使いましたねカルソン…!魔神が作ったと言われる最悪の魔道具を!」
慌てふためくのを横目にガルは苦しそうな表情でカルソンを睨む。
「1000年前、地の奥深くに発見された魔神の残した魔具の1つ…この村にもあるという噂は聞きましたが…まさか本当にあるなんて…」
「…………………」
カルソンは何も言わない、だがその手はまだ倒れている吸血鬼に向けられており……激しい爆音と共に何かが倒れている吸血鬼の足に当たる。
当たった瞬間甲高い悲鳴と肉が焼ける匂いと溶ける音が響く。
そしてまた1発、そして2発…もう倒れている吸血鬼は息をしてない。
だがカルソンは攻撃を止めない。
「な、何をやってるカルソン!もう使う必要はない!」
異変に気づいたリサの隣にいた吸血鬼がカルソンの腕を掴み止めるよう引っ張る。
この魔具があればガル達は一旦は従わざるおえない、だがやり過ぎると恐怖の植え付けにしかならない。
それをカルソンが気づかない訳がない、吸血鬼はそう思い止めた…
そしてその額に何かが押し付けられる。
激しい爆音と血と骨が飛び散り、吸血鬼を貫通した何かがその背後にいた吸血鬼にも当たり2人の死体を作り出す。
「…ぇ…?父…さん?」
「リサ!」
咄嗟に残った2人の吸血鬼がリサの前に出るが、2回…爆音が鳴り響き2人の吸血鬼がリサの前で骸になる。
あまりの突然のことに呆然としてると貫通した何かが地面に転がってるのが見える。
それは変形した銀色の何か、銀の弾丸だった。
「ふ、ふははは!これは滑稽だ!魔神の力に呑まれて敵味方も分からなくなったか!カルソン!」
「父さん…なんで…父さん!」
「……………」
カルソンは何も答えない、だがゆっくりとガル達がいる方を向き…その魔具を向ける。
咄嗟にガルは近くの吸血鬼を掴み盾にする、すると連続で鳴り響きく爆音と悲鳴…そしてガルは舌打ちをする。
「1度下がりますよ!」
「ひぃぃ!助け…」
「死にたくねぇ!痛てぇよ…俺の…俺の目は何処だ…」
阿鼻叫喚の中、ガルは少数の仲間を引き連れてその場を逃げる…そして倒れている吸血鬼達が静かになるのに時間はかからなかった。
誰も立ってない血に濡れた廊下、1人座り込んでいるリサと魔具と短剣を持っているカルソンが残った。
「………皆…」
半吸血鬼でも良くてしくれた吸血鬼達、吸血鬼と認めてくれなかった若い吸血鬼達…全員目の前で苦悶の表情で事切れている。
俯き血に濡れた手を眺めていたリサの頭にカツンと何かが押し付けられる。
次は自分の番である事を理解するのは難しくなかった。
優しかった父が何故こんな事をするのか、何も喋らない父を見る。
「…父さん…」
そう呟いた瞬間、爆音と共に…目の前で血が零れる。
銀の弾丸はリサの頬を僅かに当たらずに後方に飛んでいき、カルソンの腕には短剣が刺さっていた。
「ぐっ…リサ…!」
「…父さん…?父さん!」
感情がない顔だったカルソンの表情は苦しそうな顔になり、その右手に左手で短剣を突き刺している。
「父さん!早く…その魔具を手放して…」
「無理だ…、もう…意識が持ってかれる……リサ…東に向かいなさい…そしてそこにいる人間に頼み保護してもらいなさい…」
「な、何言ってんだ父さん!父さんも一緒に…」
「駄目だ!私は…ぐっ……お前とは一緒に行けない…これに頼った罰が回ってきたようだ…」
カルソンの手にある魔具は黒い霧のようなのが漂っており、死んでる吸血鬼達を包み込む。
「私達はこの…魔具に…操られ……ぐっ…行け!リサ!行くんだ!」
「と、父さ…」
「行け!私の言う事を聞きなさい!」
ドン!と強くリサを蹴り飛ばしカルソンはリサに魔具を向ける。
痛みか、何か分からない涙が出ているリサは涙を堪えるように手を握りしめ…その姿は何も無かったように消える。
「…それで…いい…」
そして、カルソンはフラフラと玄関へ向かいその手に握られた魔具…『拳銃』を手に夜の村へと舞い降りる。
☆★☆
「くそっ!くそっ!」
上手く制御出来ないスキルで闇雲に飛びまくる、壁にぶつかり木にぶつかり転びリサは走る。
方向は分からない、だが走るしかなかった。
東は分からない…だが止まる訳にはいかない。
どのくらい走ったか、日にちが経ったのか思い出せない。
高い山の頂上にある木を背にいつの間にか一息ついていたらしく目覚めると昼になっていた。
「…お腹空いた…」
血はしばらく飲まなくても大丈夫、いざとなれば動物の血を代用すればいい…だが食料はどうしようもない。
「…私だけ生き残って人間の所に行っても…受け入れられない…私が吸血鬼だから…」
見た目は人間に酷似している、牙も無い…だが本質は吸血鬼である。
血を飲む必要があり…狩られる自分を想像し震えが止まらなくなる。
途方に暮れうずくまっていると…木々がなぎ倒されていく音が聞こえてくる。
不思議に思い顔を上げて視線を向けると巨大なゴーレム…ロックゴーレムだろうか?そのゴーレムを中心に大勢のモンスターが固まって異動していたのである。
「…確か…モンスターが集まって人間が沢山いる場所に向かう事があるって父さんが…」
モンスター達が進む方向、それが東か分からないがここ辺りで人間がいるとすれば…
「…あれについて行けば…」
東にある人間の町を目指す、父親に言われた言葉を思い出す。
そして父親を思い出し…ひとつの事を思いつく。
「父さんを…助けなきゃ…だけど私だけじゃ無理だ……人間達に」
人間やその他の種族には冒険者と開拓者と呼ばれる世界を旅する者達が居るらしい、そしてその実力は高く吸血鬼や悪魔すら狩れる実力があるとされる。
父親から聞いた話を思い出しながらリサはモンスター達の大移動に近すぎないように移動を開始する。
父親を助ける為に人間を見つける。
そしてそれから3週間以上経った、空腹に耐えきれず食料を探してモンスター達を見失い知らない森で狼を狩って過ごしていたが血を飲みたいという感情が抑えきれないでいた。
「はぁ…はぁ………あれ…は…」
遠くに明かりが見える、こんな森の中に火を扱うモンスターが居るとは思えない。
近付いて様子を伺うと3人の影、人間だ。
早まる鼓動を抑え、1人がその場から離れるのを確認し…リサは誘き寄せる為移動し声を少し出す。
もう理性が足りないくらい血に飢えている、話す事すら耐えられない。
血を血を血を血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血!
「…血だ、血を寄越せ…!」
「…かハッ……なん…おま…え…」
上手く捕まえた人間、アユムを捕まえたのであった。