129話『迷い』
遅れるように最上階への階段を駆け上がりサリアが肩で息をしながら現れ目の前に広がる光景に驚く。
「な…一体ここで何が…」
「…」
サリアが来たのを確認しユリは周囲を見て場の状況を把握する。
「…シイン」
「………」
「無駄…ッス…あの男に操られて…」
「ケッケイ伯爵…!」
「やぁ勇者諸君、来ると思ってたよ」
穏やかに、まるで散歩中に偶然居合わせたように喋るケッケイにユリは眉をひそめる。
「…ケッケイさん、今の状況分かってる?」
「分かってるとも」
「…ならいい、遠慮なく出来る」
「ユリ様」
「…うん、サリア…分かってるね」
「…はい」
近くまで来たサリアとユリは何か小声で話す、傍にいたチャンマルは僅かだが聞こえており慌てて立ち上がろうとするが腕の傷が痛みしゃがんでしまう。
「まって…くださいッス…!一体何の話をしてるッスか…!」
「…この戦いを終わらせないといけない、だから元凶のケッケイさんを捕まえないとだけど…あそこの倒れてるアユムや貴方を見る限りシインが邪魔してるんだよね」
話しながらもシインから視線を外さないユリは目を細める。
「…今のシインは多分私より強い、だから手加減が出来ない…シインは最悪…」
「な、なんでそんな簡単に決めれるんスか!まだ他に方法が…」
方法がある筈、そう言おうとした瞬間…サリアの手から血が流れている事に気づく。
爪が食い込んでしまう程強く握られたサリアの拳は様々な感情が混じった結果であるのは明白でありチャンマルは出かかっていた言葉を飲み込み歯を食いしばる。
「…ありがとう、シインの事そんなに考えてくれて…貴方はそのまま休んでて傷を治してね」
「…待ってほしいッス」
チャンマルは力を振り絞って立ち上がり、動く度に激痛が走る腕を抑えながら真っすぐ二人を見る。
「一度だけチャンスが欲しいッス、ボクがシインちゃんを助けるッス」
「…どうやって?」
「それは…まだ分かんないッス…だけど」
思い出すのは店での買い物、屋台の食べ歩き…そして涙を流していたシインの顔。
「ボクはまだ諦めたくない」
「…分かった、だけどさっきも言ったけど手加減は出来ない…もしかしたらそんなチャンスは無いかもしれない…それでもいい?」
「十分ッス!あと気をつけてくださいッス、シインちゃんに撃った魔法がボクに帰ってきて…攻撃を反射してくるッス!」
「…分かった、サリア」
「私もそれで構いません、やりましょう…ユリ様」
「…行くよ…!」
手に持つ剣を構え、ユリとサリアはケッケイの方へ駆け予想通りに間に入ってくるシインとの交戦が始まる。
──────────
暗い部屋の中、椅子に座りシインは全てを拒絶するように頭を抱えてうずくまっていた。
床が見え…そして視界の端に黒い手が見える、その手はシインを触る事は無いが傍をユラユラと揺れまるでシインが逃げようとしたら足を捕まえようとしているようだ。
『―――――』
『×××××××』
『〇△◇□✕!』
いつの間にかシインの周囲に謎の黒い影がおりシインを囲んでいた、それぞれ聞き取れない声を出しており、叫び声、泣き声、悲鳴が暗い部屋に響く。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
頭が働かない、いつまで経っても覚めない悪い夢…そう考えてもシインは目覚めることは無く永遠にも感じるこの状況に震えが止まらない。
ふと視界の端に誰かの足が見え顔を上げると…チャンマルがそこには立っていた。
「チャンマル…ちゃん…!」
助かった、その考えだけが先行し立ち上がり手を伸ばすと…チャンマルだったものはドロッと溶け小さな少女が現れシインの伸ばされた手を掴む。
「あ…あぁ…!違う…違うの…!私は…私は皆…を…!」
腕を引っ張り逃げようとするが腕はビクともせず、いつの間にか周囲に居た黒い影達はシインの肩を腰を腕を掴み椅子に座らせる。
「やだ…!ユリ様…!サリアさん…!アユムさん…!」
振りほどこうとしても力で勝てずシインは錯乱し意識が飛びそうになる。
「チャンマルちゃん…」
助けを求めても誰も助けてくれない、伸ばした手は誰にも届かない。
シインはいつしか抵抗する事すら止め…椅子の上で大人しくなる、自身の罪を直視しながら。
──────────
手に持つ剣を振るいユリはシインへ猛攻を仕掛ける、振るわれる剣は当たる瞬間シインが手をかざし突然ユリの剣は弾かれたように後ろへ行きその勢いに乗って上段蹴りするがまたしてもユリの攻撃は届かず弾かれ後方へ飛び距離を取る。
そこへ、すかさずサリアは接近し氷剣を振り上げシインへ攻撃を叩きつけそのままケッケイの方へ走り出そうとするがシインの手に突然歪みが発生し白い素材…骨で作られた槍が出現しサリアの攻撃を防ぎ蹴り飛ばす。
「…サリア!」
「ゴホッ!ぶ、無事です…!」
「…私の剣は弾いてサリアは防いだ…アユムがやられたのも関係がある…?」
じっくりと間合いを詰めシインに攻撃を続けるユリはアユムが倒された理由を考えていた、アユムは破壊神の使徒であり人工神であるヒスイの使徒でもある。
どちらかがメタられてもどちらかが機能し戦えるはずであり消滅の攻撃もあれば不意打ちで勝てたであろう、だが実際は倒されており重傷を負っている…単純にシインとの戦いで全力を出せず倒されたと考えたがヒスイの存在がそれを否定する。
「『降ろしの義、ヤマタノオロチ!』」
本来はユリのスキルを使うには室内だと使いにくい、だが今は天井は無い為上空へ飛び8つの頭がシインへと向かわせるが手の平をユリへ向けた瞬間シインの前に無数の光が集まり…8つの頭ははじけるように消え霧散する。
「…私が出したものは消えるだけで私にダメージは無い…」
攻撃を反射してくる、チャンマルの言葉が正しければ草薙の剣の攻撃もヤマタノオロチの攻撃も跳ね返ってくる筈…だが怪我どころか傷一つ負ってない。
アユムの方を見るとアユムの体は所々凍っており凍傷のようになっている部分もある、…氷や冷気の影響を受けない筈のアユムの体には氷があるのは違和感しかない。
「はぁあああ!!!」
「ッ!サリア待って…!」
空中から落下してる最中にその下で待っているシインを見てサリアはユリが着地狩りされないように氷剣を構え前へ出る、だが上を見ていたシインだが突然目だけサリアを見て槍を振り上げサリアへ叩きつける。
「な…くっ…!」
咄嗟に氷剣でガードするがガードした瞬間凄まじい衝撃に腕が痺れ…
「サリア!」
「ぐは…ッ!」
無防備になった腹部に深々と突き刺さり、そのままもう片手の腕を振るいサリアは突然吹き飛ばされるようにその場から壁まで飛んでいき壁に激突しするがどうにか受け身を取る…だが出血が多く動けはするが立てずにいた。
「この…!」
着地と同時に剣を構えユリは息を整え目を大きく開く。
「『降ろしの義、スサノオ』」
突然ユリの周囲に風が巻き起こり暗雲が上空へ発生する、そしてポツリポツリと雨粒が降ってきてユリ達を濡らす。
「ゴホッ…!油断していた…」
腹部の傷を圧迫し止血を試みるが止まるには時間がかかるのか止まる様子は無い。
顔を上げるといつものユリとはまるで別人のように荒々しく剣を振るている姿を見て別人を見ているのかと思ったが頭を振り腰の小袋からポーションを取り出し一気に飲み傷口にもかける。
視線を向けるとチャンマルがサリアを見ており生きている事に安堵していた。
「生きてはいるが…これでは…」
到底チャンマルにチャンスを与えるのは難しい、ユリが善戦してるがサリアはそもそも同じ場所に立ててすらいない。
「…やはりシインはもう諦めるしかない…のか…?」
そう言った瞬間サリアはまるで友達の家に行く子供のように楽しみで仕方ない顔をしていたシインを思い出す。
「…やはり私には無理だ、シインはやっと笑顔になったというのに…」
ユリとサリアとシイン、会った時は合わない勇者一行だった。
だが日が経ち様々な人々と関り様々な事を知り…やっとサリア達は笑顔で話すようになった。
それが終わる…それだけはサリアは認められないでいた。
「私に力があれば…」
サリアはスキルを持っていないただの人間である、ただの人間ではユリ達の戦いに付いて行けない。
拳を握ると…ふと手に何かが当たった感覚があり視線を横に向けるとある物が目に入る。
「これは…」
激しい衝突を繰り返しユリはシインに猛攻を仕掛けていた。
その姿はまるで暴風のようにとめどない連撃だがユリはシインの槍だけを攻撃していた。
殺さないように?怪我を負わさないように?ではなくある懸念があった。
「(反射の条件が魔力の攻撃、使徒なのなら)」
アユムの凍っている箇所があるのはヒスイの恩恵である氷の力というスキル、それは使徒としての攻撃である。
そしてその仮説が正しければ今ユリは自身のスキルが『使徒』として扱われているか疑っていた。
勇者として召喚され、スキルと勇者としての戦闘能力を持っているが使っているスキルは『日本神話』をモチーフとしている、もしこれが日本の神の使徒のようなものだと判断されている場合、草薙の剣は武器…だがスサノオは神である。
今のシインと対等の戦いをする為降ろしたがもし仮説通りで反射された場合一発でユリはバラバラになってしまうだろう。
「ふっ…!ふっ…!」
槍と剣が交わり衝撃波で水滴が飛び散り素早く蹴りのフェイントを入れ反応した瞬間、剣を振るい槍を弾き飛ばす事に成功する。
「…ここ!」
全身に纏わせていたスキルを解除し剣をシインに突き刺そうと振り上げ…シインと目が合ってしまった。
その目は感情が無い…だが姿形はシインのままであり一瞬ユリは攻撃を躊躇してしまう。
「…っ!」
一瞬の隙、シインはユリへ蹴りを繰り出し腕でガードするが強い衝撃でユリは飛ばされ地面を転がり草薙の剣が遠くに飛んで行ってしまう。
すぐさま解除し再度出現させようとするが視界の端にこちらに向け槍を投げているシインの姿が見えユリは飛んでくる槍を見て瞬時に思考を巡らせる。
「(最悪心臓…良くて肺に刺さる…上手く行けば刺さった瞬間体をズラして致命傷を…)」
ギリギリまで考え…最初から重傷は避けられない事に気づき歯を噛みしめる、せめて刺さった瞬間動けるようにと体に力を込め…
突然視界が真っ白になり、ユリは頭がそのまま真っ白になる。
何が起きたのか…視界を横に向けるとユリの前に現れたのは巨大な氷の壁、そしてその壁は槍を受け止めており大きな音を立てて崩れていく。
そしてその崩れていく氷の壁の発生源から二人の影が見える、1人はサリア…そしてもう一人は…
『よくも散々好き勝手やってくれたわね…第二ラウンドよ』
「…ヒスイ…?」
薙刀を片手に、もう片方には氷剣を握ったサリア…その腹部は
凍って止血されておりサリアの肌は僅かに真っ白になっていた。
だが寒そうな感じは出さず至って普通の様子で立っている姿にユリは何故かアユムを見ているような感覚になる。
薙刀を振るった瞬間部屋に冷気が広がり怒った顔のヒスイがその手に氷の薙刀を出現させ戦闘に参加する。