127話『生まれた神』
「純粋な血324人、雑種の血を148人、山羊の角の粉、聖者の心臓10、子牛20、子豚20、妖精の鱗粉100、ドラゴンの鱗14、穢れた血が30…」
王城最上階、とある広い部屋の天井はなくなっており…天井だったものが残骸として散乱している。
その中で人間ほどある大きな鱗と『あるもの』があった。
「あと少しだ…あと少しで…救われる…」
まるで祈るように、崇めるように…ケッケイは手を合わせ膝を付き空を見上げる。
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階段を駆けて三階に辿り着き北方向へと足を進め、周囲をみるが道中はやはり荒れた形跡がありアユムは不安を覚える。
「ここまで来たのに戦ってる兵士は1人もいない…か」
『最悪の想定をしとかないとね』
「無事だといいんだが…」
ここまで死体が一つもない、ならば全員無事である…そう思いながら先へ進むと大きな扉がある事に気づきそこだけ妙に綺麗である事に気づく。
「あそこなんだっけ」
『私が知ってると思う?』
「だよな……突入するぞ」
『入ったら右は任せて』
「なら俺は左」
扉に張り付くように近づきドアノブに手を置き、薙刀を構えヒスイが実体化したのを確認し重い扉を開き中へと素早く入る。
そして左側を、ヒスイは右側を見て薙刀を構えるが中はまるで何も起きてないように綺麗で…大勢の人間がいた。
「だ、誰だ?」
「騎士…ではないようだが」
「まてあの顔…確か開拓者の…」
「えっと…」
中に敵がいない事を確認し薙刀の刃先を下に降ろしヒスイは姿を消す、その姿から中にいる人々は貴族やそれなりの役職の者達だという事が分かるが何故ここに…?そう思っていると人混みをかき分け見知った顔が現れる。
「アユム!」
「ホァンさん?良かった無事だったんですね」
「私はどうでもいいの!ポーション持ってない!?」
「ポーションは今持ってないが…どうしたんですか」
「ロニ様が…ロニ様が…!」
「ここからは私が話させてもらおう、アユムよくぞ来た」
「カルロス王…」
何か焦っているホァンにどうしたのか聞こうとするがそこにカルロス王が現れその後ろに王子二人の姿があった。
「まず聞きたいアユム、ここにいた敵が突如消えたのだが君が?」
「今のところ王城にいたのは自分と騎士団の人達が…まだいる可能性がありますが今騎士団が王城を制圧中な筈です」
「おぉ…!ようやく騎士団が動いたか」
「これで安心ですな」
「…待てば騎士達の治療もある、今は慌てず時を待て」
「も、申し訳ございません…」
安堵している貴族達、そしてカルロス王はホァンに落ち着かせるように話しているので頭を傾げていると王国第一王子のマグナがアユムの前に来る。
「騎士団長のロニが重傷を負わされてな、命に別状は無いが治療が一刻も早く必要だった訳だ」
「そうだったんですね…申し訳ありません」
「ま、後は待てば騎士達が来るんだから大丈夫だろ…それより貴族達の不安がピークに達しててな…俺達でも抑えるのは限界だったんだがいいタイミングだ、良く来てくれた感謝するぜ」
アユムと肩を組み小声で話すマグナに驚きつつも感謝され少しこっぱずかしく感じる。
「しかし…何故皆さんがここに集められて…?」
「あぁそれはケッケイ・シュールがな…」
「ケッケイ…!?」
突然出てきた名前にアユムは思わずマグナの肩を掴んでしまいハッとなり手放す。
「す、すみせん…」
「いや構わないが…何かあるのか?」
「………実はケッケイ・シュールが雇っていたナマリという男が襲撃して来たと思ったら化物達が現れ…何かしらケッケイ伯爵が関わってると思ってたんですが」
「ご名答だ、今回の黒幕はケッケイ・シュールで間違いないだろうな…あいつが俺達をここに集めたんだからよ」
「…………」
断定してなく予想の範囲であったが的中してしまった事で新たな不安が生まれる。
それはシインの事だった、連れ去られから姿を見てはない…
「…ケッケイ伯爵は何処に」
「扉から出ていってから見てはないな」
「……すみませんが俺はここから離れます」
「どこ行くんだ?」
「ケッケイ伯爵を…」
薙刀を握り直し、扉の外に出ようとした瞬間
突然上から押さえつけられるような感覚と冷や汗が流れる。
それは一瞬、だが激しく動く心臓が気のせいではない事を伝えてくる…周囲を見ると全員似たような感覚に襲われたのか顔色が悪く中には失禁してしまった者もいる。
「な、なんなんだ今のは!」
「気のせいではない…一体何が…」
「……………」
慌てる第二王子リボル、そして冷や汗を流し周囲を見るカルロス王だったがカルロス王の視界に扉の外に出ようとするアユムの姿が映る。
「アユム、何処へ行く」
「……皆さんは急いで騎士団の人達と合流を、俺は…俺の出来る事をしてきます」
「…分かった、行けアユムよ」
薙刀を落とさないようしっかりと握りアユムは扉から飛び出しそのまま上の階段を目指す。
窓の外は既に空が真っ暗であったが妙に明るいような気がした。
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最上階、大きな部屋になっていたこの場に天井は無くなっており壁もボロボロになり見るに堪えない光景が広がっていた。
そしてその部屋の中心にその人物はいた。
「おや、よくここが分かったね歩くん」
「…ケッケイ伯爵」
ケッケイ・シュール、伯爵でありその人柄や事業から慈悲深い人物と言われるほどの人物でありアユムも良い人だと思っていた。
「やはり君が最初に来ると思っていたよ、勇者ユリも優秀だが君も負けないくらいの何かを持っていると思っていたんだ」
「…ケッケイさん、聞きたいことがある…この現象は貴方が?」
アユムは上へ指を向ける、上空は禍々しい程に空間が歪み丁度ケッケイが立っている場所の上に大きな穴のように黒い空が歪んでいた。
「そうとも言えるしそうじゃないとも言える」
「……」
「私は準備をしたに過ぎなく、そしてその起爆剤は私ではない」
「…貴方が原因なのと一緒だ、何故こんな事をした!」
「こんなとは?」
「王都の上空に広がったこの闇、そして化物!何が目的だ、答えろケッケイ・シュール!」
表通りの化物、門前に現れたのも王城にいたのも全てアユム達に敵対し混乱が起きた。
ましてやカルロス王の身にも危険が及び国家反逆ともとれる…
ケッケイはしばらく考え…にこやかに答える。
「うーん、さっきも皆の前で言ったんだけど『救済』だね」
「救済…?」
「そう…私はね皆を助けたいんだ」
何を言っているのか分からない、アユムはケッケイの言葉を理解できないでいた。
ケッケイがやっているのは王都に化物を落とし王都に混乱の渦に陥れる行為だ、助けたいという言葉には似つかわしくない行動だった。
「この世界には知らないくていいものがある…だけど知らないふりではいられない時があるんだ」
「何を言って…」
「そして私は知ってしまった、だから私は責任をもって…行動に移した」
『アユムあれ…』
「分かってる…ケッケイさん貴方の言ってることは良く分からない、だから話を変えさせてもらう…『それ』はなんだ」
アユムが指を向けた先にあったのは『卵』のような脈打つ球体だった、傍にある人間サイズの鱗は四魔獣玄武のものだろう…鱗は淡く輝いておりその光はゆっくりと球体へと吸い込まれていた。
「あぁこれかな?これは今回のメインディッシュさ…あと少しで出てくると思うよ」
「………ケッケイさん、いやケッケイ…あんたのこと良い人だと思ってたよ…だから最後に言わせてもらう…投降しろ」
「…残念ながらそのつもりはないよ」
「そうか…申し訳ないが手加減は出来ない…『異物』相手は、その卵を破壊する!」
薙刀を構え…アユムは頭痛を紛らわす為に歯を噛みしめる。
目の前にある卵のような球体から感じる異物の感覚、上がる身体能力と激しい頭痛からそう判断しアユムは一気に卵に向かう。
冷気を纏わせ大きく飛び上がり薙刀を振るい叩きつける為大きく飛び上がり…
ふと…自分の中に何かが無くなったような感覚がありアユムは目線を動かすと手に持っていた筈の薙刀が遠くにあり地面に落下していた、そして全身に刺すような痛みが走る。
それは全身を覆っていた冷気で肌が刺激されている為であり今の季節をも考えれば不思議ではない、だがアユムにとっては異変だった。
「な……」
時間がゆっくりと感じ…視線の先にある卵のような球体から『手が』出ていた。
そしてその手の平がアユムの方へ向き…アユムの体が突然吹き飛ばされ地面を転がり瓦礫に強打し破片が体に刺さる。
勢いが収まらずそのまま壁に激突し頭を強く打ち何かが割れるような音が脳内に響く。
「あ…ぐ……ひ…すい…」
何が起きたのか、ヒスイに確認をしようとするが…ヒスイがいない。
薙刀から遠いから?魔力が無くなった?そんな考えが頭によぎるが…冷気を操り傷を塞ごうとするが冷気が操れない事に気づきアユムは戦慄する。
「な…にが…」
状況が理解できず顔を上げ……アユムはあるものが目に入る。
それはあまりにも神々しく…そしてあまりにも冷たい表情をしていた。
空中を浮遊しているそれは後光が差すように光に包まれ感情のない表情がそれを人間ではないように見せる。
褐色の肌にピンク色髪が目立ち、その纏っていたマントがボロボロになっておりその役割を終えていた。
「シ…イン…?」
行方が分からなくなっていたシイン、何故かアユムの前におりその冷たい目に見られながらアユムはこちらに伸びてくる手を最後にアユムの視界が狭まり何も感じなくなっていく…
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階段を二段ずつ駆け上がり最上階へと辿りついたチャンマルは荒くなる息を整え…正面を見る。
視界には三つの影がありチャンマルは倒れている1人を見て目を大きく開く。
「アユムさん…!」
地面に倒れているアユムは頭に多量の血がこべりついていたが止まったのか更に出ている様子はない…全身に傷があり無事だが重症なのが分かり…そして目線を少し上に向ける。
それは空中に浮き両手を合わせまるで上空の穴に崇めるように祈っていた。
「シインちゃん…」
名前を言った瞬間、振り向きチャンマルと目が合う。
その目は感情が無く…冷たく深淵を覗いているように感じチャンマルは背筋が凍る。
その姿はまるで『神』のようであった。