124話『囮』
大きく振り上げられたロックゴーレムの手が振り下ろされ数多の百足のような化物が下敷きになる、その後ろからスティーブンとソフィアが拳に淡い赤のオーラと青いオーラが漂い次々と化物を殴り飛ばしていく。
「オラオラオラァ!根性足りねぇぞ!」
「我が妹の言う通りだ気色悪い虫野郎共、ちょっとは食いしばるくらいやってみろぉ!」
「いや耐えられたら困るんだけどねぇ?」
ロックゴーレムを操っているテコッタのツッコミが入るが3人の猛攻で次々と化物達が処理される。
「っぶね!」
「疲れたなら下がってもいいぞリサ!」
「こんな程度で疲れる訳ねぇだろが!なめんな!」
「ダガリオさん少し下がり気味に、リサさんは次の合図で前線を押し上げてください」
「おう!」
「了解」
別の場所ではアミーラ達が同じく次々と化物を倒しており数を減らしていた、数が増えてると言えど増えるよりも処理する方が上回る…スティーブン達が加わった事によって戦力分散と処理効率が上がり順調に敵の数を減らしており生み出し続けている母体までの距離が詰めれていた。
「本当にお前の言った通りあるんだよなダガリオ!」
「あぁ、ここまで近づけたのなら後は…」
ロングソードを構え何かをしようとした瞬間、表通りに並ぶ家屋が破壊され地響きと共に巨大な蟹のような黒い化物がダガリオ達が戦っている場所に入ってくる。
それと同時に空中で体勢を立て直そうとしているユリと目が合いユリがしまった、という顔をしているのが目に入る。
「あぁ!?新手か?」
「でけぇな…」
「さっき王城方向に落ちてたひとつかなぁ?」
「あれユリか?」
「…見た限りだとあちらで戦っていたのがこっちに来た、という事でしょうね」
突然の事に場が乱れるが巨大な黒い蟹は動く気配がない。
そしてダガリオの隣にユリが着地する。
「…ごめん、ここが一番広かったから…」
「構わない、それより何があったんだ」
「…落ちてきた敵倒してたら集まり出して…あれになった、門前だと戦うだけで被害が出るからこっちに」
「集まってあれに…?やはり本質はスライムと似たような生物という事か…?」
「おいあれ!」
リサの声に全員の目線が集まり指を向ける方には百足のような母体の化物にその巨大な鋏の手を差し出す姿があった、そして何かが百足の化物から飛び出し鋏の中に入っていく…そして百足の母体がボロボロに砕けていきスティーブン達が相手をしていた百足の化物達もまるで砕けるようにバラバラになっていく。
「あぁ?なんだ?」
「……」
突然目の前の敵が消えていきスティーブンがあっけにとられていると黒い蟹のような化物に変化が起きる。
その背にある甲殻がひび割れ無数の小型の百足のような体に鋭利な蟹の鋏が手として生えた黒い化物が現れる…そして巨大な蟹のような化物の目がある部分から無数の触手が生えユラユラと揺れその体から地面へ小型の化物が着地しダガリオ達の方へと向かってくる。
「…本当ごめん」
「いや、逆に言えば勇者が全力が出せるという事だ…プラスに考えよう」
「…どうしますかダガリオさん」
「僕の考えが正しければ…」
「やぁやぁ、ダガリオくんでいいかな?ちょっと話したいことがあるんだよ」
「テコッタさん?」
軽い地響きと共にロックゴーレムがダガリオ達の横を通り過ぎテコッタがダガリオの元に来る、ロックゴーレムに続きスティーブンとリサ達も向かいユリも向かおうとするのをダガリオが止める。
「君もいてくれ、僕が思うに君の力が必要不可欠だ」
「…分かった」
「それでテコッタさんが話したいことは…あれですよね」
「分かってたかな?」
「はい、少し前から…さっき確信しましたが」
「なら話は早いねぇ…で、どうする?」
「テコッタさんが指揮してくれるのでは…」
「私はほとんどセシリアとニック達と一緒に指示受ける側だったからさぁ…実力は保証するよ」
「…分かりました」
ヘラヘラしているテコッタに頭を抱えながらダガリオは化物の方へと目を向ける。
「やる事は至って単純だ、真正面から全力でぶった切る」
激しい猛攻にロックゴーレムの体はボロボロになり切り傷だらけになっていた、新たに生まれた小型の百足の体と蟹の鋏を持つ化物の一撃は鋭く且つロックゴーレムの体を豆腐のように切り刻む。
スティーブンとソフィア、そしてアミーラとリサがロックゴーレムを壁として利用しているのもあるが万が一でも当たるとタダでは済まないのが明白な為ロックゴーレムもわざと攻撃を庇いに行く行動をしていた。
「チッ!どうすんだそろそろこいつ持たねぇぞ!」
「落ち着きな嬢ちゃん、焦っても仕方ねぇ…仲間を信じてねぇのかぁ?」
「信じてるに決まってんだろ!」
「ならドンッと構えて信じて耐えな」
「ってもよ…」
「皆聞いてくれ!」
囲まれないように横に回てこようとする小型の化物を切り飛ばした瞬間、ダガリオの声が聞こえ耳だけそちらへ向ける。
「あの巨大な生物を討伐する!ウィードの二人はそのまま注意を引いてくれ!」
「俺らが囮かよ…」
「俺達の活躍の場はここじゃないって事だ妹よ、それに俺達がやらないと後ろに被害が出るからなぁ?ほれ構えろ!」
前に飛び出すスティーブンとソフィア、無数の小型の化物を蹴散らしながらそれにロックゴーレムも続き向かって行く。
「アミーラとリサは僕達と一緒に」
「何すんだ?」
「リサには俺とユリを連れてあの巨大な生物の所まで運んでほしい」
「私は何をすれば」
「アミーラは残りの砲を全てあの触手に向けて合図したら撃って欲しい」
「ですが防がれるのでは…」
「いや、それでいい…テコッタさんはタイミングを見て自分の判断でお願いします」
「おねぇさんに任せな~」
その場で全員の顔を見てダガリオは一度深呼吸をする。
「…行くぞ!」
全員が頷きリサとダガリオとユリが走りアミーラは周囲に砲を出現させる。
スティーブンとソフィアとロックゴーレムが大立ち回りをしているのもありダガリオ達の方を見る者はいない…ある程度移動し近づけた瞬間ダガリオはアミーラへ片手を上げアミーラは頷き砲を向ける。
「『対象を確認、殲滅します』」
激しい爆音と共に無数の砲弾が巨大な蟹の化物の顔にあたる部分へと飛んでいく、それに気づき触手が動きあたる瞬間一発一発全て受け流し後方へと飛んでいく。
「やはり効果は…」
「いや逆に言えば動きを止めてると言ってもいい、後はおねぇさんに任せなさい…『大地よその魂食らいし力を我にお貸くださいませ、現れろゴーレムよ』」
その右手に淡く黄色のオーラを纏わせテコッタは地面にその手を置く…すると巨大な蟹のような化物に負けない程の大きさのロックゴーレムが地面から現れ、抑え込むように蟹のような化物を上から押さえつける。
「いやぁちょっと一気につかいすぎにゃぁ…」
「テコッタさん…!」
砲を撃ち切ったアミーラはフラフラになり倒れるテコッタを受け止め急いでその場から離れる。
覆い被さっているロックゴーレムを退かそうと小型の化物が必死に攻撃していると、突如その体が切れ甲殻の上を転がり地面へと落ちていく。
小型の化物達が異変に気づきそちらを向くと…光り輝く剣を手に持つユリの姿があった。
「…ごめんだけどそっちに用があるから退いてもらえない?」
と、言うが退く訳がなく生まれたばかりの小型の化物達は一斉にユリへと向かって行き…その体がバラバラに吹き飛んでいく。
素早く倒していき触手が生えている場所まで辿り着いた瞬間、アミーラの砲撃で多少はボロボロになっていた触手がユリへと向かって行く…異常な速さで襲い掛かってくる触手をユリは丁寧に処理し何故かスキルを使わず勇者の身体能力だけで戦い、そして手数の多さで片脚を絡めとられ片腕…片脚…そして四肢を掴まれてしまう。
捕まったユリは焦るそぶりも見せず…ニヤッと笑う。
「…勝ったと思ったでしょ…?残念」
突如頭上から気配がし触手がまるで上を見るように動き…落下してくる影を捉える。
「…私は囮」
「うぉおおおおおおお!!!」
落下の勢いで巨大な蟹のような化物の頭にロングソードを叩き込み深々と刺し込む…そしてそのまま持ち上げるように切り返しでロングソードを持ち上げた瞬間、ロングソードと共に何かが空中に投げ出される。
それは黒く丸い拳程度の塊、それは空中で動き触手と接触しようとするがダガリオの後に落下してきたリサによってバラバラに切り刻まれ…ボロボロに崩れるように消滅する。
そしてまるで土台を失った積まれた本のように巨大な蟹の姿は崩れていきリサはダガリオとユリを掴みスキルで地面へと移動し着地する、周囲を見ると小型もボロボロになって崩れ風に流され化物達の姿は見る影もなく消え去っていく。
「…倒したね」
「あぁ、やはりあれが核…司令塔のようなものだったか」
「…私の技だと取りこぼすかもだから次来たら気を付けないと」
「流石に一緒に消し飛ばしてしまえるだろうが…念には念だな」
「どうにか倒したがよ、これまた来たらどうすんだ?またするにはもう無理だぞ」
黒い化物達を生み出していた母体、そしてその母体にいる触手を操る黒く丸い球体を倒せばいいという事は分かったがアミーラは弾切れテコッタは魔力を一気に使った反動か気分が悪そうにしている。
「いやぁ…久しぶりに頑張っちゃうと辛いね」
「すみませんテコッタさん、無茶させて…」
「いいんだよ私も頑張んないと王都崩壊しちゃうし」
「…一応敵はもう出てきてない…かな」
「そうだな…」
「ユリ様!」
空を見上げていると遠くから大量の足音と知っている声が聞こえそちらを向くと大勢の兵士を連れたサリアとサヨが向かって来ており到着と同時に周囲を見て表情が険しくなる。
「これは…こちらに向かったのは倒したんですね」
「…うん、ダガリオ達と一緒に」
「あれを…とんでもねぇな…」
「勇者と共に行動する奴らだ、かなりの実力があるんだろうな」
崩壊した建物を見て巨大な化物の姿を思い出したのか怯える兵士達が小声で話してるのが耳に入るがダガリオは特に反応せずサリア、ユリ、アミーラ、テコッタ、スティーブンと集まり地面に簡易的な王都の地図を描く。
「今我々が居るのがここだ、そして今南門には避難した国民とウィードと名乗る者達が避難誘導等を手伝っている」
「うちの構成員がようやく到着したか」
「他から応援で来た兵士によると他の場所ではあの化物は落ちてきてないようだが…いつ落ちてくるか分からない」
「…他の人達はどうしてるの…?壁内は王都の人全員は入れないよ」
「避難用の地下道が複数あるんだよ嬢ちゃん、と言ってもヒゥルリ帝国の進攻があった際の事考えれば意味ないと思うがよぉ」
「…確か16年前の停戦前に進攻してきたんだっけ」
「あぁ、地下道っても狭いもんだ…多くは壁内か王都を出てるか………」
「…?」
「…いや、なんでもねぇ」
何か言いかけたスティーブンだったが最後まで言わず口を閉じる。
「このまま落ちてこず平和になる…なんてことはありえないだろうな」
「そうだ、今兵士達と冒険者達を編成し直し東西南北に展開する予定だが…」
「…うーん、はっきり言って王都の冒険者と兵士には荷が重いねぇ…」
「となると今起きてる現象を何とかしましょう」
「何とかって嬢さんよ、原因がなんなのか知ってるのか?」
「分かりません…ですが何もせず受け身のままでいる訳にはいきませんよ」
「そりゃそうだがよぉ…」
「…探す必要はねぇみたいだぞアミーラ、あれ見ろ」
「……」
短剣をホルダーに戻しリサは落ち着いた声で言う、アミーラは言われた通りに『ある方向』を見る。
「あれは…………やはり何処か巻き込まれるのですかねあの人は…」
「な、なんだありゃ…!」
「どういう事だあれはよぉ…」
「…ユリ様」
「…うん、アミーラ、ダガリオ…ここお願いしていい?」
「任せてください」
「…ユリ、サリア、アユムを頼むぞ」
「…おけまる」
兵士達にその後の指揮をアミーラ達に任せユリとサリアは王城へ向け走り出す。
向かって行く二人を見送り空を眺めているダガリオにサヨが不安そうな顔でダガリオを見上げる。
「だ、ダガリオさん…アユムさん大丈夫でしょうか…」
「…どうだろうな、だがあいつの事だ…きっと無事に戻ってきてくれるさ」
「……」
「さ、俺達は逃げ遅れがいないかも調べないといけないぞ?怪我人が居たら頼む」
「…わ、分かりました!」
自身の出来る事を考えサヨは自身の頬を叩き気合を入れリサ達の方へと走って行く…そしてダガリオは視線を王城に向け目を細める。
「…天国からの迎えか…地獄の門か……」
王城の頂上にあたる塔…その上空には禍々しい赤混じりの穴が開かれており渦を描いていた、何かが起きようとしている。
不安と少しばかりの恐怖を振りほどいてダガリオはアミーラ達の元へ向かう、自分の仲間を信じて。