118話『因縁』
「チッ!馬鹿な野郎だ、おいお前らやれ!」
合図と共にナマリの部下達が一斉にアユムへと向かって行き手に持つ武器を振り上げる、キンとチャンマルを囲っている氷の分厚さを確認しアユムは薙刀を横に大きく振り上げる。
「最悪別々に行動するぞヒスイ」
『まっかせて、アユムは前だけ見とけばいいの』
「頼りになるよほんと…」
飛び込んでくる黒のマントに仮面を付けている男に素早く薙刀を振るい腹部を切り裂きながら地面に叩きつける、傷が出来た瞬間傷口は凍って地面に倒れたと同時に地面から氷が生えその男を包み拘束する。
『甘いね』
「人殺しにはまだなりたくないだけだよッ!」
地面に縫い付けるように拘束された仲間を見て黒マント達はたじろぐが武器を構え直しアユムに向かってくる。
左右に分かれ右から、左からと連続で飛んでくる攻撃を薙刀で片方を防ぎつつ片手に氷の剣を出しもう片方を対処する…相手は手練れだと分かる程の実力で慎重かつ大胆にアユムは攻守を見計らいながら応戦する。
「『氷激』」
全員が離れたタイミングを見計らい周囲に氷の礫を発生させ全方位に飛ばす、キン達は氷に守られているのもあり被害は無く黒マントの避けれなかった者達はぶつかった瞬間棘のように変形し深々と刺さり体の表面を氷が覆い次々と無力化していく。
「す、凄い…」
「………」
王城で戦った際にアユムが氷を使うのは分かっていたが今目の前に広がる光景はキン達の想定を超えていた。
ヒスイが近くにおらず異物とも遭遇してなかった為想定できる筈がないが…少なくとも一人一人の強さは並大抵ではないナマリの部下達をあしらうアユムにキンは自身の感じた危険な存在という認識が間違ってない事を実感する。
「ッ!」
「あ、アユムさん後ろ!」
氷越しにキンとチャンマルはナマリがいつの間にか黒マント達に紛れ禍々しいオーラが漂う短剣を構えるナマリの姿を発見する、警戒してない訳がないが一瞬で気配を消し移動していたナマリを発見しアユムに声を出すが気づいておらず声を出したと同時にナマリは一気に背後からアユムに近づき短剣を振り下ろす。
が、振り下ろした短剣はアユムに届いてなかった。
「なッ!」
『残念、一人じゃなく二人なんだよねこれが』
突然ナマリの目の前に白い着物に氷の薙刀で短剣を受け止める少女が現れる。
力を込めて振り下ろした筈がビクともせずナマリは舌打ちしながら後方へ飛び距離を取って短剣を構え直す。
「…綺麗…」
『ありがとね~、信仰したくなったら是非林道氷翠を信仰してね』
「宣伝してる場合か!」
『あぁごめんごめん』
そそくさとヒスイは姿を消し魔力の消費を最小限にする。
「精霊か…?アユムてめぇなにもんだ…!」
「全て言ったら大人しくしてくれるか?」
「馬鹿言え」
「なら交渉決裂だな!」
前方の黒マント達に向けて薙刀を振り下ろした瞬間冷たい冷気が黒マント達を襲い全身が凍り始め動きが鈍くなる、その隙を見計らってアユムは一気に後方に駆けてナマリとの距離を詰める。
…が、ナマリが突然何かを掴むように手を伸ばし掴む動作をして手を引いた瞬間足が突然引っ張られるような感覚がありバランスを崩しかけてしまいその隙をナマリは接近して拳を叩き込むが魔力を集中させ自身の手に氷の小手を出現させ拳を受け止め、一気に冷気を流し込もうとするが察知したナマリは即座にその場を離れ不発に終わる。
「クソ…勘が良いな」
『ちょっと見せ過ぎたかもね、あの人のスキルはまだイマイチ良く分かってないから慎重に』
「おう」
「ちっ、あんま時間はかけらんねぇってのに」
「ならよぉ…ここでくたばってもらってもいいんだぜぇ!!!」
突然の大声にその場にいた全員が立ち止まり…ナマリは腕を組み横から飛んでくる拳を受け止めようとするが受け止めきれずその場から横に大きく吹き飛び地面を転がる。
「スッとしたぜぇ…」
「アユムさん大丈夫ですか!」
「…スティーブン…」
視線を向けると拳を握り満足気なスティーブン、そして遅れてソフィアとリサが現れる。
「え?あの人…確かケッケイさんの雇ってる傭兵さんじゃ…」
「んなのはどうでもいい、お前の顔は忘れてねぇぞクソ野郎!よくも俺に傷を付けてくれたな?半殺しじゃすまねぇぞ!」
「妹の言う通りだ、どこの誰か知らねぇが話が聞きてぇなぁ?」
「…チッ!どいつもこいつも俺の邪魔しやがって…!」
立ち上がったナマリは怒りに顔が歪み血管がはち切れそうになる。
「使えねぇ奴らの尻拭いも脅し用にソフィアとかいう女を切り刻んだのもどいつもこいつも俺の邪魔をしやがるからだ…!全員始末してやる…!」
「聞いたか妹よ」
「あぁ聞いたぜ兄貴、俺達を始末するだとよ」
「笑わせてくれるぜぇ…今度はこっちがてめぇに同じ目に遭わせてやる」
「てめぇら…!」
怒り心頭のナマリはアユムの氷の拘束から脱出していた部下達に合図を送ろうとした瞬間、上げた手を振り下ろすのを止め突然空を見る。
しばらく動かず謎の沈黙が過ぎ身構えていたアユム達は動けずにいるとナマリは大きくため息をついて手を脱力するように下ろす。
「…タイミングが悪いぜ旦那はよぉ」
「…?」
「こっちの話だ、おいてめぇら撤収だ!」
「あぁ?逃がす訳ねぇだろ…!」
背を向けたナマリにスティーブンは拳を振り上げ殴りかかるが当たる瞬間突如ナマリの姿が霧のように消えスティーブンの拳は空を切る。
何処へ消えたのか?全員が周囲を見ていると突然、後方から足音が聞こえソフィアは隣のサヨを抱えてアユム達の方へ飛び拳を構える…いつの間にかナマリはソフィア達が立っていた場所の近くにおり歩いていた。
「警戒しなくていいぜ、お前らに手を出さねぇよ…命令が優先だからなぁ」
「に、逃げんのか!」
「そう捉えてもらってかまわねぇ…どうせまた出くわすことになるんだからよ」
「…………」
「だがこれだけは言っとくぜ?…キン、てめぇだけは俺がぶっ殺す」
そのままナマリはその場を立ち去り、黒マント達も倒れた仲間達を連れていつの間にかいなくなっていた。
アユムは追いかける事をせずスティーブン達も動かなかった、それは何処か戦う気配が消えたナマリに一種の不気味さがあった事…そして
「ゴホッ!ゴホッ!」
「し、師匠!」
「アユムさん氷溶かしてください!」
「了解」
傷口は塞がった、その筈が氷は溶け血が溢れキンの体を蝕む…スティーブンとサヨを抱えたソフィアも合流しキンの傷を見たスティーブンは深刻な顔をする。
「こいつは…ソフィアのと同じだぜぇ?」
「師匠!師匠!」
「チャンマルさんどいてください!ソフィアさん!」
「おら!助けたいなら退いた方がいいぜ!」
離れないチャンマルをソフィアはキンから引き離しサヨはキンに近づく。
キンの傷は複数、そしてそれら全てから血液がとめどなく溢れサヨは杖を掲げる。
「『主よこの者を癒したまえ!』」
杖から淡い緑のオーラがキンを包み傷を治していく…が治った傷から次々に傷口が開き鮮血が飛び散る。
「…やはり駄目です」
「嬢ちゃん、こいつも…」
「はい、キンさんはソフィアさんと同じく『呪われてる』」
『呪い…?』
「サヨ、詳しく聞かせてくれないか?」
「実は…」
アユムはサヨからソフィアがある時呪いをくらい苦しんでいた事、そして傷が治らず治療が厳しい事、ガバラマド教国の今の祈りではどうしようもできない事…
「多分、異物の効果だよな」
『そうだね…この世界で呪いはまだ聞いた事は無いしあったとしてもそこまでメジャーじゃないだろうね』
「…そういえばソフィアさんはどうやって治ったんだ?命の恩人とか言ってたが」
「それは…」
「サヨの嬢ちゃんは自分の危険を顧みず自分に呪いを移してソフィアを助けてくれたんだ」
『呪いを移す!?サヨちゃん…!』
「ご、ごめんなさい…だけど私が知ってる方法がそれしかなくて…」
視線を落としょぼんとするサヨにヒスイは慌ててフォローする。
『いやまぁほら!それで助かってサヨちゃんも無事だったなら大団円じゃん!ほらまたそれやれば…』
「おすすめ出来ねぇな、素人目だがサヨの嬢ちゃんもかなり負担がデカそうだった」
「…そ、それにあれはジリオ様が私を助けてくれたからであのままだったら私が呪われて死んでました…」
「ジリオ…確か創造神か、となると今キンを助ける方法は…」
「………」
「お願いするッス…師匠を…師匠を助けてくださいッス…」
「チャンマル…」
ソフィアに羽交い絞めされているチャンマルは俯く。
「師匠は確かにデス・チェイサーと呼ばれててアユムさん達からしたら生きてても死んでてもいいかもッスけど…ボクのたった一人の家族なんです…」
「…………」
「お願いします…お金そこまで無いッスけどあげます…ボクを奴隷として売っても構わないッス…だから師匠を…ししょうを…」
「…狸の嬢ちゃん」
ボロボロと零れる涙を拭わずチャンマルは頭を下げる。
サヨは杖を置き…ポケットからハンカチを取り出しそっとチャンマルの頬に流れる涙を拭く。
「私は人から見たら偽善者かもしれません、ですが私は『救える命は救う』…それが私の行動原理です」
「……」
「だから安心してください、私が助けてみせます」
「う…サヨちゃん…うぅ…」
「だが嬢ちゃん、どうすんだ?」
「…もう一度私に呪いを移して解呪を試みます」
「だ、だけどよ!それじゃ駄目なんじゃ」
「…二度目はジリオ様が助けてはくれないでしょう、ですがソフィアさん…私は諦めたくはないんです」
「だが…」
話しているうちにもキンは衰弱していく、素早い判断をしなければならない………そんな中アユムは顎に手を当て考えていた。
何か引っかかるような…そんな時アユムの脳裏にある事が思い出される。
「最悪キンさんは助かります」
『けどサヨちゃんが死んだら孤児院の皆はどうするの!』
「それは…」
「…いや、サヨが呪いを移す必要はない」
「…?アユムさん?」
アユムの声にサヨは視線を向けた先にあったのは…キンに片手を向け指先を伸ばしている状態だった、サヨは記憶にアユムのスキルを使う時と同じ形だと分かった。
「アユムさん…!」
「『消滅』」
四魔獣を葬った消滅のスキル、それが脳裏によぎった時にはアユムはスキルを発動し……周囲に大量の悲鳴と怨念が強い何かの声が響く。
周囲に禍々しいオーラが広がり…そのまま空中に霧散するように消えていく。
「よし…サヨ!キンさんの治療を!」
「え…は、はい!」
突然の事で理解が追い付かずサヨはアユムに言われるがままキンに杖を向ける。
「『主よ!この者を癒したまえ!』」
サヨの杖から淡い緑のオーラがキンを包み…その傷を癒していく、だがまた傷が開いてしまう…その場にいた全員がそう考えるが傷がどれほど治ってもキンの傷口が開く様子は無い。
「ど、どういう事だこりゃ…」
「アユムさん一体何を…」
「…この呪いはナマリの持ってた短剣が付与させたものならその呪いも『異物』の一部だ、なら俺のスキルなら『破壊出来る』」
破壊神の恩恵で持っている消滅のスキル、そして四魔獣の時に無意識にやっていたユリを巻き込まず玄武の出しだ砲弾と玄武を消滅させた事をキンで行いキンだけが傷つかず呪いだけを破壊し消滅させることに成功した。
「う…」
「し、師匠!」
傷がみるみるうちに治りほぼ完治した時キンの意識が戻りゆっくり目を開けチャンマルはソフィアの拘束から離れキンの元に近づく。
「…ここは…」
「師匠ー!!!」
「ぐ…!」
上半身を起こしたキンにチャンマルは勢いよく抱き着きキンの首が締まる。
「ゴホッ!ゴホッ!……なるほど……何故俺を助けたアユム」
「助けたのは俺じゃなくてこっちのサヨね」
「…見た限りはお前が何かしたのだろう?」
「さて、何のことか」
「良かった…良かったッス…!」
「チャンマル……また重くなったか?」
「………」
「まてチャンマル…!息が…!」
そこからひと悶着あったがチャンマルも落ち着きを取り戻しキンとチャンマルは立ち上がる。
「…借りが出来たな、感謝する」
「しかしお前さんがデス・チェイサー、だとはなぁ…?」
「一度は終わる筈だった命だ、アユムお前の好きにしてくれ」
「んなことより聞きたいことがある、チャンマル」
「どうしましたか?」
「…シインはどうした」
終わったような雰囲気のキンを放置してアユムは今一番知りたい事をチャンマルに聞く、二人で一緒に居た筈が連れ去られいたのはチャンマルだけ…チャンマルは申し訳なさそうに眉の端が下に下がり尻尾が下に垂れる。
「それが…途中でシインちゃんとは別々になってどうなったかが…」
「…一度ユリ達と合流してあの人に話を聞かないといけないかもしれない」
「あの人…?」
「あぁ、とりあえず…」
その場から離れようと提案しようとした瞬間、近くの岩の上に置いてあった小石が地面に落ちる。
風かと思っていると少しずつ揺れを感じどんどんその揺れは大きくなっていき腰を低くしないと倒れてしまいそうなほどになっていく。
「キャッ!?」
「な、なんだ!?」
『地震?』
揺れを感じながらアユム達はその場から動けずにいるとソフィアが悲鳴に近い声を上げる。
「お、おい上を見ろ!」
「なんだ…こりゃ…」
「し、師匠…」
「…空が塗りつぶされていく…」
空を見上げると青空の筈がどんどん青空が雲が消えていきインクをこぼしたように黒くなっていく。
「…何が起きてるんだ…?」
変化していく空と突然の地震…関係が無い筈もなく何かが起ころうとしている王都にアユムは嫌な予感がしていた。