116話『死の追跡者の記録』
寡黙で愛想が悪い若い頃のキンは憎悪と怒りで周囲が見えていなかった、配属されたばかりから古参に噛みつき命令を守る事が少なく問題児と言われていた。
「不法入国してた獣人とその手助けしてた軍人諸共皆殺しにしたらしいが生け捕りじゃなかったか?」
「それなんだが…またアイツだよ」
「アイツ…キンか」
「俺達は表にバレないように仕事しないといけねぇってのに派手に殺りやがって…」
「っと、おい気をつけろ噂をすれば…だ」
話していた男達の横を任務帰りなのか血塗れのキンが通り過ぎて行く、その目は正面を見ているようで別のものを見ているような不気味な雰囲気であり男達はすれ違うだけでも冷や汗が流れる。
「ふぅ…おっかねぇな、獣人が嫌いなのは分かるがあそこまでなるか?普通」
「お前知らないのか?噂だとアイツの村…」
「………」
そんな男達の小声も丸聞こえであったがキンは特に何も言わずにそのまま歩き、暫く歩くと突然曲がり角で肩を組まれる。
「よぉ新入り!また殺ったんだってなぁ!ガハハハハ!」
「…離してください」
「そう言うな!同じ隊の隊長が新入りに親睦を深めるのがそんなに悪いか?」
「…暑苦しい」
そう言うとキンは腕から抜け出し絡んできた大柄な男、ナマリを睨む。
「…ここに入れば沢山殺せるから来た、それの何が悪い」
「確かに俺達の仕事は殺す事だ、何も悪い事はねぇぜ?けどよ新入り…一つだけ言っておくぜ」
ナマリは笑いながら歩くキンの肩に手を置き…
「自由にしてもらっても構わねぇがよ、命令は守れ」
「……」
「俺はよぉ…最終的に命令を守ってさえいりゃお前の行動は目を瞑るぜ?前の任務も生け捕りとは言われたが最悪殺してもいいとは言われてたからなぁ?」
「……」
「だが命令が守れねぇなら…その時は俺の標的は『お前』だ」
「……善処する」
「ガハハハハ!ちと怖がらせちまったか?まぁ気をつけとけばいいんだよ!さて次の任務も近いからちゃんと休んどけよ!」
そう言ってナマリはキンから離れて別の道を歩いていく。
「まったくよ!忙しくてかなわねぇぜ、若旦那も急に来るしな!」
「……苦手だ、あの男は」
離れていくナマリにキンは思わず零すが、今までの場所よりもやりやすく自由なこの場の為に我慢をする。
キンは激しく獣人を嫌っていた、恨んでいるとも言えるだろう…幼い頃キンの住んで居た村が襲われキンを残し家族兄弟親戚全てを食われたのが全ての原因であった。
「愚かな帝国の人間よ!お前らの行いを恥じてその身で我々に謝罪せよ!かの戦争を引き起こし我々に与えた屈辱を!さすればザンラックによってその穢れた魂が浄化されるであろう」
獣人の男がそう言うと木に縛り付けた村人を『食い始めた』
響き渡る悲鳴、食われていく村の人々と捕食する獣人達…彼らは盗賊であった。
唯一母親に言われ隠れていたキンだけ生き残ったが盗賊達が去った後にあったのは肉片だけが残って木に縛り付けられている村の遺骨だけであった。
「どうして…なんで…」
盗賊の獣人達が盗賊をやっているのは奴隷にされていた経緯がありその獣人達も恨みが原因での行動だが幼いキンにそれを納得させるのもするのも不可能である。
「…殺してやる…殺してやる…!」
恨みが恨みを産み落とし、また1つの憎しみが産まれた。
その恨み憎しみを原動力にキンは汚い事に手を出し…盗み殺し拷問出来ることは全てやった、歳を取るたびに盗賊達の復讐が獣人達への復讐に移り変わり帝国暗部の地位に上り詰めるまでに至る。
「…1人残らず、皆殺しにしてやる」
怒りは憎悪は膨れ上がりいつ爆発してもおかしくない風船のようになっている、その感情を糧にキンはまた自身の手を汚していく。
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その日は夜の任務でナマリ率いるメンバーで任務に向かっていた、目標はヒゥルリ帝国内で作られた獣人達の村に隠れた凶悪な犯罪者の獣人の暗殺である。
「大して強くねぇらしいが相手は獣人だ、油断するんじゃねぇーぞ!」
ナマリの声に他のメンバーは返事を返すがキンは黙って目標の村を見る。
崖上から見える村はあまり裕福ではないが寄せ集めでささやかな生活をしていたようであり、外を歩いている獣人とその子供が見え激しい怒りが湧き上がる。
全ての獣人を恨むキンにとって目の前に広がる光景が自分の全てを奪ったのにのうのうと幸せに暮らしている事に対しての憎しみとなる。
「よし、最後に生け捕りは必要ない…自由に暴れろ!…キンお前も遠慮しなくていいからな」
「…分かっている」
「いい返事だ、行くぞ!」
その夜、獣人達が作り上げた村は悲鳴と泣き叫ぶ声が響き渡る。
向かってくる獣人を潰し、投げ飛ばしながらキンは進み一人一人丁寧に始末していく…村の周囲には逃げられないよう魔法をかけ逃げられない獣人が事切れていく。
中には暗部のメンバーが家族と思われる獣人達で互いの耳としっぽを切るように命令し抵抗したら暴力を振るう、趣味の悪い事をしていたがキンにとってはどうでも良かった。
「何故こんな事をする!私達はただ静かに暮らしていたいだけなのに!」
「ガハハハハ!お前達にそんな権利はねぇよ獣が!」
目標である獣人をナマリが見つけたのか断末魔が村内に響く。
順当に狩りが行われていくのを見ながらキンも自分の獲物を探しに行く、その目は頭は正気ではなくなりただの殺戮者に堕ちてしまったキンはふと村の端にあるまだ無事な家が目に入りゆっくりと近づく。
「はぁ…はぁ…!ぁ…あぁ…!」
家の中から荷物をまとめた狸の獣人の女が飛び出し、その手の先には小さな子供の獣人がポカンとした顔で立っていた。
「あぁ!お願いいたします!どうか…どうかこの子だけは…お願いします!」
縋ってくる獣人にキンは何も言わない…というよりも言えずにいた。
ふと周囲を見て目の前の親子を見て自分の村と重ねてしまう、狂気に狂気を重ねて正気を無くしていた事が破けた水風船のように漏れだしていく。
自分のやってる事を冷静に考えてしまい、恨み憎しみ怒りで蓋をしていた正常な自分が顔を出してしまう。
「………」
「お願いたします…お願いします…」
「…?」
子供はまだ8歳程度だろうか、必死に頭を下げる母親に寄り添い曇りなき眼でキンを見てくる。
キンはその子供を見てふと、考えてしまう…この子も自分と同じような不幸を恨みを憎しみを植え付けるのか?と。
もはやこの親子を殺す選択肢が無いキンにとって自分と同じ運命を歩かせる事になるのは止めなければならない。
「…か…隠れておけ、ここには誰も居なかったと…いうことにしておく」
「あ…あぁ…ありがとうございます…!ありがとうございます!」
「?ありがとーございます」
「……さぁ、はやく…」
隠れるよう言おうとした瞬間、頭上から何かが降ってき…目の前にいたはずの獣人の姿が無くなる。
汗がブワッと出て下を向いた瞬間、キンは声にならない声が出てしまう。
「おう新入り!獲物取って悪かったな!他の奴と誰が1番殺せるかやっててな!」
「…………」
「ん?なんだガキか?すまねぇな!獲物横取りしてよ!そのガキはお前の取り分だな!ガハハハハ!」
何も言わないキンを気にせず喋るナマリは肉片がべっとり付いた拳を持ち上げ、潰れた獣人の血を拭きながら笑う。
突然肉片となった母親に子供は何が起きたか分からず手だけになった母親の傍でしゃがむ。
「おかーさん…?おかーさん…ねぇおかーさんどこ…?はやくかくれないと…」
「…………」
「おかーさん…おかー…さん…」
どんどん状況を理解したのか、それとも母親がいなくなったからか…子供の声は震え目には涙が溜まる。
「ん?おいどうした新入り?」
「……」
「…なんの気まぐれか知らねぇが上からの命令は皆殺しだ、ガキ殺れねぇなら俺が代わりに殺ってやるぞ」
潰れた獣人とその子供の前で立ち尽くすキンが動かない事に気づいたナマリはキンを押しのけ、子供に目掛けて拳を振り上げ…何かに気づきその場から瞬時に飛ぶ。
ナマリが立っていた場所に何かがあるように空間が削れそのまま立っていたらナマリは死んでいたであろう。
「…どういうつもりだ新入り」
「………」
「俺は言ったよなぁ…最終的に命令を守ってさえいりゃお前の行動には目を瞑るってなぁ…だが命令を守る気のねぇ奴はどうしようもねぇぞ」
手を振った後のポーズで止まっているキンは自分の行動に自分自身で驚いていた、自分の復讐を果たすならこのまま何もせず帰還すればいい…目の前の子供を見捨てれば。
周囲には異変に気づいたのか暗部のメンバーも集まっており武器を手にキンを見ていた。
「……俺は…ッ!」
喋ろうとした瞬間、自分のズボンが掴まれた感覚があり下を見ると獣人の子供がキンのズボンを掴んでいた。
ポロポロと零れる涙を拭わず…自分の母親を殺した者と同じキンにまるで縋り付くように、助けを求めるように…こんな子供がそこまで考えてるかはキンには分からない…がそれでも今のキンにはこの子供を殺す事は『出来ない』
「命令だ、そのガキを殺せ」
「…出来ない」
「あぁ?」
「…俺は今日限りで暗部を抜ける」
「…勝手な事を言ってんじゃねぇぞキン!命令だ!殺せ!」
「やらん…!俺は…自分の命令を遂行する…!」
「馬鹿が、今更情でも湧いたか!お前ら命令だ!こいつを殺れ!」
武器を持った暗部のメンバーが一斉にキンに向かって襲いかかってくるが…キンは両手を広げ空中の暗部達をまるで掴むように手を動かす、すると暗部達は突然空中で重力に逆らいキンが手を合わせると暗部達はまるで透明な球体の中にいるように丸くそして小さくなって行き…地面に小さな肉のボールが出来上がる。
「キン!てめぇみてぇな命令を守れねぇ奴が調子に乗ってんじゃねぇ!」
仲間達が殺され怒りに身を任せナマリはキンに突っ込んで行き…キンはその手を動かした瞬間ナマリの右目が潰れ強い衝撃が正面から発生し、全身の骨が砕ける音と共にナマリは崖の壁に叩きつけられ壁を破壊しながら姿が見えなくなる。
「……………」
両手を下ろし、足元にいる獣人の子供を見てキンはゆっくりとしゃがみ込んで子供と目線を合わせる。
「…名前はなんだ」
「……ちゃんまる」
「チャンマルか……チャンマル、お前は俺が必ず立派に育ててみせる…それが俺が出来る…償いだ」
身勝手で、自分勝手で自己満足な行いだがキンに出来ることはそれくらいであった。
幼いチャンマルが泣きやみ、キンとチャンマルはその場から消える…その晩ヒゥルリ帝国の暗部の大半が死亡し1名の行方不明者と1名だけ生き残ったという記録は公の記録には残らず、ひっそりとその事は誰にも知られずに処分される。