10話『闇夜の吸血鬼』
「槍?」
「あぁ、君は剣を振る時の敵との間合いが少し遠い…何度か見てて槍なら届きそうだと思ってね」
「あー…」
エレファムルを出発して5日目、アユム達は目的地の森近くまでやって来ていた。
5日間の間でモンスターと戦う場面が何度かあったがダガリオはそれを観察していたらしい。
「言い難いんだが…狼とかゴーレムとか対面してると体が動かないんだよ…怖くて」
「怖がるのは悪い事じゃない、恐怖を忘れ武器を振るうのは自身の枷を外す事になる」
そう言われアユムは腰の剣の持ち手を握る、町を出る時にアユムは剣をアミーラは弓を購入した。
特に名刀でもなく安い剣だが手入れをしているうちに愛着が湧いてきていた所だったが上手く使ってあげれてない事を気にしていた。
「槍はその間合いの広さから様々な事が出来る、例えば相手が1度攻撃する間に槍で2回くらい先制攻撃を行える」
「確か槍って叩きつけるだけでもかなりの威力あるんだっけか?」
「あぁ、長槍等は持ち上げ振り下ろすだけで相手の骨を砕くという」
当たらなければ武器はただの飾りになってしまう、ダガリオの言う通り槍を扱ってみるのも悪くは無いと考える。
「町に戻ったら試してみる」
「そうするといい、まぁ剣の天才であり凡人の君以上の僕が直々に剣を教えてやっても構わないが」
「いやいいです」
「そうか?ならいいんだが…しかしアミーラはかなり弓の才能がある、もしや森の妖精達から手解きを受けた事が?」
ダガリオの言う通り、アミーラは狙った獲物は外さない勢いで矢を正確に当てていた。
時にはアユムの顔スレスレで飛んでくるのもあったが1本も当たる事はなかった。
「…?狙ったところに飛ばすだけですが…」
「…天才なんだね」
「は、はは…」
ある程度一緒に行動しているとアユム達の戦い方も出来上がってくる。
アユムが注意を引き、ダガリオが堅実に処理し、アミーラが全体を見て2人の死角を補助する。
案外上手くいってる事にアユムは驚いていたが、油断してないダガリオの存在がかなり大きい。
「ダガリオなんであん時俺に負けたんだろうな本当に」
「…掘り返さないでくれ、僕としても人生の汚点なんだ…色々な意味で」
この男が背後に居るだけでアユムの安心感は段違いになる、攻め過ぎずアユムとアミーラに近づくモンスターが居れば間に即座に入ってくれる為である。
「最初聞いた時は何言ってんだと思ったけど名前通りだったな」
「確かにね…『庇護』は僕の戦い方に合ってる」
ダガリオの冒険者固有スキルは『庇護』、何でも護る者がいる場合に攻撃と判定された全てを防いでくれるバリアー的なものらしい。
「さて、そろそろ見えてくるぞ…名前も無い場所だが名付けるなら…『癒しの森』」
「あれか…」
そろそろ昼も過ぎようとしていた時、ようやく見えてくる。
今回の調査する場所の森が…かなりの広大な森なのか見える限り全てが木々が生い茂っており、整備はもちろんされてないので何処から入るべきか。
「案内頼むぜ、ダガリオさんよ」
「あぁ…ついてきてくれ、ひとまず僕がいつも向かってる採取場に行こう」
「了解」
ダガリオの案内の元、3人は森へと歩みを進める。
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「これは?」
「それは神経毒を解毒する薬草だ、最近取ったばかりだから触らないでやってくれ」
「あいよ、ここ辺りも足跡がかなりあるな…ダガリオ確かよく来るって言ってたが異常無かったのかよ」
「しばらく来てなかったんだ、炊き出しの手伝いをしてたから」
「偉いことで」
薬草が生えているという箇所から中心に周囲を調査すると、かなりの量の生物が移動した足跡と木々を薙ぎ倒した痕跡があった。
「この木を折ったのはロックゴーレムか…?確かにあんだけデカいとこうなるか…」
「となると…やはり行軍が通ったのは確実…どうする?僕としては行軍の進行を辿って奥に進むにしても夜になる」
「調査の中断を進言します、この森では戦闘が起きた時援護できません」
「んじゃ野宿か、星が見えてきたしなぁ…」
空は薄暗く月が顔を見せている、手元の松明では限界である。
調査した事を紙に書きカバンに入れる。
「(しかし…何度見ても日本語だよな…?この世界の言葉文字が日本語に自動変換してくれてる…とかか?)」
ギルドカード、ダガリオの書いてる文字…全てアユムには読めていた。
何事も無く会話出来ていた事もあって気にしてなかったがある意味不自然な事だ、この世界にもその土地での独自な言語や文字が派生してもおかしくはない。
だが読める、言葉が分かる…
「ダガリオ、これなんて読むか分かるか?」
「ん?……『かゆ…うま…』?」
「んじゃこれは?」
「『卵のスープは毒』…何をしてるんだ?」
「いや、何でもない」
そしてこちらの文字もちゃんと理解される、英語や地球の他の言語で書けば伝わるのか試したいが変な行動をするのも怪しまれるのでここまでにする。
「ではここをキャンプ地とする!」
「アユム、ここは場所が良くないぞ」
「…はい」
そのままアユム達は今日の寝床を見つける為、森を進んで行く。
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焚き火の弾ける音が静かな森の中を支配する中でアユムは空をボーッと眺めていた。
ジャンケンで(ダガリオとアミーラには教えた)負けたので最初の寝ずの番をしていたが暇過ぎて空を眺める事しか出来ないでいる、現代人ならここでスマホを出して暇つぶしをするが…電波も無いコンセントも無いスマホは充電切れでただの置物になっていた。
「…暇だ」
「しりとりなるものをしますか?」
「いやいいよ、休んでな」
「私は休む必要は無いと言ってるのに…」
「ダガリオに怪しまれるだろ?」
この5日間でアミーラに教えた退屈の時にやるちょっとした遊びは全滅だった。
周囲を観察しながら水を1口飲む…そして少し用を足したくなってくる。
「…アミーラ、少し離れるから起きてて」
「私は元々起きてます、ついて行きましょうか?」
「いやいいよ、すぐ戻るから」
流石にアミーラと連れションは恥ずかしいので断りながら立ち上がり、焚き火から離れ森の奥に進んでいく。
この森はモンスターがほぼ居ない、ダガリオの推察では行軍でここにいた生物は追い出された為らしい。
「本当に厄介だな…行軍ってのは、道中も散り散りになった後も被害が出るとは…」
ある程度歩き離れた事を確認して用を足す為に場所を探す、腰の剣を外し傍の木に立てかけた所である事に気づく。
「…声?しかも子供か?……こんな森に?」
耳をすませると聞こえてくる、僅かに子供のような泣いてる声が聞こえてくる。
立てかけた剣を取り、構えながら戻るかどうか考え…様子を見る事を選ぶ。
だがこの森は未開拓地帯、エレファムルから5日もかかる場所で子供の声が聞こえるわけが無い。
「…見るだけ、危なそうなら逃げる…」
声が聞こえてくる方にゆっくりと歩みを進める、本来は戻り2人にこの事を言うべきなのだが『もしも』が脳内でよぎってしまう。
好奇心もありアユムは茂みをかき分けて声の出処に向かう…
木々を通って少し開けた場所に辿り着く、そして僅かに降り注ぐ月明かりが照らす箇所に…『居た』
うずくまって震えている子供…少女だろうか?赤いドレスのような服を着ており金髪の短髪が僅かに揺れる。
「な、なんでこんな所に子供が…おい!大丈夫か?」
明らかに普通じゃない光景だがアユムは何故か…歩み寄ってしまう。
勝手に動く足と手に持ってた剣を放り投げてしまう、明らかに異常だがアユムには疑問が出てこない。
まるで操られてるような…
うずくまって震えていた少女はアユムの声に気づいたのか、ゆっくりと顔を上げる。
そしてうずくまって震えている…と思っていた少女は震えていた訳ではなかった。
その口は血にまみれ、そして少女の手には何かの生物の亡骸が握られており…その様子はまるで…
その瞬間、バチッ!という音がアユムの頭に流れその異常さをようやく実感する。
「な!?くっ…!」
危険なのは脳で判断されるよりも早く本能で分かり、体は放り投げた剣に向かう。
だがその行動がきっかけなのか少女が素早く動く、その華奢な体から想像出来ない速度で向かってきており剣まで間に合わないと悟ったアユムは指を構え少女に向けようとする。
「『消め…』」
途中まで唱えたスキルだが、間に合わずその手を掴まれひねり上げられか細い悲鳴が出る。
その瞬間、突如体が引っ張られる感覚と風を切る音が聞こえ視界が1転2転する。
木が、背景が、空が置いてかれるような視界に目が回る感覚になる。
「なん…!グエッ!?」
地面に叩きつけられ、肺の空気が全て出る…そして少女の手がアユムの喉を掴み押さえつけられる。
あまりにも少女には考えられない力で締められ体が上手く動かない。
「…血だ、血を寄越せ…!」
「…かハッ……なん…おま…え…」
声が上手く出せないが、少女の言ってる事が聞こえ疑問が出てくる…何を言ってるのか分からない。
獣臭い息と突然の事の連続で上手く頭が回らない。
「チッ…!」
少女はアユムの腰にあったナイフを奪い、そのナイフをアユムの手に突き立てる。
鋭い痛みが走り悲鳴が出そうになるが喉を締めらてる為声が出ない。
そして少女はナイフを放り投げ…『傷口に口をつけ血を飲み始めた』
「?!?!?!こん…の…っ!」
飲み始めた瞬間に若干力が緩んだのを見逃さず、体全体を使って少女を放り投げて素早く起き上がる。
投げ飛ばされた少女も軽やかに着地し、口元を拭う。
「くそっ…痛てぇ……何処だ?ここ…」
そこまで遠くない所にいるダガリオとアミーラに助けを呼ぶ為、大声を出そうと周囲を確認すると…何故か周囲にあるのは木ではなく岩と土…そして何処か高台なのか、下に木々が見える。
「あの子供…がやったのか?」
「……………」
少女は手を閉じたり開いたりしており、ゆっくりと顔をアユムに向ける。
その顔はかなり整っており、息を飲んでしまう程だった…だがアユムの血がまだ拭いきれておらず異様さを漂わせている。
そしてその姿を見てひとつの仮説が立つ。
「……『吸血鬼』…?」
夜の支配者、人間の血を飲みファンタジーの世界の存在である筈のものがアユムの目の前に立っていた。