1話『暗い洞窟』
荒い息と複数の足音、痛む肺に思考が回らなくなる頭を無理やり動かして走る男は走りながら後ろを確認する。
「ぜぇ…ぜぇ…何なんだよ…!」
思わず零れた言葉に答えるように背後からけたけたと笑う声が聞こえる。
複数の緑の肌をした子供のような体型の人影が武器を片手に追いかけてくる様子は逃げている男が止まれない大きな理由だった。
「なんでこんな…ッ!」
何故追われているのか、話は少し遡る。
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少し肌寒くなってきた町、厚着をする人々が歩く騒がしい昼下がり。
その中に1人だけ違う雰囲気の男がベンチに腰掛ける。
見た目は冴えない若者、程よい体型でパッと見だと記憶に残りにくい顔をしている。
「…また駄目だったなぁ…」
着慣れてない様子のスーツと履きなれてない革靴。
「どーしよう…まさかこんなにも上手くいかないとは…」
片手に握られていた缶コーヒーを缶捨てに放り投げ、ベンチに再度腰掛ける。
男の名は冨谷歩
18歳の就活生であったが中々職にありつけず頭を悩ませていた。
「最悪兄貴の紹介で……と言っても機械好きじゃないし残業ヤバそうだし最終手段か…」
目を閉じて将来についての不安を思いため息を出す。
「いっその事…別の土地で心機一転新しい事をやってみるか…」
世界は広い、何処かにある自分に合った何かを探しに…
『その願い聞き入れた、叶えてやろう』
「え?うおっ!?」
突然声が聞こえたかと思うと謎の浮遊感、例えるなら寝てる最中に起きる落ちていく感覚で目を開けると四方八方が黒で塗り潰されたかような暗闇に自分が落下していく感覚しか分からない状態だった。
「うわぁぁぁぁぁあああ!?」
突然の事と落下の感覚で感情が揺さぶられ何が何なのか分からないまま、意識が暗転する。
どのくらいの時間寝ていたのだろうか
肌に感じる冷たい感覚で歩は目を少しずつ開ける。
「……あ…?しまった…ベンチで寝ちゃったのか…?」
真っ暗な中、ポケットに入れていたスマホを取り出し時間を確認する。
時刻は19時を指している、夜だから真っ暗なのだろうと考えたがスマホを眺めていると少しずつ頭が冷静になっていく。
「いや、流石に夜だからってこんな暗くも静かじゃないよな…」
スマホのライトをつけて周囲を確認する。
ライトが照らしたのは部屋のような場所、土の壁に土の地面…所々に埃が積もっており長く使われてないのが分かる。
「…ん?なんだこれ?」
ライトを地面に向けると地面には謎の文字が円状に書かれており歩を囲むように書かれていた、と言っても謎文字な上に読めないくらい文字を書いた時に使ったであろう…チョークだろうか?削れてしまっており読めたとしても全部を読むのは無理だったろう。
「カルト的なのに攫われた…とかじゃないよな」
周囲は何も置かれてない、この地面の書いてあるものの為の部屋なのだろうか?そう思いつつさらに周囲を見ていくとライトの光が扉を照らす。
「おっ……わざわざ鉄の扉か…?嫌に厳重だ…」
立ち上がり鉄扉の前まで行くとバチッと音がした、突然音が出た為驚き身構えるが…特に何も起こらないのでゆっくりと扉に手を当て押すと特に抵抗も無く開いた。
「…さっきの部屋も壁とか土だったよな」
扉の外に顔を出すと広い通路のように伸びる道…言わば洞窟だ。
「この部屋にずっといる訳にもいかないし…動くか」
そう独り言をしつつ部屋から出て道を進む、頭の中では嫌な予感しかしてなかった。
それからしばらく歩いて、あるものを見つける。
「…これ…食ったのか…異臭が酷いな…」
そこにあったのは腐りかけの謎の生き物の死体、それもかなり大きい…骨を見る限り体長3…4mくらいだろうか?
ただ今はそれよりも重要なことがある、それは…
「誰かここにいる…よな」
その死体には歯型が付いており少なくても人間に近い生物が食べた…と、考えられる。
だがそうだとしたら会話できるのか不安になってくる、生のまま肉を食べるのは現代日本でもそうそういない。
「誰が連れてきたのか知らないけどドッキリなら早く出てきてくれ〜…」
そう嘆くが誰も来る気配は無い、大人しく歩はとぼとぼと進む。
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暗く静かな部屋、その壁を背に座り込んでいる人影が1つ
ゆっくりと目を開け淡く光る目を扉に向ける。
『…生命反応確認…全ての項目クリア…これより稼働準備を開始します………却下……待機命令継続……スリープモードに移行します……』
開いた目をゆっくりと閉じ、また暗く静かな部屋に戻る。
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おかしい、そう気づいたのは歩いて30分くらいしてからだった。
「俺こんな体力あったっけ…」
いつもなら30分歩くだけで足が疲れてきたり汗が出る…筈なのにいつまでたっても疲れないし汗も出ない、それどころか息も乱れない。
「…ん?分かれ道か」
不思議に思いながらも進んでいると分かれ道に出くわした、真っ直ぐ進む道と右に曲がる道…今までも分かれ道ぐらい沢山あったが今目の前にある分かれ道は少し違った。
「…なんの音だ?これ?」
音が右に曲がる通路から聞こえ、足を止め立ち止まる。
耳をすませは聞こえてくるのは…何かを引きちぎる音…
「……人が居るかもしれない、行くか」
絶対に行かない方が良いという自分の本音を押し殺し、右の道を進む。
何も無い状況が続くのが判断を鈍らせる。
ゆっくりと進みライトをできるだけ奥に向けながら進んでいくと…何かが見えた。
そこにあったのは緑色の小さな子供と牛だった。
これだけだと分からないだろうがそうとしか言いようがない、ほぼ食われ頭だけになってしまった牛…だが骨が明らかに牛とは違う生物だった為牛…とは断定しにくかった。
そして重要なのは緑色の『子供』の方だった、子供のような体格の生物達は手に持ってる粗末な刃物で置いてある肉を引きちぎり…そのまま口に放り投げ咀嚼しているのだ。
「…こ…こいつ…ら…って…もしかして…」
その見た目、それの姿は何度も見た事がある…もちろん現実であったわけではない。
…そう、彼らの姿はゲームをしていた時によく見た敵。
「ご、ゴブリン…?」
空想上の生物が目の前で食事をしている、その事実に思わず後ずさりしてしまい足音が僅かにしてしまった。
その小さな音も彼らにとっては充分だったらしい、一斉にこちらを向きじっと見てくる。
小さな目が大量に自分を見てる現状…怖く感じるのは仕方ないと思いたい。
「う、うわあああああああああ!!!」
踵を返して来た道を逆走する、下手な知識がある分冷静な判断ができないでいた。
ゴブリン、ファンタジー系では雑魚モンスターだったが実物を見ると雑魚とは思えなかった。
『ケケッ!』
背後から甲高い声が聞こえ走りながら振り向くと9体はいるであろうゴブリン達が追いかけてくる、手に持った武器を振り上げながら。
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「し、死ぬ!殺される!」
途中であった死体もゴブリン達に食われたというのは容易に想像できた、そして捕まったら同じ末路になるのも…
「くそっ!くそっ!」
履きなれない革靴だからか上手く走れない、後ろのゴブリン達は少しずつ距離を詰めてくる。
来る途中にあった分かれ道を何も考えず走る、元来た道ではない道を走り逃げる事だけを考え足を動かす…
だが途中でもう走らなくていい事に気がついた、何故か?
それは…
「なん…で…道がないんだよ…」
ライトに照らされた道の先はのっぺりとした壁を照らす。
他の壁とは違う綺麗な壁は先に進む道がない事を無慈悲にも教えてくれた、後ろから近づいてくる足音、奇声。
そこから導き出される答えは1つ…『死』。
「く、来るな…来るなぁ!」
壁を背に少しでもゴブリン達から遠ざかろうとするが壁が動くわけでもなくナイフなどの武器を持ったゴブリン達は囲んで威嚇してくる。
「ひっ…」
ゴブリンの1体がナイフを投げそれが歩の足元近くに刺さると短い悲鳴を出してしまった、それを見たゴブリン達は互いの顔を見合うとニタニタと笑い出す。
敵、から食い物に認識が変化した瞬間だったのかわざと刃物を地面に叩きつけ音を出す、それに反応して怯えるのを見て反応を楽しむ顔はイタズラ者と同じだった。
「く、くそっ…なんだよ…なんなんだよ…!」
特別な力もない、強くもない。
怯えて、恐怖して、最後にはこのゴブリン達の栄養になるのかと思うと途端に血の気が引く。
その姿を見てゴブリン達は内心愉快な気分だろう。
だがそんなゴブリン達が自分達の後方を突然見る、奥から足音が聞こえてくるがゴブリン達とは違う重い足音…
足音の主は暗闇から少しずつその姿を表す。
「ご、ゴブリン…?」
体長は2mもありそうな巨大なゴブリンによく似た生物、他のゴブリン達はその生物が近づくにつれて狼狽え始める。
それを見る限り分かる事は1つ、ゴブリン達はこの巨大なゴブリンに恐れている。
「…チャンス…か…?隙を見て逃げないと…」
そう思い足を動かそうとするが巨大なゴブリンが動く方が早かった、その巨大なゴブリンは近くにいたゴブリンの頭を掴むと刃物を取り出し刃先を掴んだゴブリンの首に突き刺し…切り裂く。
声を出すことも出来ずに動かなくなったゴブリンを放り捨て大柄なゴブリンは歩に指を向け次に自分に指を向ける。
その動作からあれは自分の獲物だという主張なのだと分かる、他のゴブリン達も気づいたのかゆっくりと歩から離れていく。
「あれは…」
その中、歩はある事に気がついた。
巨大なゴブリンが持ってる刃物はサバイバルナイフという事を、それに気づいた瞬間、激しい頭痛が起きる…耐えれなくはないが痛みで涙が出てくる。
「な、なんだ…?」
そしてふつふつとこみ上げてくる感情、何かは分からないがただ1つ分かったことはあのサバイバルナイフは
『消さなければならない』
そう思った瞬間、体が勝手に動き始める。
腕を上げ指をゴブリン達の方に向け…まるで使い方を知ってるように口が勝手に動く。
「…『消滅』」
どのくらいたったのだろうか、ぼーっとしてた頭が正気に戻り慌てて身構える…
が、いくらたってもゴブリン達が襲っては来ない。
恐る恐る片手に持ったままのスマホのライトを向けると…
「す、すげぇ…なんだこれ…」
壁や地面が抉れてゴブリン達の姿が無い、だが削れてない部分に1つ落ちていた無骨なナイフ。
それが夢ではない事を教えてくれた。
「俺がやったん…だよな?」
突然の事で混乱するが、さっきまであった頭痛がしない。
試しにナイフに向けて指を向ける。
「……『消滅』」
少しナイフに穴を開けるイメージで使った瞬間、ナイフの1部が抉るように消失した。
ゴブリン、そして謎の力、目覚めた場所。
様々な要因を鑑みてひとつの結論に辿り着く。
「…異世界転移ってやつか…!?」
18歳就活生、人生初の異世界入り…?