2-13 悪夢
寒いって思ったのとブルりと震えたのとどっちが先でしょう、僕は暗い山道を見下ろしています。舗装していない山道の土の匂いがします。雨が降って来たけれど、僕が濡れ無いのは、ここが夢の中だからですね。
あ 夜なのに馬車が走っています。雨が降りだしているのにあんなにスピードをだしたら――馬車がカーブを曲がろうとしてバランスを崩しました。馬車の扉が開いてしまい扉がブラリと揺れます。危ない!!黄色いドレスを着た人が外に放り出されます、あの金髪は、あれは!?
「母上!」叫ぼうとして、目が覚めます。これは夢見、嫌な夢見です。
落ち着け僕、落ち着け、夢見帳を書かなくちゃ――違う!そんなことしている場合じゃない もしも今、母上が馬車に乗っていたら?僕はぞっとして寝巻のまま裸足で部屋を飛び出します。父上はどこ?執務室?そうだ執務室だ。執務室で報告しよう。月光が青く照らす廊下を執務室へ走ります。
ドンドンドン ドンドンドンドン
鍵のかかっている執務室のドアを大きく叩きますが返事が有りません。どうして誰も出ないんですか?父上!ルディ!今 報告したいのに?あああもう!!!!違う、今は夜ですから!父上のお部屋。慌てて踵を返して父上のお部屋に向かいます。
ドンドンドン ドンドンドンドン
「父上 母上 父上!!!」
ドアを叩きながら 叫びます。
「どうしたんだい?こんな夜更けに?」
やっとドアが開いてナイトガウンを羽織った父上と母上が出てきました。
「母上 母上 よかった~」
母上がここに居る事に安心して泣きそうになります。
父上の居室でお水を飲ませてもらい、今見た不吉な夢の話をしました。落ち着いてみたら、あれはわが家の馬車じゃなかったかもしれませんし、母上でも無い気もしてきました。それなのに僕ったら大慌てで夜中に屋敷の中を駆け回った挙句父上と母上を起こしてしまいました。
父上のひざ掛けを羽織ってソファに座りながら、ぼくの向かいに並んで座る父上と母上の様子を伺います。「キョウセイリョク」小声で話をしている母上から溜息と共に聞きなれない言葉が漏れました。視線を向けた僕と視線があった父上は慌てたように笑顔を作りました。
「ビイはもう部屋に帰りなさい。ああ、靴がないね。急いできてくれたんだものね。ありがとう。送ってあげるから、もう寝なさい」
話はしない、という事ですね。久しぶりに父上に抱っこされました。
「大きくなったね、重くなったよ」
「はい姉上よりも父上よりも大きくなるつもりです」
「ははは、それはすごいね、楽しみだ」
後は黙って部屋に、寝室のベッドまで連れて行ってくれました。
「おやすみなさい」
”夜 山道を走る馬車。雨が降って来て馬車はカーブでバランスを崩す。扉が開いて中から、金髪で黄色い服を着た女性が落ちる”
「ビイ、食事の後でいつものように執務室へ」
「はい」
父上の執務室には父上とルディと、なぜかクレアもいます。
「毎年 私たちが新年の挨拶に出かけるのは知っているね?」
「はい。毎年順番に主要貴族の新年のお祝いの会に招待されています」
父上は頷きます
「来年は、と言っても半月も無いが、オレンジ侯爵家、レイア伯爵、アクア子爵家を訪問する予定でいる。クレアこの三家に聞き覚えは無いかな?」
「どの家もございません …」
クレアが何か言いたげにしている事にルディが気づいたようでクレアに促すような視線をおくります。
「…お嬢様が8歳の頃には もう旦那様と奥様がお出かけになることは不可能でしたので…」
「だから、今、強制力か?」
「おそらく…」
父上から強制力という言葉がでてクレアが頷きました。クレアも強制力という言葉をしっているんですね。父上はクレアを退出させて今度は僕に向き合います。
「山を越えるのはレイア伯爵家だけだ。ビイの夢見の未来が変わるようにこれから調整と対応をするから安心していいよ」
「訪問を取りやめるわけには行かないのですか?」
「ああ、せっかく夢が教えてくれたんだからね。それを活かすのが我々夢見の仕事だよ。今回取りやめても訪問をしなければ別の形で災いがやって来るかもしれないからね」
僕が納得がいかないとい顔をしていたのでしょう、ルディがコホンと咳ばらいをしました。
「不幸な夢見への対応について、私個人の見解を申し上げます。災いへの対処につきましては、アイスブルー男爵は素晴らしいかったと記憶しております。ヒビキ様が害獣の夢を御覧になった時の対処などはその最たるものです。熊が畑を荒らす未来を見たらどうするでしょうか?荒らされる前に収穫するとか害獣除けの工夫をする、というのが一般的ではないでしょうか?それが、熊が来るのを幸いと捉えて狩ってしまうとはなかなか考え付きません。収穫祭でご馳走を食べたとヒビキ様は嬉しそうに教えてくださいましたね」
「…はい」
「もしも夢見で分かった熊の来襲を”諦めた”場合、味を占めて害獣がひどくなっていったかもしれませんね」
父さま、あの時はただ単に肉が食べたいだけかと思っていたのですがそこまで考えていたんですね。
「良くも、悪くも、夢見で見る未来はちょっとしたことで変わるんだよ」
父上がウィンクしました。夢見と変わった未来?あれ?もしかして…僕の小さいころの夢見、一人ぼっちの銀髪の令息、それが僕だと父上も思ってたのでしょうか?もうそんな独りぼっちの令息はどこにもいません。銀髪の令息は家族と共に笑って過ごしています。夢見の未来は すっかり変わったのです。
半月後に、仲良く旅行に行く両親を見送りました。レイア伯爵家からの帰りに山の上にある温泉地に寄ってから帰って来るのです。ルディは「2泊も必要ですか?」と言ってましたけれど…3日後のお昼を過ぎたころに父上と母上が帰ってきました。父上に抱き上げられて馬車から降りる水色のドレスの母上を見てほっとしました。
「ただいま お土産も沢山あるわよ」
父上と母上に順番にハグされながら僕は安心と嬉しさで泣きそうになってしまいました。
「本当にビイはお母さまが好きなのね。たった三日会えなかっただけなのにオオゲサ」
姉上は呆れたように言いますが、死んでしまうかもしれないと心配していた母上が帰って来たのですから安心して泣きそうになってもしょうがないです。




