2-6 そんな顔はさせたくない のです
「はい!それならいいですね」
顎を膝の上に乗せて、ぼくはアイスブルーの話をします。夏に気持ちがいい森の木の下の話、甘いベリーの木があって、そのベリーで母さまが作るタルトがすっごく美味しくてぼくの大好物って事、森へ行くときは羽ペンにするのにいい羽の落ちている道を通る事やその道でルディに会った事、それから……大した事じゃないのに姉上は面白そうに聞いてくれました。
姉上は王都から出たことは無くて、ベリーの木も本でしか見たことが無いのですって、それなら母上にお願いしてこの庭にも何か実のなる木を植えて貰ったら姉上は喜ぶでしょうか?
なんだか寒いですけれど、こんなに寒くても実はなるでしょうか?ブルリとぼくが震えたその時に、誰かがやって来た気配がしました。姉上が唇に人差し指をあてて「しっ」と小さい声でいいました。
「ねえ この間来たお坊ちゃま、見た?」
女の人の声がします。使用人たちが近くを通って行くようです。
「遠くからだけど見たわよ、まだお小さいのに家族と離されて可哀そうだわ」
ぼくのことですね。大丈夫です、でも ありがとう
「旦那様に靴を脱がさせたって聞いた?」
「何様のつもりかしらね?」
それは、、、本当の事です。ぼくは俯いて声の続きを聞きます。
「まだ子供だから―」
「子供だからって ねえ?」
「常識が分かってないのよ、田舎の貴族は」
「マナーだって、全くなってないって食堂の子が言ってたってさ」
はい、マナーも まだまだです、分かってます、頑張っているんですけど…
「ああ、それでお嬢様が怒ったって話?」
「でも、そのお嬢様が旦那様に叱られたらしいわよ」
「まあ!!」
だんだん頭が下がって来て、おでこが膝にくっついてしまったぼくには姉上がどんな顔をしているのか分かりませんが、顔を上げられません。
「あの子、旦那様に似てないわよね?親戚筋って本当かしら?」
「瞳の色は青いって聞いてるわよ」
「でもあの髪は、どう思う?」
「銀はだめね、よりによって銀だなんて」
「そうね、だめね」
え?ひどいです。容姿の事まで言われないとならないんですか?ダメって、どういう意味ですか?ああ、でも、なんだかクラクラしてフワフワする、これは夢なのかもしれません。
悪い夢、辛い夢ほど価値のある夢だからしっかり覚えておかないといけません。
プチン 小さな音がして目をあげると、姉上が大きな葉っぱを枝から折った音でした。
「姉上?」
「許さない、ヒビキはここに居て。呼ぶまで出てきちゃ駄目よ」
姉上の濃紺の瞳が光っています。
「姉上、待って」
姉上は振り返ってぼくに優しく微笑んで木の下から出て行きます。その時にグラリと地面が揺れてぼくの身体は地面に倒れ、横たわったぼくからは姉上がよく見えます。
「ねえ、あなた達、今、お父様の大切にしている者の悪口を言っているのを聞いたのだけれど?」
姉上の瞳がすっと細くなります。その笑っているような目はまるで夢の中のエリザベスみたいです。
「あ、お嬢様わたしたちは何も…」
「あら?そう? わたくしの聞き間違いなのかしら?」
葉っぱで表情を隠すしぐさも夢の中のそれと同じで、口の両端をあげて微笑んでいるように見えるけれど……いけない!だめ!!ぼくは 姉上にそんな顔をさせないためにここに来たのに、そんな顔しないで下さい、姉上!止めなくちゃ!這うようにして木の下から出ます
「お嬢様!」
「ヒビキ様!!」
クレアとアリスの叫び声がしました。姉上はクレアに二人に引きずられるようにして、ぼくはアリスに抱きかかえられて部屋に連れ戻されます。
アリスに着替えさせられてべッドに押し込まれました。世界がグルグルするし、頭も痛い。やっとベッドから出たと思ったのに一日もしないで逆戻りです。
ぼくって駄目だなあ。目をつぶると姉上の怒りに光る紺の瞳やあの夢のエリザベスの様な冷たい笑いが浮かんできます。慌てて目を開けると、自分の銀の髪が見えました。兄さまと同じ銀の髪。兄さまの様に首の後ろの所で一つに結んで背中に垂らしたいなって思っていたけど、銀の髪では姉上を守れない。それどころかもうここに居られないかもしれません。
ベッドから降りると、よけいにグルグルしたので、ぼくは這ってドアの近くまで行きます。ドアを細く開けて居室を覗いてみると、誰も居ません。チャンスです、今ならできます。デスクの引き出しを開けると、ほら、ぴかぴか光るナイフがあります。
髪をひと掴みつかんでナイフをあてます、でも切れません。こんなに光るナイフなのに!なんで切れないの!!切れろ!切れろ!!切れろ!!!
やたらに動かしたらパラパラと髪がデスクの上に落ちました。指なのか手のひらなのか、どこかが切れたみたいですけどかまいません。もう一掴み、さっきのは多すぎたのかもしれませんから半分位にします。手が血でベトベトするけれどほら切れました。次もうまく切れるはずです。毛の束が多すぎないように―― 突然 後ろからナイフが奪い取られました。
「誰!邪魔しないで、返して!それがなくちゃ髪が切れないでしょ、返して」
ナイフを取り返そうと暴れます。




