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2-2 ネイビー伯爵家のみなさま

「ヒビキの部屋を見に行こうか」


歩き出した伯爵は時々、赤ちゃんをあやすようにちょっと揺すったり、背中を軽くたたいたりしながら廊下を進みます。


「ぼく、歩けます」

「いやいや 私は君が帰って来るのを待っていたんだ。ようやく会えたんだから、待っていた分までスキンシップを楽しませてもらうよ」

「そうよ 私だってザベスだって楽しみに待っていたのよ、ね?」

「ええ、そうですわ」


ぼくを抱いた伯爵を挟むようにしながら夫人とエリザベスも一緒に歩きます。その廊下は夢で見たのと同じで廊下で、お城のように豪華でした。


「さあ ここだよ 気に入ってくれるといいんだけどね」

「ヒビキの好きなものでだんだんに揃えたらいいと思って最低限のものしかないけれど ガッカリしないでね」

「わたしの部屋の隣なのよ」


 部屋はとても広くて、ぼくの家の……くらべるのは止めよう。ここがぼくの家、ぼくの部屋です。デスクに椅子にそれからソファとテーブル、伯爵がキョロキョロするぼくを降ろしてくれたので大きな窓に駆け寄りました。後ろから手を伸ばした伯爵がその窓を開けました。


「我が家の自慢の庭だよ。明日にでも案内しようかな」


夕焼けに照らされた庭はきちんと手入れがされた芝生が続いていました。黄色や白い花が咲いていて、甘い花の匂いもします。

 だいじょうぶです。これはあのオバケが出そうな庭ではありません。部屋はきちんと整えられていて、泣いている女の子は居なくて、エリザベスのお母上はここにいます。安心してペタリと座り込んだぼくを伯爵がまた抱き上げて隣室へ続くドアを開けるとそこにあるベッドにぼくを降ろしました。


「疲れているだろう 夕食まで休みなさい」


伯爵がぼくの靴を脱がせてくれて夫人がぼくの上着を脱がせてくれました。ぼくはされるがままにコロンとベッドに転がされて……眠りに落ちました。




 うーん、喉が渇いた、起きようかな?どうしようかな?な目をつぶったまま兄さまの方に手を伸ばすけれど誰も居ません。パリっとしたシーツの感触にはっとして目を開けると一人で知らない場所にいました。

 えっと……そうだ、ここはネイビー伯爵家です。いつの間にか柔らかい寝間着に着替えていました。ふわふわのベッドから下りようとしたら、転びました。


「どうしたの?」


女の人の声が聞こえて、同時にドアが開きました。

「大丈夫です」言う前にぼくはやさしく抱かれました。えーと誰?伯爵夫人?


「大丈夫?のどは乾いてない? お腹は?」

「はい 大丈夫で――」


グーグググー 

本当にお腹は空いていないのに、ぼくのお腹から音がしました。


「着替えましょうか?」


その人、伯爵夫人は、何も聞かなかったようにクローゼットの方へ連れて行ってくれます。


「奥様 わたくしたちが!」

「自分でできますから!」


水差しを持って入って来たメイド達がクローゼットから新品の服を出します、これを着るんですね?メイドに手渡される順に紺のシャツとズボンに急いで着替えました。


 もう 夜も遅いらしく廊下の窓からは月の光が差しています。


「きょうは、月が綺麗ね」

「はい」

「月は、好き?」

「はい」

「よく、眠れた?」

「はい」

「その服、似合ってるわよ」

「えっと、ありがとうございます」


ぎこちなく言葉を交わしながら、夫人と並んで人の気のない廊下を歩いて食堂に向かいます。

食堂はやっぱり夢で見た食堂でした。夢の中で一人寂しく食事をしていた男の子、ぼくは、その男の子の座っていた席に腰を下ろしました。


「大丈夫 一人じゃないよ」


あの男の子に小さな声で呼びかけます。夢で見たのはこの屋敷です。夢に見た男の子はぼくです。でも、まだ少ししか一緒に居ないけれど分かります、ぼくはひとりぼっちにはなりません。


「ここに母上もいるんだよ」

「母上!って呼んでくれるの!!」


隣に座っていた夫人が両手で口を押えて、目を見開いて嬉しそうに言いました。ぼくは夫人に言ったつもりは無かったのですが 違いますとは言えませんよね…


「そう そうよ、私があなたの母上よ!!!ねえ もう一回呼んでちょうだい」


勘違いですとは言えませんけれど母上と呼ぶのも勇気がいります。でも夫人は目を輝かせてぼくを見ています。期待に満ちた微笑みも浮かべています。なにより、今まで見た夫人のお顔のなかで一番輝いています。……逃げられませんね 


「…は はは うえ?」


 勇気と声を絞り出しますが 小さい声しか出ませんでした。


「はい。ねえ もう一度」

「ははうえ」

「もう一回!」

「ははう―うげ」


夫人、ではなくて母上にギュっと抱きしめられて変な声が出ました。ちょっと、けっこう苦しいです。けれど母上がぎゅっとしながらぼくの肩に顎を乗せて「嬉しい」とか呟いていて、ぼくも幸せな気持ちにもなりました。


 その後、終始ニコニコしている母上に見つめられながら夕食を頂きました。大きなテーブルで一人で食事、でも一人じゃないです。


「おやすみなさい」


ぼくの部屋の前で母上と別れます。ベッドは綺麗に整えられていました。窓の厚いカーテンを『よいしょ』と開けて月の光を部屋の中に入れました。それからベッドに入って布団に包まりました。


「おやすみなさい」


ぼくは自分でも誰に言っているのかわからないで言いました。






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