10 さようなら
天井が涙で曇ったことに気が付いて ゴシゴシと目をこすりました。
うん、いつもの天井です。
泣いていたって ぼくが明日 出発することは変わりませんから イイコトを考えようと思います。
うん 何と言っても ぼくが養子に行くなら
今までの養育費(本来の伯爵家の跡取りを育ててもらったお金) や 支度金もアイスブルー男爵家には沢山入るはずです。
それは 多分 あと10年位ぼくがこの家に居て 100回くらい 価値のある夢をみるよりも多いはずです。
そしたら
ぼくの夢見の通りに兄さまは学校へ行ける ドレスも10着はむりでも 姉さまとキャリーで一着ずつくらいは 買えるんじゃないかな?
うん いいことだらけだ。
ぼくは抱きしめてくれる兄さまに頭をぐりぐりと押し付けて 笑おうとしたけれど 涙が頬を伝わりました。
今日は 姉さまが黙って頭を撫でてくれました。
さようなら
兄さま 姉さま 母さま 父さま
キャリーは ぼくの事を覚えていてくれるでしょうか?
キャリーはまだ赤ちゃんですから多分 無理ですね
「ヒビキ 起きなさい」
いつの間にか眠っていたぼくは 母さまに起こされました。
ぼくが 目をこすると もう ぼくはいつものベッドの上ではなく”客室”のソファーに居ました。寝ている間に 連れて来られたようです。
窓の外からは日の光が差し込んでいますが いつも起きる時間よりも早いみたいです。
夕べは遅くまで 起きていたので 兄さまも姉さまも まだ眠っているのでしょう。
「王都は遠いから もう 出発するよ
本家からのお迎えは 昨日の夜は”星の宿”に泊まっていたから、もうお前の迎えに来てくれているからね」
兄さまのお下がりの、でも一張羅に着替えを終えたぼくを父さまが急かします。
兄さまたちにお別れを言う時間は無いらしいです。
父さまと母さまと一緒にエントランスに出るとそこにはこの前の執事さんが居ました。
「ヒビキ様 お迎えに上がりました。 私はネイビー伯爵家 筆頭執事ルディ・ミントンでございます。ルディとお呼びください」
執事さん、ルディはピシっとぼくにお辞儀をしますと 両親の方を向きました。
「アイスブルー男爵家の皆様 本日まで当家のヒビキ様をお育て頂きありがとうございました。」
執事さんは僕を軽々と抱き上げて 馬車に乗せました。
「執事さん待って! 父さま 母さま ありがとうございました お元気で! 兄さまと姉さまにもお元気でと伝えてください あと キャリーにも」
馬車のドアが閉まる前に、それだけをなんとか伝えました。
覚悟は決めていたはずなのに 急に寂しくなりました。
これが 夢だったらいいのに、だれかぼくを上の方に引き上げて!そう願いましたが、叶いませんでした。
これはゲンジツだからです。
馬車が走り出しました。
馬が2頭もついた大きな馬車で、シートもふかふかです。
ぼくの家族がみんな余裕で乗れそうな馬車ですけれど、今乗っているのは、ぼくとルディさんだけです。
ぼくの支度は何も要りませんでした。
ぼくの本当の家はネイビー伯爵家だから、なにも持って行ってはいけないしアイスブルー家の事は忘れなさいって、父さまに言われました。
ぼくの家のベッドよりもふかふかの椅子に埋もれるように座リます。 外を見たいなと思ったけれど、ぼくの背丈では窓まで届きません 残念です。
「失礼をお許しください」
ルディさんの声がして ぼくはルディさんに抱っこされていました。
窓に張り付くようにして 外を見ます。
鳥の羽が落ちていた道、兄さまと姉さまが帰って来るのを座って待っていた石…収穫祭の広場…
窓からの風景は いつもの風景なのにちょっと違って見えます。
人々はもう動き出していて 立派な馬車が通るのを口を開けてみている人も居ます。
「すごいでしょ」
そう言って、そう思って笑えばいいのに
「さようなら 」
ぼくは 声に出さずに、口だけ動かしました。
誰にでもなく 何にでもなく でも 全部に別れを告げながら、忘れなさいと言われたけれど、でも 忘れたくないと 目をいっぱいに見開いて 出来るだけたくさん見ておこうと思いました。




