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座敷ボッコたち

作者: 春名功武

 東北地方に、古くから「座敷ボッコ」の話が伝えられている。ある家に集まった10人の子供たちが、両手をつないでまるくなり、「大道めぐり、大道めぐり」というかけ声を叫びながら、ぐるぐるぐるぐる座敷のなかを回って遊んでいた。するといつのまにか、子供が1人増え11人になっていたのだ。1人も知らない顔がなく、1人も同じ顔がなく、それでも、何度数えても11人いる。大人がやって来て言う「だれか一人が座敷ボッコだ」。けれども誰が増えたのか、とにかく皆、自分だけは座敷ボッコではないと言い張るのであった。


 そんな座敷ボッコの話が、とある小学校で流行ったことがあった。


 男は小学5年生の担任教師をしていて、林間学校の引率をしていた。林間学校の三日目の夜の事。明日が最終日という事もあり、生徒たちは気が緩んでいた。男の受け持つクラスの数人のませた女子生徒が、部屋にやってきて、何か怖い話をしてくれとせがんだ。東北出身の男は、子供の頃に聞いた座敷ボッコの話をした。決して人に話してはならない系の言い伝えではなかったので、男も気軽に話した。


 話を聞いた女子生徒たちは、面白がって誰かに話したくなった。部屋に戻ると、同じ部屋のクラスメイトたちに話した。話を聞いた別の女子生徒たちも誰かに話したくなった。わざわざ別の部屋まで訪ねていくと、その部屋のクラスメイトたちに話した。その部屋の女子生徒たちも誰かに話したくなった。廊下でクラスの男子を見付けると、おもむろに話した。するとその男子生徒も誰かに話したくなった。急いで部屋に戻ると、同じ部屋のクラスメイトたちに話した。たまたまそこに別の部屋の男子生徒も混ざっていて、誰かに話したくなった。自分の部屋に戻ると、クラスメイトたちに話した。そんな風にどんどんと言い伝わっていき、あっという間にクラス中に知れ渡った。


 好奇心旺盛な子供たちは、話を聞いただけでは終わらない。実際にやってみることになった。生徒たちは両手をつないでまるくなり、「大道めぐり、大道めぐり」というかけ声を叫びながら、ぐるぐるぐるぐる部屋のなかをまわって遊んだ。そのクラスのどの部屋でも同じだった。


 何がそんなに面白いのか、生徒たちはキャハキャハと笑いながら、何度も何度も行った。消灯時間が過ぎても終わらなかった。布団からこそっと出ては、「大道めぐり、大道めぐり」と小声でかけ声をあげながら、ぐるぐるぐるぐる真っ暗な部屋のなかをまわって遊んだ。それは本当に何度も何度も続けられた。


 林間学校の朝は早い。6時半には宿泊施設の運動場で朝の集いが行われる。生徒たちがぞろぞろと建物から出て来ると、クラスごとに分かれて整列する。朝の集いは、学年主任の話から始まる。朝っぱらから、面白くもない退屈な話が長々と続く。生徒たちは寝ぼけ眼で聞いちゃあいない。そんな中、男は、自分の受持つクラスの列を見回し、口をあんぐりさせていた。


 5年生は全部で3クラス。1組が35人、3組は34人、男が受け持つ2組は34人のはずだが、パッと見ただけでも明らかに多い。34人以上いるのは明白。1組と3組の列に比べ、2組の列だけが群を抜いて長い。かなり長い。倍ではきかない。70人以上いるんじゃないだろうか。

「…多くないか」

 担任の男は怪訝そうに眉を寄せる。だが次の瞬間、昨晩の事が頭に思い浮かんだ。


 昨晩、生徒が部屋の中でドタバタと騒いでいたから、男は何度か注意した。あれは、座敷ボッコごっこをしていたのだろう。「大道めぐり、大道めぐり」と叫びながら、ぐるぐるぐるぐるとまわっていた。座敷ボッコごっこのせいで生徒が増えたのではないか。座敷ボッコの話に、真似をすると人数が増えるからやってはいけない、なんて聞いた事がなかった。だから男も生徒に話したのだ。しかし生徒が増えているのは事実。男が知らなかっただけで、そういう事なのかもしれない。


 座敷ボッコの話は、10人の子供が、いつしか11人に増えるといった物語。増えたのは1人。だが男のクラスは34人が70人以上に増えた。(怖くてまだ正確な人数は数えてない)増えすぎている。こんなにも増えたのは、生徒たちが何度も何度も繰り返し座敷ボッコごっこをしたからだろう。注意した時、廊下で正座させていれば、こんなにも増えてなかったんじゃないか。担任の男の顔に後悔が滲む。


 当の生徒たちも気付き始めたようだ。「えー」と目をひん剥いて驚いたり、「キャッ」と叫んで怖がったり、「何々」と気味悪がったり、中には面白がっている者もいた。みんな、座敷ボッコだと認識しているようで、顔を向かい合わせて、誰が座敷ボッコなのだろうかと、ガヤガヤと騒ぎだした。


「静かにしろ」「静かに」先生陣が騒ぎを鎮めようと注意を始めたが、2組の生徒の多さを目にすると、「えー」と目をひん剥いて驚いたり「キャッ」と叫んで怖がったり、「何々」と気味悪がったり、ガヤガヤと騒ぎ出した。


 他クラスの生徒たちの間でも知れ渡ったようだ。彼らも同様に、「えー」と目をひん剥いて驚いたり、「キャッ」と叫んで怖がったり、「何々」と気味悪がったり、ガヤガヤと騒ぎ出した。


 そんな中、学年主任だけは、未だに気付いておらず、(前からでは生徒が増えた事は分かりづらいようだ)誰一人聞いちゃいないくだらない話を長々と続けていた。


 男は、腕を組み考え込む。騒ぎも大きくなり始めた。何とかしなければならない。こうなったら、どの生徒が座敷ボッコなのか明らかにするしかない。しかし、座敷ボッコというのは、1人も知らない顔がなく、1人も同じ顔がなく、誰が増えたのか、どうしてもわからないのだ。果たして見極める事が出来るものか。だからといって、指を咥えて見ていても何の解決にもならない。可愛い教え子だ。さすがに分かるだろう。このクラスを受持って4カ月。思い出だってある。それにこうなってしまったのは、座敷ボッコの話をした自分にも責任がある。


 男は先頭の生徒から順番に、生徒なのか、座敷ボッコなのか、判断していくことにした。ひとりひとり顔を見て、名前を言っていく。座敷ボッコなら名前は出てこないはず。


 列の先頭は、鈴木一郎。紛れもなくうちのクラスの生徒だ。女子の先頭は、田中二葉。彼女もうちのクラスの生徒で間違いない。次が、山本三郎。はい、はい、うちの生徒だ。この調子なら、簡単に見分けられるかもしれない。そこでハッとなる。先頭から順番に名前だけを見ると、一郎、二葉、三郎。3人とも漢数字が入っていて、先頭から、一、二、三、と順番になっている。こんな偶然あるか。まさか3人共が座敷ボッコなのか。しかしどう見ても、知っている顔だし、うちのクラスの生徒だ。そもそも、一、二、三、と続いているからという理由で、座敷ボッコにはならんだろう。こんな偶然もあるのだろう。3人ともうちのクラスの生徒だ。


 次に進む事にした。次は、スミス・ナターシャ。顔を見た瞬間、はっきりと名前が浮かんだ。青い目をした金髪の白人女性。日本人が思う典型的な外国人。ちょっと待て。おかしいぞ。クラスに外国人なんていないはずだぞ。彼女は座敷ボッコだ。見付けたぞ。スミス・ナターシャは座敷ボッコだ。しかし次の瞬間、ナターシャとの思い出が頭の中に鮮明に浮かんだ。俺とした事が、危うく可愛い生徒を座敷ボッコにしてしまうところだった。ナターシャはうちのクラスの生徒だ。そもそも座敷ボッコは日本の妖怪だぞ。外国人に成りすますなんて、そんなトリッキーな事はしないだろう。疑ってすまん、ナターシャ。ソーリー。


 よし、次だ。ナターシャの斜め後ろの生徒に視線を向けると、マーク・オリバーとはっきりと名前が浮かんできた。また外国人か。だけど座敷ボッコは日本の妖怪だ。マークもうちのクラスの生徒だ。よし次だ。次の生徒の顔に視線を向けると、クロエ・ソフィアと名前が浮かんだ。また外国人。外国人多くないか。うちはこんなグローバルなクラスだったか。いやでも、座敷ボッコは日本の妖怪だ。クロエもうちのクラスの生徒だ。


 次だ次。その男子生徒の顔を見た瞬間、すぐに岩城隆史という名前が出てきたが、どうも座敷ボッコくさい。見た目が、小5にしては老けている。年齢を重ねた色気や渋さがある。それに彼の立ち姿から哀愁を感じるのだ。こんな哀愁を感じる小5がいるわけがない。こいつこそが、座敷ボッコだ。しかし次の瞬間、岩城隆史のあだ名が「哀愁」だった事を思い出す。彼はクラスメイトから「哀愁」「哀愁」と慕われているクラス1の人気者、哀愁こと岩城隆史じゃないか。哀愁の事を忘れるなんて、どうかしている。


 俺は生徒たちを端から疑ってかかっているのかもしれない。何にも捕らわれず、冷静に判断をしなければならないぞ。よし、次だ。左衛門三郎英明。顔を見て、すっと名前が出て来た。左衛門三郎英明。知らない顔じゃないし、名前もすんなり出て来た。だけど、怪しい。名前に馴染みがない。始めて言った気がする。言いづらい。そうなると、こいつは完全に座敷ボッコだ。見付けた。こんな変わった名前の生徒、うちのクラスにいない。座敷ボッコのヤツ、さすがにふざけすぎだ。そう思った瞬間、またしても、左衛門三郎英明との思い出が鮮明に現れた。彼も紛れもなく、うちのクラスの生徒だ。危うく座敷ボッコ扱いするところだった。


 さ、気を取り直して、次だ。南足隼人きたまくらはやと。頭の中に漢字と読み方まではっきりと浮かんだ。南の足と書いて、きたまくら、というのか。悩む必要なんてない。南と足で、きたまくら。こんなふざけた苗字があってたまるか。こいつこそが、座敷ボッコだ。こいつとの思い出なんてあるはずがない。完全に座敷ボッコだ。しかしまもなく思い出が浮かんできた。南足、ふざけた苗字なんて言って悪かった。南足もうちのクラスの生徒だ。


 どうなっている。まだひとりも座敷ボッコを見付けられてないぞ。気合いを入れろ。何が何でも座敷ボッコを見付けるんだ。よし、次だ。座敷没子ざしきぼっこ。顔を見た瞬間、パッと名前が浮かんだ。座敷没子?座敷ボッコ?おい、おい、そのままじゃないか。こいつこそは座敷ボッコだ。疑いようがない。だって名前がそうなんだから、そうだろう。座敷ボッコめ、手を抜きやがって。人間を嘗めるな。しかし頭の中に座敷没子との思い出が現れる。また違っていたようだ。彼女は学級委員長の座敷じゃないか。学級委員長を忘れてどうする。しかしまぎらわしい名前だな。座敷ボッコと思うじゃないか。座敷没子もれっきとしたうちのクラスの生徒だ。


 甘かった。1人も知らない顔がなく、1人も同じ顔がなく、全員の名前が言えた。誰が増えたのか、どうしてもわからない。生徒数はだいたい70人ぐらいだろうと思っていたが、勇気を出して数えたら81人もいた。


 34人だった生徒数が81人。47人も増えた。増えすぎだ。81人の生徒が並ぶ列に今一度目を向ける。林間学校を終える頃には、座敷ボッコは消えていなくなっているのだろうか。男は座敷ボッコの話の結末はどうだったかと思う。子供たちが10人から11人に増えて、この中の一人が座敷ボッコだとなる。けれども、誰が増えたのか、とにかく皆、自分だけは、座敷ボッコではないと言い張る。それで物語は終わっている。それ以降、どうなったのだ。座敷ボッコはいずれ消えていなくなるのだろうか。ずっと座敷ボッコがいるなんて事はあるのだろうか。


 もし、このまま座敷ボッコが消えなかったら、81人の生徒を受け持つ事になるのか。81人の生徒を指導しなくてはならないのか。男は重荷に感じて思わず後退ってしまう。34人でも手一杯なのに、81人なんてとてもじゃないが、1人では対応できない。それでなくても小学校教員は目が回るほどの激務だというのに…。そもそも今の教育現場は破綻している。多忙すぎる業務、生徒指導、モンスターペアレントの対応、やることが無限にある。あげればきりがない。生徒が増えれば、その分の負担も増える。これはどうにかしなければ。


 宿泊施設のその部屋は異様な光景だった。男の呼びかけで、林間学校に参加した先生たちが集まっている。目を血走らせ、気迫に溢れた顔なのは、今後の行く末はこれにかかっているからであろう。気持ちは一つであった。先生たちは、両手をつないでまるくなり、「大道めぐり、大道めぐり」というかけ声を叫びながら、ぐるぐるぐるぐる部屋のなかをまわり始める。こうなったら、教員を増やすしかない。


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[良い点] 生徒が増えまくってしまい、 しかもどれが増えた生徒か分からない。恐ろしいです。 オチは笑いましたw 給料はどうなるんでしょうか…。
[一言] 目には目を、座敷ボッコには座敷ボッコですね! 見た目だけでなくて思い出の記憶も捏造されるとは恐ろしい妖怪ですね!
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