八 悪魔襲来
【シャイタン、悪魔達が来ました!】
火神アグニの思念による御注進で、シャイタンは化身の目を開いた。
「ナヤク、チャッタン、起きて下さい! 悪魔が来ます!」
声を掛けて起き上がると、焚き火の向こうのナヤクと目が合った。
「おれは起きている」
焚き火の番をしてくれていたらしい。
(火神がいるから、寝て大丈夫だと言ってやればよかった……)
睡眠不足では、碌な戦力にならないだろう。後悔したシャイタンの視界の隅で、チャッタンが大欠伸をしながら起き上がった。老祭官は、ずれていた白い布を体に纏い直し、白木で作られた白杖を突いて立ち上がる。木々の枝を透かして、星の瞬く夜空を仰ぎ、朗々と述べた。
「星夜神ラートゥリーよ、少々騒がしく致しますが、華々しい初戦を御覧に入れますぞ」
ラートゥリーは星夜の女神だ。瞬く星々は、彼女の眼である。シャイタンも立ち上がり、夜空を見上げた。
「ラートゥリー」
密やかに口の中で呟く。
「予から見えぬ悪魔達の動きを、逐一教えよ」
【分かりました】
淑やかな声が、虚空から応じた。その声に被せるように、傍らでナヤクが声を張った。
「皆、起きよ! 悪魔が来る! 戦闘態勢を取れ!」
ざわざわとして、寝転んでいた兵達が起き上がり始めた。ナヤクと同じく焚き火番をしていた兵達は、いち早く立ち上がり、暗闇を見回している。宿営地は木立の中に設けてあり、焚き火のための枝や落ち葉には不自由しないが、見通しが悪い。
「アグニよ、辺りを照らせ」
シャイタンは命じた。直後、辺りの焚き火が全て伸び上がるように高く燃えて、木立の中と外を明々と浮かび上がらせる。
「助かる」
短く感謝を伝えてきたナヤクに、シャイタンは北を金杖で指して告げた。
「あちらから来ます」
「分かった」
ナヤクは闇に紛れる黒い円套の下から、弓と矢を取り出す。青年が弓に矢を番えて、そちらを狙って暫く、奇怪な声とともに悪魔達が現われた。
悪魔達の姿は、立ち向かう兵達と変わらない。彼らの本来の姿は、一つ目であるとか、長い腕を持っているとか、異常に痩せているとか、獣の顔をしているなどと言われているが、それは人間達の思い込みでしかないのだ。
(己と異なる文化を持つ者を敵と見なす。それが、人間の、救いがたい性質――。おまえ達は、さまざまな理由で相互に争い、戦い、血を流す――)
この悪魔達は、シャイタンの配下として創造されたに過ぎないが、成長しない人間達は、現実世界に戻せば、異なる文化を持つ相互を悪魔や鬼畜と呼ぶだろう。
(本当の悪魔の顔が見たければ、人間達よ、鏡を見るがいい)
皮肉な思いを懐きつつ、シャイタンは金杖を掲げた。