七 半神半人
チャッタンは料理に慣れているらしく、持参の鍋で牛酪を溶かし、岩塩の欠片を加え、菠薐草と玉葱を炒めて、砕いた胡桃を入れ、黒胡椒と鬱金で味を調えた後、蓮の葉に手早く盛り付けた。香ばしく、堪らない匂いだ。その横で、ナヤクは焼いた石に発酵乳で溶いた小麦粉を貼り付けて麺麭を焼き、同時に発酵乳に砂糖黍の汁で味を付け、飲み物を作っている。
(この二人の料理を、後二、三日は食べたいものだけれど……)
シャイタンが複雑な思いを懐きつつ見守る内、豪華な料理が目の前に並べられた。芳香が食欲を更に刺激する。シャイタンは舌鼓を打ちながら、菠薐草と玉葱を、焼き立ての麺麭とともに食べ、甘酸っぱい発酵乳を飲んだ。久し振りの食事で、些か食べ過ぎたかもしれない。残った料理を平らげていくナヤクとチャッタンに一言詫びて、シャイタンは早々に横になった。まだ遠いが、悪魔達が近づいてきている。
(彼らは人間を安眠させるつもりなどない……)
これまでの復活では、化身の祭官としては、人間達からできる限り距離を取って、傍観者として人間達の成長を観察していた。だが今度は、少々人間達との距離が近過ぎる。
(悪魔達には悪いけれど、今夜は、無慈悲に撃退しよう)
そのためにも、休養は大切である。化身には、食事だけでなく睡眠も必要だ。
「アグニ」
シャイタンは火神に囁いた。頼みもしないのに、ナヤクとチャッタンに手を貸して料理を楽しんでいた火神は、焚き火の姿のまま、こちらを見る。シャイタンは密やかに命じた。
「悪魔達がここまで来たら、予を起こせ」
【了解しました!】
火神は、景気よく火の粉を散らせて頷いた。
伝説の聖仙らしい祭官は、さっさと眠りに就いたらしい。落ち葉の上に寝転んだ小柄な体から、可愛らしい寝息が聞こえ始めた。
「……話の続きだけれど」
ナヤクは前置きして、自前の鍋を綺麗に舐めているチャッタンに問う。
「アアシャは半神半人だという根拠は、何かあるのか?」
年若い祭官が目覚める直前まで、ナヤクは感じていた疑問を、この年老いた祭官にぶつけていた。その話の続きである。
「全てでございますよ」
禿頭の祭官は、鍋から顔を上げ、歯の少なくなった口で笑った。
「この若さで呪力を身に着けておられること、体の異常に丈夫なこと、そして、女子であること。全てが、このお方が半神半人であると示しております。恐らく、半神半人の祭官一族の御出身であられましょう。それゆえ、若くして女子であっても、これだけの呪力をお持ちなのですよ」
(やっぱり、女子なのか……)
年若い祭官は、体に巻いた幅広の白い布の下に、同じく白い布の腰巻きと胸当てしか身に着けていないので、運んでくる最中にも、何となく体の形が察せられた。今は、こちらに背を向けて横たわっているので表情は分からないが、安心し切って寝ている様子だ。
(度胸も呪力も凄まじいのに、妙に可愛いのは、女の子だからかな……)
先ほど、とても嬉しげに料理を頬張っていた顔も愛らしかった。
(おれが、あんたを守れるほど強かったらいいんだけれど)
この祭官――聖仙のほうが、自分より何倍も強い。
(いざとなったら、あんたの盾くらいには、なれるといいな……)
正直言えば、ここまで運んできたことを、多少後悔していた。あのまま検問所に置き去りにすれば、もしかしたら、この祭官は、魔王討伐軍への参加を諦めたかもしれない。
(少なくとも、あんたを先に死なせるようなことはしないから)
静かに決意して、ナヤクは焚き火の番を続けた。