六 宿営地食
目を開けると、辺りが暗かった。夜になったらしい。回復に少々時間がかかってしまった。
「気がついたか」
間近からナヤクに覗き込まれて、シャイタンは目を瞬いた。夜の所為か、頭の黒布を取った青年は、焚き火に照らされて、切れ長の両眼で睨んでくる。怒っているらしい。
「何故、おれを庇った?」
冷ややかに問われて、シャイタンは決まり文句で答えた。
「わたしは、天才で最強ですから」
「それでも、死ぬ時は死ぬ」
青年は厳しく言う。
「命を粗末にしたら駄目だ」
「あなたにだけは、言われたくないですが……」
憮然として言い返し、シャイタンは上体を起こした。回復した体は問題なく動く。
「ここは……?」
辺りを見回したシャイタンに、ナヤクはまだ不機嫌な声で告げた。
「パタール王国とサアダ王国の国境沿いを通って、レギスタン王国へ向かっているんだ。ここは、今夜の宿営地。遠征に連れてきてよかったんだよね……?」
確認されて、シャイタンは苦笑した。小柄な化身とはいえ、ずっと運んでくるのは大変だったはずだ。
「勿論です。運んで頂いて感謝します」
「あんたには命を救われた。この程度、何の返礼にもならない」
淡々と呟き、青年は傍の焚き火に枝をくべた。殆ど無表情で分かりにくいが、まるで拗ねているような横顔だ。
「なら、返礼として、わたしに食事を振る舞って下さい」
シャイタンは要求した。化身は腹が減る。シャイタンにとって、食事こそ、化身になった時の最大の楽しみだった。
「ああ、それなら、かなりいろいろ用意できる。おれの料理の腕はそこそこだけれど、助っ人もいる」
ナヤクは言いながら背後を振り向く。シャイタンがその暗がりへ視線を向けると、まず、小柄な禿頭の老人が目に入った。
「これはこれは、お目汚しを」
老人は長い髭を揺らめかせて笑み、深い皺を刻んで目を細める。
「それがしは、あなた様には比べるべくもない、しがない祭官にて、チャッタンと申します。以後お見知りおきを」
「気を失ったあんたを診てくれたんだ」
ナヤクが言い添えた。
「それは、お世話になりました。ありがとうございます」
とりあえず礼を述べたシャイタンに、年老いた祭官は微笑んだまま首を横に振った。
「いえいえ、それがしの助けなぞ、何の必要もありませなんだ。あなた様の体は、自ずから御回復されましたからな。さすが、伝説の聖仙と感服致しました」
「お陰で、食べ物に困らずに済みそうなんだ。みんなが、あんたに布施を渡したいと言って、いろいろ置いていったから」
ナヤクがまた言葉を添えた。成るほど、チャッタンとナヤクの間には、こんもりと穀物や乳製品、黄金製品などが盛り上げられ、その向こうには、馬が三頭佇んでいる。
「そんなに期待されても、困るんですけれどね……」
シャイタンは失笑した。布施を祭官に渡す行為は、神魔へ供物を捧げる祭式へと繋がる。即ち、神魔への取りなしを頼まれた形だ。
(神魔をけしかけているのは、予なのだけれどね……)
目を伏せたシャイタンに、ナヤクが僅かに胸を張って言った。
「たくさん作るから、たくさん食べて早く元気になるといい」