五 聖仙伝説
(不甲斐ない者から順に輪廻へ戻してしまうよ? さて、総司令官や王はどうする……?)
検問所の屋上を見据えたシャイタンの横で、不意にナヤクが纏った円套の下から弓と矢を出した。そのまま弓に矢を番え、躊躇いもなく頭上遥かに佇むインドラを狙う。
「愚かですね、インドラの標的があなた一人に絞られますよ」
冷ややかに諭したシャイタンに耳を貸すことなく、ナヤクは矢を放った。矢は吸い込まれるように、僅かな弧を描いてインドラへと飛んでいく。その矢を見つめて、ナヤクは短く答えた。
「それでいい。父上を守れる」
覚悟の上らしい。逃げる気はないのだ。シャイタンは顔をしかめた。
(まずいな。ここでインドラを止めれば、不自然に過ぎる)
インドラは、向かってくる矢を軽く躱し、笑みを大きくして、雷撃を生み出す金剛杵ヴァジュラを振り被っている。ナヤクは次の矢を弓に番えた。雷撃を撃ち落とせるとでも思っているのだろうか。
「アアシャは離れていろ。巻き添えになる」
空を睨んだ青年に短く言われて、シャイタンは微苦笑した。
(インドラをけしかけたのは予だ。気遣ってどうする)
直後、インドラの金剛杵が振り下ろされ、応じてナヤクが第二矢を放つ。同時に、シャイタンは金杖を高く掲げた。矢を一瞬で消し炭にした雷撃は、ナヤクに当たる直前、シャイタンの金杖に落ち――。
「がっ」
呻いて、シャイタンは地面に両膝を突いた。自業自得とはいえ、雷撃に貫かれる痛みは凄まじい。
「アアシャ!」
叫んだナヤクに、抱き抱えられた。
(愚か者、まだ、予の体には……)
地面まで行かず僅かに残っていた雷に感電して、ナヤクの体が震える。けれど、青年はアアシャの体を離さなかった。そのまま、インドラから守るようにアアシャの体を抱え込む。シャイタンは仕方なく口の中で命じた。
「インドラ、去れ」
【何だ、もういいのか】
インドラはつまらなそうに呟いてから、気配を消した。全く、やんちゃな神魔である――。
「あの祭官、インドラを退けたぞ……!」
逃げ惑っていた兵達の中から、声が上がった。その言葉に触発されて、兵達が口々に言い始める。
「聖仙か……?」
「生きてるのか……?」
「聖仙だ、聖仙に違いない……!」
「おれ、知ってるぞ……! 『魔王蘇る時、聖仙もまた現る』って伝説があるんだ! 婆様が言ってた……!」
(勝手な伝説を作るものだ……)
聖仙とは、呪力に優れ、神魔をも降す伝説上の祭官を指す言葉だ。呆れたシャイタンの体を、ナヤクが抱き上げた。
「すぐ他の祭官のところに連れていくから、気をしっかり持て。絶対に気を抜くな……!」
切羽詰まった口調で叱咤激励されて、シャイタンは口の端で笑ってしまう。
(予は死なぬ。予は滅びぬ。衝撃を受けて、少々動作が鈍ろうと、またすぐに回復する。予を滅ぼすには、おまえ達が精神的に成長して、相互に助け合い認め合う世界を作るしかない……)
「アアシャ、目を開けるんだ……!」
ナヤクに体を揺すられている。目が開かなくなっているので、随分と案じられているらしい。
(心配する必要など、欠片もないのに……)
シャイタンは溜め息をついた。しかし、状態を回復するため、暫く動作を停止する必要がある。
「わたしは、天才で最強……ですから、心配……ありません……」
呟いて、シャイタンは化身の動作を一時停止した。