四 絶望魔王
「わが祖父ラダクの御代に討伐された魔王が、再び復活した。魔王は、そなたらも知っての通り、神魔達を従え、われらを滅ぼさんとする、意思持つ災害である」
サイニクの演説に、シャイタンは悲しく微笑んだ。まさにその通りだ。ただ、魔王たる自分の存在意義については、人間達の誰一人、知りはしないだろう。
「魔王軍は既に、魔王領に近いウッチャブーミ王国やレギスタン王国へ侵攻を始めている。また、魔王軍の先兵たる悪魔どもが、魔王領から離れたわが国やサアダ王国、マハサガール王国でも多数確認された。勇士達よ、われらはすぐに行動を起こさねばならぬ!」
サイニクが名を挙げたウッチャブーミは名の通り高地にある王国、レギスタン王国も名の通り砂漠にある王国である。
(ウッチャブーミは闊歩神ヴィシュヌに、レギスタンは魔蛇ヴルトゥラに任せたが、さすが早い……。今度の復活でも、かなり人間達を追い詰めることになりそうだな……)
複雑な思いで溜め息をついたシャイタンの斜め上で、ナヤクがぽつりと言った。
「何故、魔王は人間を滅ぼしたいんだろうね……?」
素朴な疑問に、シャイタンは自嘲する。
「きっと、人間という存在に絶望しているからですよ。人間が戦争を起こすたびに復活するのは、同じ過ちを繰り返す人間達に、怒りと悲しみを示すためかもしれませんね」
「……それは、つまり、絶望していない、ということだろう? 怒りと悲しみを示せば、何かが伝わると思っているのなら」
あっさりと言い返されて、シャイタンは青年の顔を見上げた。見下ろしてくる琥珀色の双眸には、訝しむ色はあっても、からかう色はなく、ただ真摯だ。真っ直ぐに目を合わせていると、何かを悟られてしまいそうで、シャイタンは自分から視線を外した。そこへ、屋上のサイニクの、更に張り上げた声が響く。
「では、今より魔王討伐軍の編成に入る。以後は、これなる総司令官タルヴァールの指示に従え」
紹介されて屋上の上に新たに姿を見せたのは、三十代後半に見える褐色の肌の男だった。
「サアダ人だ」
隣でナヤクが呟いた。成るほど、パタール王の次はサアダ人の総司令官を登場させて、両国の力関係の均衡を保っているのだ。
(人間も、少しは賢くなっているのか……。だが、小手先だけでは、精神的な成長にはほど遠い)
シャイタンは、口の中で命じた。
「インドラ、人間達の本性を見るため、少し脅してやるがいい」
【承知】
思念で返事があり、直後、頭上で雷鳴が轟いた。雷霆神インドラのお出ましだ。髪も肌も茶褐色の筋骨隆々とした神魔が、中天に浮かび、にっと笑って雷撃を放たんとするさまに、広場の兵達の多くが逃げ惑い始めた。