二 追放王子
砂塵が徐々に薄れていくと、傍らに立って見上げてくる子どもと目が合った。円套を掴まれたまま、広場の反対側まで連れてこられている。
「助かった。感謝する」
ナヤクが礼を述べると、年若い祭官は、円套を放して再び溜め息をついた。
「『追放王子』などという存在が、まだいるとは、呆れるばかりです。あなた方は、余ほど、そういう話が好きなんですね」
呆れたように言われて、ナヤクの胸は微かに痛んだ。この境遇が単なるお話であれば、どれほどよかったろう。だが現実に、自分の所為で、母は王宮を追われた。女手一つでナヤクを育て上げ、今はサアダ王国の辺境で、細々と暮らしている。二国間の戦争が勃発した十日前には、更に遠く、海に面したマハサガール王国まで逃れようと相談した。
「おれは別に、物語の登場人物ではない」
ナヤクが淡々と否定すると、祭官は肩を竦めた。
「失礼しました。あなたにとってはそうですね」
目尻のすっきりとした大きな両眼が、僅かに済まなそうにナヤクを見つめる。黒い双眸は、黒曜石のように美しかった。
「しかし、あんた若いな。その若さで祭官になれるということは、随分と才能に恵まれているんだろう? いずれの宮殿、寺院に仕えているのか知らないけれど、何故こんなところへ来た?」
ナヤクは頭と顔に元通り黒布を巻きながら問うた。過去に幾度も行なわれた魔王討伐では、毎度、万を超える死者が出ていると聞く。才能に恵まれた年若い祭官が来るところとは思えなかった。
「わたしは天才で、充分役に立てるからですよ」
さらりと答えて、祭官は問い返してくる。
「あなたのほうこそ、追放王子が国のためもないでしょう? 何故ここにいるんです?」
ナヤクは真顔で告げた。
「まさに、国のためだ。追放王子が国を守るために戦ったら奇妙か?」
「とても奇妙です」
祭官は、訝しげに言う。
「追放王子とは、即ち、誰かの夢見や占いで、将来、王の命を奪うと予言されて幼い内に国から追放される、あれでしょう? 根拠に乏しい理由で自分を追放した国を、何故守りたいと思うんです? 将来、実際に父王を殺して、王になるためですか?」
「根拠は、この髪と肌と瞳だ。おれのこの外見の所為で、母上は太陽神との不義を疑われ、おれはいずれ父上の命を狙うと予言されて、一緒に追放された」
ナヤクは、事情を知らないらしい年若い祭官に、簡潔に説明した。
「それなら、尚更、奇妙ですが」
小首を傾げた祭官に、ナヤクは微笑む。
「母上は、未だ父上を愛しておられるし、国には、父上の他にも、兄上達も姉上達もいる。おれはただ、家族を守りたいだけだ」
「成るほど……。まさしく勇士――ナヤクですね」
真顔で讃えられて、ナヤクはやるせなく微笑みを消した。
「そんな立派なものではないよ。ナヤク――勇士という名は、母上が付けてくれたものだけれど、おれは今までずっと、自分の身を守るために祖国から逃げ続けてきた。この辺りで少し、勇士らしいことをしてみたいと気紛れを起こしたに過ぎない」
「命を懸けて?」
年若い祭官の双眸が、全てを見透かすかのようにナヤクを見据えた。魔王討伐の第一陣となる、今日集まった自分達が全滅する可能性は高い。ナヤクは頷いた。
「ああ、命を懸けて。命を懸けて、おれは、父上に、存在意義を認めて頂きたいんだ」