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幼女魔王――第1章――

作者: 乙女座野郎

第1章が完結したため、短編の方にまとめました。

***プロローグ***



 真理を教えよう。

 この世界は彼中心に回っている。

 彼が死ねば、未来はない。

 彼が生まれなければ、過去はない。

 息をし、道を歩き、誰かと出会う。

 主人公たる彼が存在し、初めて時間は動き始めるのだ。


 しかし、例えばの話。


 観測者と主人公が(イコール)でないとすればどうか。

 主人公のいない物語に未来などない。

 観測者のいない物語に過去などない。


 民の希望となり得る勇者が魔王を撃ち滅ぼすために旅へ出る。

 勇者は数多の魔物と戦った。勇者は数多の仲間と出会った。勇者は伝説の剣を手に入れた。

 世界を二分する人間と魔族。

 魔王は一つの提案をする。

 貴様に世界の半分をやろう。

 勇者は拳を握り締める。

 貴様ら魔族のせいでどれだけの罪無き者が亡くなったか。

 交渉の決裂と力の衝突。

 勇者の剣が魔王の左腕を斬り裂いた。

 魔王の魔法が勇者の片目を抉った。

 互いに満身創痍。

 これで終わる、この数百年続いた戦いに決着が着く。

 最後の衝突。


 だが、そこに誤算が生じた。


 魔王は不敵な笑みを浮かべ、遥か上空から稲妻を放つ。

 それは勇者を貫く事はなかった。

 代わりに勇者の仲間の一人、魔法使いの心臓を貫いてしまった。

 咄嗟のことで魔王以外の誰もが驚いた。

 この局面でなぜ魔法使いを殺したのか。

 勇者の剣は止まらない。

 悲痛の叫びを上げながら、光り輝く伝説の剣は真っ直ぐと魔王の胴体目掛けて――


 話はここでお終いである。

 世界を恐怖に陥れた魔の王は死んだのか。

 勇者は世界を救えたのか。

 誰も分からない。


 魔王は気付いたのだ。

 世界の真理に。


 勇者が仲間集めをしている時。勇者が村人を助けている時。勇者が失われたはずの遺跡から伝説の剣を引き抜いた時。

 勇者が……”世界記録アカシックレコード”に沿って人生を過ごしている時に。


 魔王は独り、気付いたのだ。

 どんなに強力な魔法を使おうと。

 どんなに強大な魔物を従えようと。

 どんなに強靭な身体を手に入れようと。

 その全てを勇者は薙ぎ倒し、”世界記録アカシックレコード”に従い我を殺すだろうと。


 だから、賭けた。


 運命が我を殺すなら。

 世界が我を拒絶するなら。

 世界記録アカシックレコードが全てを無に帰すなら。


 その悉くを凌駕して、まだ見ぬ神に抗ってやる。

 己の力で変えられるモノを、我は”運命”などと呼ばない。



***第1話 転生***



 四方を真っ白な霧で囲まれた空間。

 中央にはお客様用のソファーとテーブルが一つずつ。


「――ということで、貴方が無事転生者に選ばれました」


「説明が随分と雑だなぁ」


 天使の輪っかがお似合いの豊満な女性は機械地味た笑顔を浮かべる。

 この異質な空間に来る前、何度も見た顔だ。

 喉元まで胃液がこみ上げてくる。


「うるさいですね。下民くせに」


「急に口が悪くなったなぁ、おたく」


「女神にむかって”おたく”とは……いっぺん、死んでみますか?」


「死人に”死んでみる”とは、また洒落たギャクだこと」


「あら、気付いていたのですね」


「実感はあまり無いがね。それと、その笑顔はやめてくれると助かるんだが」


「随分な物言いですね」


「気を悪くしたなら謝る。だけど、その鉄仮面を張り付けたような顔を見ると色々思い出すんだ」


「……そうですか。まあ、私も疲れるので良いでしょう」


 大きな溜息と共に女性は金メッキの椅子に腰掛けた。

 支えとしての機能を果たす大杖は独りでに壁へ寄りかかる。


「何か質問は?」


「その転生者とやら、拒否権は用意されていたり?」


「ある訳無いじゃないですか。生前の馬鹿さ加減は死んでも治っていないようですね」


「おっと、これは手厳しい」


「貴方のうっすい情報ヒストリアは閲覧しましたから」


情報ヒストリア?」


荒巻あらまきしおり、性別は男、死亡時の年齢二十七歳、休日はジャージかトレーナー、それ以外の日はスーツにネクタイ、平凡な家庭に生まれた第一子で、嘘を吐く時は後頭部を右手で掻く癖がある」


「自己紹介の手間が省けてなにより」


 打ち合わせ場所に向かう途中で車のトラブルに巻き込まれ、事故を起こしたところまでは憶えている。

 だがその先は思い出せない。

 高速道路に合流するためアクセルを踏み、バックミラーに大型トラックが映り込んだ景色。

 それが最後だった。


己等おいらは何をすればいい」


「あら、いきなり本題ですね」


 解読不能の文字列も、物理法則無視の空間も、彼女さえも。

 今理解できる事は少なく、たとえ理解したとしても現実は変わらない。


「荒巻栞さん、貴方にはこの世界でやって頂きことがあります」


 どうぞこちらへ、と案内されたのは剣と魔法が交わるファンタジー世界の上空。

 見下ろすと村や街、お城まで見える。

 場面が移り変わった。

 人と人ならざる者が戦っている。


「貴方と同じ造形の者は人族、異質な造形をした者が魔族になります」


 戦闘の映像は衣服や武具を変えながら永遠と流れた。

 時には剣、また時には魔法を使い、血で血を洗う争いが果てしなく続く。

 しかし、そこに転機が訪れた。

 屈強な鎧と光り輝く剣を手にした人族の王。またその者に付き従う複数人の仲間。

 彼らは均衡を保っていた魔族との闘いに終止符を打つべく誕生した、勇者の一党パーティーだった。


「勇者の一党は均衡していた魔族との抗争を徐々に圧倒し、やがて魔族の王の元へ辿り着きます」


 勇者と魔王の実力は五分と五分。

 さすれば、勝負は赤子同士の戦いに同じ。

 ここでも長き戦いが起きる。


「しかし、そこは魔族の王。勇者が徐々に劣勢を強いられます」


 魔界と呼ばれる場所の地の利は魔族に有り。

 時間が経つにつれて勇者には疲労を、魔王には英知を授ける。


「傍目から見ても明らかに勇者が押され始めた頃、魔王は奥の手を次々と披露します」


 実力は五分五分。

 そんなものは幻想だった。

 最初から魔王の力が圧倒的だったのだ。


 勇者の心は折れかかる。

 伝説の鎧は既に朽ち果て、伝説の剣は刀身が真っ二つ。

 体力も気力も尽きた。

 満身創痍。

 そんな言葉がお似合いの状態。


「勇者は遂に魔王の前で膝を付きます」


 どこで間違えたのか。

 奴に勝つにはどうすればよかったのか。

 諦めたくない。

 世界を救うなんて大きな事は分からない。

 でも、ここまで一緒に過ごした仲間を失いたくはない。


「そんな中、勇者に声を掛けたのは一番長く旅をした仲間の一人でした」


 どんなに強力な魔法を使おうと。

 どんなに強大な魔物を従えようと。

 どんなに強靭な身体を手に入れようと。

 その全てを勇者は薙ぎ倒し、魔王を再び窮地に立たせる。


「長い、長い戦いでした。しかし、始まりがあれば終わりがあります」


 お互い手を出し尽くし、最後の一戦。


「勇者が魔王を打ち滅ぼした?」


「いいえ」


「なら勇者は負けたのか?」


「まさか」


「魔王が勇者の仲間になった?」


「不正解です。勿論、その逆でもありません」


己等おいらに意地悪してる?」


「少しだけ」


「そこは”まさか”って言ってほしかったなぁ」


 私、嘘付くの苦手なんです。

 そう言い放つ彼女は舌をペロッと出し、悪びれる様子はない。


「んで、結局はどうなったんだい?」


「どうにもなりませんでした」


 女神は至極当然のように言い放つ。

 始まりがあれば終わりがある。

 つい数十秒前の彼女の言葉だ。


「この世界はここで終わっています」


「もう少し分かりやすく説明してくれませんかねぇ」


「そのままの意味ですよ。”観測者”が最後の一戦を観測出来なかったんです」


「また小難しいことを」


「正確に言うなら、あの戦いの観測者だった魔法使いが死んだんです」


勇者一党パーティーの一人?」


「そうです。最後の一戦は魔法使いが魔王の死を見届け、勇者の勝利でめでたしめでたし、でした」


 決戦を前にし、魔王は何故か勇者を狙わず魔法使いを狙って魔法を放った。

 誰もが驚いた。想定や予想など陳腐な言葉は崩れ去った。


「本人は自分が死んだことなど気付かず、この世界は観測者の死という異常な幕切れで終わりました、めでたしめでたし――なんて、”世界記録アカシックレコード”が認める訳がありません」


「……己等おいらに”観測者”となってその戦いを見届けてこい、ということか」


「理解が早くて助かります」


「だけど、いきなりそんな舞台に己等が登場することを世界記録アカシックレコードとやらは認めるのか?」


「認めるわけないじゃないですか。生前の馬鹿さ加減は死んでも治っていな――」


「そのくだりはさっき聞いた」


「あら、そうでしたっけ」


 四方の霧が晴れる。

 床下には広大な大地が広がっていた。


「観測者となる以上、最初から世界に存在していないといけません」


 大杖が上空から姿を現す。

 女神は再び機械地味た笑顔を顔面に張り付けた。


「では、これから貴方を魔王の最後を見届ける”観測者”として任命します」


 身体がフワリと浮かび上がる。


「あ、勝手に死なないでくださいね。このくだりを繰り返すのも、そろそろ飽きてきましたから」


 流れ星となり、荒巻栞は床下の世界へ落下し始めた。

 大地の名はエルドラード。

 異世界生活のはじまり、はじまり。



***第2話 幼女との出会い***



 鬱蒼と茂った木々の中。

 足元を小動物が走り去る。

 視界の奥に崩れた遺跡が見えた。

 足早に駆け寄る。


「焦げた跡に大きな爪痕、か」


 そっと壁に手を添える。

 建物の崩壊は風化だけのものではない。

 人為的な傷跡も多い。

 ここで何か大きな衝突が有ったようだ。

 いつの話だろうか。


「我の城になんのようだ!」


 背後からの声に振り返る。

 赤毛の幼女。

 手には沢山の木の実。

 赤、オレンジ、薄緑のものまで。

 どれも見た事はない。


「こ、ここを魔王城と知ってのおこないか!」


「なに?」


「ひゃっ!」


 そそくさと大木の影へ身を潜める。

 折角拾った木の実がボロボロ地面へ落ちた。


 荒牧は再び遺跡を見上げる。

 天井は空からの飛来物を遮ることは難しく、壁は風を遮断するには心許ない。

 朽ち果て、崩壊の一途をたどるだけの建物。

 これが魔王城だと言うのか。

 それに”我の城”だと。


「お嬢ちゃん」


「なんだっ!」


「これが魔王城と言うのは本当?」


「我を嘘つき呼ばわりする気か!」


「そしてお嬢ちゃんが魔王さん?」


「魔王は我が父上、我は魔王の娘である!」


 彼女に嘘の気配はない。

 瞳に映る像が真実。

 ならここは勇者によって魔王が敗れた後の時代ということか。


 だが、そうなると女神が自分に嘘を吐いたことになる。

 彼女は言った。

 ”観測者”として魔王の最後を見届けて欲しいと。

 どんな話をしても、相手に拒否権の無い状態で嘘など意味がないはず。


 ではやはり、目の前の幼女が嘘を吐いているのか。


「もう一度きく! 我の城になんのようだ!」


「おひとつ、質問いいかな」


「……何について知りたい」


「お嬢ちゃん、勇者は知っているかな」


「ユウシャ? それはどこの種族の者のことだ?」


 彼女の反応はあまりにも残酷だった。

 廃墟は元魔王城。彼女は魔王の娘。勇者など知らない。

 城の主である魔王は既にこの世にいない可能性が非情に高い。だから元魔王城を魔王の娘が”我の”などと宣わっている。


 ここから導き出される推測は一つ。


 あの映像で戦っていた魔王とは彼女であり。


「……うんうん、やっぱり何でもないや」


 今はまだ幼く、小さい。


「ん? もういいのか?」


 そして任命された”観測者”とは。


「なら、次は我の質問に答えてもらおう!」


 魔族側の者としての観測者だった。



***第3話 刺客登場***



 ある程度の常識が通用しないのは予想していた。

 魔王や勇者が存在する上、魔法が飛び交う世界に来たのだから。

 でもまさか、魔族側の観測者に任命されるとは。


「次はきさまが答える番だぞ!」


 てっきり勇者側の魔法使いに転生されると思っていたが。


「まずはその木陰から出てきたらどう?」


 周囲に人影は見当たらない。

 木々に囲まれた古の遺跡に幼女が一人。


「わ、我はここがお気に入りなのだ」


 人間が魔界側にいたら、色々不味いのは何となく察しが付く。

 これは異種族同士の抗争。

 敵地のど真ん中に丸腰で飛ばすなんて非道、流石の女神でもはばかられるだろう。

 なら自分は人間なのか。

 魔族側の観測者に人間のまま転生させることなど、愚の骨頂この上ない。


「我の城になんのようだ!」


「うーん、なんて言ったら良いかな……偶然辿り着いた的な?」


「……そうなのか?」


「実は己等おいら、実物の城を見るのは初めてなんだよ」


「そうならなぜ早く言わんのだ。まったく仕方のない奴め」


 燃え盛るような赤髪、両腕に奇妙な刺青いれずみ模様。

 見た目年齢は十二、童顔だとしても十四ほど。

 だが彼女は魔族。

 見た目年齢と実年齢が(イコール)かと問えば、往々にして桁違いの差があったりなかったり。


「どうじゃ、我が城の感想は」


「想像を絶するほどボロいねぇ」


 まずは感情を煽ってみる。

 自慢のいえを馬鹿にされたのだ。

 先ほどからのやり取りから、怒りが外面にはみ出すはず。


「そうじゃな、貴様の言う通りかもしれん」


 返ってきた言葉に怒気は籠らず。

 予想外ではあるが、想定内の結末だった。


「父上がいた頃は、もっと立派だったのじゃ」


「魔王さんは不在?」


「別居中じゃ」


「お互い同意の上で?」


「痛いところ突くの……外的要因じゃよ」


 城の崩壊具合は風化だけではない。

 爪痕に人為的な風穴、それに血痕と思しき赤黒いシミまである。

 外的要因による別居。

 つまりは何者かに襲われたということ。

 ”勇者”ではない誰かに。


「早く一緒に住めると良いね」


「そうじゃな」


「にしても、先ほどからやたら流暢に言葉を話すようになったな、おたく」


「何を言っておる。貴様の言葉が流暢になったのだ」


 この空間に身体が適用し始めている。

 相手の言葉を聞きやすくなったのも、それが原因。


「初めは拙い言葉をはな――っ!」


 鬼の形相で幼女は己等の頭部を地面に叩きつけた。

 先ほどまであったお互いの距離は、一瞬にして縮まってしまった。

 額からの流血が瞼を赤く染める。


「あら、外してしまいましたか」


 妖艶な声が木霊する。

 幼女の声ではない。


「我が城で待ち伏せとは、随分と舐めた真似をしてくれたな」


「そんなに怒らないで欲しいわ、どうせ斬れなかったんですから」


 長さ二、三メートル程の得物を振り上げ、刺客は口角を上げる。

 斧槍ハルバード

 槍の穂先に斧頭、その反対側に突起ピックが取り付けられている。

 斬る、突く、断つ、払うの多種用途可能武器。

 適当に振り回して機能する物ではない。


「何者じゃ、貴様」


「貴方を殺しにきた者、とだけ」


 掲げられた斧頭が頭上に影を生む。

 魔王の娘はお荷物(おいら)を抱えながら廃墟しろの中に転がり込んだ。

 地面越しに伝わる振動。

 見た目に似合わず、刺客はか細い腕で重量級の得物を振り回す。


「我を殺すにしては、狙いが定まらんな」


「あら、私の狙いは最初から変えていないわよ」


「だったら、どうして我ではなく、この者を狙う」


 二度に亘る斬撃は幼女を狙わず。

 狙われていたのは。


(しょう)を射んと(ほっ)すれば、()ず馬を射よ。こう見えて慎重なの、私」


 (しょう)を射んと(ほっ)すれば、()ず馬を射よ。

 目的を達成するためには、まずは周辺から片付けていくのが成功への近道。


 しょうじょを射んと欲すれば、先ずはあらまきを射よ。

 今までの数少ない攻防で刺客はそう判断した。


「魔族魔道種。先代魔王の種族だそうね」


「人間のくせに物知りじゃの」


「言ったはずよ、私、こう見えて慎重なの――よっ!」


 斧槍の穂先が壁を打った。

 次々と広がる白壁の亀裂。

 やがて、それは建物全体を覆った。

 如何せん、最初から崩壊寸前の代物。

 強い衝撃一つで、城は簡単に柱を失う。


 再びお荷物(おいら)を抱え、幼女は崩れ落ちる天井を避けながら後方の出口を目指す。

 建物は最初から穴だらけ。人の出入りが可能な場所は幾つも存在した。

 だが、それは身一つの話。

 誰かを抱えながら抜けるには、多少大きな穴でないといけなかった。


 そして、そんな出口は一つしか存在しなかった。


「貴方はもう少し、慎重に動いた方がいいわよ」


 振り落とされた斧槍。

 獲物を捉えた一撃は、今までの比では無かった。



***第4話 刺客と衝突***



 視界を覆い尽くす真っ赤な何か。

 それが幼女の髪だと気付いたのは、動かない左脚に痛みを感じたのとほぼ同時。

 崩れ落ちた城が視界の奥に見える。

 刺客の姿も。


「う、うぐっ……」


 魔王の娘はふらついた足取りで立ち上がる。

 

「あら、まだ生きていたの」


「こ、これくらいで、我を殺せると思うてるとはな」


「強がりは無意味よ? 咄嗟に魔力を固めて盾替わりにしたって、衝撃は殺しきれなかったようだし」


 一つしかない出口は罠。

 それに気付いたのは斧が振り落とされた後だった。


「貴方たち魔道種の怖いところは無限の魔族ぶきを持った時。先代の魔王がそうだったようにね」


「……貴様は人族のはず。どうして先代の魔王をそこまで知っておる」


 あれだけの得物を振り回し。

 あれだけの速度で移動し。

 おんぼろとは言え、たった一振りで城壁に亀裂を走らせる。

 今も城は崩壊を続けている。


 それなのに、刺客のことを幼女は”人族”と言った。

 女神の話に出てきた”人族”と”魔族”の戦い。

 前世の”人間”とは明らかに違う。


「さあ、どうしてかしらね」


「答える気はない、か」


 女神は言っていた。

 魔王と勇者の決着を見届ける観測者として任命すると。

 ならば、ここで次期魔王候補の幼女が命を落とすことはない。

 今があの部屋で見た映像の過去ならば、こんなところで死ぬわけがないのだ。

 それにもし死んだら、観測者である荒牧栞の役割はどうなる。


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 地面に浮き出る三点の紅い光。

 対象物あらまきを囲み、頭上で交わり、綺麗な三角錐を作り上げる。


「貴様はさっきから勘違いしているかもしれんが、この者は我と契約などしておらん」


「ならなぜ、彼のために結界なんて張ったのかしら」


 決して大きくないテント型の結界に触れる。

 通り抜けるどころか、押し戻されるような感覚。


「肝っ玉の小さい貴様のために、魔王から低俗な民へのささやかなプレゼントじゃ」


 空気が張り詰める。

 肺に酸素が行き届かない。


「そっ。それじゃあ、彼には魔王の最後の見届人になってもらおうかしらね!」


 見開いた眼で獲物を捉え、刺客は地面を蹴る。

 甲高い剣戟音。

 空中に浮かぶ陣と斧頭が衝突を繰り返す。

 後頭部、首筋、左肩、脇腹、大腿、足首。

 踊り子のように舞う敵。

 重量武器とは思えない身軽さの斧槍。


 永遠に続くかのように思われた。

 振動が地面を駆け回る。


「ふふっ」


 真下からの斬り上げを受けた陣に亀裂。

 両者どちらも見逃さなかった。

 くるりと身体を一回転させ、再び斬り上げ。

 幼女の身体は突風のように上空へ舞い上がる。


 逃げ場のない空中戦。

 すぐさま視界に敵を収める。


 だが遅い。

 一瞬目を離した隙に、刺客は既に頭上へ影を落としていた。


「これで衝撃を逃がす場所は無いわよ」


 槍の先端、その一点のみに蓄積された力の鼓動。

 今までは陣の上を滑らせて衝撃を逃がしていた。


「っ! dnleiash――」


 逆に言えば、まともに受けることなど出来なかった。


「遅いわ」


 鋭き一撃は幼女を襲う。

 情けなどなく。

 慈悲もなし。



***第5話 幼女魔王爆誕***



 女神の言葉を今一度、よく思い出してみた。

 この世界は以前、観測者の死をもって終焉を迎えている。

 世界記録アカシックレコードはそんな結末を許すわけがない。

 だから、荒巻栞が観測者として転生された。


「う、うぅぐっ……」


 彼女は言った。

 貴方を魔王の最後を見届ける観測者として任命します、と。

 誰も”勇者に敗れる”魔王とは言ってない。


「咄嗟に身体を捻り、急所を外したようね」


 刺客は一歩、また一歩と幼女へ近づく。


「でも、致命傷には代わりないけど」


 魔王の娘は側腹部を抉られ、青ざめた顔で仰向けに倒れている。

 溢れだす流血。零れ落ちる臓物。

 血の色は人間と変わらなかった。


「貴方一人なら、逃げ切ることくらいは出来たでしょうに」


 言葉など発せない。


「魔族のくせに偽善で命を落とす、これ以上の滑稽な死に方を私は知らないわ」


 魔王の最後を、奇しくも転生一日目で果たすことが出来そうだ。

 これで世界記録アカシックレコードとやらもご満悦だろう。

 前世で仕事の早さを褒められたことは無かったが、これは軽く見積もっても二階級特進。


「ま、まお……お……なめ……るな」


 斧頭の刃が首元に突き付けられる。


「あら、怖い目」


 あの冷めきった目を幾度となく見てきた。

 弱者は大きな波に飲まれ、打ち負かすことなど出来はしない。

 出来る事は唯一つ、流れに沿うことのみ。

 それが自己防衛手段の最適解。


 これで良かったのだ。

 所詮は知らぬ存ぜぬの異世界。

 拒否権の無い転生を強いられ、魔王の最後を見届けるという不可解な難題もこれで終わる。


 ―――おたく、本当にそれで良いのか?


 声がした。

 偽善という名の深淵がこちらにむかってニヤケ面を晒す。

 己と同じ顔だと更に腹立たしい。

 深淵おたくのせいでどれだけ損をしてきたと思っているんだ。

 あの時も、あの時も、あの時だって。

 ぜんぶ深淵おたくが出しゃばってきたから酷い目にあったじゃないか。

 それにこの結界というやつのせいで外に出れない。

 諦めろ。


 ―――本当にそう思うか?


 黙れ。


 ―――本当の本当に、そう思ってるのか?


 黙れって言っているのが聞こえないのか!


 ―――おたくは己等で己等はおたく、耳を引き千切ろうが目をこうが、己等は消えない。


 はっ、だったらどうする気だ。

 爆散覚悟で結界の壁に体当たりでもしてみるか?


 ―――二度も言わせるな。おたくと己等は同じ、なら、最適解も既に知ってる。そうだろ?


「でも、これで終わ――っ!?」


 踏み込んだ右脚が大地を殴打する。

 捻りながら放った左脚の蹴りが敵の側頭部を掠める。


「驚いたわ」


 慎重な刺客は予想以上に距離を取る。


「さっきの結界なら、おたくがお嬢ちゃんを虐めてくれたおかげで勝手に霧散したさ」


「そこじゃないわよ」


「いやぁ、実はこう見えて結構身体は柔らかいほう――」


「逃げなかったのね、貴方」


「……己等も、逃げたかったさ」


 だけど。


「ば、ばか……ものっ……なぜ、出、てき……」


「偽善で結構、やらない善よりやる偽善だ、ってね」


「それは何かしら」


「おたくの言うところの”(しょう)を射んと(ほっ)すれば、()ず馬を射よ”的なポジションよ」


 深淵が笑いながら湖の底へ消えてゆく。

 全てを見透かしたようなあの態度、気に入らない。


「それじゃあ、お嬢ちゃん」


 でもまぁ、ここまで出しゃばったのなら、やることは一つ。


「己等と契約して」


 彼女の偽善で己が助けられたように。


「幼女魔王になってみようか」


 荒巻栞の偽善で幼女魔王かのじょを助けてみよう。



***第6話 幼女と荒牧の初めての共同作業***



 荒牧栞の言葉の意味を一番早く理解したのは、刺客の彼女だった。

 彼女は知っている。

 先代の魔王がなぜ”魔王”と名乗ることが出来たのか。

 その力の根源を。

 誰も寄せ付けない絶大な力の在り処を。


「悪いが、考えている時間はあまりない」


 本当は治療させてやりたいが、そんな設備も手段も時間もない。

 敵は刻一刻と距離を縮めようとしている。


「ここまで出しゃばった時点で、己等おいらもおたくもじき殺される」


 刺客は己の慎重さを後悔した。

 こんなに距離を取るべきでは無かったと。


「契約の方法を教えてくれ。名前が必要ならアラマキ・シオリだ」


 史上最低の自己紹介がここに誕生する。


「わ、我が血を、飲め、アラマキ・シオリ、よ」


 敵の綺麗な顔が悪魔に豹変したのを確認し、背を向ける。

 次振り返った時、そこにはもう命は無いだろう。


 不幸中の幸いは脇腹から溢れ出る煮え滾った血のおかげで、幼女を傷つけなくてよいこと。

 契約に必要な血は掃いて捨てるほどある。契約の為とはいえ、流石に自らの手で幼い女の子を傷物にするのは気が引ける。


「これからよろしく頼むぜ、魔王のお嬢ちゃん」


 かぶりつくように、彼女の脇腹に口を付ける。

 生々しい血と噎せ返るような臓物の臭い。

 鉄混じりの液体が口から喉元を通り、食道の中腹付近で朝飯を引っ張ってきそうだった。

 それでも何とか、胃の最深部で落とし込んだ。


「無駄な足掻きを――」


「アラマキ・シオリ、貴様の命、確かに受け取った」


 爆風を孕んだ砂嵐が刺客の視界を遮る。


「我、フレイ・ドラードの血に刻まれし古き魔力よ、かの伝承に従いて復刻し現れ、真を討つ刃になりて名を孕め。名はシオリ、偽りなき善の刃なり!」


 身体を誰かに支えられている。

 そんな感覚。

 自分の足裏から大地を感じられない。


「ほぉ、シオリは鎌になるのじゃな」


 視界一杯に広がる魔王の娘の顔。

 まるで己の顔を覗かれているようだ。


「それにしても柄の長い鎌じゃ、これでは伝承の死神と間違えれても文句は言え――」


「よそ見とは余裕ね」


 漆黒の斧槍が頭上を覆う。

 踏ん張りの効かない足腰。

 気持ちだけが前に出た。


 だが、それで十分だった。


 己の手であり足であり、身体であり。

 大鎌の柄部分は静かに斧頭を受け止める。


「っ!」


 刺客は跳躍を果たし、魔王を中心とする円を描きながら駆け回る。

 虚像と実像の境目。

 圧倒的速度にて生み出された分身と呼ぶべき残像の数々。

 エコーのかかった言葉が木霊する。


「多少傷は癒えても、この速度には追い付けないでしょう?」


「ふんっ、まあ、そうじゃな」


 大鎌を肩に担ぎ、眼球を忙しくなく動かす。

 側腹部の傷は深い。

 無理に動けば傷口が悪化する。

 よって、狙うは一撃必殺。


「貴方たちが一撃を狙っているのは知っているわ」


 浅い踏み込みから繰り出される連撃。

 ヒット&アウェイ。

 敵は持久戦を持ち掛ける。


 幼女は大鎌を振るう度に赤いシミをぶちまける。

 止めどなく流れる血を応急処置している暇はない。

 衝撃が身体に伝わる度に。

 想像を絶する痛みを顔色一つ変えずに受け流す。


 ―――おたく、このままだと死んじゃうぜ?


「仕方あるまい。奴と同等の速度で動けるほど傷は癒えておらん」


 ―――だったら、己等に作戦がある。


「本当か?」


 ―――まあ、もし失敗したら、おたくは一人で再び戦う羽目になるがね。


「……貴様を囮にするということか」


 ―――まさかぁ、犬死は勘弁だぜ。


「勝算はあるんだろうな」


 ―――もちろんさ。精々上手くやってくれよ、お嬢ちゃん。


 誰に言っておるのだ。

 そう言い終えた時、再び攻防の瞬間が訪れた。


 油断せず、慢心せず。

 刺客の一撃はいつでも離脱できるよう腰が引けていた。

 大鎌と斧槍の衝突。


 しかし、剣戟音は起きなかった。


「なっ!?」


 斧頭の刃の部分が大鎌の柄部分にめり込んでいる。

 弾かれることなく、受け流されることもない。

 ただ、受け止められた。

 引き抜こうにも引き抜けない。

 反射的に力いっぱい大地を踏みしめる。

 軽いフットワークを生かしたヒット&アウェイは、そこで命を落とした。


「そういえば貴様、まだ一度も受けてはいなかった」


 耳元で囁かれる魔王の声。


「冥土の土産じゃ。餞別代りだと思って受け取っておけ」


 背丈に似合わない巨大な刃。

 ギラリと輝き、闇の中、独りでに存在感を露わにする。


「deathscytheデスサイズ


 くして、幼女魔王がここに爆誕した。



***第7話 刺客の正体***



「ぉ、いててぇ……」


 もはや遺跡とも呼べないほど崩壊した元魔王城。

 一撃に賭ける。

 敵を吹き飛ばして有り余った勢いは、そのまま城壁すら粉砕した。


「無茶するからじゃ」


「ははは、上手くいったから良いじゃないnいっ!?」


「動くなと言っておるだろ」


 幼女魔王が手にした大鎌。

 荒牧栞が武器具現化を果たした姿である。

 作戦とは言え、柄部分に刃がめり込んだのだ。

 肉を切らせて骨を断つ。

 文字通り、敵の斧頭を身体で受けたのだ。


「よし、これで少し安静に……おぉぉ!?」


「ん? どうかしたの?」


「我が魔王城がぁぁぁあ! だ、誰じゃ!? 誰がやったのじゃ!?」


「いやいや、おたく以外に誰がいるのさ」


「我なの!?」


 膝から崩れ落ちる幼女。

 地面が抉られるほどの衝撃に耐えられる城も中々見ない。

 まるで巨大生物が通った痕のように、魔王城があった場所には瓦礫の破片しか残っていなかった。


「お嬢ちゃんの一族って、皆こんなにデタラメな力なの?」


「どうかの、我も同族同種は父上しか知らんからの」


「これじゃあ、敵さんの死体は……探しても無理だろうなぁ」


 確かめたいことがあった。


「ん? あやつがどこに行ったのか知りたいのか?」


「そうだけどー、この調子なら骨も残ってないかなーって」


「何を言っておるのだ。刺客ならそこで伸びておる」


「へぇ?」


 瓦礫の下、僅かに見える人の手。

 握られているのは真っ二つに折れた斧槍ハルバードの半分。


「まだ死んでもおらん。まったく、人間のくせに丈夫な奴じゃ」


「おぉ、すっごい生命力」


 折り重なった瓦礫の隙間に手を突っ込み、刺客を引っ張り出す。

 あれだけの攻撃を受けて四肢はおろか、致命傷と成り得る傷は見当たらない。


「武器を盾にし、避けることに全力を注いだ結果じゃ」


「あの距離で避けられるのは素直に凄いねぇ」


「ほんとにの。人族の割に、という言葉だけで片付けて良いのか少々悩みどころではある」


 暗い場所から陽の当たる場所に引っ張り出され、刺客は唸り声を上げる。

 驚異の生命力。

 天使の加護でも受けているのか。


「う、うぅ……」


「仮眠から永眠になる前に起きる事をおすすめするぜ?」


「あ、貴方たちは……」


「お目覚めは如何ですかな、女神さま」


「……いつから気付いてましたか」


 下民に膝枕された刺客もとい女神は不服そうに頬を膨らませる。


「そりゃあ、最初から――と言えれば良かったんだがねぇ」


「なんじゃ貴様ら、知り合いだったのか」


「知り合いと呼べるほどの仲じゃないがね」


 異世界転生にて観測者となることを任命した存在。

 ここから遥か上空に住まう女神さま。

 人を下民と罵り、対等に扱わない性格の彼女が。

 どうして、その下民に成り下がってまで魔王を殺しに来たのか。


「女神さま女神さま」


「下民のくせにうるさいですね」


「おたくは一々口が悪いなぁ。お顔はとっても綺麗なのに」


「当たり前です。女神ですから」


「”元”って言葉が抜けてますよ」


「うっさいですね、女神は女神なんです」


 彼女の口が回る様になったら。

 話してもらおう。

 わざわざ、話の終結を急いだ理由を。



***第8話 和解***



 瓦礫に腰掛け、魔王、女神、観測者は一同に顔を合わせる。


「それじゃあ話してもらいましょうか」


「私に何を聞きたいのですか」


「おたく、あんなに人間を嫌っていたのに、なぜ人族になってまで魔王に殺しに来たんだ?」


「言ったはずです。この世界は観測者によって既に終わるはずの世界だと」


「だから己等おいらを派遣してすぐ来たってこと?」


「もし勇者との闘い前に貴方が命を落とせば、魔王の最後を見届ける観測者がいなくなってしまいます」


「だったら己等に特別な力の一つや二つ渡して、死なない様に案内するのがおたくの役目なんじゃないのか?」


「転生特典でどうにか出来るなら、とっくにやってますよ」


 ステータスを誰も寄せ付けないレベルまで上げる。

 必ず殺す必殺技を授ける。

 死んでも死んでも蘇る不死の身体になる。


「絶大な力、英知、極大魔力、特殊体質。どれも聞こえは素晴らしいですが、それを調整する身にもなってください」


「調整?」


「例えば貴方の世界で言うところの”カリスマ性”ですが、これを極端に上げたステータス保持者が生まれた場合、世界にどんな影響を及ぼすか、考えた事ありますか?」


「人々を惹きつける魅力が極端だから、まあ、沢山の人から支持されるんじゃ?」


「人が集まれば何かが生まれ、その何かは別の何かの糧になる。そうして連鎖反応を繰り返していく内に、全世界をも巻き込む事象が発生します。本来生まれるはずの無かった一人の人間のせいで、その世界は大きな荒波に飲まれることになるでしょう」


 他を寄せ付かない圧倒的力は最初こそ素晴らしいが、徐々に人々へ知れ渡る。

 舞台は剣と魔法のファンタジー世界。人族と魔族の抗争が遥か昔から長きに渡って及んでいる。

 だとすれば、その絶大な力を持つ者を仲間に引き入れれば、世界の覇権を握ったのも同じこと。


「なら、超人パワー転生者を魔王の前に爆誕させて、そいつが魔王を殺すのはどうだ?」


「貴方、人の話聞いてました? 転生者はあくまで”観測者”です。観測者が自ら物語の終結に手を出すことは世界記録アカシックレコード上、許されない禁忌となっています」


「なるほどねぇ。だからおたく、己等が転生した後すぐに追いかけてきて、観測者おいらが生きているうちに話を終わらせようと」


「観測者枠が埋まっている間に、今この世界に波紋が生じない程度の限界値で転生して、魔王を仕留めるつもりでした。ですが――」


己等おいらが邪魔をしたと」


「そうです! 本棚に格納されていた一番薄い情報ヒストリアを選んだはずなのに……たった二ページしかないし、特殊体質も無かったのに……どうしてこう上手くいかないんですかぁっ!?」


 女神は大粒の涙を目尻に浮かべ、天に向かって泣き叫ぶ。

 すると聞きもしない鬱憤うっぷんが次々と溢れ出した。


「てか、ふざけるなって話でずよぉ゛! 先輩女神ばばぁどもが面白半分で転生者にチートパワーや伝説武具なんて勝手に渡して、世界の歯車バッキバキに壊して知らんぷりでずよぉ゛!? おかげで本来干渉するはずじゃなかった世界の住人同士が関係持って、その上子孫まで残してめでたしめでたし――って、世界ぶっ壊す気かぁぁぁぁあああー゛!」


 大きな力は大きな渦を生み、干渉するはずの無かった世界同士を引き寄せる。

 終焉を記した世界記録アカシックレコードに変更はない。

 だが、その終焉に向かう途中で迷走している世界が幾つも存在する。


「あぁ、でも! あれは傑作でしたよ! すっげー威張り散らしていた駄女神が、転生者の機転でその異世界に登場人物として引っ張られるやつ! 魔王を倒すために沢山チート転生者呼んだのに、結局誰も魔王倒せなくて、最後に自ら勇者パーティーの一味ってアホじゃないですか!? いやー、あれは同僚の女神たちで打ち上げやりましたね! 花火まであげちゃいまし――」


「上機嫌なところ悪いが、おたくも今やその一人だぞ?」


「……ぐすっ」


 情緒不安定にもほどがある。

 初めて会った時はここまでポンコツでは無かった気がしたが。


「貴様ら、我を目の前にして随分な言いようじゃのー?」


「おっと、どこまで聞いてましたぁー?」


「全部聞こえているわい! 何が魔王の死をもって世界の終焉じゃ! 我は死なぬ!」


「だってお嬢ちゃん、この場面で二人でコソコソ話してたら怒るだろ?」


「当たり前じゃ! というか、アラマキ・シオリ、貴様はちゃんと自覚あるのか!」


 小さな拳を大腿に打ち付け、そのまま目前まで幼女の顔が迫る。

 翠眼すいがんの綺麗な瞳。

 吸い込まれそうになるその目に、絶望など微塵も感じなかった。


「貴様は我と契約したのじゃ」


「そういえば、そんな事したねぇ」


「我が死ねば貴様は冥界に幽閉じゃ」


「……ほんと?」


「女神の私に聞かれても分かりませんよ。第一、基本的に世界記録アカシックレコードに記載されていること以外は世界のルールに乗っ取って事象が起こりますので、そちらの幼女魔王が嘘を付いていなければ、そうなんじゃないですか?」


「その”幼女魔王”ってのも承諾した覚えは無いのじゃが……」


 異世界転生一日目。

 どうやら死ねば消えていなくなる訳でも無く。

 天国にも行けず。

 冥界に幽閉という、永遠の拷問が待っていることを告げられた。

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