初依頼で人生が終わろうとしている第三話
王都で一番の広さと人口密度を誇る商業区。
朝だろうと夜だろうと賑わいが尽きない。いわば、四六時中お祭り状態と言っても過言ではなかった。
色々な屋台が大声で客引きをしている。
冒険者たちが今回の依頼について語り歩いている。
何となく順風満帆に見える光景……それは、前に来た時と変わらないものだった。
「てか、俺は冒険者ギルドに行くの初めてなんだけどエヴァは?」
「俺も初めてと変わらないかな。今回で二回目だ」
「マジかよ。俺ら二人とも素人だけど大丈夫なのかよ?」
「そこは……ほら、受付の人に全部任せれば大丈夫だろ。というより、問題はそこじゃないぞ?」
「ん? ほかに何かあるか?」
「……自分の格好を見てみるんだ、聖女様よ」
「…………?」
エヴァに言われるがまま視線を下ろすと聖教会から渡された純白の修道服が見える。
一体、これの何がいけないというのか?
いやいや……というわけではないが、微妙な心持ちでもしっかりと着ているつもりだ。
「冒険者ギルドに来た二人の男。片方は剣一本しか持っていないように見えるし、片方は似合ってるとも似合ってないとも言えない純白の修道服に身を包んでいる。しかも武器すら持っていないと来た」
「何言ってんだ、冒険者だって魔物や盗賊の討伐ばっかりじゃないだろ? 薬草採取とか荷物運びとか色んな依頼があんだから武器とか持ってなくていいだろ」
「あくまで聖女様がか弱そうに見えたらですけどね。それは」
「た、確かに」
「聖女様は恵まれた肉体の持つ主であることは間違いない。身長も高いし、筋肉も入隊したての兵士なんか比じゃないほどある。俺とか〝聖女〟であることを知っているからですけどね、他の人から見たら〝戦闘職〟に見間違えられてもおかしくはないんですよ? それなのにやけに綺麗な格好をして武器一本もないとなれば変な目で見られかねない」
「……いつになく真面目だな、エヴァ」
確かに、指摘されて改めて気が付いた。
農業村で生まれ育ったからか、あまり人の目を気にしてこなかったが故の失態だ。
モラルはあれどそれ以外はガバガバのルールで育ってしまったことによって、相手からどう見られているのかを気にしなさ過ぎた。
最低でも冒険者のように……ないしは〝戦闘職〟であってもおかしくはないような佇まいを装う必要がありそうだ。
「助かった。考えてみればおかしい格好だったな、一回武器でも見繕いに行ったほうが良さそうだ」
引き返せば工房区はある。
銀貨二枚ほどあれば短剣くらいなら買えるだろう。
「それは助けますよ。だって――――面倒なことは避けたいですもん」
「…………」
少しでも頼りになるなぁと思った俺が馬鹿だったようだ。
「あっ、でも武器はありますよ…………はい、これ」
そう言ってエヴァは自分の足元にある影に手を突っ込ませると、どこにでもあるような木の枝を取り出した。
「……それなに?」
「これは『黒騎士』のスキルで、自分の影に武器を仕舞えるんですよね」
「いや、そうじゃなくてさ……この木の枝」
「杖ですね!」
「馬鹿にしてる?」
このどこにでも落ちてそうな枝が杖なわけがねぇだろ!
そもそも長さが足らねぇわ! これじゃ全然支えられねぇよ? 体重乗っけたら折れちゃうよ?
「いや本当に。実はこれが歴代の聖女の武器と言っても過言ではないんですよねぇ」
ねぇ、こいつふざけてるよね? 殴ってもいいよね? そろそろ聖女パンチ喰らわせてもいいよね?
「嘘だと思うでしょ?」
「…………」
「嘘――――じゃないんですよね!」
「死ッ!!」
わざとらしく回転しながら地面に倒れるエヴァを見下ろしカグラは拳を撫でた。
心の赴くまま聖女パンチを喰らわせたカグラは、それでも気が晴れなかったのか舌打ちを多用しながら商業区の方へ一人で歩いて行った。
「――――全く痛くないんだよなぁ、本当に」
倒れながらも歩いて行くカグラの背中を見つめるエヴァは、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。
◆
商業区で働く者たちは活気に溢れている。
楽しそうに、口も減らないが手を休めない。まるで農業村での畑仕事をしている時の光景に似ている。
その空気が何だが心地よくて歩く速度を速めたのか、目的は既に目の前にあった。
「近くで見ると想像以上にデカいな」
討伐対象のモンスターや大量の物資が出し入れされる建物だから大きいのは分かっていた。
ただ、入り口まで大きいのは驚いた。
三メートルくらいはあるだろうか……カグラでは飛んでも上には届かなそうだ。
「色んな人が出入りしますからね。特に大きいのは竜人族です」
「へぇ、人族以外はあんまり見たことないから楽しみだ」
「怖くないんですか? 聖女様は」
「いや? 全然」
「マジで?」
「マジだよ。そんなことよりも、武器だってこの木の枝渡してきたお前の方がよっぽど怖いわ」
「……じゃ! 入りましょうか!」
この見上げるほど大きい扉は基本的に魔力で開くようになっている。
では、何故〝基本的〟にはなのか?
それは冒険者になるための素養の一つが魔法を使えるか否か、だからである。
逃げるために、戦うために、採取したものを収納するために。
様々な用途で使われる魔法が基本的には必要になってしまう。それ故に、誰しもが冒険者になれるというわけではない。
あくまで、国を外敵から守る仕事が冒険者だ。
だが、当然〝例外〟もある。
それはこの重々しい扉を自力でこじ開けて入って行く者のことだ。
「――――すまない。先に通しては貰えないだろうか?」
「え?」
野太く低い声が上から聞こえたと思った途端、周りが影になった。
「体が大きくてな。入るのが大変なんだ、もちろん受付の順番は守る」
体を纏う深紅の鱗。
凶器とも言える鋭い爪と牙。
「竜人族?」
「いかにも。私のような者を見るのは初めてか?」
「あぁ……初めてだ」
人族からは感じることはないであろう威圧感が凄まじい。
体が勝手に後ろに押されているような感覚になってしまう。
「それはすまない。怖がらせてしまったか」
確かに、戦っている者たちからしたら怖いものだろう。
いつ命を落としてもおかしくない仕事をしているのだから、この威圧感を突然背後から感じ取ったら恐怖以外の何物でもない。
が、それはカグラにはない感覚である。
「いやいや、初めて冒険者ギルドに来て初めて竜人を見れるなんて運が良いなって思ってただけだ。ほら、通っていいぜ? 確かにその体じゃ少し屈まないとはいれないもんな」
農業村では決して見る事の出来なかった存在だ。
嬉しいに決まっている。
「かたじけない。感謝する」
何だか……凄いな。
「ほら、馬鹿面してないで俺たちも行きましょう」
「――――お前にだけは言われたかねぇわ」
竜人の後について行くように二人でギルドの中に入って行くと、そこは世界が変わったと言っても過言ではなかった。
他種族同士で楽しそうに会話している様子、どこか殺伐とした雰囲気と思っていたギルドは決してそんなことはなく普通に商業区の空気を取り入れていて楽しそうであった。
「こんにちわ! エヴァさん」
「久しぶりです! ミロルさん」
獣人の種族は多い――――その中に属する兎人の女性が元気よく声をかけてきた。
よく見れば受付嬢の皆が人族ではない。
精民族と獣人族で構成された美しさの塊のような者たちだ。
「えーっと、こちらの方は?」
「今日初めて依頼を受けに来た俺の知人です。興味本位でここに来たがってしまって……」
興味本位なのは間違いない。
ただ、お前の態度は許さんからな?
なに「全くワガママなんですよ、こいつ」みたな態度とってんの?
「どうも、カグラって言います」
「カグラさんですか! 私はミロルって言います。よろしくです!」
「それで何か討伐依頼ないですか? ミロルさん」
「えー……エヴァさんならこなせる依頼は沢山ありますけど、カグラさんはどれほどの強さなんですか? 指標になるものがないと討伐依頼は出せないんですけど……」
「えー…………神獣相手に善戦するくらいには強いですよ」
おい、嘘つくな。
そもそも俺は戦ったことすらねぇぞ。
てか神獣ってなに?
「えぇ!? メチャクチャ強いじゃないですか! カグラさん!」
いや、信じちゃってんじゃん。
凄い純粋な目でこっち見てくるじゃん。
てか周りも凄い視線集めてくるじゃん。
「それなら今すぐに解決して欲しい依頼があるんですが!!」
「二人で解決できるものなら何でも受けるつもりでしたし、いいですよ」
「それなら――――このドラゴンの討伐依頼なんてどうですか!?」
「全く問題ないですね」
「…………」
おい、問題しかねぇだろ?