隣にいる人
作者が文化祭で配布した作品です。
よければよんでいってください。
皆の学校にも学校でアイドルなどと呼ばれている可愛い娘が一人位いるだろう。
僕の学校にも『我が校のアイドル』などと言われている娘がいる。
那季 瑠奈、容姿端麗で勉強は苦手な様だが明るい性格と誰とでも同じ様に話せるフレンドリーさから多くの男子が『好きな人』として見ている。
僕もその多くの男子の内の一人だ。
好きな所は?と聞かれると大抵外見になってしまうが、彼女には外見だけで『好きな人』として好きになれる程の美しさがある。
そんな彼女と僕は偶然隣りの席になり、それから友好関係を築いていた。
そして一週間前に告白した。
彼女は驚いていたが直ぐにいいよと答えてくれた。
こうして僕は瑠奈の彼氏になった。
僕と瑠奈が付き合っている事は二人の秘密にしようと言う事になった。
瑠奈が恥ずかしがったのもあるが、そんな事がバレたら僕が学校の男子から何をされるか分からないからだ。そんなこんなで僕と瑠奈の秘密の学校生活が始まった。
「お早う、雉南君」
朝、何時もと同じ時間、同じ場所で声をかけられる。
「お早う、那季さん」
振り返ると僕の彼女である瑠奈がいる。
そのまま学校まで一緒に登校する。
途中、瑠奈に声をかけてくる男子も少なくないが、手を振ってお早うと言って会話をせずに歩いていく。
だから僕と瑠奈以外の奴が一緒に歩くなんて事は無い。
これは付き合う前からなので僕達の関係が露見する心配は無い。
教室に入るとただのクラスメートとして過ごす。
授業が終わるとどちらともなく、帰ろうと言って一緒に帰る。
付き合う前とやってる事は何も変わらないがただ付き合っている、と言う事実があるだけでこんなにも楽しくなる。
付き合っているとはこういう事なのだろう。
恋人の一挙一動に喜び、悲しみ、怒る。
恋人がいて初めて知る喜怒哀楽。
その全てが幸せ。
瑠奈というたった一つの大切なもの。
帰り道
「瑠奈…」
と隣りにいる瑠奈に話しかける。
「ん?何?」
満面の笑みで僕を見る。
僕は瑠奈の目を見て
「僕が絶対、絶対瑠奈を守るから、だから、何かあったら僕に言って」
と言った。
瑠奈は驚いた顔になり、その後
「そう、じゃあちゃんと私の事守ってね、ナイトさん」
と笑った。
「鷹夜」
休み時間、僕は後ろから呼ばれて振り返る。
「栄多」
屋乃 栄多僕の幼稚園の頃からの親友だ。
「お前さ、最近那季さんと異様に仲良さげらしいじゃねぇか、噂になってんぞ?」
と心配そうな顔で言った。
「ど、どういう噂」
僕は動揺を隠しながら訊いた。
「お前が那季さんを誑かしてんじゃないかとか、脅して無理矢理言う事聞かせてるんじゃないかとか、そんな感じの善くない噂」
栄多少し苛々した感じで話てくれた。
「全く、くだらない噂だよな、友達同士で付き合ってるぽい事したからって……」
そこで何かに気付いた様で口を開けたまま止まっている。
開いた口を閉じ、わざとらしく咳払いをして
「……えっと、もしかして、お前、那季さんと付き合ってる?」
と訊いてきた。
……どう答えるべきだろう。
栄多なら別に瑠奈の事好きなわけじゃないし、話ても大丈夫だろう。
しかし、恥ずかしい。
それにこの会話を誰かに聞かれたら面倒な事になるだろう。
だから、僕は
「付き合ってないよ、ただの友達」
と嘘をついた。
そんな僕に栄多は暫く疑う様な目をしていたが
「まあいいけど、噂になってるから気を付けろよ」
と言って栄多はどこかに行ってしまった。
「え!?噂になってるの?」
帰り道、僕は栄多から聞いた話を瑠奈にした。
「そっか、…噂になってるのか…どうする?学校ではちょっと控える?」
少し悲しそうな顔で言う。
「僕は別にバレてもはっきり言って今とたいして変わらないからいいけど、瑠奈は僕が彼氏ってバレたらやっぱり恥ずかしい?」
僕の方は本当にたいして変わらないだろう、今より少し強い殺気を感じるだけだが、瑠奈は違う、学校のアイドルに彼氏が出来たとあってはどこでも噂になり、冷やかしとまでは行かなくとも面倒な事にはなるだろう。
僕の言葉に対し瑠奈は
「別に鷹夜と付き合ってるのがバレるのがいやなんじゃなくて、てかむしろ皆に私の彼氏はこんなにいい人ですよって言いたいけど、私は誰かと付き合ってるってバレるのが恥ずかしいんだよ」
と顔を染めて言った。
「そ、そっか」
瑠奈が顔を染めたので僕まで恥ずかしくなって顔が赤くなった。
その後は二人共何も喋らずに帰った。
翌朝僕達が教室に入ると皆が一斉にこっちを見る。
女子は好奇心に満ちた目を、男子は殺意に満ちた目をそれぞれ向けている。
その一角で男子がヒソヒソと話ている、脅してやどうにかして那季さんを、とか聞こえてくる。
恐らく昨日聞いた噂が男子の耳に入ったという事だろう。
その男子の一角が瑠奈に近付く。
「あ、あのさ、那季さん」
一人が瑠奈に声をかける。
「うん?どうしたの皆集まっちゃって」
と何時もと微妙に違う彼等に気付いてない瑠奈は何時もの様に話す。
どっちだ、どっちを聞く気だ。
まだ僕と付き合ってるの?と聞くならいい、でももし…
そんな事を考えていると男子が、
「あの、雉南にお、脅されてるって本当?」
と言った。
…やりやがった。
最悪の質問だ。
周りで話ていた奴等が黙り、瑠奈と男子の話に耳をむける。
「そんな分けないでしょ、何の根拠があってそんな事言うの!?」
瑠奈は視線で人が殺せそうな程剣呑な目付きをして言った。
瑠奈の初めて見る行動に僕を含めた皆が一様に目を見開いて瑠奈を凝視する。
誰もあの瑠奈がこんな事を言うとは思わなかっただろう。
「言ってみなさいよ!何の根拠があってそんな事言ってるの!?答えなさいよ!」
瑠奈は相当頭にきていたらしく怒鳴り散らす。
瑠奈に怒鳴られた男子は俯いて何も言わない。
「答えなさいよ!」
何も言わない男子に更に怒鳴る。
不意に教室のドアが開く。
そして担任が入ってきた。
「何してるんだ?もう始業の鐘は鳴ってるぞ、早く席につけ」
瑠奈は軽く男子を睨み付け、その後席についた。
「本当に信じらんない!何なのあいつら!」
放課後、帰り道で瑠奈はまだ朝の事で怒っているらしい。
「まあまあ、瑠奈、落ち着いて」
と僕が宥めると
「あの噂が元で鷹夜がいやがらせされたりしたらどうすんの!?大体ねああ言う事を言われた本人が怒って無いって事にも頭にきてるのよ」
と言った。
「瑠奈、僕はね、ああ言う連中には何を言っても無駄だと思うんだ」
瑠奈はわけが分からないと言う顔をする。
「栄多みたいに信じてくれてる人は何も言わなくても信じてくれるけど、信じない人は何を言っても信じないさ」
と説明した。
「確かにそうかも知れないけど」
何か言おうとした瑠奈を遮って
「それに僕は兎も角、瑠奈に何かしたら僕が許さない」
と言った。
言った後で恥ずかしくなり。
「は、早く帰ろう」
と言って、歩みを早めた。
瑠奈も
「あ、待ってよ」
と歩みを早めついてきた。
次の日の朝僕の机には落書きがしてあった。
『瑠奈ちゃんを脅してんじゃねぇよ!クソ野郎』とか『強姦魔』などそれ以外にも書かれているが上から色んな事が書かれていて読む事が出来ない。更に机の中には不幸の手紙や中傷が書かれている紙が入っていた。
「何よ…これ…」
瑠奈が僕の机を見て言う。
「何よ、これ!」
昨日と同じ顔で周囲を睨む。
そして昨日の男子達を見て
「アンタ達がやったんでしょ!噂なんて下らないもの信じてふざけた事しないでよ!」
と叫ぶ。
「……何で?」
男子の一人が言う。
「だったら何でそんな奴と一緒にいるんだよ!」
と瑠奈に向けて怒鳴った。
「そんな奴!?そんな奴ですって!?アンタなんかに鷹夜の事そんな風に言われたくない」
男子の言葉に怒った瑠奈も怒鳴る。
「瑠奈、落ち着いて!」
僕は急いで止めに入る。
止めに入った僕を無視して瑠奈は叫ぶ。
「私は…私は!」
意を決した様に拳を握り締め
「私は鷹夜が好きだから!雉南鷹夜って人が本当に好きだから!」
と叫び、続けて
「鷹夜と一緒にいたい、そう思うから、だから、だから鷹夜と一緒にいるんだよ」
と呟く様に言った。
「………嘘だ」
ポツリとさっきの男子が言う。
「嘘だ……嘘だ…嘘だ!嘘だ!!嘘だ!!!嘘だ!!!!嘘だ!!!!!」
段々と大きな声で言う。
そして僕を睨み
「お前が…お前が悪いんだ、お前が!お前が!!お前がぁ!!!」
と叫びながら僕に近付いてくる。
男子の拳は強く握られている。
そして拳を大きく振りかざす。
拳が最頂点で止まり、一気に降り下ろされる。
刹那
「鷹夜!」
と言う声と共に瑠奈が僕と男子の間に飛び込んでくる。
ドゴッ!!と鈍い音がし続いて机が倒れる音がする。
間一髪瑠奈を抱き抱えて拳を避けたが机に額をぶつけてしまった。
「瑠奈、怪我は無い?」
僕は瑠奈の全身を怪我をしていないかと隈無く見る。
「うん、大丈夫、鷹夜が庇ってくれたから」
と言った。
どうやら怪我は無いらしい。
「そっか、良かった」
と言った瞬間、額から何かが落ちた。
それに気付いた瑠奈が僕の額を見る。
「鷹夜…頭から…血が…」
瑠奈の顔が真っ青になり、ヤバいと思った時には瑠奈は気を失ってたいた。
意識を失って倒れる瑠奈を慌てて受け止める。
「お前、戻ってきたら覚悟しとけよ」
と言って瑠奈をお姫様抱っこして保健室に連れて行く。
「失礼します」
瑠奈を抱えていて両手が使えないので足で保健室のドアを開ける。
「あらま、雉南君と瑠奈ちゃん?どうしたの?」
保険医の静神 真魅先生が僕達を見て言った。
「どっちの事ですか?」
と聞く。
すると静神先生は
「瑠奈ちゃんの方だよ、何したの?クロロホルムでも嗅がせたの?」
と言った。
「ベッド使いますよ」
僕は静神先生の事は無視して瑠奈をベッドに寝かせる。
その後、傷を診てもらう。
傷を見て静神先生は
「あらら、けっこう深いな、でもこの位なら痕は残らないから大丈夫」
と言った。
一応消毒をし、絆創膏を貼ってもらった。
「瑠奈ちゃんは意識が戻ったら早退させるから、その時は送ってあげて、それまではちゃんと授業受けてきな」
と保健室から追い出された。
「んで、何時まで気絶したフリしてんの?」
鷹夜が消えてた保健室で不意に真魅が言う。
「バレてましたか」
ベッドで気を失っていた筈の瑠奈が起き上がる。
「わざわざ気絶したフリしてまで彼氏にお姫様抱っこされたかったの?」
真魅は呆れた様に言う。
「鷹夜が彼氏って事までバレてるとは思わなかったな…」
とボソッと言った。
そして
「最初は本当に気絶してたんですよ、でも気付いたら鷹夜の腕の中だったんで、折角なので保健室まで抱っこして貰いました」
と言い訳した。
その後、長い沈黙の後
「私は…」
誰に言うと無く瑠奈は呟く。
そして
「私は…私は鷹夜と一緒にいて、彼に迷惑じゃないでしょうか?」
と言った。
それを聞いた真魅は
「迷惑だったら一緒になんていてくれないよ、一緒にいたくない人間といて彼に何のメリットがある?」
と優しく言った。
「でも、昨日も今日も私のせいで鷹夜に迷惑かけて…私、苦しいです」
瑠奈は今にも泣き出しそうな声で言う。
「私のせいで大好きな人が悪く言われるのが苦しい、苛められるのが苦しい、嫌われるのが苦しい」
苦しい、苦しい、と呟く。
正に悲痛の叫びと言うものだろう。
瑠奈は更に
「でも、一番苦しいのは、鷹夜が傷ついてるのに助けてあげられない、傷ついても空元気で『大丈夫』って言う鷹夜を見てるしか、見てる事しか出来ない自分を受け入れる事が苦しい」
と言った。
そして瑠奈は泣き出してしまった。
そんな瑠奈を真魅は何も言わず優しく抱き締めた。
僕が教室に戻ると僕の机は元に戻っていた。
戻ってきた僕を見た栄多が僕に近付いてきて
「水性のマジックで書いてあったみたいで、お前が那季さん連れて行ったあと、慌てて雑巾で拭いて消してたぞ、紙は普通にゴミ箱に捨ててた」
と言った。
言われてからゴミ箱を見ると紙が溢れる程入っていた。
昨日の掃除でゴミを捨てていたから今ゴミ箱にある紙が全て僕の机に入っていたのだろう。
多!僕の事そこまで憎いのか!?
何か傷つくな…。
「んで、鷹夜」
ゴミ箱を見て傷ついてる僕に
「これからどうすんだ?」
と尋ねた。
「どうするって?」
僕は何の事か分からず聞き返してしまう。
栄多は呆れ顔で
「馬鹿!もうお前が那季さんと付き合ってるかも、じゃなくて付き合ってるって確信してるんだ、他の奴等に何されるか何て分かんねぇんだぞ!?」
と言った。
栄多の言う事は尤もである。
寧ろ僕の方が危機感に缺けているのだ。
危機感の無い僕に栄多は更に
「今日みたいにお前が額から血出して那季さんが気絶する事は無くても、お前に対する嫌がらせは消えないだろう、それにもしお前が大丈夫だったとしても那季さんはどうか分からねぇ」
と言った。
そう言ってくれた栄多に僕は
「そうしたら、いくら僕でも黙っちゃいないさ」
と返した。
栄多は少しの間驚いた顔をしていたが、その後ニッコリと笑い
「しっかりと守ってやれよ、ナイト君」
と僕の肩を叩き、言った。
それを聞いた僕は
「野郎に言われるとキモいなその台詞」
と呟いた。
栄多との話の後、授業が始まった。
その時になって気付いたがさっきの男子がいなくなっていた。
話によると僕が瑠奈を保健室に連れて行った時、他の男子が僕の机を元に戻している中、急いで鞄を引っ掴み周りの止める声を無視し脱兎の如く逃げたらしい。
「雉南君」
そんな事を考えているといつの間にか静神先生が僕を呼びに来ていた。
僕が帰りの支度をしている間に、静神先生が教科の先生と話していた。
帰りの支度が済むと僕は僕の鞄と瑠奈の鞄を持って静神先生と一緒に教室を出た。
保健室に入るとベッドの上に瑠奈がいた。
よく見ると目が赤くなっていて涙の跡があった。
涙の跡は気になるが今は触れない方がいいだろう。
「瑠奈、大丈夫?」
瑠奈のいるベッドに近付きながら言う。
瑠奈は僕が入ってきたのに気が付いていなかった様で僕が話しかけてから僕の方を見た。
「え、鷹夜!?だ、大丈夫だよ」
と僕を見た瑠奈は慌てた様子で答える。
口では大丈夫と言っているが大丈夫そうには見えない。
「乗って」
と言いながら僕はベッドの前で瑠奈に背を向けてしゃがむ。
すると瑠奈は顔を赤くしながらも僕に負ぶさる。
それを見た静神先生は
「んじゃ、雉南君、ちゃんと送っててあげてね、瑠奈ちゃんは帰ったら一応安静にしてる事、じゃあ、お幸せに」
と言ってドアを開けてくれた。
僕と瑠奈は会釈をして保健室を出た。
学校からの帰り道、こんな時間だからか周りには誰もいない。
僕も瑠奈も何も言わない。
背中にある瑠奈の身体から瑠奈の鼓動や体温が伝わってくる。
瑠奈の鼓動は速い。
「あのさ、瑠奈」
僕は瑠奈に話かける。
ドキッと瑠奈の鼓動が更に速くなり、体温も上がる。
「な、何?」
と瑠奈は訊く。
僕は恥ずかしいのを隠しながら
「さっきは、ありがとう、僕の為に怒ってくれて」
と言った。
それを聞いた瑠奈は
「鷹夜、耳真っ赤だよ」
と僕の耳元で囁く。
続けて
「ありがとう、なんて言わなくていいんだよ、私は私のしたい様にしただけだから」
と言う。
そんな事を言ってくれる瑠奈に僕は随分救われている気がする。
僕は
「僕も瑠奈にお礼が言いたいそう思ったから言っただけだよ、だからありがとうって言わせて」
と瑠奈に言った。
その後、瑠奈は何も言わなかったので僕も何も言わず、ただ瑠奈の家に向けて歩いて行った。
瑠奈の家着いて瑠奈の持っていた鍵で鍵を開ける。
まず自分の靴を脱ぎ、瑠奈の靴も脱がせる。
瑠奈を背負ったまま階段を上がるのは少しキツかったが何とか階段を上がりきり、廊下を奥まで進みそこにあるドアを開ける。
付き合い始めてからもう既に何回かきている瑠奈の部屋。
とりあえず、瑠奈をベッドに下ろし、鞄を机の上に置く。
そして瑠奈がパジャマに着替える為に僕は一旦部屋の外に出る。
微かに衣擦れの音が聞こえる。
暫く衣擦れの音が続き
「入っていいよ」
と言う声が聞こえる。
部屋に入ると瑠奈は可愛いパジャマを着てベッドに腰掛けていた。
僕も瑠奈の隣に腰掛ける。
帰りの途中から必要最低限の会話しかしていない。
僕は無理に話題を作る。
「そういえばさ」
と話始めた所で
「鷹夜」
と言う瑠奈の声に遮られてしまった。
僕の話を遮ってから幾らたっても瑠奈は話を続けない。
仕方なく僕は
「何?」
と尋ねた。
瑠奈は意を決した様に拳を握り
「あのさ、私、鷹夜と一緒にいて迷惑じゃない?」
と僕に訊いてきた。
僕はベッドを這って行って瑠奈の後ろに回る。
そのまま後ろから瑠奈を抱き締める。
抱き締めた瞬間瑠奈のいい匂いがする。
僕は雑念を捨てて
「迷惑じゃないよ」
と耳元で言う。
そして今までよりも強く抱き締める。
強く、強く。
ギュッといきなり瑠奈が僕の手を握り
「鷹夜、本当に私迷惑になって無い?」
と言った。
瑠奈の手は、いや、全身が微かに震えている。
僕は瑠奈の手を握り返し
「瑠奈、僕はね、瑠奈が一緒にいてくれない方がどんな迷惑をかけられるよりも辛いんだよ」
と囁く。
瑠奈は
「離して」
と突然僕の腕を自分の身体から剥す。
瑠奈のいい匂いがしなくなり少し残念だった。
離してって何か拒絶されたみたい。
などと落ち込んでいた僕の方を向き、僕に抱き付いてくる。
そして顔を見合わせた状態で
「私もね、鷹夜がいないと駄目、私は支え得てくれる人がいないと駄目なの、誰かが隣に、一緒にいてくれないと駄目……だから、私とずっと一緒にいてね」
と微笑む。
そんな瑠奈が、本当に可愛くて。
「ずっと一緒にいるよ」
と言って瑠奈の頬に触れる。
自然と見つめ合う。
瑠奈の顔が段々と近づいてくる、いや、瑠奈だけでは無く僕も近づいていっていく。
二人の唇が自然と重なる。
契約をする様に重なった唇は重なった時と同じく自然と離れた。
口付けをしていた時間は一瞬だったかも知れないが僕達は確かにキスをした。
「キス・・・しちゃったね」
暫く沈黙があって瑠奈が言った。
「僕はファーストキスだったけど、瑠奈は?」
失礼と分かっていても訊かずにはいられなかった。
瑠奈程可愛い女の子ならもう誰かと・・・などと心配していたが
「私もキスしたのは初めて」
と言う答えだった。
意外だった。
更に意外だったのが
「大体、誰かと付き合うのも鷹夜が初めてなんだから」
と言う言葉だった。
あまりにも意外過ぎて
「え!僕が瑠奈の初めての彼氏!?」
などと叫んでしまった。
そのせいで瑠奈は
「そんなに私軽そうに見える?」
と心外そうに言う。
傷ついた様子の瑠奈に慌てて
「いや、ただ意外だなって思っただけなんだけど、瑠奈モテるから」
と拗ねた様に言い訳をする。
拗ねたような言い方をした僕に
「確かに告白はもう何回もされたけど、好きになったのは鷹夜だけだよ」
と言った。
その事が嬉しくて僕は
「僕も好きなのは瑠奈だけだよ」
と言ってもう一度瑠奈にキスをした。
次の日、何時もの場所で瑠奈は待っていた。
「お、お早う」
とぎこちなく挨拶をすると
「うん、お早う」
と瑠奈もぎこちなく挨拶を返してくれた。
昨日の事が気恥ずかしく、結局学校まで微妙に距離を置きながら何の会話もなく歩いた。
教室に着くとみんなが気まずそうにこちらを見る。
まあ、昨日あんな事があった後ではしょうがない。
僕と瑠奈はそんな微妙な空気の中それぞれの席に着く。
すると女子が瑠奈の席に集まり何かきゃーきゃー言っている。
男子の方は昨日の様に僕に殺気を向けるのではなく、瑠奈の方を見て何かを諦めた様に肩を落とした。
今日一日瑠奈は女子に質問攻めにされた。
学校の帰り道、何時もの様に瑠奈と一緒に帰っていた。
瑠奈と楽しく帰っていた時に後ろから何かで殴られた。
瑠奈の悲鳴が微かに聞こえた。
それにどんどん視界も暗くなっていく。
暗くなるにつれ瑠奈の僕を呼ぶ声も段々小さくなる。
そして僕は気を失った。
「た……す…て、たか…た…けて、鷹夜…たす…て、鷹夜助けて、助けて」
瑠奈の声が段々はっきりと聞こえてくる。
目を覚まし周りを見渡す。
薄暗くてよく見えないが瑠奈は柱にロープでくくりつけられている様だ。
ここは?と思いよく見ると何かの廃倉庫の様だった。
「目が覚めたかよ、雉南!」
と暗闇から誰かが出てきた。
「お前は…」
暗闇から出てきたのは昨日逃げ出した男子だった。
「昨日の」
と僕が言うと
「葉紋 六狼だ!クラスメートの名前位覚えとけ!」
と自己紹介した後にキレられた。
僕は無視して
「瑠奈を返せ!」
と叫んだ。
「いいぜ、ただし」
と言った葉紋の後ろからワラワラと人が現れる。
葉紋はニヤリと笑い
「こいつ等全員倒したらな」
と言った。
二十人位が僕を取り囲む。
「やっちまえ」
と明らかに雑魚キャラのセリフを吐いて二十人が僕に襲いかかる。
僕が一人殴るのに対し、僕は五、六発のパンチや蹴りをくらう。
それでも一人、また一人と倒していく。
そして最後の一人を倒しきる。
最後の一人が倒れるのを見て、葉紋が
「何故だ、なんで勝てない!あの人数でたかが一人に何故勝てねぇ」
と叫ぶ。
僕は
「守るもんがある人間が守るもんもない奴に負けるかよ」
と言った。
僕を一人で相手にするのは無理だと悟ったのか葉紋はそそくさと逃げ出した。
僕は逃げ出した葉紋には目もくれず、瑠奈に駆け寄り、縄を解く。
「瑠奈、無事で良かった」
と瑠奈を抱き締める。
刹那、脇腹に激痛が走る。
「鷹夜!」
と瑠奈が叫ぶ。
後ろを見ると逃げ出したと思っていた葉紋がいた。
僕の脇腹にはナイフが刺さっていた。
「は、はは、はははははははは」
葉紋は笑う。
大声で、笑う。
「鷹夜、血が、血が出てる」
と瑠奈は慌てている。
瑠奈は携帯を出して電話をかける。
葉紋は壊れたように笑い続ける。
僕の視界はまた暗くなっていく、その中で瑠奈の声とサイレンの音が聞こえた。
あの事件から二日、僕は入院していた。
まあ、二日と言っても意識が戻ったのはさっきだった。
意識が戻って看護師さんから僕が気を失った後の事を聞いた。
あの後葉紋は瑠奈の呼んだ警察に連れて行かれた。
どういう罪でどういう罰が下るか分からないがまだ未成年なのだから重い刑は無いだろう。
などと考えていると病室のドアが開いた。
私服姿の瑠奈が入ってきた。
「鷹夜」
と言って僕に抱き付いてきた。
「良かった、本当に、本当に良かった」
と抱き付いたまま言う。
「ごめんね、心配かけて」
と僕も瑠奈を抱き締める。
僕の腕の中で瑠奈は泣いていた。
僕達は瑠奈が泣き終わるまで抱き合っていた。
涙を拭きながら瑠奈は
「泣いちゃってごめんね」
と言う。
僕は瑠奈の方を向き、
「僕達さ、別れよっか」
とさっきからずっと考えていた事を言った。
「!?どうして?……私の事嫌いになった?」
と瑠奈がまた泣きそうな顔で言う。
僕は慌てて
「違う、ただ僕、瑠奈にこれ以上迷惑をかけたくないんだ、今回は助けられたけど、もし次にこういう事があった時守れるかは分からない、瑠奈の事、好きだから、だから瑠奈に迷惑かけたくないんだ」
と言った。
瑠奈は
「……鷹夜、私が迷惑?って訊いた時言ったよね、私も迷惑かけらるより鷹夜と一緒にいれない方が辛いんだよ」
と言って笑った。
そして
「私達ずっと一緒だよ」
と言ってキスをした。
「お早う」
何時もの時間、何時もの場所で声をかけられる。
「お早う、瑠奈」
と言って、彼女の隣に立つ。
瑠奈の隣が僕の場所で、僕の隣は瑠奈の場所だ。
この先どんな事があってもずっと一緒だ。
いかがでしたか?
こんな展開無いだろ?
と思われた方………そこには触れてはいけません。
まだまだ至らない部分が多々ありますがご感想をお書き頂けると嬉しいです。