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除霊術士ゼロ  作者: 海埜 ケイ
3/7

少年の亡霊ーー笑い種



 友人たちと別れたゼロは、北東にある神殿跡を目指して山脈を越えていた。前世紀では平地だったと、昔の地図にはあるが地殻変動が繰り返し行われたため、現在では立派な山脈郡が北の大地への行く手を阻むこととなっている。

 その結果、北の大地は未開の地と呼ばれることとなったのだが、東西南との交流がないだけで、もしかしたら人が住んでいる可能性も否定できない。

 だからこそ、ゼロは友人たちの心配を振り払ってでも訪れようとしているのであった。


「ふぅ。そろそろ今日の夜営の場所を確保しないといけないな」


 ゼロは襲いかかってくる亡霊たちを容赦なく、錫杖で殴りつけて除霊させていった。

 やはり、人の行き来が乏しいせいか、野良の亡霊の数が異様に多い。

 その分、金品の落とし物が多いのは嬉しいが、激しい運動はお腹を空かせるから少し困る。


「平地があればいいんだけ、ど…………?」


 ゼロは目を疑った。

 ここは山脈の中腹であり、町中ではない。だが、ゼロの目の前には赤地の布に白い装飾が施されたボロボロの垂れ幕が、平らな舞台の左右の柱に括られている。

 近付くと、舞台の上に誰かが立っているのが分かる。誰かではない、亡霊だ。

 年はロッカと同じくらいの十代後半だろうか。ボザボザの髪に亡霊特有の光のない窪んだ瞳。服装は昔の旅人風の装いだが、手にはラッパのようなものを持っていた。


「こんばんは、良い夜だね」

 声を掛けると、少年の亡霊はゆっくりとゼロの方に顔を向けた。


『あんたは?』


「除霊術士ゼロ。そういう君は?」


『お、れは……笑い種。そう呼ばれていた』


 前世紀の亡霊は、本名を隠しあだ名で呼び合う文化があったと言われている。本名を隠すことにどんな意味があるのかは分からないが、文化と言ってしまえばそういうことだと割り切るしかない。


「野営する場所を探しているんだ。そこで寝ても良い?」


『別に、構わないけど……』


「じゃあ、遠慮なく」


ゼロは舞台の上に登ると、すぐに寝袋の準備をして、背嚢の中から携帯食と三脚とコップを取り出し、三脚の下に固形型の携帯燃料を耐熱皿にほんの少しだけ切り落としてから入れて火を灯す。

 更に水筒の水をコップに注いで粉末状のお茶を入れれば完成だ。


『……手際良いな』


「野営には慣れてるから、みんなできるよ」


 事実を口にして、携帯食も口にする。味気のないパサパサした携帯食は正直に言うと美味しくない。だからこそ、せめてお茶だけでも美味しいものでなくてはならない。ゼロはいつもやっているように携帯食をお茶で飲み込みながら食べ進めた。

 どんなに味気がなく、口の中の水分が全て吸われる思いがしても、この携帯食が一番、腹持ちが良くて栄養値が高く、何よりも低価格でお得なのだ。

除霊術士をやっていくには旅をするためそれなりにお金が掛かる。ただし、町の中で普通に暮らすよりは出費は少ないので、貧乏人に好まれる職業とも言われていた。


『マズそうだな』


「うん、美味しくない。フルーフが食べたい」


『フルーフ?』


「ヤギの乳を米や大豆で煮込んだ料理。甘くて美味しくて、凄く好きなんだ」


『ヤギの乳の煮込み料理かぁ。それは俺も好きだな』


 ふんわりと笑う少年の亡霊――笑い種に、ゼロは瞼を伏せて笑みを浮かべた。


「それで、君の願いは何? 言ったでしょ、僕が除霊術士だってことを」


『……そうだったな。俺の願いは、この先にある神殿にこれを届けて欲しいんだ』


 笑い種が差し出したのは、擦り切れてボロボロになった黒い布生地。


「これは?」


『俺を育ててくれた、親代わりの人の形見。その人は、この先にある神殿に勤めていた巫女さんのことが好きだったんだ。だけど、俺が死の病に掛かって、それを看病していたら移っちゃって、それで……』


「亡くなった?」


 笑い種は首を左右に振り否定する。


『違う。その人が死んだのは、ここで地殻変動が起きた時。地面が裂けて、地震は止まず、この辺りには多くの村々があったから大パニックになったんだ。そんな中、身体の弱っていたあの人は錯乱した人たちに「南の方は安全だ」って、最後までこの地に残って皆を誘導したんだ。けど、日が経つにつれてその人の身体はボロボロになり、最後は俺たちが寝泊まりに使っていたこの舞台の上で……』


 言葉を区切り、笑い種はしゃくり声を上げながら涙を落とした。


『死んじゃった。俺たちは皆、その人のお陰で生き延びられたけど、結局は病に倒れて死んじゃって………、ごめんなさい。ごめんなさい。本当は巫女さんのところに行きたかったのに、最後まで俺たちの事を気に掛けてくれて……。もっと俺たちが強ければ、俺が死の病になんて掛からなければ、あの人は巫女さんのところへ行けたのに、本当にごめんなさい』


 声を上げて泣き続ける笑い種を見上げて、ゼロは残り僅かになったコップの中身を飲み干して、横に置いた。


「それで、僕に“その人”の形見を届けて欲しいの?」


 泣きじゃくる笑い種は大きく頭を振り肯定した。


『……ん。あの時代から長い時が過ぎちゃったのは知ってる。けど、せめてあの人の形見を、巫女さんの元へ届けてあげたいんだ』


「それが、君の心残りなんだね」


 ゼロの問い掛けに、笑い種は大きく頷いた。

普通の亡霊は、自身の欲望を叶えるために、地上に居座ろうとする奴らが多い。特に生前の記憶がなく、地上を徘徊する“野良の亡霊”は、己の欲求の為に生者を襲う習性があるため、除霊術士たちは、一人前になった時に与えられる錫杖を使い、問答無用で“野良の亡霊”を強制除霊していく。だが、稀に笑い種のように、生前の記憶を保持したままの亡霊もいる。

 記憶持ちの亡霊は、亡霊の話しを聞いて無念を晴らし、なるべく穏便に除霊していかなければならない。何故なら、生前の記憶があるタイプの亡霊は欲望だけではなく、自身の無念による執着心が強く、生者を襲うだけでは飽き足らず、自身の願いを叶えようと天変地異を引き起こし、実力行使で物事を進めてくるものまで現れると言われているからだ。

 そういう亡霊ほど、除霊術士一人での除霊は難しく、複数人の除霊術士が力を合わせなければいけない。――余談だが、アメリアが受けた依頼は、このタイプの亡霊である可能性が高いため、ロッカが必要以上に心配していたという事情がある。


(つまり、生前の記憶持ち程ロクでもない亡霊が多いから、手が付けられなくなる前に除霊しなくちゃいけないってことなんだけどね)


 ゼロが見る限り、目の前の笑い種は、脅威になるタイプの亡霊ではなさそうだ。人のことを思いやるあまりに自身が亡霊となる不運タイプと言ったところか。


「どんな事情があるにせよ、僕は君を除霊してあげる。それだけは確かな約束だよ」


 ゼロは笑い種から黒い布生地を受け取った。笑い種はゼロの言葉にすぐに反応できず、間をおいてからへたくそな笑顔を浮かべた。


『ありがとう』


「お礼はいいよ。それが仕事だからね」


 ゼロ笑みを返すと、黒い布生地を錫杖に巻き付け、強く縛り付けた。これで落とすことはない。


「それじゃあ、僕は眠るよ」


『うん……』


「? 何か心配事」


『この辺りには、たくさんの亡霊がうろついているけど、こんなに無防備に寝ても大丈夫なのかって心配になっただけ』


「ああ、なるほど」


 ゼロがサッと周囲を見回すと、舞台から少し離れた辺りに、野良の亡霊たちが右往左往している。昼間に比べるとその数は増していっていた。


「大丈夫だよ。君という強い妄念がある亡霊と、錫杖から放たれている聖響によって、野良の亡霊ごときじゃあ、僕に近付くことはできないんだ」


『せい、きょう?』


「うん。君は強い亡霊だから分からないと思うけど、この錫杖からは常に微弱な聖なる波動みたいなものが発せられているんだ。それを聖響って呼んでる。聖響がある限り、野良の亡霊に襲われる心配はないんだよ。簡単に言えば、虫よけ線香みたいなものだね」


『虫よけって、俺たち亡霊は虫扱いなんだ』


「うん、やぶ蚊だと思ってる」


『やぶって……クハッ。それは厄介だな』


「厄介でしょ? それじゃあ、そろそろおやすみ」


 ランプの炎を消すと、辺りは一瞬で真っ暗になった。


『ああ、おやすみ』


 どこからか笑い種の声が聞こえた。昔の人は、亡霊は青白く発光するものだと言われていたらしいが、実際の亡霊は発光などしない。

 未練を残した半透明な物質が発光するなど、非現実的な現象だ。


(……まあ、そう表現したくなる人の気持ちも分からなくはないけどね)


 ゼロは瞼を下ろすと、すぐに夢の世界へと旅立った。

 寝つきが良いとよく言われている。



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