友人
食事を終えたが、三人は胃休めにお茶を飲んで過ごしている。ほのかに甘い味のするアイスティーは、この店でしか味わえない珍しいものだ。しばらくたわいのない話をしていた三人だったが、ふとゼロが二人に尋ねた。
「ところで、この後の二人の予定は?」
「んーー? 俺は三つ山を越えたところにある村の様子を見て回る、いつもの巡回の予定。何事もなければ五日から七日で終わるかな」
「私は、ちょっと遠くなるんだけど、船に乗って隣の大陸の港町近辺にあるお寺の調査。古い物らしいから、人手がたくさん欲しいんですって。船に乗るから、帰ってくるのは一ヶ月か二ヶ月先になるわ」
「安全性は?」
真剣な瞳を向けてくるロッカに、アメリアはクスッと笑みを浮かべた。
「私以外のメンバーは、ベテランが五人、新人三人の計八人になるの。私は補欠隊員として赴くから、そこまでの危険はないわ。それに、いざとなれば他のメンバーを見捨てるつもりだしね」
「そうか、それなら安心だ」
アメリアの決断は間違っていない。この世に救える命があるのなら救ってもが、それは自分の命と引き換え(イコール)にしてはいけない。自分の命は自分で守ること。他人の命は助けられれば助けるが、助けられなければ助けなくても良いという暗黙のルールが存在している。
だが、ゼロの中では、ロッカとアメリアは、他人が窮地に陥っても見捨てる覚悟はあるだろうが、お互いが窮地になった時は自分の命をかなぐり捨てても助けようとするだろう。他人には厳しく知り合いには甘い。それがゼロの中での二人の認識だ。
(そして、それは僕も含まれている)
ゼロは波が立っていないアイスティーの表面を見つめた。
自分はどうだろう。二人とは特別に仲がいい。だが、2人が窮地に陥った時に率先して助けに行くかと問われれば悩んでしまうかもしれない。
「そんで、ゼロは?」
「え?」
「だから、ゼロの予定は?」
自分の考えに没頭するあまりに、自分の番が来ていることに気付けなかった。今は考えないでおこうと思考に蓋をして自分の予定を二人に伝える。
「北の大地へ行こうと思っている」
二人の顔色がサッと変わった。想像していた通りの二人の反応に、ゼロは思わず「フハッ」と笑い声を立ててしまった。
「北の大地って、未開拓地のことだろ!」
「うん、まあね」
「どうして、そんな危険なところにゼロが行く必要があるの? そんな依頼、受けない方が良いよ!」
「違うよ、アメリア。未開拓地へは依頼があっていくんじゃない。僕自身が行きたいから行こうと思っているんだ」
二人にも話したことがあるゼロの夢。その事を知っているからこそロッカとアメリアは口を紡ぎ、ゼロは笑顔を浮かべた。
「今も地上のどこかをさまよい続けている母の亡霊を探し出し、僕自身の手で除霊する。これが、僕が除霊術士になった理由って、2人には前にも話したよね?」
二人は沈黙を続けた。
「除霊術士になって、一人前と言われてそろそろ一年経つ。師匠の言葉を借りるなら、“実は熟した”だよ」
「けど、それなら俺たちも一緒に……」
「ロッカとアメリアの夢は誰の手も借りずに自立すること。僕とは違う」
ゼロは食べた分のお金をテーブルに置き、荷物を持って席を立った。
「ゼロ!」
ロッカの呼びかけには答えず、店の出口の方へ歩いていくゼロの服の裾を掴む手があった。
「アメリア?」
「………ちゃんと、戻ってきてね」
目を丸くして驚くゼロに、アメリアは涙で潤んだ瞳でゼロを睨みつけた。
「あなたの夢は、お母さんの除霊でしょ? それが終わったらちゃんと五体満足で帰ってくること! いい、約束よ」
言葉に詰まるゼロの肩に、腕が回される。
「そうだな、アメリアの言う通りだ」
「ロッカ?」
「お前が無事に帰ってこなければ、俺たちはお前が死んだって思うことにする。そしたら、お前を除霊しに北の大地に行ってやるよ」
ニッといたずらっぽい笑みを浮かべるロッカに、アメリアは大きく頷いた。
「………そんなこと言われたら、ちゃんと帰って来なくちゃダメじゃん」
「「当たり前だ」よ」
二人の声が重なり、ゼロは笑ってしまった。
見習い時代からの友人で、幼馴染の二人。やはりゼロにも無理だ。二人を見捨てる選択肢なんて自分にも持ち合わせていなかった。