北の大地への旅立ち
ガヤガヤと賑わいをみせる食堂―クラパス。手軽な価格と女将が作る愛情たっぷりな家庭料理に、多くの人が昼夜問わずに集まってくる。昼は若者向けの食堂がメインだが、夜になると居酒屋を兼用しており、女将の作るご飯と旦那さんが作る酒やつまみでメニューが二分割される。どちらの料理も美味しくて、ついつい通いたくなるのだと、店の常連客は口を揃えて言う。
「けど、俺はやっぱりおかみさんの作るマーマヤが一番好きだなぁ。ヤギのスープに小さく丸めた硬パンが散らされてて、解して食べるとめっちゃ美味いんだ!」
「あら、そしたら私はおじさんの作るフルーツゼリーが好きよ。フルーツが採れた日にしか食べられない限定メニュー。タルトも美味しいけど、食べてると他のお客さんから睨まれるのよね~」
「あ~~、デザート類の競争率は、肉料理並みに凄いからなぁ。あ、ゼロ。お前は何料理が好き?」
「僕?」
フルーフという昼メニュー定番料理を食べていたゼロはスプーンを口にくわえながらキョトンと瞬きを繰り返した。
十代半ばくらいの年齢で、灰色のしっぽ髪に藍色の瞳を持ち、着ているのはフード付きの桃色のパーカーとジーンズというラフな格好をしていた。何処にでもいそうな服装の割に、彼の足元の荷物入れの籠には、薄汚れた背嚢と金の錫杖が置かれ、他の二人の荷物入れの籠にも金色の錫杖が置かれているため、この席に座る3人が同業者ということは誰の目からも明らかだった。
「僕は、そうだなぁ。やっぱりフルーフが一番美味しいと思うよ。銅貨1枚でお腹いっぱいになるし、甘くて美味しい料理は他にないからね」
ゼロは「あーん」と口に出して、フルーフを口に運んだ。フルーフは、マーマヤと似た料理で、ヤギのシチューに豆と米を合わせて煮たものだ。店のメニューの名前は女将さん夫婦で考えたものなので、別の町へ行けば名前が変わる。この店独自のメニューの様に思わせるところがなかなかに良くて好きだった。
その中でも腹持ちがよくほのかに甘いフルーフはゼロのお気に入りのメニューである。
「ゼロってば、フルーフ以外の料理、食べたことないじゃない」
「初めて食べた時から、この料理一筋なものでね」
「それ、食べず嫌いって言うのよ」
ジト目で睨んでくる少女の名前はアメリア。小麦色の瞳に、赤みの入った茶髪を後ろで一つに結び、黄色のブラウスと赤色のベスト、茶色のミニパンにクリーム色のタイツを身に付けている。少し子供っぽいところもあるが、今年の冬に十五になるため、成人間近の女性だ。
「けど、美味いもんをついつい食っちゃう気持ち、マジでわかる。俺も肉料理があれば毎日でも食いたいもん」
フウと溜息を吐く少年の名前はロッカ。紺色の短い髪に同色の瞳を持っている。服装はTシャツに黒いジャケットとズボン。かなりの軽装だ。年はアメリアより上の十六歳。この中で一番の年長者でもある。
「ロッカは本当にお肉が好きだね」
「肉は俺の動力源だからな!」
「ゼロも、ロッカも偏食過ぎ! もっと野菜や果物を取りなさい」
小姑じみたことばかり言うアメリアに、ゼロとロッカは視線を合わせて、笑った。
「笑うことないじゃない」
「だって、んなこと言ったら、お前だって果物ばっかり食ってないで肉や魚もちゃんと食え」
「それに、主食もね」
ウグッと言葉を詰まらせるアメリアの様子に、ロッカとゼロは再び笑い合った。
読んで下さりありがとうございます。
よろしくお願いします。