表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

禁じられた遊び

作者: 三冬月マヨ

夏休み前の憂鬱なテスト期間も終わり、後はそれを待つだけと云う頃。


「アルビドゥス様、アルビドゥス様。居たら答えて下さい」


夕暮れ時でも、まだ明るいこの頃。

とある高校の教室で。

五人の少女達が、それをしていた。

二人の少女が机を挟んで向かい合わせで座り、一枚の銅貨の上に軽く指を一本ずつ乗せていた。

その銅貨の下には、文字の書かれた白い紙。

『あ』から『ん』まで書かれてあり『はい』と『いいえ』の単語も見える。

その文字列の上方、中央あたりには鳥居の様な物が描かれてあった。


「…みずきの好きな人を教えて下さい…」


銅貨に指を乗せている一人の少女が、そう呟くと、向かいに座るみずきと呼ばれた少女の身体が小さく震えた。


二本の指を乗せた銅貨がゆっくりと動き出す。

まるで意思があるかの様に動くそれは、一つ一つ、丁寧に文字を拾って行く。


「…た…か…は…”…や…」


「止めて!!」


みずきが堪らず、指を離して座っていた椅子から立ち上がった。


「はあ? 何してくれてんの、アンタ?」


「アルビドゥス様が帰るまで、指を離したら駄目でしょうが!」


「信じらんない、マジこいつ何なの?」


「わざわざウチらが遊んでやってんのにさあ」


「あ〜あ。でも、先に指離したのみずきだからあ。呪われるのはみずきだけだよね?」


「うわあ、怖い。呪いって何だろね?」


みずきを取り残して、四人の少女達が会話を弾ませる。

彼女達が行っていたのは、所謂交霊術みたいな物。

それの、真似事だ。

用意された銅貨に、霊が降りて来て、どんな質問にでも答えてくれると云う。

実際は、銅貨を動かしているのは、それに指を置いた者だったりするのだが、夏のこの時期には欠かせない遊びらしい。


散々に言われているみずきだが、彼女は唇を噛んで、胸を握り締めて俯く事しか出来ない。

だって、もう、分かりきっている。

彼女達には、何をどう言っても、それが伝わる事は無い。

伝わっていたのなら、あんな事は無かった筈だ。

嫌だと、止めてと泣いて叫んでも。

彼女達は笑いながら、みずきにスマホを向けて来るだけだった。

自分は、彼女達の玩具でしか無いのだ。


『助けて』と。


『誰か、助けて』と。


何度も叫んだ。

みっともなく、涙と鼻水を流して何度も、何度も。

声が枯れるまで叫んでも、その叫びは願いは、誰にも届かなかった。


「何をしているの! もう、下校時間は過ぎたでしょう!? 早く帰りなさい!」


開け放たれていた教室の出入り口のドアから、一人の教師が入って来た。


「ああ、もう。また、こんなのやってるの!? いい加減にしなさい」


そして、机の上にあった紙を目ざとく見つけて取り上げた。


「ちぇ〜。つまんないの」


「いいや、帰ろ」


「どっか寄ってく?」


「じゃあね、みずき。呪いには気を付けて。明日、生きていたら、また遊ぼうねえ?」


「うっわ、ゆかり酷いなあ!」


「ええ? そんな事ないよ〜?」


ケラケラと笑いながら、みずきを残して四人の少女達が鞄やらリュックやらを手に、教室から出て行った。

残されたのは、俯いたままのみずきと教師だけ。


「あの子達は…。ほら、白沢さんも帰りなさい」


取り上げた紙をくるくると丸めながら、教師が溜め息をついて、みずきに声を掛けた。


「…村瀬先生…」


「なあに? 何か話があるの?」


頼りないみずきの呼び掛けに、村瀬と呼ばれた教師は何処か突き放した様な声を出した。

それも、仕方の無い事。

今日は給料日で、それも久しぶりの友人達との呑み会なのだ。

遅れて等行きたくないし、シャワーを浴びてから行きたかった。

暑さで汗をかいた身体が気持ち悪い。

さっぱりして、しっかりとメイクをしてと、考えていたのに。

よりにも寄って、こんな事で時間を食うなんて。


「…いえ…さようなら…」


村瀬の冷たいとも云える反応に、みずきは頭を下げて、自分の机に置いていた鞄を手に取ると、教室から出て行った。


「もう。あの子も言いたい事があるなら、はっきり言えばいいのに…そんな…」


そんなのだから、いじめられる。


と、言おうとして、村瀬は口を噤んだ。

違う。

これは、いじめでは無い。

実際にいじめられているのを、目にした訳では無い。

何より、本人からいじめられている等と聞いた事が無い。

だから、先のはちょっとしたブラックジョークだ。

呪いだとか、そんなのは。


「これで良しと。ああ、もう、こんな時間!? 家へ帰るより、スーパー銭湯の方が早いか!」


メイク道具は常に持ち歩いているから、問題無い。

焼却炉に取り上げた紙を放り投げて、スマホで時間を確認した村瀬は足早にそこから立ち去った。


土を踏む音が聞こえた。

それを鳴らした人物は、焼却炉から村瀬が捨てた紙を取り出して。


「…酷いなあ…」


と、瞳を細めて、口の端を上げて嗤った。




「…あ? 村瀬、それ燃やさなかったのか?」


居酒屋にて最初の1杯はビールでしょうと、中生ジョッキを注文し乾杯をして少し経った頃、今日の事を話した村瀬に、友人の一人が神妙な顔で聞いて来た。


「え? うん。でも、明日燃やされるから、別に構わないでしょ?」


「ええ? それ、ヤバくない?」


別の友人が、眉を寄せて行って来た。


「何がよ?」


話が分からず、村瀬は聞き返す。


「いや、だってさ。何かその子達、怒ってたんだろ? って事は、失敗てか間違えたんだろ?」


「うんうん、ヤバいって。ちゃんと帰って貰えない時は、災いがって聞くし。燃やさないとヤバいよ」


「ええ? ちょっと、怖い事言わないでよ」


「だって、村瀬、その紙に触ったんだろ? 何かあってからじゃ遅いだろ? お寺とか行って、燃やしてもらえよ」


「いや…」


そんな、災いとか、本当にあるのかも分からないのに。

そんなのはデマ、迷信だ。

と、村瀬は思ったが、それを口にした二人の友人の顔は、真剣その物で。

他の残る二人の友人も、重い顔をしていた。


「わ、分かったわ。今から、学校へ行って、お寺へ行くから! もう、何て日なんだろ。ごめん、またね!」


「タクシー使えよ!!」


「はいはい!」


村瀬は仕方が無く、重い腰を上げて参加費の二千円をテーブルに置くと、足早に店を後にした。




「…無い…? え?」


そう呟いて、村瀬はまた焼却炉を覗き込んだ。

燃えカスの上に、ポンと置いた紙だったが、焼却炉の扉は閉めたし、風で飛んで行ってしまうとかは無い筈だ。


「…どうしよう…タクシー待たせてあるのに…」


顎に指をあてて、村瀬はしばし考えたが。

無いものは無いのだ。


「…お祓いとかだけでも…して貰う…?」


そう呟いて、焼却炉に背を向けた時。


「…村瀬先生」


背後から。

たった今、見ていた焼却炉の方から、声が聞こえた。

思わず、村瀬の肩が跳ね上がった。

逸る鼓動を抑えながら、村瀬はそろそろと背後を振り返った。

焼却炉の横に、彼女が居た。

教室に居た時は、背中に掛かる髪を二つに分けて結んでいた筈なのに、今は結ばれて居なかった。


「…白沢さん? 帰って無かったの…?」


「探し物は、これ?」


みずきは村瀬の問いには答えずに、口の端を上げて笑って、右手に持つそれを掲げて見せた。


「それ…っ!!」


みずきの右手にあるのは、焼却炉に捨てた筈の紙だった。


「どうして、白沢さんが? あ、ううん。それを渡して」


何故、みずきがそれを持っているのか疑問だったが、それは後で良い。

今は、それを持ってお寺へ行くのが先だ。


「…もう遅いよ?」


「え?」


みずきの放った言葉の意味が、村瀬には分からなかった。


「ねえ、いじめられてるって言わないと、分かってくれないの?」


そう首を傾げて、口の端を上げて笑うみずきに、村瀬は思わず足を後ろに引いた。

こんな風に笑うみずきを見た事が無かった。

こんな風に笑う子では無かった筈だ。


「教科書とかノートとかを破られたり、落書きされたり、雨の日に傘を折られたり、上履きに土を詰められたり、机の中に卵を入れて割られたり、ま、そんなのがいじめだと思ってる?」


「…し…らさわ…さん?」


何故だか、村瀬の喉はカラカラに乾いていた。

唇も渇いて、かさついている。

こんなに饒舌に話す子だったろうか?

もっと、何処かおどおどとしていた筈だ。

村瀬の記憶にある、白沢みずきと云う生徒は。


「こう云うのもあるんだよね…」


言いながら、みずきは歩いて村瀬の目の前に立つと、スカートのポケットからスマホを取り出し、操作をして軽くあざ笑うとその画面を村瀬に見せた。


「…え…?」


それは動画だった。

音量は敢えてオフにしたのだろう。

そこには、みずきが居た。

いや、みずきと男達が。

二人の男がみずきの腕を押さえ付け、更にはみずきの上にのしかかる男の姿も。


「…な…」


目を見開く村瀬の顔を覗き込む様にして、みずきは何処か楽しそうに口を開いた。


「…この子ね…もう少しで生理来なくなって二ヶ月になるんだ。ねえ? どうして?」


「…どうして…って…」


それは…。


こう云うのも、と、みずきは口にした。

今、みずきが手にしてるスマホは誰の物?

だって、そこにはみずきが映っている。

みずきが自分で撮った物では無い筈だ。

それなら、誰が?


「…あ…あの子達が…?」


しかし、みずきはその問いには答えずに。


「…この子の最期の言葉を教えてあげようか?」


この子。

そう云えば、先程も、この子と言った。

それに、さいごって…?


村瀬は動けずに、ただ、みずきを見詰める。

軽く瞳を伏せて、唇の端だけで笑う…嗤うみずきを。


「…皆、死んじゃえ。だよ?」


「ぐっ!?」


みずきだった者の放った言葉と同時に、村瀬の首に圧力が掛かった。

それは、ただただ村瀬の喉を潰してゆく。

村瀬は喉に手を伸ばすが、そこには何も無い。

見えない、掴む事も出来ないそれに、どれだけ抵抗しても無駄で。


やがて、村瀬の身体が地面に倒れた。


「あーあ、汚いの。首絞めたら、色々出るんだっけ。まあ、良いか。記念撮影してあげるね?」


みずきだった者が嗤い、スマホのカメラを起動して、自ら出した汚物に身体を浸す村瀬の姿を撮影し、それをこのスマホの持ち主のSNSにアップした。


「…ふふ…反応が楽しみだね?」


みずきだった者が嗤い、手にしていたスマホを村瀬の身体の上へと落として、そこから姿を消した。

歩くで無く、走るで無く、唐突にその姿が消えた。


その直ぐ後だった。

タクシーの運転手が、戻って来ない村瀬を捜しに来て、悲鳴を上げながらもスマホを操作し、警察へと連絡をしたのは。

そして、村瀬の傍らに落ちていたスマホの持ち主である、ゆかりと呼ばれた少女の遺体が発見されるのは、もう少し後の話になる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ