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絶縁体Y  作者: おつん
1/1

#1転移

 ~PM10:08~

 街灯が無い場所では月明かりだけが頼りである。しかし、そんな月さえ現れない日が、28日に1回ある。

 下石山。その中で里津峠と名付けられたルートは舗装こそされているものの、細く、街灯ひとつ無かった。連続したカーブと高低差がある上、特筆すべき施設も景色もあるわけでもないので交通量は少ない。市街地から程遠く、民家が点在するだけのそこは喧騒とはかけ離れ、木々は、ただ、風が撫でる音だけを聞いている。

 しかし、その状況をぶち壊すかのように飛び込んで来たものがある。白い光を撒き散らし、爆音を轟かせたのはグレーのスカイラインGT-R33だった。

ーーーー

 ハンドルを握る三雲彩にとっては見慣れた光景であったが、この日は気分が違った。

 好きなだけ、とばせる…!!

 今日でこのタイヤとはお別れだ。次のタイヤは買ってある。

 最後のグリップ力を使い果たすつもりで道を駆け抜けていく。右手はハンドル、左手はシフトレバー、左足はクラッチに貼り付け、右足はアクセルとブレーキをせわしなく行き来する。

 どうせ対向車など来はしないのだ。道幅を目一杯使い、減速を減らし、狭いカーブでは立ち上がりのエンジン音と加速度を楽しむ。ただの帰宅でも意識ひとつでこんなにも楽しめる。

 2速で左、3速まで上げて緩やかな右、すぐブレーキで左…

 足でリズムを作り、手で世界を回す。このときだけは、世界が自分のものだと思える。

 下石山の南側をなぞりながら登ってきた道が、その中腹で西に回り、下りを交え始める。ここまで来れば後少しだ。

 最後の難所とも言えるヘアピンにたどり着いた。下りのストレートの先にある左のヘアピンは事故が多く、カーブの入口までに注意看板が車を迎えてくれる。

 ここが今日の最大の楽しみである。

 カーブミラーで対向車が来ていないことを確認すると、3速のままカーブへ進入、する直前にサイドブレーキを一瞬はさみ、ハンドルを左に倒す。するとフロントの左側がコーナー内側へと肉迫し、慣性に負けたテールがほんの少し流れ出す。即座に舵角を元に戻し、ほぼ0に等しいカウンターをあてる。アクセルは離さない。

 今までスピンだった挙動が修正され、フロントがコーナーを舐めるようにスライドする。

 ドリフトだ。

 彩は左足をクラッチの左側へ絡ませ、右足のかかとで踏ん張ることで慣性を消そうとするが、それでも上半身が右側のドアに押し付けられる。

「くっ…!!」

 コーナーの出口が見えた瞬間、緩まった右足にありったけの力を込めると、4WD特有の軌道で1500kgの車体が引っ張られる。

 抜けた。

 と思った時

「ーーー!?」

 全身が衝撃を受けた。それも全方向から。

 締め付けるような痛みは一瞬では消えない。単なる衝撃だったら脳震盪を起こし、意識が飛んでいただろう。しかし、それが許されない。

 頭蓋骨が軋み、堪らず声が出る。

「…カハッ」

 それは果たされなかった。喉を潰され、息をすることさえできないのだ。

 このままだと窒息する!!

 そんな中、唯一動く器官があった。目だ。フロントガラスから見える景色は、ヘアピンの外側、数少ない人工物であるガードレールへと吸い込まれていく。

 もう、ハンドルにもアクセルにもブレーキにも届くものは無く、慣性に運ばれていく視界が暗転していくのを見守るだけだった。


ーーーー


 彩はハンドルにもたれたまま目を開けた。自分の目を覚ませたものを見上げる。

 太陽だ。

 あの高さなら、もう12時近くだろう。

 身体を起こして、記憶を整理する。

 確か、帰宅途中で…おかしいわ。

 何事もない。あれだけの事がありながら、身体から血が出るどころか、痛みひとつ感じない。身体を触れて確認するが問題がない。

 疑問を抱いたまま、周囲を見渡す。

 ここは道路上じゃない!?

 まばらな針葉樹に囲まれたここは、平坦ではあるが、遠くは見通せない。視界にあのヘアピンは写らない。

 あのままガードレールをぶち破り、勢いそのままに針葉樹林に放り出されたと考えるのが妥当だ。

 だとすると、右フロントにガードレールにぶつかった痕があるはず。

 ドアを開け、外に出る。少しぬかるんだ土を踏む足は、ローファーを履いており、帰宅途中だったことを証明している。

 パッと見で痕が見つからず、反対側も車体の底も覗いた。

 その結果、気づいた事が2つある。1つ目は、車が新品同様であることだ。車体に傷が無いだけでなく、エンジンルームもタイヤも完璧な状態だった。

 2つ目は、無音だという事。動物が作る音は勿論、風の音がしない。自分が作る音だけが聞こえる。不気味にも感じるが望んでいた環境でもある。

 これらのことから、彩は1つの結論を出した。

 夢ね。

 昨日のことが夢なのか、これが夢なのかはわからない。だが、これが現実であると考えるのが最善である。

 取り敢えず、

「帰りましょう。」

 家に。

 


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