囚人
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私は「震災」という言葉に囚われている。
何をするにもきっかけは「震災だった」と答え、「復興の為に」「前に進む為に」と微笑み、皆はそれを「素晴らしい」と持て囃す世界に。
ああ、もううんざりだ
そんな言葉を吐けば、皆が「人の痛みを知らぬ愚か者!」と怒り、罵声を浴びせる。
皆はそれを「正義」「当然」「当たり前」と、罵声を浴びせる事を疑問にも思わない。
忘れることは罪ですか?
この問いに「是」と答える事に、人々は何の疑問も感じない。
「忘れることは罪なのだ」と、忘れたいと願う者を断罪する。
そのくせ、その時間を抱きしめたままの者に「辛い感情を抱きつづけてはいけない」と、前を向けと命じる。
なんて矛盾だ
口にできないまま、延々と胸の奥で燻るこの感情はなんと言う?
なんと名付ければ良い?
前を向く為にあの日を忘れる事を否とし、あの日を忘れず前を向けない者も否とする。
自分達の都合の良い「被災者」「復興者」の姿を求め、作り上げ、持て囃したその先は?
何を持って「復興」か
何を持って「忘却」か
忘れぬよう、忘れられぬよう伝え続ける事だけが是か。
忘れる事を一方的に否と断じる事が是か。
前を向く為に忘れる事は否か。
何かを新たに始めなければ「前を向いた」という事にならないのか
この問に返ってくる答えは「否」
ならば、皆が持て囃すのは何故なのか
「震災を機に」
この言葉がなければ、新たに何かを始めた人々は持て囃されないのか
ならば、それは果たして――
ああ、今日もどこかから「震災を機に」「復興の為に」そんな言葉が聞こえてくる。
「素晴らしい」と手を叩けない私は……
「頑張って!」と声援を送れない私は……
「もういいよ」と目を逸してしまう私は……
一体いつまで「震災」という言葉に囚われ続ければ良いのだろう
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