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09 欲

 欲とは何だろう。ベルンハルトは思考に囚われる。


 要望、要求、渇望……これらは意味というよりは、類義語だろう。



 生理的な欲。食欲、飲水、性欲、睡眠欲、呼吸、排泄欲。生きるために必要な生物としての本能であり、生きとし生けるものはこれを求める権利がある。

 社会的な欲。承認欲、獲得欲、支配欲、自律欲求、避難欲。群れで生活する動物に見られる高次の欲求のことを指す。満たされなくても種を脅かすものではない。


 具体化すると、ある程度形が見えてきた。



 ゴブリンという種は、種として反映するためには、人族や亜人種の雌が必要不可欠である。それを得られなければゴブ数が増えず滅ぶしか無い。雌を(さら)う行為は種としては正しい。しかし、他種にとっては地獄であろうことは母を見るまでもなく明らかである。つまり、種として利害が対立している。


 「じゅ、じゅじゅじゅ準備できた。種取った。血用意した。ははは、早く雌。雌!」

 「ににに、肉。なな、内蔵また食べたい。内蔵!」


 オスカーとクレメンスに声をかけられ、ベルンハルトは思考を中断する。

 ベルンハルトは本能の赴くままに行動する2匹を羨ましく思った。


* * *


 「北西の巣を狙う。目標は5匹だ。雌が出なくても5匹だ」

 「わわ、わかってる。ベルンハルト流石。俺、お前大好き」

 「い、1、2、……4、3、5。右手の指の数。5」


 2匹の返答に軽くため息をつくベルンハルト。その右手には石が握られていた。足元には図が書かれ、その上には石が配置されていた。


 開拓村落防衛戦(フロンティアライン)。ドドイツ帝国の南西に位置する開拓前線である。『夜の森』から2kmほど離れた位置にある戦力を集中した前線都市、そしてその周りに中継都市が点在していた。物資と流通経路と救援戦力の網である。村落の1つに攻撃を仕掛けると、別の村落から救援が送られ、救援を送った村落には前線都市から更に救援が送られる。開拓村落防衛戦(フロンティアライン)は前線都市を主軸とした鋭利にして堅牢な広域要塞だった。


 その開拓村落防衛戦(フロンティアライン)を模した図がベルンハルトの足元には描かれており、目標とした北西の村落は、前線都市から補給経路にして2村落分離れていた。北西の村落から伸びる2本の別の村落への線上には☓が書かれ、目標の村落の2箇所の出入り口には星が描かれている。


 攻略するための一番の障害は外部からの応援。二番目は村落自体の戦力。この2つを出来る限り削らないと3匹ではにっちもさっちもいかない。


 状況を改めて頭の中で整理すると、ベルンハルトはナタを一度、(さや)から出して状態を確かめる。その後、2匹を見ると頷いた。

 クレメンスは笑顔で弓をニ(ちょう)、そして矢筒を肩にかけている。頬まで避けた口からは牙が覗く。短弓と合成弓。飛距離によって使い分けていた。

 オスカーは興奮したのかタワーシールドを空に掲げ、もう片方の手で持っている棍棒を振り回す。


 「行くぞ」

 「「けひゃー」」


 ベルンハルトの言に応え、2匹の歓喜の叫びが挙がる。3匹は雌争奪のための決死の戦いに挑む。


* * *


 「よいっしょっと」


 陽も正中を越えた頃、パン屋の娘、ニーナは生地を丁寧に練っていた。


 彼女はカイという名の少年に恋をしていた。


 手作業で酵母と生地を均一に混ぜ合わせるのはかなりの重労働である。その重労働を彼女は笑顔でこなす。彼に美味しいパンを作るため、彼の美味しいという一言を聞くため、彼女は前向きに頑張れる。


 丹念に練られた生地を型にはめる。これから発酵させることによりふっくらとしたパンになる。

 

 準備が終わった彼女は、いつものおまじないをする。


 「美味しくな~れ。萌え萌えキュー「ドッゴーン!」」


 突然の爆発音。

 それは、彼女が隠し味を唱え終わる前に起きた。


 ニーナは慌てて窓の外を見る。


 音の発生源を(さぐ)る。

 村の中心で砂埃が舞っていた。

 見張り台が倒れている。


 状況から、先程の音はその倒壊音と思われた。老朽化で倒れたわけではない。『ヴァンパイアバジル』がその柱に絡まっていたからだ。


 『ヴァンパイアバジル』は雑草の一種である。血を与えると爆発的に増える。ただそれだけの草である。特に人を食べるとかということはない。見つけたら根まで引き抜くのが常識であった。農作物の天敵だからだ。


 「くそっ。何処の馬鹿だ? バジル埋めて、血をかけたや「ドッゴーン!」」


 おっさんが怒鳴り散らす中、今度は家屋が倒壊した。

 『ヴァンパイアバジル』が倒れた家の隙間から盛り上がるように生えている。


 ドッゴーン!

 「ん……んごおおぉぉぉ」


 更に今度は、怒鳴り散らしていたおっさんが吹っ飛び壁に激突した。おっさんのいたあたりに3メートルほどの高さのバジルがうねうねと自らの存在を主張していた。



 ニーナは窓の外の光景に絶句する。一体何が起きているのだろう。


 カランカランカラン♪

 「ニーナ!」


 表の引き戸から来客を知らせる鈴の音が鳴るや否や、ニーナの想い人であるカイがパン屋に駆け込んできた。目鼻筋がくっきりとした肌の焼けた健康的な少年だ。


 「誰かが村中にバジルを蒔いているらしい。村の外に避難しよう」

 「う……うん」


 避難して、パン屋は大丈夫なのだろうか。

 何が起きているのだろう。

 おっさん大丈夫かな。


 ニーナの頭には様々な考えが巡るが、カイはニーナの考えがまとまる前に、彼女の手を取り西門へと走り出した。


 ドッゴーン!

 ドッゴーン!


 西門へ向かう途中、村の中では次から次へとバジルが発芽し、その瞬間的に膨張する体積であらゆるものを弾き飛ばしていた。先程のおっさんは再び壁に激突していた。


 「はぁはぁ……あと少し」


 2人はおっさんが飛び交う中、西門へと足を急ぐ。


 村を囲う壁。丸太の杭を金具で止めただけのものだが、強度は十分にあった。村の東西には吊るされた木の門。緊急時にはロープを切ると閉じて籠城することが出来る。可動式の扉はどうしても強度が下がるためこのような措置になっていた。


 吊るされた扉をくぐる。


 2人は門から外に出ると、直ぐ後ろでバジルが爆ぜた。後少し遅ければ門を通ることが出来なくなっていただろう。外には彼女たちの他、4人の男女が同じように息を切らせていた。


 「はぁはぁ……ぎりぎりだったな」

 「ふぅふぅ……うん。何だったんだろうね」


 2人は顔を見合わせ安堵する。

 ――そのとき声がした。


 「門を閉めろー。敵だー。公国が攻めてきたぞー。信号だー。増援の信号を送れー」


 公国? まさか『夜の森』を越えて? 

 疑問に思い、彼女は慌てて見回す。

 しかし、そこには影も形もない。


 バジルに遮られ、周りの状況がわからないのか、門の綱は切って落とされた。


 重量物が地に突き刺さる衝撃音が響く。

 地が揺れた。


 壁の向こうからは青い煙が空に昇る。


 「「え?」」


 村の外にいた6人は困惑する。

 門を閉じられ村に入ることが出来なくなったことも、敵など何処にもいないことも、そもそも謎のバジル騒ぎもわからないことだらけだったからだ。



 その混乱した状況を狙っていた狩人が物陰から飛び出す。

 大きな土色の布を(まと)ったそれは、地を這うようにそれは地面すれすれに低く駆け抜ける。


 ニーナは迫りくる襲撃者に驚き、目を瞑る。


 ……あれ?

 襲撃者はニーナの横を通り過ぎていった。それどころか6人全員の横を通り過ぎた。


 「「え?」」


 またまた何が起きた? そう思いながらも足に痛みを感じたのでそちらを見やると、足首の健が切られていた。先程の謎の襲撃者はただ通り過ぎただけではなかった。


 「ひぐっ。ぎゃぁぁぁぁ。痛い痛い痛い痛い……」


 激痛が彼女を襲う。

 踵から爪先までの感覚がない。

 痛みで何も考えられなくなる。


 彼女がもがき苦しんでいると、皆の様子が視界に入る。

 ニーナと同じように足を押さえ悶えていた。


 カイは? カイは何処? 救けて。

 ニーナはカイに救いを求める。

 しかし彼はニーナの隣で同じように足を押さえていた。


 「何だよ。何が起きたん「ごすんっ」」


 目の前でカイの頭が無くなった。


 「え?」


 カイだったものの首から血が溢れ出ている。


 「え?」


 頭からカイだったものの血をかぶった。


 「え? え? え?」


 彼女が放心している間に、カイの頭が無くなったときの音が3度鳴った。


 「え?」


 影がニーナを覆い、陽の光を遮った。


 何が遮ったのかと思い、倒れたカイだったものを見ていたニーナは頭をあげる。



 そこには背筋が丸まり、頬まで避けた口の醜悪な緑の小人が、太陽を背にして、邪悪な笑みを浮かべていた。




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