07 狩り
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
男達は必死に逃げていた。
枝や木々に引っかかり生じる傷。泥濘んだ地面に転び泥まみれとなる衣服。武器はとうに放り出し、ただただ無様に逃げていた。
彼らの遥か後方に一騎の騎竜。強靭な2本の後ろ足で深い森を駆けてくる。竜には真っ赤な重鎧を着た騎士が騎乗していた。彼女は左手で手綱を繰り、右手には2メートル以上の長さの騎槍を握る。
騎竜は森の中とは思えぬ早さで疾駆する。騎乗するフリーダの目に写る景色は瞬時に後方に流れているのだろう。……その焦点の中心にいる逃げる男たちを除いて。
カイゼルは後悔していた。いつか偉くなるように願い名付けられたその男は盗賊に成り下がっていた。騎竜に追われる1人である彼は振り返るたびに明らかに近づいている死の象徴に、過去を思い返し自然と涙が流れ出す。
初めは隣人の成功が気に入らないだけだった。隣で成功している隣人を見ているうちに己の現状が惨めに思えてきたからだ。現状を変えられるという美味しい話に乗せられ、お尋ね者になる。何処にでも見られる極普通の転落だった。
彼は幾度かの振り返りの後、絶望に踏みつけられる。
走る足が急に止められ、前のめりに地面に突っ込む。何が起きたのかと己の足を見ると、脛のあたりから先が潰れていた。
「ぐあぁぁ……ぎぃあああああああ!!」
彼は絶叫し、悶え、地を転がる。
走騎竜は暴れるカイゼルの腰を足で抑えると頭部を咥える。無造作に獲物を引っ張ると、鈍い音を立てカイゼルの体は2つになった。
獲物を咀嚼する彼女の腭からはカイゼルの両手と脊髄がブラブラと垂れ下がる。地面に横たわる下半分はピクピクと痙攣していた。
「う、射てー!」
誰かの号令に合わせ、一斉に矢が放たれる。やや離れた丘に12人ほどの弓を持った男が立っていた。
カイゼルを初めとした数人の男たちの役割はこの場に彼女を誘き寄せることであり、伏せた弓兵で一網打尽にするのが盗賊たちの計画だった。しかし、フリーダは予めその位置に伏兵がいることを知っている。竜の聴覚は人より感覚が優れており、走騎竜とフリーダの意思疎通は、彼らの想定以上に成り立っていた。
「links」
フリーダの指示で走騎竜は食べかけの食事を放り投げ、左に大きく弧を描く軌道を取る。
彼女が元いた位置には大量の矢が降り注いでいた。
「ひ、怯むな。射てー」
「rechts」
今度は右に大きく弧を描く。第二射も走騎竜を捉えることなく地に刺さった。
「Blitz」
最後の合図を聞くと、走騎竜はこれまで以上の速度で、弓兵に対し真っ直線に駆けていく。
フリーダは鼻歌交じりに騎槍を留め具にかけ、槍を持つ腕を固定する。
――ランスチャージ。騎兵の特攻。突くことだけに特化した円錐型の槍は、騎乗で初めて効果を発揮する。騎乗者にはただ、槍と騎馬を繋ぐ固定具であることが求められ、人馬槍一体と化したその突撃はフルプレートメイルにも簡単に風穴を開けることができる。
1つの塊と化した走騎竜と姫と騎槍は弓兵の中央にいた男に突っ込む。
――――騎槍円錐部の先端が胸に突き刺さる。身につけていた革鎧などまるで布切れのように刺さっていく。円錐部はそのまま男の胸に沈んでいき、広がる錐の円周に巻き込まれる形で穴が大きくなる。穴が男の脇に到達するまで大きくなると、力はその行き場を失い、千切れる獲物をねじり飛ばす。
激しい音と共に、銀の髪をたなびかせる悪魔が通り過ぎる。
地に敷かれた腐葉土は舞い上がり、湿った落ち葉が舞い降りる。
巻き込まれた枝葉は拉げ潰され地に刺さる。そこには道ができていた。
僅かに繋がる躯は高き木の枝に突き刺さり垂れ下がっている。
突撃に巻き込まれずに済んだ弓兵はただ呆然としていた。
目の前で何が起きたのか理解するのに時間がかかっていたからだ。
「ふんふ~ん♪ ふ~ん♬」
留め具をカチャカチャと固定し直すフリーダ。ご機嫌だ。弓兵の表情は彼女が見たかったそれであったからだ。
足元の地面を踏む固め、第二の特攻に備える走騎竜。彼女はランスチャージで跳ね飛ばすのが何より好きだった。似たものコンビである。
そして、彼女たちが準備を終えたとき、真の蹂躙が始まった。