05 プロローグ2
英雄の血筋とはここまでのものだったか。
剣豪は真剣の打ち合いの最中にそんな感想を思い浮かべていた。
大理石のタイル張りの部屋。広さは20メートル四方くらいだろうか。龍の意匠が施された柱が4本、部屋の四方で天井を支えていた。部屋の中心には初老ほどの剣豪風の男。向かい合うのは白いドレスアーマーを着た白い髪の高校生ほどの歳の美少女。他に人はというと部屋の隅に邪魔にならないように重鎧が5体ほど控えている。
剣豪と美少女は、剣を交えていた。
白いドレスアーマーを着た美少女が片刃刀の刃を横にし突く。剣豪は半身の姿勢のまま、両刃刀の鍔で弾き、剣先を逸らした。しかし、彼女は弾かれることを想定していたのか突きに体重を乗せてはいなかった。深く左足を踏み込み、体を沈めると、逆袈裟に切り上げる。剣豪は咄嗟に剣身で受け止める。受け流すのは不可能だと判断したのだろう。
ギィィン!
金属のぶつかる音が響く。
少女は反作用を利用し体を翻すと、剣豪の左脇に片刃刀を振るう。しかしその動作は大きく、剣豪にタイミングを測られていた。剣豪は片刃刀の剣身を上段からの一撃を以て叩き落とす。手応えが軽すぎる。剣豪は自分の選択の間違えに気づいたときには既に遅かった。少女は剣豪の懐に潜り込むと、懐から抜いた短剣を首に突きつける。
カランカランカラン
戦いの場には勝者の武器が転がる音だけが鳴っていた。
「……見事です」
「手抜きで相手されてることを利用しただけよ……」
剣豪の褒め言葉を軽く流すと、少女は短剣を懐のケースにしまう。
事実、片刃刀を叩き落とそうとする一撃の、その刃を少女に向けていれば勝者と敗者は入れ替わっていただろう。
「それを差し引いても十分と存じますが」
剣豪は苦笑する。彼の弟子の中でもここまで戦えるものは数えるほどしかいなかった。特に敵の一撃が振り下ろされるタイミングで己の獲物を手放した胆力は大したものだと彼は心底感心していた。
少女は片刃刀を拾い上げると、自分の長い髪を空いた手で掬い、邪魔そうに後ろに流す。彼女は拾い上げる所作をするたびに品垂れ落ちる長い髪を疎ましく思っていた。
「もう良いかしら?」
幼いころ、彼女は剣の訓練の時間を何よりも楽しみにしていた。しかし、現在はただの退屈な時間でしか無い。彼女は元々剣に興味があったわけではなかったからだ。
「フリーダ姫。どこに行かれるのですか?」
剣豪は渋い顔をして問う。
「ろ・う・ご・く♥」
少女は笑顔で答える。今日一番の笑顔だった。
誰も言葉を発せない。
剣豪はピクピクとコメカミの血管を浮き出させていた。
「ジークフリート。怒っちゃ嫌♥ だってだってだってだって、殺したいんだもん。血が見たいんだもん。絶望に歪む顔が見たいんだもん。あの信じられないって顔が大好きなの♥ 自分の傷口と私のプリチーな顔を交互に見るあの唖然とした顔が大好きなの♥」
フリーダは指を咥え、上目遣いにジークフリートを見つめる。とんでもない姫だった。国が傾く日も遠くはないだろう。
「可愛く言わないでください……もう罪人は軽犯罪者しか残ってません」
「えー、じゃあ……」
「じゃあ?」
「軽犯罪者も殺しちゃおう」
「駄目です!」
ジークフリートは先程までの動きとは異なり、瞬きほどの時間でフリーダの元に詰め寄ると、その手を捻り上げる。
「痛い痛い痛い痛い……こ、殺す。ジーク殺す」
「武器を取り上げろ。部屋に閉じ込めておけ」
「「はっ!」」
重鎧の一団はこなれた動作で、言われたことをこなしていく。
……いつもの風景なのだろう。
簀巻にされても罵倒を続ける姫を背に、ジークフリートは国を憂い深いため息をついた。