03 ベルンハルト
崖の下は陽の光が入りにくい。そのため背の高い植物はなく、獣道のように歩きやすくなっていた。その『夜の森』にある道の1つを三匹は鼻歌交じりに歩んでいた。
「ん~♪ ん~~♫」
「「ん~♪ ん~~♫」」
先行するクレメンスが陽気に口ずさむと、ベルンハルトとオスカーはそれに続く。ベルンハルトの手には荷車の取っ手が握られ、その荷車には彼らの収穫物が乗っていた。ベルンハルトは後方で草を均して、荷車の痕跡を消している。三匹は生まれてからずっと森で暮らしていたため、生き残るための術は骨身に染み付いていた。
「めめめ、雌。何回抱けるかな?」
「貯めろ。貯めて買え」
「むむむ、無理! しんぼーたまらーん!」
「肉。肉。肉」
「自分で狩った方が美味いだろ。鮮度が一番だ」
「肉。肉。肉」
「……ゴブの話は聞こうな、オスカー」
クレメンスとオスカーは収穫物の交換先のことを考えているのだろう。ベルンハルトは冷静に受け答えをしていたが、若干会話が成り立っていない。二匹は欲望の塊と化しているようだ。
三匹が楽しげに進む先には、洞窟があった。穴の高さは1メートルほどだが、横幅が5メートルはある。地面と崖との間に出来た裂け目のようだ。そこに一匹の寄生鬼が暇そうに座り込んでいた。彼の手には槍が握られている。
「か、かか、帰った。雄4匹」
「お……おう。おう。ルーキー、流石だな」
オスカーが声をかけるが、槍を持った寄生鬼の反応はやや遅れる。座り込んでいただけでなく、寝ていたようだ。この個体は一体、何のために洞窟の前にいるのだろうか。
「「けひょ。けひょけひょ!」」
50cmほどの小さな幼体の寄生鬼が穴から3匹ほど飛び出てきた。収穫物の周りでけひょけひょ言いながら飛び跳ねる。
「運べ。運べ。運んだら、後で腕1本やるから」
「「「けひょ!」」」
ベルンハルトの言葉に、我先にとオスカーから荷車を奪おうとする。オスカーは困ったかのようにベルンハルトの方を見やる。
そこへ、年老いた寄生鬼が杖をつきながら穴から出てきた。老齢を思わせる皺は深く刻まれており、白い眉毛はふさふさとしている。皺と相まって目を覆い隠していた。彼は収穫物を一瞥すると、ベルンハルト達に値を告げた。
「雄4匹で500ソルトじゃな」
「「けひゃ。けひゃ!」」
皺が一際多い寄生鬼がそう言うと、ベルンハルトとオスカーの2匹は燥いでいた。
「多いな……」
「肉付きが良いわ。脂身も美味そうじゃて」
双方笑顔で交渉が終わる。ベルンハルトは老寄生鬼から袋を5つ受け取ると、洞窟の中に入っていく。クレメンスは別に持っていた腕を子寄生鬼に放り投げると、子寄生鬼はそれに群がる。彼はそれを確認すると、ベルンハルトに続く。その所作に子寄生鬼から解放されたオスカーは荷車を降ろすと、慌てて2匹を追っていく。
* * *
穴の中は縦横無尽に通路が広がっていた。外気から隔絶されたその空間は、冬は暖かく、夏は涼しい快適な空間となっている。大雨で水浸しになることと、虫が多いことだけが問題だった。陽の光が届かないことも問題と言えば問題だが、夜目が効く寄生鬼には障害ではなかった。
大通りを抜け、上へ上へと駆け抜ける。階段の位置は同箇所に縦に連なってはいないため階層を階段から階段へ走り抜ける。階段が縦に下層からつながっていないのはおそらく強度の問題だろう。
「こらー。ルーキー後でナタ、持って来い。研いでやる」
「おう。後で行く」
「ルーキー、酒持ってけ」
「さんきゅ。ガロン爺」
「べ、ベルンにいちゃ、おおお、お肉はー」
「4匹だ。楽しみにしてろ」
知り合いが多いのか、見られるたび声をかけられている。巣の中は皆顔見知りなのかも知れない。
入り口から数えて4つ目の階段を登ったとき、目の前に花畑が広がっていた。陽の無いところで咲くぼんやりと青く光る花。真っ暗な洞窟の中でそこだけが異質な空気を醸し出している。
ベルンハルトは花畑にある1つの木製ベンチに腰をかける。
その周りを頭が悪そうに2匹が踊っていた。
「べべべ、ベルンハルト、俺いくら貰える?」
「さ、30ソルトで女抱ける。ごごご、500だと400回くらい抱けるんか? んか?」
「ごごご、500ソルトだと……1ゴブ、300ソルトか?」
「おおおお、俺、エルフ抱きたい。ああああー! か、考えたら、大きくなる。すんごくおっきくなる!」
2匹は交互にベルンハルトに興奮そのままに喋りかける。オスカーは馬鹿で、クレメンスは骨の髄まで性欲で出来ているのだろう。
「落ち着け、クレメンス!」
性欲は、ベルンハルトの言葉を聞くと、背筋をピンと伸ばして押し黙った。口元から涎が垂れ続け股間が隆起していた。涎を垂らすのはオスカーだけではないようだ。
「ここに報酬の500ソルトがある」
ベルンハルトがそう言い袋を掲げると、2匹は飛び上がって喜んだ。
「しかし……500ソルトは3匹で分けられない!」
「「けひゃ!?」」
続く言葉に悲しみを隠せない2匹。
「……ご、500ソルトは分けられない?」
「おおおおおお、女? おおおお、女は? 女は?」
「案ずるな、ここに俺のソルトが100ある。これを足すと600ソルトになる。600ソルトになると分けられる」
「「けひゃ!」」
ベルンハルトが小さな袋を懐から出すと、2匹は歓喜し袋を覗き込む。
「こら、近づきすぎ。200ソルトずつだ、受け取れ」
「おおおお、女、ナオン、NAON」
「肉。肉。肉。肉。NIKU」
2匹は200ソルトを受け取ってご満悦の表情を浮かべる。クレメンスと呼ばれた個体は嬉しさのあまり腰を振り出した。
「っと、忘れてた。俺は100ソルト出したから、50ソルトずつ回収するぞ」
「「けひゃ!」」
ベルンハルトの言葉通りに2匹は素直に50ソルトずつベルンハルトに返した。その後、2匹は笑顔でベルンハルトに大きく手を振りながら、走り去っていった。