02 ゴブリン
ゴブリンとは――
ゴブリンとは――邪悪な精霊である。
ゴブリンとは――悪戯好きな精霊である。
ゴブリンとは――醜い容姿を持つ幽霊である。
ゴブリンとは――ノームまたはドワーフの一種である。
様々な解釈がある。空想上の生物であるため、様々な描写で表現されるのは当たり前だろう。小人、子鬼、餓鬼、その日本語表現も一様ではない。物語の役割に合うように訳されるためだ。
この世界のゴブリンとは、醜悪な容姿を持つ緑色の小人族を指す。
体長は150cmほどだが、背が丸まっているため地面から頭のてっぺんまでは140cmほどである。
99%が雄である。
人族を含む様々な種族と交配可能で、妊娠期間は3ヶ月ほど。
生まれて3日もあれば自分の足で立ち上がることができる。
成体になるまで1年ほどを要するが、醜い容姿は幼体時からさほど変わらない。
巣を形成し、協調性は人族と変わらない。
通貨の概念はないが、塩を練り固められた塩銭が仮の通貨の役割を果たしている。
器用な両手で道具を使い、武器を振るう。
別種な生物から進化を遂げた人と言える存在だった。
他の生物を介さねば成り立たないその種としての有様から「寄生鬼」と呼ばれていた――
* * *
森の中に点在する荒れ地。その地面は礫岩で覆われている。シュヴァルツヴァルトの根も侵食できないのか、その地は森に囲われるように存在していた。
血の臭いと、肉が焦げる匂いが辺りに広がっている。
不均一な太さの針金を編んで造られた粗野な網。
岩で造られた簡素な釜。
網の上に並べられたナイフで切り取られた綺麗な赤い肉。
乾燥した薪は煌々と炎を上げていた。
それを三匹の寄生鬼が取り囲んでいる。
一匹は肉を真剣に見つめ、ひっくり返すタイミングをはかっていた。
一匹は肉を真剣に見つめ、止めどなく涎を垂らしていた。
一匹は肉を見つめていなかった。彼は骨付き肉を持って、齧っていた。
「べべべ、ベルンハルト……ま、ままま、まだ焼けない?」
大量の涎を口端から垂らして、一匹の寄生鬼が喋る。視線は焼かれる肉に釘付けのままだ。
「オスカー、もう少し待て。内臓には寄生虫がいる可能性があるから、生食はダメだ」
じっと真剣に肉を視る一匹の寄生鬼が答える。その個体は他の二匹と比較し、鋭い目付きをしていた。彼の名がベルンハルトと言うのだろう。
油を多く含んでいるのだろうか、肉汁が垂れるたびに炎が一際大きく上がっていた。
ベルンハルトは慎重に肉をひっくり返す。彼は器用に木製の菜箸を扱っていた。
「め、雌が欲しい。雌……」
「……雌はもう少し待て。滅多に集落の外に出てこない。」
内蔵に興味が無いのだろうか、骨付き肉を持った寄生鬼がニヤけながらベルンハルトに話しかける。ベルンハルトは眉間に皺を寄せながら答えた。オスカーと呼ばれる個体からの要望と比較し、遥かに難しいのだろうか。……単純にうざかっただけなのかもしれないが。
「な、なんなら「言うな!」」
ニヤけ顔の個体の言葉をベルンハルトは遮った。
「ご、ごめ。俺、女欲しいだけ。お、俺、役に立ってる」
「わかってる……わかってる。俺も悪かった、許してくれクレメンス」
ニヤけ顔をしていた個体――クレメンスはすまなさそうな表情を浮かべる。ベルンハルトも先程よりも額に皺を寄せ、下を向いて言葉を紡いでいた。
肉の焼ける音とオスカーが唾を嚥下する音がする。音に気づいたベルンハルトがオスカーの方を向くと、彼は肉を見ながら切なそうな顔をしていた。地面には唾液の水たまりが出来ていた。
ベルンハルトは肉の両面の焼け具合を確認すると、オスカーに許可を出す。
オスカーは親の敵でも見つけたかの形相で焼かれる肉を素手で掴み、次々と己の口の中に放り込んでいった。それをベルンハルトとクレメンスは見ると、互いに視線を合わせ、苦笑する。
先ほどとは打って変わり、和やかな雰囲気となる。彼らは意見のすれ違いはあるが、互いに尊重し合う関係なのかも知れない。
* * *
「いくか」
食後のしばしの歓談の後、ベルンハルトは出発を告げる。
オスカーは血の臭いのする荷車の持ち手を取った。その荷車には4人の人族が乗せられていた。彼らは苦悶の表情を浮かべたまま固まってる。折りたたまれた体はもう二度と動くことはないだろう。
クレメンスの持つ骨は齧り尽くされ、僅かな肉だけを残していた。彼はそれを無造作に放り投げる。その先には頬肉を削り取られた人族の頭部が転がっていた。
ゴブリンとは――雑食であり、ありとあらゆるものを食す。人族も例外ではない。