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13 平凡すぎる日

 厚手のカーテンがたたまれた。

 陽の光がレースのカーテンを通過しベッドに射し込み、一日の始まりを告げる。


 「ん……」


 陽の光に安眠を遮られ、眉間にしわを寄せるベッドの主。彼女は掛布団(エイダーダウン)の端を握ると、自分の頭の上まで引っ張りすっぽりと覆った。

 

 「姫様、お時間です」


 カーテンを端に寄せたたんだ女性。フリーダの側使えの女性が、苦言を呈す。

 

 「ん……わかりました」


 眉間によりしわを寄せ、ガバッと掛布団(エイダーダウン)を持ち上げる。上半身を起こした姿はまだまだ睡眠を欲していることが見て取れた。


 「ん……」


 フリーダは周りをぐるっと見渡す。寝る前と違っているものがないか眠気眼(ねむけまなこ)で確認をする。これは部外者が入り込んだ形跡がないか確認するための所作だ。その部外者が暗殺だったら、もちろん朝日を拝むことはない。彼女が懸念しているのは情報漏洩だ。発覚が難しいためか、発見即殺される暗殺よりも頻繁に行われていた。王族同士の足の引っ張り合いが日常茶飯事のドドイツ帝国では、彼女を含む王族はみな用心深くしていた。


 ベッド脇のサイドテーブルに置かれている鏡に目が止まる。10cmくらいのそれは、盗賊が所持していたはずのもの。今頃は盗品置き場でポツンと寂しく持ち主を待っているはずだった。


 「これは?」

 「ヨアヒム親衛隊長からだそうです。多少興味がありそうにされていたとか……」


 フリーダは鏡を手に取り、くるりと回して鏡の細部を確認する。飾りっ気のない青銅の鏡は特に何の変哲もないものに見られた。


 「痒いところに手が届く奴だ。間違えなく将来禿げるな」


 気が利く部下に容赦ない感想を述べるフリーダ。

 側使えの女性は吹き出す笑いを(こら)えていた。


 フリーダはしばし鏡を眺めていたが元あった場所に置くと立ち上がった。翠色の目はぱっちりと開いており、眠気から解放されたことが一目でわかる。


 「着替えを」

 「かしこまりました」


 側使えの女性はフリーダの言を聞き届けると、フリーダが身に着けていた薄手のネグリジェを脱がし始めた。


 美しい肢体が(あら)わになる。


 細身の体はただ細いのではなく、その身は絞られていた。サバンナをかけるチーターのような俊敏な動きに特化した流線形をしている。

 絹のような白い肌に陽光が射し込むと、うっすらとピンク色の傷跡を全身に浮き出てきた。無類の強さを誇る彼女とて無傷での連戦連勝は難しいのだろう。


 側使えの女性はため息をつく。

 それはフリーダの美しさから出たものか、はたまた浮かぶ傷を残念に思ってのことか。


 白のコタルディ――体の線が出やすいその服だ。

 側使えの女性はいそいそとフリーダの腕に袖を通す。

 その独特な装束は肩から胸にかけて広がるネックラインが特徴の一つである。そこには綺麗な目の細かい刺繍が施されていた。フリーダは女性的な体つきをしていることもあり、男性が胸元の鮮やかな文様に目を奪われることは避けられないだろう。


 少しの(のち)、側使えの女性が一歩下がったとき、フリーダは聖女のような清き姿に身を変えていた。



* * *


 朝食の間には大きな長方形のテーブルが佇んでおり、その上には大きな皿に盛りつけられた大小さまざまなフルーツで彩られていた。


 フリーダはパンケーキに蜂蜜を垂らす。そのはす向かいには剣豪(ジークフリート)が腰を下ろしていた。彼はフリーダの父親――ドドイツ帝国の皇帝から命を受けての、彼女のお目付け役としての立場だった。よって、王女(フリーダ)と同等ではないとしても共に食事をするだけの立場である。もっとも、本日、彼はフリーダが席に着く前にさっさと食事を済ませていた。フリーダの背後には親衛隊長のヨアヒムが立って控えている。


 ナイフでパンケーキを八つに切り分ける。


 「ヨアヒム。ありがとう」

 「いえ」


 フリーダは頭どころか目も向けず簡単に礼を言うと、そのまま一切れをフォークで口に運ぶ。


 「囚われていた子供を抱き上げての凱旋。何も知らなければ、儂も諸手を挙げて歓迎できたのですが……」

 「……ふふん。天然のプロパガンダは最高の宣伝媒体でしょ」


 もぐもぐと口を動かし終わった後、あっけらかんと告げるフリーダ。その様子をしばらく見つめていたジークフリートは頭を抱える。そこに彼女は追い打ちをかける。


 「趣味は趣味。趣味で見持ち崩すまでするわけないでしょ。あなたの盆栽でしたっけ?……ガーデニングモドキと私の殺しは同じよ。ただの趣味。それに子供を殺しても面白くないのよね」



 完全な愚者だったら、己の命と引き換えに斬って落としたのに。

 完全な聖人だったら、己の命を賭してでもすべてを捧げたのに。

 凡人だったら、こんなに迷うことなく、ほどほどに余生を過ごせたのに。


 彼にとって、北極点と南極点という相容れない二つの存在が同居し、極地以外の要素が何もないような稀有な存在は、悩みの種でしかなかった。



 「ヨアヒム。変わったことはない?」


 ふた切れ目を口に運ぶ前に彼女は質問を投げる。彼女はナイフの側面を使い、フォークの刺さったそれに蜂蜜を器用に塗り付けていた。


 「例の地域で過剰神経病が再び流行っているようです」


 それが耳に入ると、彼女の笑顔に影がかかった。

 パンケーキに刺さったままのフォークを口から遠ざけ皿に置く。


 「……上流の製錬場の濾過が上手くいってない?

  魚を回すように言ったはずだけど」

 「……そちらは問題ないようです」

 「……また、厄介な……」


 フリーダは来るべく戦に向けて、準備を急いでいた。一面の麦畑も、行きかう数多の商人も、そして数千もの武器と防具も。特に金属の精錬を一気に進めた反動が大きく、下流の村で過剰神経病が蔓延させてしまう。現場に向かい河川の金属汚染が原因と突き止め、それ以降は汚染物の排出の制限と、症状を緩和するため他所で採った魚を優先して回していた。

 一時は回復を見せていただけに、落胆も大きい。



 別に経路があるのか?

 まったく別の要因か?


 彼女は真剣な顔で思考を巡らせる。



 その顔を横目に剣豪はため息をつく。


 その瞳は「いつもこうなら良いのに」と雄弁に語っていた。



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