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12 しんじゅのうつわ

 「名前ですか? ベルンハルトです。

  って、先程、俺……私の名前を呼んでましたよね。

  デュクシさんですか……

  ……

  え? 強そうな……間違えました!

  可憐。そう! 可憐な名前です。

  蜂のように可憐に舞いそうな名前です」


 「……人族の言葉ですか? 

  母に習いました。

  女かって、そりゃ母親なので。

  殺さないで! 母を殺さないでください」


  「はぁはぁ……

  今度はどうして泣いていたか?ですか……

  ……友達が死んだんです。

  いえ。男! 2匹とも男です。

  何でって、人族に殺されたんですよ。

  いえいえ。森ではないです。

  人族の村を狙ったんですが、失敗して……

  え? いや。その……雌を……

  私じゃないです。私じゃないです。

  親友! 親友の1匹が発情期に入って。

  私? まだ成体になったばかりなので」


 「どうしたんですか?

  え? 悩んでる?

  …………

  ……生き返らせることができる!!!

  あ。はい。落ち着きます。ですから拳を下げてください。

  問題? 生き返るなら何でもします。

  ……寄生鬼(ゴブリン)には結婚という制度がないので

  え。形だけでもですか……

  悩んでません。考えてません。はい、喜んで。

  ぷ、プロポーズですか。アイラブユー?

  やめて! 鼻血は垂らさないで! 口から何か出てます!」



 膝枕。否、腿当(クイス)枕をしている黒い鎧のデュラハンと、されている緑の寄生鬼(ゴブリン)が森の一角で談話をしていた。自己紹介から始まった穏和な会話は、愛の囁きでデュラハンのデュクシが血の涙を流し、鼻血を吹き出し、吐血したところで一旦止まる。必死に腿当(クイス)枕から逃げようとする寄生鬼(ゴブリン)のベルンハルト。だが、デュクシは彼をしっかりと掴んでおり離さない。結果、彼は彼女の体液を大量に顔面に浴びた。


 「『しんじゅのうつわ』は知っていますか?」

 「……いえ。知りません」


 凄惨な現場が目に入らないのだろうか、彼女は何事もなかったかのように話を続ける。泣きながら拭うベルンハルトは続きを聞くことにした。


 「『しんじゅのうつわ』とは、稀代の錬金術師イズマエルが生み出した神のごとき力を持つ十二の道具のことを指します。

 ――『かんなぎ』、『れんげ』、『さいらん』、『あみくくり』、『きすい』、『こうらい』、『さきなし』、『たまぐるい』、『しきな』、『ときはみ』、『わたうつし』、『まおうがい』。これら十二を総称して『しんじゅのうつわ』と言います」


 デュクシは説明を終えると、懐から取り出した青銅の鏡をベルンハルトへ渡す。


 「これがたまぐるいです」

 「は?」


 簡素な装飾のみが許されたそれは、直径10cmほどの小さな鏡であった。その鏡は、フリーダが盗賊討伐の際に発見した盗品の1つに極めて類似していた。


 「時が一日を刻む内に、死した地に陽光を返す。

  輪廻の輪は狂い、浄化されるべき魂は顕現する。

  ……たまぐるいの効果の1つです」

 「1つ?」


 わざとベルンハルトが気づくように発言したのだろうか。待っていたかのように言葉を繋げるデュクシ。


 「ええ。たまぐるいには2つ用途があります。もう1つは……直ぐにわかりますよ」


 赤い瞳はベルンハルトに向けられていたが、それは彼を見ているというより、彼を介して遠く……別の誰かを見つめているようだった。


 「さて急ぎますか」

 「え? ああ。2人のところですか」


 そう。彼らは急がなくてはいけなかった。『陽光を返す』ということは、太陽が空に昇っていないといけない。夜になっては使えないし、明日が晴れているとは限らない。可能であれば本日中に対応したいところであった。


 デュクシはベルンハルトを小脇に抱えると、走り始めた。

 シュヴァルツヴァルトの木の幹を。


 鬱蒼と生える間引きされていない木々は陽の光をその葉に受けるため、高く高く伸び始める。そして、木の頂上付近を残し枝葉を疎にする。これは、上部の葉に邪魔されるため下部に葉が生えていても光を吸収することができないからだ。無秩序にシュヴァルツヴァルトの木が生い茂った『夜の森』も視界の大半を木の幹が占めるほどであった。


 そこを足場として、デュクシは縦横無尽に駆け出した。


 「あばばばばばばば」


 次々断続的にかかる風圧と加速度にベルンハルトは振り回されるままにされていた。



 * * *


 地面には黒い痕が残っていた。

 破断された革の防具。

 折れた棍棒。

 (ひしゃ)げた弓。

 そして、2匹の寄生鬼(ゴブリン)の死骸。

 ――火でもかけられたのだろうか。

   物言わぬ躯は黒い姿と成り果てていた。


 彼らの耳は意図的に切り取られていた。消し炭のような姿でも失われた耳に違和感だけは感じられた。人族にかぎらず敵対種族を狩ったとき、その証拠として体の一部を持ち帰る風習がある。人族に狩られた寄生鬼(ゴブリン)はその耳を奪われるのが常だった。


 ベルンハルトはただ、2匹に目を奪われていた。


 「ごめん。で、でも生き返るから。

  ……また一緒にいられるから」


 むろん、死体はものを聞き取ることはできない。

 彼の言い訳を聞いているのは、デュクシと、そして彼自身だけだった。



 ベルンハルトは鏡を太陽に向ける。


 反射したその光は文様と文字を浮かべていた。


 魔鏡。鏡の裏側に彫り込まれた図形が陽の光を反射するときにその凹凸に乱反射し隠された文様を浮かび上がらせる。大昔に流行した技法の1つだった。


 ベルンハルトは、慎重に鏡の角度をずらし、跳ね返る陽光を2匹の遺骸に当てる。


 その瞬間、光が溢れた――




 しばらくして、光が収束した後、4匹の亜人族が姿を現した。


 1人は、4メートルほどの巨人族(ティターン)の男性

 1人は、麗しい森人(エルフ)の女性

 1人は、長い耳の兎族(ラビタン)の女性

 最後の1人は、カブトムシを巨大にしたような角虫族(カブタン)の男性


 寄生鬼(ゴブリン)は一匹もいない。

 黒くなった遺骸はそのままだった。




 「来世の姿に現世の記憶……魂狂(たまぐるい)とは良くも名付けられたものです」


 ベルンハルトの声なき疑問に応えるように、デュクシが呟いた。



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