11 首なし
2人目?のヒロイン?登場
Dullahanとはアイルランドに伝わる邪妖の一種。黒馬に跨り、片手に自らの首を持った漆黒の騎士。男女どちらの場合もある。死者の出る家に訪れ、首だけとなった頭部は生命活動を続けているかのように不吉に笑う。頭部の無いものをGan Ceannと表現することもある。
「Bernhard?」
不意に背後から声をかけられ、ベルンハルトが振り向くと、そこには漆黒の鎧に身を包む赤毛の美女がいた。赤い髪は腰まで届くかという長さ。赤い瞳は一匹の泣き顔のゴブリンを映していた。
「ゴブリン語……ゴブリン語……ベルンハルトですか?」
「……Wer ist es?」
何故、人族が森に?
隙きだらけだったのに声をかけたのは何故?
ゴブリン語を何故話すことができる?
疑問を胸にベルンハルトが人族の言葉で、あなたは誰かと尋ねる。
すると、彼女の様子は激変した。
「jajajajajajajajajajajajajajajajajajajaja……Endlich traf ich dich.Endlich traf ich dich.Endlich traf ich dich.Endlich traf ich dich.」
彼女は天を仰ぎ見、身の毛もよだつ笑い声を挙げる。
朱い眼から流れ出る赤い液体が頬を伝う。
やっと会えた。笑いながらそう連呼する様にベルンハルトは狂気しか感じ得なかった。
彼の両手両脚はびっしりと鳥肌が立っている。
奥歯はカチカチと音を立てる。止めようとしても止まらない。
筋肉は緊張し思うように動かない。
あれは人ではない。
関わってはいけない。
今すぐに逃げろ。
生物としての本能が彼に告げる。既にあたりの動ける生物は全て逃げ出しているのか、彼女から発せられる音だけが静寂を切り裂いていた。
ベルンハルトは己の足を何度も叩く。
動け動け動け!動け動け動け!
動け動け動け!動け動け動け!
動け動け動け!動け動け動け!
……ふと気づくと、笑い声は 止まっていた。
あの黒い鎧の女は?
恐る恐る彼女のいた方を見やると――
――彼女は無言でじっとベルンハルトを見つめていた。
無機質な眼で。
朱い眼で。
瞳孔が開いた眼で。
一気に血の気が引いて、己の全身が冷たくなるのを彼は感じる。
「うわああああああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!」
ベルンハルトは彼女に背を向けると、一目散に駆け出す。
どこへ?
そんなものは知らない。
ただただ、彼女の側にいたくなかった。
* * *
どれだけ走ったのかわからない。
「はぁはぁはぁ……」
肺は枯渇した空気を求め、酷使された筋肉は痙攣を起こしていた。
恐る恐る振り返る。
――背後には誰もいなかった。
「ふぅ……」
彼は地に背を預け、天を見上げる。
彼の火照った体には、森の土は冷たく感じられ心地よかった。
『夜の森』は暗い。しかし、夜目が効くベルンハルトにはシュヴァルツヴァルトの葉の1枚1枚まではっきりと見えた。いつもの光景に彼は安堵する。
「災厄級……」
冷静になった彼の出した結論は、あれは災厄級の1匹だろうということだった。
人族の騎士、エルフの狩人、4つ腕の豚人、寄生鬼よりも強い生物は多い。もちろん、それらがどれも同じ強さというわけではない。ちょっとだけ強いものもいれば、子供と大人ほどの力の差のある生物もいる。そして次元が違うとさえ感じる生物も。例えば山や海を見て勝つ負けるを議論する馬鹿はいないだろう。彼女はそういう類の存在だった。
それらをまとめて災厄級という。
災厄級を倒すにはどうすればよいか?
答えは『何千という物量で押し切る』ことだ。人間だって、千匹の蟻に噛まれれ続ければ死ぬ。豪傑と呼ばれる蟻が1匹いてもはたき落とされるだけだ。つまり、この場合、武力に意味はさほどない。種としての枠を越えることはできないのだから。
ここまで考えを巡らせたところで、ベルンハルトはそれを止める。
『夜の森』は広い。端から端まで歩いて何ヶ月もかかる広さだ。よって、一度完全にまけば、二度と顔を合わすことはない。遭遇しない化物のことを考えても仕方ない。
――そう考えを切り替えた直後、彼を嘲笑うかのように彼の視界に闇が架る。夜目の効く彼の視界に。影もない『夜の森』で。それは、ベルンハルトの目にも黒としか認識されないものが彼の視界を遮ったからだった。『夜の森』より深い黒、全ての色を吸収し、光を返さない漆黒の鎧。そして、美しい顔と無機質な朱い目。
丘で寝っ転がり空を見る男の子。
彼の前に現れる幼馴染の少女。
こんなところで寝ていると風邪を引くよ。
彼女は優しく言葉をかける。
男の子はスカートの中が見えないかドキドキして見上げる。
構図としては、そんなシーンだろうか。
彼女は彼を見下ろし、声をかける。
「何で逃げたのですか?」
怖いから。ベルンハルトはそう答えようとしたが口が動かない。緊張のあまり彼の喉は乾き、恐怖に縛られ震えが止まらなかった。
「ああ。もしかして……」
ゴクリと唾を嚥下する。彼女の受け取り方次第で彼のゴブ生はここでお終いになるのは明白だった。
「髪の毛……短いほうが好きなのでしたね?」
「ん?」
想定外の質問に、思わず声が出るベルンハルト。
彼女はそれを肯定と受け取ったのか、
――おもむろにその長い綺麗な赤い髪を持ち上げる。そして、力任せに引きちぎった。
引きちぎる。
引きちぎる。
引きちぎる。
引きちぎる。
綺麗だった長い髪は、見るも無残なボロボロの状態になる。勢いで頭皮の一部も剥ぎ取られたのか見えてはいけないものが見えている。
「……どうでしょう? 綺麗ですか?」
問われたベルンハルトの中で、彼女に対する認識は、生命としての恐怖――例えば未知の捕食者から理解不能な恐怖へとシフトする。
地面を這いずりながら彼女から離れようとする。
しかし、その途端、今までよりも更に冷たい冷気が広がり、彼の体はそれに縛られる。
彼女はベルンハルトの方をじっと見る。
視線はそのままに首をかしげた。
「もしかして、ショートカットは……まだ好きではないのですか?」
綺麗だった女。引きちぎられた髪は様々な方向に飛び跳ねている。頭蓋骨まで見えている。顔を斜めに向けてこちらを伺うその瞳からは血の涙が再び流れていた。
否定したら殺される。
ベルンハルトの本能が彼に残酷な予想を告げる。
「好きです! 大好きです! 大好きですから……」
だから殺さないで。続けられるはずの言葉は、そこで止まる。
愛の告白とも受け取れるベルンハルトの言葉を聞いた彼女は恍惚とした顔で、震える自らの体を抱きしめた。脳内のやばい物質が流れ続けているのだろうか。大きく開ききった瞳は飛び出しそうになっている。涙、涎と鼻水が止めどなく湧き出している。赤色の涙と涎と鼻水が。だらしなく空いた口からは舌が這い出していた。
「jajajajajajajajajajajajajajajajajajajaja……ああああ。死んでるけど生きてて良かった」
――その言葉は首鎧からこぼれ落ちた生首から発されていた。




