元令嬢、黒幕の元にゆく
「正直、一回ぐらいは殴りたかったんですが……」
支部長の裁きを元側近達に任せてその場を去ったラミス。
それにテミスは抗うことなくついて行っていたが、ぽつりとその途中で心残りを漏らした。
その顔には隠しきれない支部長への怒りが浮かんでいて、ラミスは悟る。
テミスが自身のことを女性だと勘違いされていたことに対して激怒していることを。
テミスが嫌がることの中で、一番激怒されるのは女性に間違われることだ。
可憐で、見るからに少女としか見えない容姿を持っているくせに何故かテミスは女性扱いされることを決して許さない。
特にラミスの前で女性扱いをされると間違いなく激昂する。
そして今回の場合、支部長はテミスを女性だと勘違いしただけでなく、頭の中で様々な妄想をしていたのだろう。
そのことを支部長の妙に背筋に悪寒が走る視線から悟っていたのか、テミスは未だ支部長に対して隠しきれない怒りを覚えていた。
おそらく、今テミスと支部長を引き合わせたら殴るだけでは絶対に済まないだろうな……と、ラミスは悟る。
そしてこういう風になったテミスはその怒りを発散させないとしばらく不機嫌なままなので、相手に非がある時ならばラミスは少々強引にでもその相手をテミスの前に引きずってきて謝らせるが、だが、今回はそのことをするつもりはなかった。
「テミス、気にしなくても貴方の分も汲み取って冒険者達がぼろぼろにしていますわ!」
その理由の一つは元側近達の復讐の場を邪魔しないためだった。
おそらくどれだけ長い間投獄されていたのかはわからないが、だがそれでも短くない時間は確実に監禁されていた元側近達の家族達。
彼らは決して少なくない心の傷を胸に負っているだろう。
そしてその傷を克服するためには元凶である支部長が大した人間ではないと思えるようになることが一番だ。
つまり、ラミスは支部長への復讐で元側近達に吹っ切らせようと考えているのだ。
「分かりましたよ……」
そしてそのラミスの思惑が分かっているのか、テミスはそう頷いてみせる。
だが、その顔にはありありと不満が浮かんでいた。
「それに、私達には今から相対しなければならない人間がいるのですから」
「えっ?」
しかし、次の瞬間テミスはその不機嫌そうな顔を崩し、ラミスの言葉に驚愕の表情を浮かべる。
「一体何を……」
そしてそこでテミスは全く速度を緩めることなくラミスが森の奥へと向かっていることに気づく。
最初はただラミスが元側近達に気を使ってその場を離れているだけだと思っていたのだが、だがそれだけで未だ高位魔獣が存在する森の奥に入って行く意味はない。
テミスはラミスに何をしようとしているのかと問い詰めようとして……
「っ!」
ーーー だが、次の瞬間感じた強大な威圧感にテミスは開きかけていた口を閉ざした。
そしてテミスは自分がその威圧感を感じた方向にラミスが進んでいっていることに気づく。
「もしかして、」
ようやく、ラミスが何故こんな場所に来たのか、悟りテミスはそう掠れた声で漏らす。
つまりラミスはテミスが気づくもっと前からこの威圧感を感じていたのだ。
そうそれこそ、あの支部長と戦っていたその時から。
「ようやく気づきましたか?」
そしてテミスは振り向かずにそう告げたラミスの固い声に、疲労困憊のマイヤールと非戦闘員のエミリをこの場に連れて来なかった理由を悟る。
つまり、ラミスはあの2人を守りきれる自信が無かったのだ。
あの戦乙女と呼ばれ、S級相当の実力を有するラミフが。
「何が、いるんですか……」
そしてそのことを知ったテミスは思わず震える声でそうたずねる。
あのラミスがそれだけ警戒する相手。
そんな存在にテミスは一切頭が回らなくて……
「マイヤール家を一度は壊滅まで持っていた黒幕ですわ」
「っ!」
そして次の瞬間ラミスの言葉にテミスは絶句することになった……




